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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランドレムグランド編 6
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第252話 「最後の晩餐」

 すっかり夜も更けて家路を急ぐリュートは懐かしい景色を目に焼きつけながら走って行く、商店街や住宅街を抜けるとやがて田んぼや畑だらけの寂しい景色へと変わる。

広々とした光景を目にすると洋館のある森を抜けた先に広がっていた草原を思い出しながら、ようやくリュートの家族が住んでいる一軒家が見えて来た。

窓から明かりがもれている家を眺めるだけでも、帰って来たんだなと思わず感慨深くなってしまう。

それからゆっくりと速度を緩めて縁側の方へと回り込むと中から楽しそうな笑い声が聞こえて来る、ちょうど食事が終わりテレビを見ながら一家団欒を楽しんでいる様子だ。


「もう~リュート兄ちゃんったら、本当に冗談ばっかりなんだからぁ!」


 弟や妹達の楽しそうな声が自分の名前を呼ぶ、勿論家の中に本物のリュートは存在しない。

アギトが契約を交わした精霊ヴォルトの能力によって家族全員の脳に、あたかも目の前にリュートが存在しているように見せかけているのだ。

だからリュートやアギトが長期間異世界に滞在していても行方不明者として扱われることがない、何とかヴォルトの効力は発揮されているんだと安心したリュートはいつ家族の前に姿を現そうか考え込んだ。

しかしここで無為に時間を浪費するわけにはいかないので、とりあえず何も考えずいきなり家の中に入ることにした。

もし何か矛盾な出来事が起こったとしても何とか言い繕えばいいだけの話なのだ、そう思ってリュートは玄関から堂々と・・・しかし静かに靴を脱いで入って行くとそのまま居間の方へと向かう。

そして居間にある硝子戸をガラリと開けると、一瞬だけ家族の笑い声や動作が止まった。

不可解に思えたが家族全員がその後すぐに笑顔に戻ると、母親がまず声をかけて来る。


「ほらリュート、そんな所に突っ立ってないで・・・早くお父さんのビールを持って来てちょうだい!」


「あ、うん・・・わかったよ。」


 再び笑い声や話し声で満たされるとリュートはほっと胸を撫で下ろしてキッチンの方へ向かい、冷蔵庫から父のビールを手に戻って行く。テーブルを見ると恐らくリュートの幻・・・とでも言うのだろうか?

その幻が陣取っていた席には弟や妹達と同じようにジュースの入ったコップが置かれている、勿論それを飲む人物は実際には存在しないが・・・とりあえずリュートはそこが自分の指定された席なんだと察して座った。

それからは本当に何気ない会話のまま、家族全員で大いに楽しむ。

懐かしい顔ぶれ、血の繋がった本当の家族―――――――もうすぐ永遠に別れることになる。

そう思うとリュートは何気ない会話のひとつひとつ、そして家族全員の笑顔を一生懸命目に焼き付けようとした。

しかし数分後にはそれをやめる、会話に参加するものの―――――――家族の顔を直視せずに母が楽出来るようキッチンと居間を行ったり来たりしたのだ。

今夜は母も珍しくビールを飲み出して、リュートは冷蔵庫からもう一本追加する為にキッチンへと向かう。

冷蔵庫を開け、残り3本になったビールの内1本を手に取ると冷蔵庫を閉めてから・・・悲しい表情を見せる。


(よかった、みんないつも通りだ。

 ヴォルトの能力は便利なんだな、僕やアギトが半年以上も異世界に行ってたことなんて微塵も感じさせない位に自然だ。)


 それからリュートは冷たいビールを持った手に力が入る。


(・・・やっぱ駄目だな、つらいや。

 もうすぐ―――――――二度と会えなくなるんだと思ったら、笑顔でいるのがこんなにもつらいなんて・・・っ!)


 お父さん、お母さん―――――――僕、もうすぐ死ぬかもしれないんだよ。

本当にごめんね、結局親孝行出来なくて・・・親よりも先に死んじゃうなんて。

悠馬、涼香、智哉、優花・・・本当はもっとたくさん遊んでやりたかったけど、お兄ちゃん・・・やらなきゃいけないことがあるんだ。

みんなと一緒にいれるのは今だけだから、この『今』をもっとちゃんと大切に過ごしたいって思ったけど・・・お兄ちゃん根性なくって本当にごめんな。

あともうすぐでみんなと永遠に会えなくなるって思ったら、すごく悲しいんだ。

みんなの前では笑顔でいたいから、―――――――笑顔でみんなと過ごしたいから僕・・・マトモにみんなの顔が見れないんだよ。

でも大丈夫、・・・みんなはいつも通りだから、これから先・・・ずっと何も変わることがないから。

安心していいよ。


だから・・・。


――――――――――――――アギトのこと、よろしくね。





 リュートが家にいたのはほんの1時間弱だった、その後は再び家を飛び出しシルフの能力を発動させる。

背中から青い翼を生やして大空を舞い上がり、この街で最も高い高層ビルへと向かった。

シルフの能力により堂々と夜空を舞っても誰にも見えない、マナ指数の高い者には見えてしまうらしいが廃工場でリュートの帰りを待っているリヒターにさえ気を付けていれば何てことはなかった。

高層ビルの屋上に足を下ろし、それから冷たい表情で街を見下ろす―――――――ネオン輝く人工的な光の街を。

ゆっくりと左手をかざし、名前を呼ぶ。


「―――――――シルフ、ノーム。」


 リュートの呼びかけに呼応して、シルフとノームが空中に姿を現した。

彼等の表情はどこか浮かない様子であったが、リュートはそのことについて触れることなく作業に移る。


「・・・やってくれ。」


『うん、・・・わかったけど本当にいいの?』と、シルフが心配そうな表情で確認した。


しかしリュートは決意を鈍らせまいと、必死に・・・気丈に振る舞っている様子である。


「こうするのが一番なんだ、今後の為にも・・・。

 僕に関する足跡そくせきを残すわけにはいかないから、こうする方がみんな幸せなんだよ。」


『でも・・・つらいぞ?

 お前は自分の帰る場所すら捨てようとしてるんだ、それはとても・・・悲しいことだ。』


 ノームも黒いつぶらな瞳を潤ませながら、リュートを説得するように声をかける。

しかしリュートの意志は決まってるのか微笑みながらゆっくりと首を横に振って、ここに来て初めて―――――――本当の柔らかい笑みを彼等に見せた。


「ありがとう、シルフ・・・ノーム。

 でも本当にこれでいいんだよ、僕に関する記憶を残したって・・・、二度と帰らない息子の記憶を残したって、みんなを

 余計に悲しませるだけだから。

 この世界だけは・・・僕の家族だけは、何も知らずに平和で健やかな毎日を過ごしてほしいから。

 だから決めたんだよ、こうするって。」


 リュートが見せる必死の笑顔が、余計にシルフやノームの心をえぐった。

しかし契約主であるリュートに逆らうことが出来ない彼等は、まだ納得していなくても従うしかない。

彼等がリュートの命令通りに行動を起こしてる間、リュートは抜け殻のように遠くを見つめていた。




 今は、本当に感謝してるんだよ?

僕をこの世界に生んでくれてありがとうって、心から言えるんだ。

すごく穏やかな気持ちだよ、死が間近に迫ってるのに・・・とても心が落ち着いてるんだ、なんでなんだろう。




「今まで青い髪が原因でイヤなことばっかりで、他人のことが大嫌いで・・・怖かった。

 どうして自分は生まれて来たんだろうって本気で悩んでた時期もあった、でもそんな僕を見捨てずに温かく見守ってくれた

 家族―――――――みんなの存在があったから、きっと今の僕があるんだ。

 今まで本当にありがとう、今こうして自分のことがわかって・・・改めてこの世界を見つめ直してわかったことがある。

 僕は・・・この世界に生まれて来て、本当に良かったって思えるようになったんだよ。

 この世界に生まれてきたから、今の家族に出会えた・・・アギトに出会えた。

 だから僕は、この世界を守るという意味も含めて・・・使命を果たすよ。

 何があっても必ず・・・みんなを失いたくないから、悲しませたくないから。

 でもその為には信頼していた仲間を裏切るような行動を取るかもしれない、―――――――悪を演じるかもしれない。

 そうすることが闇の戦士の業だから、親友に憎まれてでも・・・成し遂げないといけない道だから。

 でも、これだけは言えるよ。

 僕の今の気持ちは未来永劫変わらない、悪を演じていても・・・決して変わることがないから。

 最後にはきっと、この命を投げ打ってでもこの世界を守るから・・・安心して。」



 リュートは改めて誓った、家族にも―――――――この世界にも。

やがて精霊達が行動を終えてリュートの元に戻って来ると、リュートはポケットにしまっていた銀時計で時間を確認し・・・すぐさまリヒターの待つ廃工場へと向かった。

勿論地面に下りて、自分の足で――――――――。




 最後の晩餐って言うか、もう夕食終わっちゃってるんですけどね。

この話はリュートにとって大きな分岐点、ここからアギトとリュートの道は大きく分かれることになるのです。

この先がわかっている私はこの話を書いてて一人で勝手に泣いてました(。。;)

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