第243話 「真実」
そうか・・・。
そうだったんだ・・・。
ぼんやりとした意識の中、リュートはゆっくりと目を開ける。
自分が一体どれ位の間もがき苦しみ、床の上を這いずり回っていたのか・・・その記憶は殆どなかったが意識を取り戻した時には激しい疲労に襲われ、ほんの少し指先を動かすだけでも億劫になっていた。
全身がひどい筋肉痛になったように体を動かすことすら出来ず、床に転がった状態のままでリュートは目線だけを動かして回りの様子を窺おうとする。
すると数メートル離れた場所でルイドが床に腰をおろし、リュートの方をじっと見つめている姿が目に入った。
ずっとその場でリュートのことを瞠っていたのだろうか?
リュートは思考が鈍ったままで考えを巡らせようとするが、うまく考えがまとまらない。
今自分が置かれている状況を考えるより、頭の中に無理矢理押し込まれた『真実』を整理することを優先していた。
(あれが本当に・・・、嘘も偽りも何もない本当の『真実』だとしたら・・・僕は・・・っ!)
疑おうとする、いや・・・疑いたかった。
長時間に渡りリュートに無理矢理見せつけた『ルイドの記憶』というものが、ルイドが自分を利用する為に作り上げた虚偽の映像なんだと・・・そう疑いたかった。
しかし見せられた映像は間違いなく『真実』そのもの、リュートにはそう確信出来た。
―――――――――いや、リュートだからこそ確信出来たのだ。
目頭が熱くなり涙が溢れそうになるのを必死で堪える、胸の奥が苦しくなり呼吸までままならなくなってくる。
しかし自分は誓った、もう二度と涙を流さないと。
歯を食いしばりながら突き付けられた『自分の最期』に、絶望という名の苦しみが込み上げて来る。
(嘘だと言って・・・、誰か。)
心の中で何度も繰り返すが、それが嘘ではないと・・・誰よりも自分自身がわかっていた。
だからこそ、気休めでもいい・・・誰かに嘘だと告げて欲しかった。
『・・・残念だけど、嘘じゃないよ。』
子供の声がした。
リュートの目の前に心地よい風が吹き、淡い緑色の光が放たれたかと思うと目の前に手の平サイズの小さな子供が、背中にまるで妖精のような羽を生やした風の精霊シルフが姿を現す。
シルフはルイドを見つめ、そして床に転がっている現在の主リュートの方へと視線を移し、それから悲しそうな表情で告げた。
『精神世界面はその名の通り、精神で作られた世界。
君がいた記憶の世界は・・・人間の、ルイドの深層心理をありのまま映し出す世界でもある為、その世界では嘘で塗り固める
ことは出来ないんだよ。
君に見せた記憶は正真正銘ルイドの真実であり、ルイドが全てを賭けてでも成し遂げたいと願う・・・切なる想い。』
『オレ達はその意志を見届ける為に契約を交わしたんだぞ・・・。
だからお前と契約を交わす時も、まどろっこしい試練もなく契約を交わせたんだ。
ルイドの真実を目にした今なら・・・、お前にもその意味が理解出来るはずだぞ。』
続いてのんびりとした口調で、ブラウンの光を放ちながらもぐらの姿をした土の精霊ノームが現れる。
リュートは虚ろな瞳のままじっとシルフとノームを見つめていた、それから遠くで見守るように腰をおろしていたルイドが立ち上がるとゆっくりとした歩調でリュートの側へと歩み寄って来る。
目の前まで来るとルイドはマントを翻しながら膝をつくと、左手のレザーグローブを脱いでリュートに見せた。
ルイドの左腕はまるで酷い火傷を負ったように皮膚が崩れており、直視するにはあまりにも醜い姿だった。
「これが魔剣の成れの果てだ・・・、オレの記憶の中でどうやって魔剣を手に入れ・・・そして失ってしまったのか。
今のお前なら理解出来ているはず。
そしてこの先お前が何をすればいいのか、―――――――それももうわかっているだろう。」
再びレザーグローブをしてから、ルイドは回復魔法をかけてやった。
回復魔法では精神的な疲労を癒せないが全身に走る痛み程度なら和らげることが出来るので、せめてリュートが会話を出来る程度にまで回復させようとした。
するとリュートはさっきまでの全身の筋肉痛のような激しい痛みが嘘のようになくなり、ゆっくりと起き上がって座り込む。
それでも浮かない表情のままでうつむきながら困惑とした様子だったので、ルイドがシルフやノームに目配せしながら話を続けた。
「お前だけが最後の希望・・・、長い年月の間何度も繰り返して来た悪夢をようやく終わらせることが出来る。
オレの望みはお前の望み、オレの願いはお前の願い、そしてオレが目指しているものこそ・・・お前が目指すものだ。」
そう言ってルイドは懐から青い色をした宝石のようなものを取り出し、それをリュートに手渡す。
「それは龍神族の前族長パイロンから譲り受けた、次元の精霊ゼクンドゥスの力が込められた宝石だ。
たった一度だけならマナも制約も全て無視して、特定の物体を指定した場所へと強制的に送ることが出来る力を持っている。
パイロンはこれをディアヴォロに使おうと思っていたらしいが、今の状況を見てもわかるようにそれは叶わなかったようだ。
これをお前に渡しておく、誰の目にも触れさせず・・・常に肌身離さず持っておけ、いいな。
ゼクンドゥスの宝石・・・マリスミゼラを、いつ誰に使えばいいのか・・・今のお前にならそれがわかっているはず。」
リュートは自分の瞳と同じ色を放つマリスミゼラを見つめながら、まだ思考がうまく働かない様子のままぼんやりとしている。
やがてマリスミゼラからルイドへと視線を移すと、困惑した口調で尋ねた。
「まだ・・・見せられた『真実』が、真実だって・・・僕は認めたわけじゃない。
シルフやノームが嘘を言ってるとは言わないけど、それでも・・・確証が欲しい。
その証拠がどこかにあるなら、それで『真実』が真実だとわかったなら・・・僕は・・・。」
本当は真実だとわかっていても、信じたくないという気持ちの方が強かったリュートは・・・どうしても真実を否定出来る材料が欲しかった。
そんなものがないとわかっていても、それでも自分に突き付けられた運命だけは受け入れがたかった。
困ったようにシルフとノームが顔を見合わせる。
『無理もないよ、リュート。
確かに信じられないよね・・・突然こんなことを明かされても、でもこれが本当に本当のことなんだよ。』
シルフが宥めるように、諭すように声をかけるがリュートはうつむいたまま拒絶を貫いている。
そこへルイドが口を開いた。
「証拠なら残してある、たくさんな。」
「―――――――えっ!?」
「最もわかりやすく確実な証拠として、・・・ザナハ姫に預けているものがある。
お前は一旦このままレムグランドへと戻り、それからザナハ姫にオレから託された物を見せるよう頼んでみるがいい。
『それ』には封印魔法が施してある、本人でなければ解くことが出来ない魔法だ。
封印魔法を解き、中を見ればお前は確実に納得する。
それは同時にお前の道が定められる瞬間でもあるがな・・・。
納得したら・・・お前はすぐさま行動に移るんだ、時間はもう残されていない。
これから先、まだルナやシャドウとの契約が残っているんだからな。」
それからルイドは続けて懐から薄い紫色の液体が入った小さな小瓶を取り出して、同じようにリュートに手渡した。
「確証を得て、納得したら・・・その液体を飲ませろ。
それが何の薬かは、もうわかっているな?
お前が行動を開始した瞬間、オレ達の計画は始まっている。
迷った時は思い出せ、自分が何の為に生まれて来て・・・誰の為に死んでいくのかを。
そしてお前にとって何が一番大切なのか、世界を滅ぼしてでも守りたい者が一体誰なのか・・・それを思い出せ。」
リュートはマリスミゼラと薬品の入った小瓶を見つめながら、追い詰められたように苦渋に満ちた表情を見せた。
そして最後に、リュートはもう一度ルイドに尋ねる。
「ルイド・・・、あなたにとって一番大切な者って・・・ザナハのこと? それとも・・・。」
立ち上がったルイドの動きが一瞬止まる、それから柔らかく・・・寂しげな笑みを見せると小さく答えた。
「例え微かな希望でも、抱かないことだ。
オレであろうとお前であろうと、ザナハを幸せにすることは絶対に敵わない。
闇の戦士は・・・神子を不幸にするだけだ、どんなに大切にしようと思っても・・・結局は傷付けるだけ。
ならば最初から突き放し、裏切ることで・・・倒すべき敵として立ちはだかる方がよっぽどマシだろう。」
「そうやって・・・、悪を演じて倒されて・・・それでザナハが傷付かないとでも?」
「少なくとも傷が大きくはならない、未練がない分・・・癒されるのも早い。
『死』が確定している人間が誰かを幸せにすることなど、出来はしないんだ。
それはお前自身にも言えること、―――――――いいな?」
それだけ言い残すと、ルイドは出口へと向かって歩き出す。
シルフやノームも再び精神世界面へと戻った、リュートは複雑な表情を浮かべながらルイドの後をついて行く。
ジャックさん・・・、今の僕ならわかります。
あなたはルイドの真実にいち早く気付いてしまったから・・・、だからルイドに止めを刺せなかったんですよね。
結局、僕があなたのことを・・・殺してしまったも同然だった。
直接手を下さなかったとはいえ、あなたを追い詰めて・・・ルイドに刃を向けさせてしまった。
ごめんなさい。
―――――――――本当にごめんなさい。
せっかく守ってもらった大切な命なのに、僕はこの命を使って・・・ルイドの跡を引き継ぐことになります。
僕は知ってしまったから。
僕が・・・、ルイドの遺志を引き継ぐ者なんだってことに。
最近短くて申し訳ありません。
それから謝罪と言いましょうか、前もってお断りをひとつ・・・。
これから先、ルイドとリュートの間で勝手に納得したまま話が進んでしまう・・・ということがたくさん発生してしまいます。
文章・表現力の上手な方なら違和感や不自然さを見せずに綴れるかと思いますが、なにぶん頭の中で作られている内容と文章とがうまくかみ合ってくれないというもどかしさがあって、読んでくださっている読者様に大変な違和感などを与えてしまうことがあると思います。
現段階で絶対明かせない内容がたくさんあるので、納得出来ないことや「?」に感じることがたくさんあると思いますが・・・話が進めば必ず答えが出るようになっていますので、それまでは我慢して読み進めていただけたらありがたいです。
それではこれからも(完結に向けてどんどん暗くなって行ってますが)「ツインスピカ」をよろしくお願いいたします。