第247話 「ヴィオセラス研究所へ」
リュートが洋館を出て行くとまず玄関前に二人、見張りの兵士が立っていて挨拶をする。
ミラの許可の元、洋館を出て首都へ向かうことを適当に説明するとそのまま森の中へと入って行く、洋館から100メートル程離れた場所まで来ると少しだけ木々の開けた場所へと出て来てジャケットの内ポケットから、あるアイテムを取り出す。
金細工で施されているがデザイン自体はシンプルなブレスレットを左腕に取り付けると、わずかにマナを込める。
するとリュートのマナに反応したブレスレットから淡い光が放たれてそれを空にかざした瞬間―――――――、後方から物音がして振り返るとそこには緑色のローブを来た老人・・・ゲダックが姿を現した。
「さすがリュートじゃな、初めてだと言うのにそのブレスレットをすぐ使いこなせるようになるとは・・・。」
「だってマナを込めるだけでしょ、どうってことないよ・・・これ位。
それより今すぐ首都シャングリラへ向かってくれ、オルフェ大佐に話をした後・・・僕はすぐにでもリ=ヴァースへ戻る
ことになるからさ。」
棘のある口調でそう告げるとリュートはゲダックから急かされる前に、ゲダックのローブをしっかりと掴んだ。
リュートの的確で素早い行動に文句を言う暇もなく、そのままテレポートでもするかのように瞬時に二人の姿が消えた。
まばたきにも満たない一瞬で次に目の前に現れたのは城砦都市という名前からわかるように、高く頑丈な鉄壁がそびえ立っているシャングリラの門前である。
少しだけ距離を置いた場所に現れた所を見て、人目を避ける為に計らったというのもあるがそれ以上にゲダックが首都を避けている節があるように感じられたリュートは、あえてそのことには触れなかった。
「それじゃワシは別の場所で待機しておるから、用件が済んだらまたそのブレスレットを使って呼び出すがいい。」
「わかった、それじゃまた後で。」
そっけなく言葉を交わすとゲダックは再び瞬間的に姿を消し、どこにもゲダックのマナが感じられなくなった。
リュートはブレスレットを左腕から外して内ポケットにしまい込むとシャングリラの出入り口へと向かう、リュートはふと半年程前の首都の現状を思い出す。
リュートが秘奥義習得のための修行に入る前、アビスグランドと開戦状態となったレムグランドの首都では集中的に攻撃を受けていたとミラからの報告で聞いていたが、今ではその惨状は跡形もなく・・・国民や騎士団の働きによって復興作業が順調に進められたおかげなのだと推察した。
これだけの期間でここまで復興が進んだ所を見ると、国のトップであるアシュレイのリーダーシップ・・・そして指導力が遺憾なく発揮されているという証拠でもある。
リュートはそのまま城砦都市の出入り口へと向かう、門前には数人の兵士が立っており出入りする人間のチェックを行なっていた。
当然リュートも身分が問われるとわかっていたがミラの言葉を信じるのなら、青い髪の人間は戦士としてすぐさま通されるはずだ。
内心不安がないわけでもないが、例え門前払いされたとしても城内にいるであろうオルフェに会いに行く方法は他にいくらでもあるとおいう自信がリュートにはあったので、そのまま堂々と門をくぐり抜けようとする。
しかし実際にはとてもあっけない結果になった。
青い髪をしたリュートの姿を見るなり、兵士達はまるで神でも降臨したかのように委縮しておののいている。
ざわざわと周囲がざわめいて兵士だけでなく町と町を行き来する商人までもが物珍しそうにリュートを眺めて来たのだ、そして門前で出入りする人間をチェックしていた兵士が俊敏な動きでリュートに向かって敬礼すると念の為身分を尋ねて来る。
「失礼いたしますが、貴方様は闇の戦士リュート様でございますね!?」
光の戦士だと問われなかったことにはさすがのリュートも驚いた、以前首都へ訪れた時リュートはただのアギトのおまけのような存在だったからだ。
一体どういう経緯で自分のことが兵士達に認知されたのかはわからないが、とにかく兵士達のリュートに対する対応から見れば簡単に王城へ案内されそうな雰囲気だと察してリュートはすぐさま頷いた。
「そうです。
すみませんが僕は今すぐレムグランド軍の大佐であるオルフェ・グリム大佐に用件があってここまで来たんですけど。
大佐に会うにはこのまま王城まで行けばいいんですか?」
すると敬礼したままの兵士が緊張気味に質問に答える。
「グリム大佐はただいまヴィオセラス研究所にて、新たな研究開発の為の指揮を執っていらっしゃいます!
良ければ大佐の元まで私がご案内いたしますが。」
「それじゃお言葉に甘えて、案内をお願い出来ますか?」
「はっ! 了解いたしました!
それではどうぞこちらへ、グリム大佐の元へご案内いたします。」
少し堅苦しかったがリュートは気にせず、軍服に身を包んだ兵士と共に首都へと入って行った。
門をくぐり抜けるとまず目に入ったのが下町だった、ここは以前首都を見学した時に回った場所でもある。
アギトやザナハ、そしてジャックが下町を案内してくれて・・・アギトの要望で武器屋に入ったり、ジャックが軍人時代の時に常連だったノキア食堂という所へ入るとそこにはお腹一杯に料理を注文して暴食に耽っていたサイロン達がいたり・・・とにかくとても楽しかった記憶が蘇って来た。
どれも懐かしい・・・、そしてとても楽しかった。
その時の理由や状況はどうあれあの時の自分達はまだ何も知らずに、ただ・・・初めての異世界で初めて大きな町に来て心の底から楽しんでいたものだった。
何より・・・、あの時はジャックがいた。
懐かしそうに切なそうに下町の風景を見つめながら、今ではジャックの存在を感じられないと言う現実を思い出し・・・リュートは楽しかった記憶を封印した。
気持ちが揺らぐ前に、また迷いが生じないように、心を強く保って・・・真っ直ぐと遠くに見える王城を見据える。
案内する兵士との会話もなくリュートはただひたすらに王城を目指した、余計な思い出が足を止めないようにする為に町の風景には一切視線を移すことなく目的地だけを目指す。
そうすることですぐに首都シャングリラの中心にある王城へと到着し、大きく立派に建っている城を見上げた。
兵士は城門をくぐると見張りの騎士に事情を説明し、それからまたリュートの元へ戻って来るとヴィオセラス研究所へ行く許可が下りたことを説明する。
ヴィオセラス研究所は魔術や兵器開発を行なう場所であり、その出入りは城砦都市の門前とは比べ物にならない位に厳しいらしい。
ただリュートの青い髪、そしてドラゴン対決の時などで散々リュートの姿を目にしていた兵士や騎士達は光、そして闇の戦士ならば顔パスが利くことを許可してくれていた。
更にヴィオセラス研究所の設立者は何を隠そうオルフェその人であった為、オルフェと近しい人物であるリュートならばなおさら簡単に通されることを知った。
(前々から只者ではないと思ってたことだけど、本当にあの人は何でもありだな・・・。)
ほんの少しだけ呆れたように呟くと、リュートは初めてヴィオセラス研究所へと足を踏み入れた。
王城とは違ってヴィオセラス研究所はまるで大学のキャンパスのような雰囲気だった、整然とした建物に皆同じようなローブを纏って廊下を歩いている。
研究所内には兵士や騎士といった武装した人物は一人もおらず、恐らく中にいる者の殆どは研究員か学者か、研究員を目指す生徒か。
中庭では数名の生徒が魔術の練習をしていたり、廊下の掲示板に張り出されている大きな紙にはあくまでリュートの想像だが多分テストの結果発表のようなものが点数順にランク付けされていて、それを必死の形相で自分の名前を探す生徒、上位にランク付けされていて喜ぶ生徒、最低点を取ってしまって絶望している生徒など・・・着ている服が現代の服装を着ていたなら本当にただの大学と変わらないような、そんな風景であった。
しばらく歩いていると兵士が一人の男性に声をかけられる、年齢から見ると50代位の・・・研究員か教授だろうか?
ヴィオセラス研究所では武装した人間が出入りするのを禁じているのか、兵士を非難するように注意している。
「この方は闇の戦士リュート様です、現在ヴィオセラス研究所で研究開発を行なっているグリム大佐に用件がありますので
騎士団の許可の元、リュート様を案内しております。」
「そういうことならこの後は私が引き継ごう、だから物騒な武器を持っている者は早々に研究所から立ち去るがよろしい。
他の生徒が脅えるではないか。」
「―――――――いや、しかし!」
「あの、グリム大佐に会わせてもらえるのなら僕はどっちでも構いませんよ。
研究所の方針なら仕方ないですし、本当にここまでありがとうございました。」
リュートがにこやかにそう言うと、兵士は少し心配そうな表情になると再び堅苦しい挨拶をしてから去って行った。
年配の研究員がまるで異物を見るかのようにリュートのことをじろじろとねめつける、それからようやくリュートの青い髪を見るとやっとのことで納得して・・・無愛想に声をかけた。
「ふん・・・、ついて来い。」
随分偉そうな男だなと思いながら、リュートはオルフェの元へ辿り着くまでの辛抱だと言い聞かせて黙って男について行った。
足早に歩いて行く男に少し駆け足になりながらついて行くと、男はイヤミったらしい口調でぶつぶつと文句を言うようにリュートに話しかけて来る。
「闇の戦士、と言えば我らレム人の宿敵・・・。
アシュレイ陛下も何を考えておられるのか、野蛮なアビス人などと手を組むなど正気の沙汰とは思えん。
国王命令だからと渋々従っているのが殆どだと・・・理解しておられないのだろうか、全くもって不愉快極まりないわ。
これじゃガルシア前国王の時代の方がまだレム人の威光や尊厳を貫いていただけに、・・・立派な思想であった。」
独り言・・・そう捉えるべき内容であったが、どう聞いてもわざとリュートに聞こえるように言ってるとしか思えない。
前国王であるガルシアに対して全くいい思い出がなく、ただの暴君としてのイメージしか持っていないリュートからすればあのガルシアを支持する人物が実際に存在していたという事実に不快感を隠し切れなかった。
(まさかあの暴君のことを尊敬する人間が未だに存在していたなんて、少し意外だな。
てっきり国民全員がガルシアの暴挙に反対しているものだと思ってたのに、まだこんな人間が存在してるとなると・・・今の
国王であるアシュレイもきっと苦労が絶えないだろうな。)
ほんの少しだけアシュレイに対して同情を感じながら、リュートは出来る限り延々続けられる男のイヤミを聞かないようにして早くオルフェのいる場所へ到着しないか、ただそれだけを祈った。
しかしながら特に何も感じていない時と、嫌でたまらない時とで・・・こうも時間の流れ方が違うのかとリュートはうんざりする。
実際には5~6分程度の道のりであったにも関わらず、不快にしか感じられない男の独り言を聞きながらの道程は実に1時間程にも感じられた。
にわかに男に対して静かな殺意が芽生えて来た頃にオルフェのいる研究室に到着して安堵するリュート、無意識に仕込みナイフの柄を掴みかけていた自分に苦笑しながらリュートは精一杯の作り笑いを浮かべて男と別れるも、決して感謝の言葉だけは述べなかった。