第249話 「死の宣告」
リュートのカマかけがヒットしたのかどうか定かではないが、それでもオルフェの態度にほんの少しだけ変化があった。
射抜くような眼差しであったがその瞳の奥はどこか面白げであり、そしてどこか意味深でもある。
「ルイドから全部聞きました、闇の戦士の末路も・・・運命も、全て。
ディアヴォロを倒すには3つ存在する核を全て破壊しなければいけない、そしてそれは闇の戦士の肉体に核を寄生させてから
光の戦士の力でしか破壊することが出来ないということ。
ルイドの核が2つ目で、―――――――3つ目の核は僕が受け入れなければいけないということ。
大佐は知ってたんですよね、そのこと。」
オルフェは最初から全て知っていた、知っていてそれをアギトやリュートに話す事なくずっと真実を伏せたまま利用しようとしていた・・・そう考えるとリュートの中から再びどす黒い何かが目覚めて行く。
しかしそれをぐっと堪えて、オルフェからの言葉を待つ。
―――――――リュートは聞きたかったのだ。
オルフェの口から直接真実を聞く為に、リュートはここまで来た。
真っ直ぐと見据えたままリュートが待っているとオルフェは小さく息を漏らしてから、ようやく口を開く。
「―――――――はい、あらかた知っていました。
しかし私が知っていたのは双つ星がディアヴォロ破壊の為だけに作られた生命体であること、そしてどちらかの犠牲を必要と
している・・・ということだけです。
それだけは誓って断言出来ます。
私が全ての真実を知ったのは三国同盟でサミットが開かれた時に、龍神族の元老院から初めて聞きました。
それまではあくまで仮定の段階で憶測していただけです。
まさか私の憶測が的を射ていたなんて・・・、正直嬉しくはありませんでしたが。」
オルフェの瞳は至って冷静であったが、どこか申し訳なさそうにしているようにも見える。
しかしそれはオルフェが今までリュート達に真実を隠していたことへの罪悪感からではなく、その先にある『闇の戦士の犠牲』に関して
同情にも近い哀れみから現れているのだとリュートは察していた。
どんな人間に対しても非情に徹するオルフェから同情の眼差しで見られることが、これ程の痛みを伴うとは思わなかった。
「それじゃ大佐は・・・そのまま運命に従う方法を選択した、というわけなんですね?
ディアヴォロを倒すにはそれしかないから、―――――――他に方法が残されていないから。」
リュートは思わず本音を口にしてしまう、別に愚痴るつもりなんてなかった。
自分自身がその道を選んだのだから今更どうこう言ったところで何も始まらないのはわかっていたつもりであったが、それでも闇の戦士の運命を・・・リュートが歩もうとしている道を他の誰かが知っているという事実が、リュートの決意をわずかに鈍らせたのだ。
誰にも明かせないということがどれだけ辛いか、一人で抱え込むということがどれだけ孤独か。
自分の宿命の重みで押し潰されそうになっていた所に、―――――――自分以外にも真実を知る者がいたことへの安心感。
同じように感じて欲しかった、同じように抱えて欲しかった、同じように悩んで欲しかった。
そして言って欲しかった。
―――――――他に方法があるかもしれないと。
頭の良いオルフェのことだから、もしかしたら他の可能性を既に見出しているのかもしれないという無駄な希望を抱いてしまう。
それでも期待してしまう、出来ることなら―――――――リュートだって本当は死にたくなんてない。
しかしオルフェの口から出た言葉は更なる真実を突き付けられる、残酷な答えだけであった。
「そうです、ディアヴォロを倒すには他に方法はありませんでした。
三国同盟のサミットでもルイドを死なせたくないベアトリーチェ女王が必死に訴えていましたが、結局誰一人として犠牲を
出さない方法などないと・・・、そういった絶望的な答えがわかっただけでした。
最終的には龍神族の代表である若君も、ベアトリーチェ女王も、そしてアシュレイ陛下も、全員が承諾した形で闇の戦士を
犠牲とした本来の正攻法によってディアヴォロを倒すという結論に至ったんです。
――――――――本当にすまないと思っています。
これだけの人間が揃っていながら、たった一人の少年ですら救う手立てを見つけられなかったのですから。」
リュートは黙ったまま、視線を落としながらオルフェの言葉を聞いていた。
ハッキリと、他に方法がないと断言されてしまったのだ。
三国が揃っても、知恵や力を合わせても、他の方法を見つけることすら出来ない。
わかっていた、わかっていたことだが―――――――どうしてもショックは隠せなかった。
じっとうつむいたままのリュートに、オルフェが真剣な眼差しで再び口を開く。
「私達は君に・・・君達二人に託すしかありません。
辛いでしょうが、どうかお願いします。
世界を救う為に・・・ディアヴォロの脅威から我々を救う為に、どうか・・・死んでください。」
「―――――――――っっ!」
胸に激痛が走る。
冗談でも何でもないオルフェの真剣な言葉に、心から頼み込んでいる言葉にリュートは全身の血の気が失せるようであった。
だが、それは当然の言葉だ。
面と向かって言われるとは思ってもいなかったので、オルフェから直接言われてショックが大きかったわけだが、結局のところはそういうことになる。
―――――――――死の宣告だ。
三国同盟で闇の戦士を犠牲にする方法が決定されたのならば、それはすなわち彼等から「死ね」と言われたも同然なのだ。
サイロンから、ベアトリーチェから、アシュレイから。
もし・・・。
もし他の者もこの真実を知ったのならば・・・?
前にも一度考えたことだった、もし他の誰かが闇の戦士の運命を知ったとしたら一体どうしただろう。
自分の為に他の方法を探そうと奮闘してくれたのだろうか?
それとも自分を死なせまいと、運命に逆らおうとしてくれただろうか?
しかしそれは結局の所リュートが自分に都合の良いように想像していたに過ぎない、真実はもっと残酷だったかもしれないから。
世界の為に死んでくれと、言われていたのかもしれない。
そう・・・、他に方法がないのなら最終的には誰もが口を揃えてこう言うだろう。
世界の命運とたった一人の少年の命を天秤にかけて、どちらがより重いかなんて子供でもわかることだ。
「―――――――そのつもりで、僕はここまで来ました。
本当は悩んで悩んで・・・すごく苦しんで、情けないって思われるかもしれませんが本当は怖くてたまりませんでした。
逃げ出したくて、実際逃げて・・・。
そしてその結果が、他の誰かをもっと苦しめる結果へと導いてしまった。
僕はその責任も取らなくちゃいけないんです、これ以上大切な人を失うわけにはいかないから。」
これだけは本当に、心から思っていたことだ。
嘘偽りのないリュートの本当の気持ち。
自分の運命から目を背けて逃げ出した結果―――――――ミアから、メイサから、ミラから、オルフェから・・・ジャックというかけがえのない者を奪ってしまった。
そして、今のリュートは知っている。
本当に心から大切に思っている者の死は、どんな苦しみをも超越するということを。
その苦しみは・・・死に怯える苦しみとは比べ物にならない、本当の絶望であり・・・本当の虚無となる。
迷った時は思い出せ、―――――――何が自分にとって最も大切なのかを。
「だから・・・、僕がリ=ヴァースに帰る許可をください。
死ぬ前にもう一度本当の家族に、最後にもう一度だけ会いたいんです・・・お願いします。」