第240話 「ミラの報告」
ジャックに捧げる献花の方がまだまだ時間がかかりそうなので、オルフェはアシュレイと共にこのまま首都へ向かおうとしていた。
同盟後最初の訃報ということもあり、アシュレイは未だに不服そうな表情でじっと棺の方を見つめている。
そんなアシュレイを横目で見つめながらオルフェは折りを見て声をかけようとしていたが、遠くの方からミラとサイロンがこちらへ向かって歩いて来るのが見えたので、アシュレイに声をかけるのをひとまずやめた。
オルフェがレムグランドへ戻って来てようやくゆっくりと報告が出来る状態になったのを見計らい、ミラは軍人モードで敬礼しながら報告する。
「葬儀中に失礼いたします、どうぞアシュレイ陛下もお聞きください。」
「どうした?」
首都方面での出来事は騎士団が、他方面では軍部に全て一任している中・・・軍部の大佐であるオルフェだけではなく自分にも報告することがあるというミラの言葉に、アシュレイは厳しい表情で無礼を許した。
「はっ、大佐の留守中にレムグランドのセレスティア教会にてルイドの配下である4軍団の一人、魔獣の軍団長フィアナを
発見・保護しているとの連絡を受けまして、大佐の指示を待たずに私の一存でアンデューロへと向かいました。
詳しくは大佐の『クローン化計画』に関する資料をまとめていますので、そちらの方を参考にしていただきたいのですが・・・。」
オルフェが管轄している魔術や兵器開発は全て『ヴィオセラス研究機関』にて管理しているので、研究所で何を開発しているのか・・・そういった詳しい内容を、国王が全て把握しているわけではない。
前国王であるガルシア時代では研究内容を国王が指示したり、研究開発の優先順位を全てガルシア前国王が仕切っていたのだがアシュレイの代に変わってからは国の立て直しを最優先にしていたので、その間ヴィオセラス研究所は殆ど放置状態になっていた。
しかし、ただ国の再建を優先していたから放置状態になっていた・・・というわけではなさそうである。
「・・・面倒だな、ある程度の内容ならオルフェの口から説明させる。
報告を続けろ。」
―――――――そう、アシュレイ自身兵器開発などにあまり興味がなかったせいであった。
にべもない言葉にオルフェは苦笑いを浮かべながら肩を竦める仕草をし、それをミラが横目で睨みつける。
「はい、ちなみに魔獣の軍団長フィアナの状態に関しても一緒に資料にまとめています。
能力が極端に弱体化しているということもあり、現在は大佐の指示により龍神族の里の方へ移送し軟禁状態にさせているので
これといった弊害にはならないと判断しております。
ここまでは大佐も存じている内容ですが、・・・本題はここからです。
アシュレイ陛下の即位後、大佐が首都方面へ向かっている間に雷の精霊ヴォルトの使徒であるリヒター・セルボルトが
覚醒しました。
彼にはヴォルトから受け継いだ多くの知識を持っていますが、私はまず大佐の指示にもあった通り・・・ラムエダの町で
魔獣の軍団長フィアナに襲われていた時の記憶を揺り起こし・・・そこでフィアナからどんな記憶を奪われたのかを聞き出す
ことを優先させました。
フィアナは主に『シグナルゲート』に関する知識を得ようとしていたそうです。
そこから奪われた詳しい内容は、『シグナルゲート』の装置に関する知識、発動方法など。
恐らく『シグナルゲート』本体である光の塔を使わずして、新たに装置を作り・・・発動させようとしているらしいのですが、
この情報を得ようとフィアナに命令を下したのは、どうやらルイドではないようなのです。」
眉根を寄せながら報告を続けるミラに、オルフェが怪訝な表情を浮かべる。
アシュレイに至っては『シグナルゲート』自体が一体何なのか、どんな魔法科学なのか全く把握していない様子だ。
「ルイドではない・・・。 では一体誰が、何の目的で?
そもそも『シグナルゲート』を単体で見れば兵器にすらなり得ません、あれはただ音声を遠方に送るだけの装置のはずです。
・・・アンフィニの呪歌があれば別ですけどね。」
するとミラは暗い表情になり、一歩オルフェ達に歩み寄ると少し小声にしてから言葉を続けた。
「リヒター君は、自分の脳内に侵入して来た相手・・・つまりフィアナのマナを伝って逆探知することに成功したそうです。
フィアナが指先から送り出すマナに自分のマナを逆流させて、リヒター君はフィアナの脳内を探ったのですが・・・精神集中
出来る状態であればもっと詳しい内容まで探ることが出来たそうなんですけど、あの時は精神崩壊ギリギリの状態だったので
フィアナに命令を下した人物を割り当てることしか出来なかったということです。
その人物は黒いローブに身を包み、顔が隠れる位まで深くフードをかぶった女性だったと。
黒いローブの女はフィアナに『シグナルゲート』に関する情報を提供すれば、報酬を渡すと約束を交わしていたらしいのですが。
残念ながらリヒター君が逆探知した内容はそこまでしかわからなかったそうです。
そしてセレスティア教会で保護されていたフィアナに話を聞きに行き、その人物が一体誰なのか・・・。
どんな報酬を渡すと言って来たのか問いただそうとしたのですが、フィアナは何かを恐れるように決して口を割ろうと
しませんでした。
魔力の弱体化と同時にコピーの副作用で混乱したフィアナは、二言目には大佐に会わせろの一点張りでして・・・。
結局それ以上の情報を得ることは叶いませんでした。」
ミラの報告を一通り聞いたオルフェとアシュレイは、『黒いローブの女』と聞いて互いに顔を見合わせた。
「・・・眷族、だな。」
「まぁ・・・、ほぼ間違いないでしょうね。
眷族相手ならば例えフィアナでもヘタな真似は出来ない、いつ寝首をかかれるかわかりませんから。
報酬というのもどうせ私絡みでしょう、そうでなければフィアナが動く理由もありません。
『ラムエダの惨劇』に関するからくりは大体これで繋がりましたね、中尉・・・すみませんが『ラムエダの惨劇』の事件
ファイルには先程言った内容をありのまま、報告書にまとめておいてください。
それからリヒター、カトル、レイヴンをここへ連れて来てくれますか。
陛下と私はこれより首都のヴィオセラス研究所へ向かい、『大規模シールド展開』に関する開発作業に取り掛かります。
その為にはリヒター達が持つヴォルトの知識が不可欠でしょうからね、当然陛下の護衛役も務めてもらいますが。」
「わかりました、少々お待ちください。 すぐに戻りますので。」
そう返答するとミラは背筋を正して敬礼すると、すぐさまリヒター達を探しに走って行った。
オルフェとアシュレイは黙ったまま・・・難しい顔で立ち尽くしていると、手持ち無沙汰にしていたサイロンが話しかける。
「あ~~~、余は・・・もう帰っていいかのう?」
すぐ側で未だに献花が続けられている中、さすがにいつものようにおちゃらけることが出来ないサイロンはどうしても調子が狂ってしまうのか・・・まるで借りて来た猫のように随分と大人しくしていた。
「すみませんが若君が手配してくださった銀龍を、もうしばらく貸していただきたいのですが・・・。
首都まで馬車を走らせると数日かかってしまいますが、ドラゴンの背にまたがればひとっ飛びですからねぇ。」
「だがサイロンも長くレムグランドに滞在するわけにいかんだろう。
里に残して来たベアトリーチェが心配だろうしな、大人しく言うことを聞いていればルイド達もアビスの国民や部下に
手荒な真似をするようなことはないが、それでも自分の根城としていた場所が占拠されているんだ。
ベアトリーチェのあの気性・・・、黙って大人しくしているとは到底思えんぞ。」
アシュレイは唐突に手痛い一撃を食らったのを思い出し、眉根を寄せた。
「いやいや、ベアトリーチェのことなら襷殿に任せておいて大丈夫じゃろう。
ああ見えてあのジジイ、おなごの扱いはものすごく上手いんじゃ・・・。
何でも二千年前には里一番の『れでぃきらー』として名を馳せておったと聞くからのう。」
サイロンがしみじみとした表情で語り聞かせるも、オルフェとアシュレイは襷の強面を思い出しては首を傾げる。
人間年齢から見て約90歳位の老人だが、その老体からかもしだされる威厳や強硬な意志の強さ、そしていかつい顔つきから見ても女性を優しく包み込むようなイメージが全く結びつかないので、世の中は本当にわからないものだとつくづく痛感するオルフェとアシュレイであった。