第250話 「シャングリラのトランスポーター」
そう―――――――、最後にもう一度だけ・・・家族に会いたいから。
リュートはオルフェから許可を得ることが出来た、それはきっとリュートに未練を残させない為かも知れない。
心残りがないように・・・迷いを振り払うことが出来るように、『死』を覚悟出来るように。
アビスグランドでのルイドの状況、アギト達がルナ契約に向けて行動を開始したことなどを全てオルフェに伝えたリュートはこの後にリ=ヴァースへ帰ることとなった。
しかしここはレイラインの希薄な場所なので、リ=ヴァースへ帰る為の手段がない。
異世界間を移動するにはレイラインというマナの力場を利用するのは絶対不可欠、アビスグランドからレイラインを通じて漏れ出て来る魔物の襲撃から逃れる為にわざわざレイラインの希薄な場所に首都が作られているので、遠方からトランスポーターを使って首都へ移動することすらままならない場所になっているのだ。
トランスポーターについてあらかた説明を受けたことのあるリュートも、今では十分ルールを理解している。
一度レイラインの濃いポイントへ場所移動してからでないとリ=ヴァースへ帰ることが出来ないのではないかとオルフェに尋ねると、なぜかオルフェは笑みを浮かべ―――――――怪しくメガネを光らせていた。
リュートに黙ってついて来るように促すとオルフェは威風堂々とした態度で研究室を出て行くと、ある場所へと連れて行く。
この世界の文字を読むことが出来ないが恐らく「関係者以外立ち入り禁止」と書かれている表示板を見つけると、オルフェはそのままその先へと進んで行った。
「確かにこの首都一帯はレイラインが希薄になっています。
しかしマナによって育まれる世界ではマナが全く存在しない場所など有り得ないのです、もしそんな場所があるとすればそこは
本当の地獄―――――――生物が生きることすら出来ない枯れた場所になるでしょう。
長い研究の末、我々はある法則を発見しました。
それは世界の中心―――――――星の生命とでも言いましょうか、この世界がマナによって構成されているというのなら
我々の星そのものもマナによって活動を維持していると考えられませんか?」
そう言葉を続けながらオルフェは地下へ続く階段を延々と下りて行く。
オルフェの言いたいことが何となくわかって来たのか、リュートはオルフェの後をついて行きながら推測した。
「もしかして・・・星の中心に行けば行く程、マナが濃くなっていくってことなんですか?」
「理論上ではそうなります、数年前からこの地下へ続く通路を掘り進め―――――――ようやく異世界間移動が可能になる程度の
濃度にまで達することが出来たんです。」
「え・・・でもそれじゃ、そのレイラインから漏れ出る魔物も迷い込んでくるはずじゃ?
それを防ぐ為に元々首都の場所をレイラインの希薄な場所に作ったんじゃないんですか?」
「その心配には及びませんよ、そもそも魔物がレイラインを通じてこちらの世界に漏れ出るという説も実は法則があるんです。
次元の歪みが生じていようとも互いの世界にある緯度や経度は全く同じ、つまりレイラインの流れもアビスグランドと酷似
するというわけなんです。
ですから星の中心に近い場所に魔物が生息しているとは考えにくい、いえ・・・生息していないと断言出来るんですよ。
アビスグランドにある地下を占拠しているのはクジャナ宮の遥か下―――――――ディアヴォロを封印しているジオフロント
以外存在しないのですから。
封印されているとはいえディアヴォロの影響はアビスグランドの地下一帯、その全てを支配下においてる為生物や魔物は
存在出来ない・・・。
アビスグランドの環境に詳しい方から直接話を聞きましたから、確実と言っても過言ではないですよ。
ですから地下深くにトランスポーターを設置すれば星の生命から溢れ出るマナを利用して異世界間移動が可能になる、
というわけです。
全部が全部納得出来ないかもしれませんが、それは物理学にまで話が発展してしまいますけど・・・そういった専門的な
話をしても余計に混乱させるだけでしょう?」
「まぁ・・・、そうですね。
難しい話をされても理解出来るかどうか・・・。」
オルフェの話の中には鵜呑みに出来ない部分も多少はあったが、物理学の話をされてもどうせ理解出来ないと判断したリュートはひとまず彼の話を信じることにした。
裏付けや確証もないまま、憶測や推測で行動に出る程オルフェは愚かではない。
とりあえずはオルフェの言うままに、リュートは星の中心に近い場所に作ったというトランスポーターのフロアへと向かった。
1時間程歩いて行くと途中でどこかで見たような魔法陣を目にする。
まだ先へ続く通路があるがオルフェはリュートに向かってこの魔法陣に入るよう指示した、怪訝な顔で魔法陣の中に入るとリュートはおもむろに思い出す。
「これ・・・クジャナ宮にあった移動用魔法陣とそっくりだ!」
「正解です、魔法科学に関してはレムグランドの方が発達していると思われていましたが三国同盟を結んでから色々とわかった
ことがあるんですよ。
クジャナ宮は遥か昔、創世時代の頃に作られたものですから過去の遺物や遺産が数多く遺されていました。
それ故レムグランドよりもアビスグランドの方が―――――――まぁ魔法科学に関する知識はともかく、使われている機能は
どれも現代科学では高度過ぎるものばかりだったんです。
本来ならトランスポーターのあるフロアまであと15時間はかかるんですが、この魔法陣を設置してからは短時間で到着する
ことが出来るようになりました。
いや~本当に助かります、この技術はレイラインとは関係ないものなので・・・便利この上ない機能でしたよ。」
「―――――――じゅ、15時間・・・。」
三国同盟が結ばれて本当に良かったと思いながら、リュートはオルフェと共に魔法陣の中に入って瞬時に移動した。
次に目の前に現れた光景は薄暗くそして広大なフロアが広がっている、この場所が地上から一体どれ位離れているのか想像も出来なかったがそれだけ地下深くにあるこの場所に朝日が射し込むわけがない。
周囲には洋館の地下にあったような魔術式のランプが周囲に設置されていて、明かりと言えるものはそれしかなかった。
故にフロア内は薄暗いままでとても怪しい雰囲気をかもしだしている。
魔法陣から出て行くとフロアには誰もいないものかと思っていたが、20人位白いローブを来た学者達がいたので何かの呪術が行なわれているのかとリュートは思わず想像してしまった。
その中に白いローブを着ていない人物を見つけて、彼等がリュートの知っている人物だということに気付く。
「あれ・・・、リュート!?」
リュートを見つけて先に声をかけて来たのはカトルだった。
余りに意外だったのでリュートは唖然としている、そしてカトルに続いてレイヴンとリヒターも歩み寄って来た。
「彼等には最終的な仕上げを行なってもらってるんですよ、ヴォルトは知識の精霊ですからね。」
「遠距離間移動の魔法陣ならそれなりの知識を持っていれば描けるが、異世界間のトランスポーターとなると創世時代の知識が
必須になって来るからな。」
薄暗いフロアにいるせいだろうか、気のせいかリヒターの顔色が少し悪く見えたが―――――――どうやら気のせいでないことはこの後すぐにわかることになる。
「グリム大佐、とりあえずここの仕上げはたった今終わったところです。
―――――――もう地上に戻ってもいいですか?
首都に来た途端ここに連れて来られたから、外の空気を早く吸いたい・・・。」
(―――――――え?)
げっそりとした顔でレイヴンが弱音を吐くが、しかしドSなオルフェはその様子を見ても悦に浸った笑顔になるだけであっさりと残酷なことを言い放つ。
「お疲れ様です、それでは希望通り地上に戻っても構いませんがこの後は『大規模シールド展開』に関する設計の手伝いに
入ってもらいます。
打ち合わせはつい先程終わったばかりなので、すぐにでもマクシミリアン教授と合流してください。」
オルフェの意気揚々とした言葉を聞いた途端、レイヴンはそのまま前のめりに突っ伏して動かなくなった。
当然ながらカトルがレイヴンを介抱する、そんな時―――――――リュートがここへ来ていることに不審さを感じたリヒターは、じっとリュートのことを睨みつけていた。
どうにもリヒターからは敵視されていると、秘奥義習得の為に洋館を出発した時から感じていたリュートは曖昧に笑顔を作る。
彼の視線に気付いてるオルフェが様子を窺いながらも説明した。
「早速ですがこのトランスポーターを使用させてもらうことになりました。
リュートは今から異世界リ=ヴァースへと帰る為、光属性の人間を借りようと思っているのですが・・・トランスポーターの
機能が安全に作動するかの実験も兼ねようと思っています。
すみませんが君達の内誰か一人を、リュートと一緒に異世界間移動の実験に付き合ってもらえませんか?」
「―――――――実験!?
ちょっと待ってください、大佐! このトランスポーターってまだ不完全な状態なんですか!?
もし異世界間移動に失敗でもしたら確か、次元の狭間に迷い込んで二度と戻って来れないとか言ってませんでした!?」
リュートが慌てるのも当然である、今まで使用していたトランスポーターに関しては何の疑いもなく何度も使用していたが、
まさかトランスポーターというものが安全に作動するかどうかの実験を必要としているとは思ってもいなかったからだ。
そう考えると今まで何度も使用していた洋館のトランスポーターを、よく信用していたものだと―――――――安全か危険か疑いもなく使用していたことに今頃になって恐怖感が増して来る。
しかし実験に付き合えと言われて「はい、わかりました」と言う人間がいるはずもない。
リュートは蒼白になりながらオルフェを見上げる、どうせなら自分が実験台になればいいものを! とリュートは本気で思っていたがしかし・・・それじゃオルフェと一緒にリ=ヴァースへ行くことになるので、それはそれで御免だった。
どうせならトランスポーターの実験に無理矢理付き合わされる位なら、ゲダックの術で一旦洋館に戻って今までちゃんと作動していたトランスポーターを使った方がいくらか安全だと思ったリュート。
だが話は完全に『トランスポーターの実験』になっているようで、それには何とリヒターが名乗り出た。
彼はリュートに少なからず嫌悪感を抱いているはず、なのに彼が何の迷いもなく実験台を望んだことに違和感を感じる。
「オレ達の仕事に狂いはない、実験は成功する。
それを証明する為にオレが実験台になってやるさ、―――――――今すぐ行くのか?」
淡々とそう告げるリヒター、彼の自信は恐らく自分がヴォルトの正当な口伝者であるからだろうとリュートは思う。
この中で最も能力の高いリヒターが名乗り出たことにオルフェは満足そうに微笑むと、早速実験を開始することとなった。
リュートに至ってはまだ了承した覚えはないのだが、リヒターの自信を目の当たりにしていると本当に大丈夫なのかもしれないという錯覚に陥ってしまう。
抵抗する間もなく結局トランスポーターの魔法陣の中に無理矢理連れ込まれ、実験開始となってしまった。
「おい、行き先はお前に任せる。
オレはリ=ヴァースとやらに行ったことがないからな、出入り口が何の属性になっているのかオレではわからないから行き先を
指定することが出来ない。
マナもお前に合わせるから、お前はいつもやってる通りにしろ・・・いいな。」
乱暴な、しかしどこか冷静な口調でリヒターがそう言うとリュートはもはや逆らうことも出来ず―――――――リヒターと共にリ=ヴァースへ行くことを観念した。
オルフェはと言うと、無責任な笑顔を浮かべて手なんか振っている。
そんなオルフェを恨めしそうに見つめてから、邪念を捨てて集中した。
リュートが発するマナに合わせてリヒターもマナを込める、それに反応して魔法陣が光り出すと本当にアギトとトランスポーターを発動させているように全く同じ動作をしていた。
(―――――――これなら本当に大丈夫かもしれない、それに・・・。
もし相手が大佐だったら僕の行動を怪しむかもしれなかった、これはこれで好都合だったかもしれない!)
トランスポーターはリュートとリヒターのマナにより正常に作動し、そして次に二人が出現した場所はリュートの世界にある廃工場の―――――――屋上からの落下途中だった。
そのまま落下していく二人、リュートに至ってはいつも通りだったので心の準備は十分に出来ていたのだが、リヒターは出現先がまさか落下途中だということも知らず―――――――初めて彼の絶叫を、リュートは聞いた。
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