第242話 「精神世界面」
クジャナ宮の遥か地下深く、異空間を思わせるような場所にある広大なフロア・・・その中心に白く淡い光を放っている巨大なサークル、ルイドはそのサークルの中心に立っていた。
仇討ちをする為にここまで来たリュートは不意打ちをする為に、まずはベストの内ポケットに忍ばせていた煙幕を放とうと計画していたが思わぬ展開にそのタイミングを逃してしまっている。
―――――――――闇の戦士の死に場所、アルトスク決闘場!?
その言葉に一瞬出遅れてしまったが、リュートはルイドの言葉を振り払うかのように頭の中を『ジャック』で満たした。
大切な人、理解ある師匠、自分のせいで死なせてしまった・・・。
そうやって反芻させることでルイドに対する殺意を思い出させる、再びリュートの両目に憎しみが込められると素早く腰のベルトに装備していたナイフをルイド目がけて投げつける!
しかしルイドはそれを手に持っていたサーベルではじく、当然回避されることを計算していたリュートはナイフを投げつけたと同時に煙幕用のカプセルを放っていた。
投げたナイフをはじいたと同時に周囲に煙幕が立ち込められ視界が悪くなる、リュートは俊足の早さでルイドの側面へと回り込み接近戦用に持ってきていたマン・ゴーシュを左手に構えてルイドの懐に飛び込もうとしていたが、―――――――しかし。
「エアスラスト!」
視界を遮り近距離線に持ち込もうとしていたことすら読んでいたのか、ルイドはすでに呪文の詠唱を済ませていて煙幕を吹き飛ばせる為だけに風の魔法を発動させたのだ。
ルイドを中心とした場所から強風が巻き起こり、一瞬にして煙幕が吹き飛んでリュートの居場所がすぐに知れる。
しかしこのまま後退しても同じだと踏んだリュートは足を止めることなく玉砕覚悟で突っ込んで行った、ルイドは自分と同じ左利き・・・左側から突っ込んだのであればすぐさま武器で防がれると思い、リュートは右側から突っ込んで少しでも回避や反撃が遅れるようにとルイドの右側を選択したのだ。
そしてリュートは左手に構えたマン・ゴーシュをルイドの脇腹に突き立てようとする、あと数メートルという距離で・・・ルイドは真剣な眼差しをリュートに向けると予想だにしなかった言葉を言い放った。
「・・・お前はここで、アギトを殺す。」
「―――――――――っっ!?」
その一瞬でリュートの中に芽生えていた殺意が揺らぎを見せ、ルイドから後退するようにバックステップで距離を離した。
心臓が大きく高鳴る、まだ戦いは始まったばかりだと言うのに動悸がおさまらない。
なぜ自分がこんなにも動揺しているのか、もうルイドの言葉に耳を傾けたりはしないと誓ったはずなのに・・・。
ルイドの・・・自分と同じ青い髪が、青い瞳がリュートの心を捉えて離さない。
マン・ゴーシュを左手に握ったままリュートはルイドの様子を窺った、相手は左手にサーベルを構えてはいるが攻撃の意思は見せていない、それどころか武器を取ったのはリュートの攻撃をかわす為だけでありルイド自身は本当に話をする為だけにここで待っていたような・・・そんな様子に見えた。
動揺を隠しきれないリュートの姿に、ルイドはサーベルを持ったまま話を続けた。
「双つ星の使命はディアヴォロと同じ属性を持った闇の戦士に核を宿らせ、光の戦士の力によって破壊すること。
伝承や歴史の中ではそう説明されているが実際には、初代達は全く逆の行為を行なっていたんだ。
本来なら闇の戦士であるロギが核を宿しアルトスク決闘場で殺されなければならないが、実際に殺されたのは光の戦士である
リューガだった。
双つ星という名の兵器を作った魔道士達にすら予測出来なかった事態が、7億年前に起きていた。
1つの生命体を『光』と『闇』に分かつことで生み出される二人の戦士、それは一卵性双生児のようなものだ。
だがその『繋がり』がこの副作用を生み出すこととなる、・・・『光』と『闇』は相手を搾取することでその存在を『喰う』
ことが出来るのだと・・・可能だとわかったのだ。
しかし当時何も知らなかった初代の戦士二人は、そうとは知らずに相手を喰った。
光の精霊ルナと契約を交わしたことで光の戦士に与えられる聖剣。
そして闇の精霊シャドウと契約を交わしたことで闇の戦士に与えられる魔剣。
聖剣と魔剣がぶつかり合い、そして殺された方は相手に力を奪われる・・・いや、完全な1つの生命体へと戻るんだ。
ロギとリューガは親友同士だった・・・、友の命を奪い悲しみと苦しみに苛まれたロギは自ら核を宿し自害した。
『光の戦士』の能力を得たロギだからこそ出来たことであり、それは双つ星を生み出した魔道士にすら計算外の出来事だ。
生命体を二つに分けたことには何か理由があったのかも知れんが、それはオレの専門じゃないから詳しくは知らないが。
ともかく・・・、双つ星の運命というものは決して定められたものではないということだ。
自分の命が惜しければ自らを救う手立てもある、―――――――半身であるアギトを自分の身代わりにすることでな。」
「そんなのっ! ―――――――最初に言ってたのと全く違うじゃないかっ!
光の戦士の身代わりとなる為に闇の戦士が、・・・添え星がいるって最初に言ってたのはルイドだろっ!!
それを今更・・・っ、それにどうしてそんなことお前が知ってるんだ。
僕が何も知らないから・・・僕を丸めこむ為に嘘をついてるって可能性だってある。
―――――――――お前の言うことはもう何も信じられない!」
リュートは必死になってルイドの全てを否定しようとした、静かな口調で話すルイドだがそれが真実だとは限らない。
何より・・・今のリュートにとっての真実は『ルイドがジャックを殺した』ということだけなのだから。
もう騙されない、もうルイドの手の平で踊らされるのは嫌だ、そうやってリュートは強く自分に言い聞かせた。
「オレの言うことは信じられない、か。
だが信じる信じないの問題ではない・・・、お前が真実を聞いてどうするのか・・・それを知りたいだけだ。」
「僕がアギトを殺せるわけがないだろ。
自分が助かりたいって理由だけで親友を殺すだなんて・・・、アギトを犠牲にするだなんて正気の沙汰じゃない。」
「だがお前はここで、確実にアギトを殺すことになっている。
・・・お前の運命はそう『定められている』んだ。」
ルイドのくどい言い回しに短気を起こしたリュートは声を荒らげた。
「お前はさっき運命は定められているわけじゃないって言っただろ!
一体何が言いたいんだ、僕はお前と話をする為にここへ来たわけじゃないんだ!
お前は僕にとってジャックさんの仇だ・・・、僕はお前を殺す為だけにここへ来た!
さっさと武器を構えろ! そして僕と戦えっっ!!」
するとルイドは武器を構えずに、真っ直ぐに・・・リュートに向かって指を指した。
一瞬何かの魔法か特技のモーションかと思ったリュートは何の攻撃かわからずに身構えたが、何も起きなかったので余計にはらわたが煮えくり返った。
まるで自分が弄ばれているように感じられて、だんだんと苛立ちが募って行く。
「オレはお前と話をする為にここで待っていたわけじゃない、オレは・・・。
お前にオレの全てを引き継がせる為に、ここにいる。」
―――――――――ドックン。
リュートに向かって指を指したルイドと目が合った途端、リュートは違和感を感じた。
さっきまで『アルトスク決闘場』と言われる場所にいたはずなのに、まるで別の空間に・・・別世界に一瞬にして瞬間移動させられたかのような、そんな感じである。
『ここはオレの精神世界面と呼ばれる場所だ。
異世界でも現実世界でもない、いうなれば今お前が立っている所はオレの記憶を司る場所・・・。
そこではオレが今まで体験した過去を実際にお前の目で見て、追体験することが出来るようになっている。
理解していたことだが今のお前はジャックの仇討ちで視界が曇り、オレの話を聞く気はないらしい。
だからオレは何も話さない、ただ自分の目で見て・・・感じるがいい。
精神世界面では嘘はつけない、改竄も修正も利かない。
そこにあるのはオレの・・・、ルイドという男の真実だけだ。
お前には知ってほしい、いや・・・知らなければならない。 オレが何者なのか・・・それをお前自身の目で確かめろ。』
どこからともなく聞こえて来るルイドの声、周囲全てがスピーカーになっているように黒いモヤに包まれた空間から響くように聞こえて来て・・・リュートは戸惑いを隠せなかった。
するとルイドの声が聞こえなくなったと同時に周囲が突然まばゆい光を放ち、短い悲鳴を上げながら思わず両目を閉じるリュート。
―――――――――その瞬間。
突然リュートの頭の中に直接映像や音声が流れて来て、同時に自分の周囲にいくつもの映像が映し出された。
まるで大小さまざまなフィルムのコマを何千何億と周囲に張り巡らして、声や物音に関しても周囲にたくさんのスピーカーを設置してそれを同時に流しているように、どこを見ていいのか、何を聞いていいのかわからない状態に混乱するリュートであったが、不思議とその全てを把握することが出来た。
ものすごい量の情報量を一気に頭の中に押し込められるように、拒絶しようにも強制的に情報を処理させられて発狂寸前に陥る。
「うわあああああぁぁぁぁああ―――――――――っっ!!」
絶叫しか出せない、他のことは考えられない・・・考えようとしたら脳がパンクしてしまいそうだった。
自分の思考よりも情報を処理することを優先させられ、何も出来ない、抵抗すら出来ない。
リュートは両手で頭を押さえて激しい頭痛に必死に耐える、そして瞬時に得た情報を理解させられる苦痛に必死に耐える。
しかし次々と見せられるいくつもの体験や出来事、その時その時の感情や意識、痛みすら追体験させられてリュートはすぐに限界を迎えた。
まるで廃人のように放心状態となり、目は虚ろ、アゴに力が入らず開いたままの口からは唾液を流し、そのまま力尽きてしまい膝をついて倒れてしまうリュート。
ひくひくと痙攣しながら、リュートは気を失っても情報を流され続けた。
リュートが全てを理解するまで、全てを受け入れるまで・・・飲まず食わずにそれは続けられることとなる。
―――――――――そんな状態を、リュートは三日間も続けさせられた。