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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド編 5
237/302

第235話 「励ます役目」

 ザナハの歌が終わり、一人一人が白い棺に向かって一礼しながら一言添えて行く。

どうやらレムグランドでの葬儀の締めくくりは、参列した者全員が手に献花として供える花を一輪捧げてから別れの言葉を告げるのが風習らしい。

一番前の列にいたアギト達はすぐに順番が回って来たのだが、歌による余韻が残ったままのアギトはなかなか棺の前から離れられなかった。

ジャックに向かって別れの言葉を語るにはあまりに時間が短か過ぎる、しかし後方に控える大行列のことを考えると一人数秒で終わらせなければ、とてもじゃないが今日中に全員が別れを告げることが出来ない。

まだまだ物足りなかったがアギトは結局葬儀に間に合わなかったリュートの分も含めて、心の中でジャックに声をかけた。

ジャックの妻であるミアは娘のメイサをミラに預けたまま棺の横に控えて、夫に別れを告げる参列者一人一人に向かって感謝の意を込め延々と会釈し続けている。

愛する夫を亡くしたミアの気持ちがどれ程辛いものか、アギトはお辞儀し続けているミアの姿を見つめながら胸が痛んだ。


「アギト、ザナハ姫、お疲れ様です。

 あとは参列者全員の献花が済み次第、葬儀は終了となります。

 献花が済んだ者は他に何もすることはないのでこのまま解散しても構いませんよ。」


 オルフェが二人にそう言うと、そのまま自然にミアの方を見つめていた。

やはり冷酷無比と恐れられたオルフェでも、親友を亡くした痛みを少しは感じているのだろうか?

そんな風にアギトは思いながら何となく居心地が悪くなってしまい、リュートを探しに行くことを口実にしてその場を去ろうとした。

するとメイサの手を引きながらミラがアギトに声をかける。


「あ、アギト君。

 もしかして今からリュート君を探しに行くんですか?」


「あぁ・・・、あいつ結局葬儀には姿を見せなかったからな。

 多分ジャックのことが受け入れられなくて、認めたくなくてここに来れなかったんだと思う。

 どこにいるのか見当もつかねぇけどその辺適当に探し回ってりゃ・・・。」


「そのことなんですが、実はメイサちゃんを預かる時にミアから聞いた話があるんです。

 リュート君の居場所に心当たりがあるかもしれないって・・・。」


ミラからそう言われると、アギトはすぐさま詰め寄って続きを急かした。


「リュートがどこに行ったのか知ってんのかっ!?」


「え・・・えぇ、あくまで予測ですけど。」


「予測でも憶測でも何でもいいよ、手掛かりがあるんならどこにだって行ってやる!

 早く教えてくれよミラ!!」


「実は以前・・・、ジャック先輩から聞いた話らしいんですけど。

 リュート君と秘奥義の修行をしている時、ジャック先輩は自分が一番気に入ってる場所をリュート君に教えてやったって

 嬉しそうに話してたみたいなんです。

 リュート君もその場所を気に入ってくれたって、・・・だからもしかしたらリュート君はジャック先輩との思い出の場所となる

 『イゾラドの丘』へ行ったのかもしれないと。」


 アギトとザナハは真剣にミラの話を聞いている。

あまりに真剣に話を聞くその姿を見て、場所を教えたら今にも飛んで行きそうな勢いだとミラはそう感じていた。


「場所は洋館と先輩の家とのちょうど中間の場所で、ほら・・・ここからも見えると思います。

 森のずっと向こうに大きな丘があるんですけどわかりますか?

 あのイゾラドの丘はこのゼグナ地方周辺の自然を見渡せる場所になっているんです、広大な地域を一面見渡せるので戦争中は

 見張り台としての役割も果たしていた場所なんですよ。」


 ミラが指さした方向を目を凝らして見ていると、確かに数キロ離れた場所に大きな丘が見えたがヘタすれば崖と見間違う程である。

・・・あそこにリュートがいる。

そうとわかればアギトは居てもたってもいられなくなった、すぐにアギトは喪服の格好のままで丘へ向かおうとした。

だが駆け出した瞬間、甲高い声に呼び止められて思わず前のめりに倒れそうになった。


「ちょっと待つのじゃ!」


「―――――――――うおっと! な・・・、なんだよ突然っ!? つか誰だっ!?」


 アギトが寸での所で踏ん張って何とか顔面から地面に倒れる事態だけは避けられた、勇んで駈け出したのを邪魔したのは一体誰だとアギトは振り返って確認する。

目の前にはいつもより少し地味な衣装を身にまとったサイロンが厳しい表情で立っていた。


「あれ・・・、つーかお前いたのかよ。 全然気付かなかったぜ。」


 そう、葬儀の最中ずっと静かで何事もなく進行されていたのでアギトはサイロンの存在をすっかり忘れていた。

よくよく思い出してみれば確かに葬儀が始まる寸前・・・、灰色のドラゴンに乗って来たサイロンとアシュレイの姿を見ている。

しかし高笑いも、偉そうな態度も、目がチカチカする衣装も何もなかったことに存在自体が抹消されてしまっていたのだ。

今は故人に対する礼儀としてきちんとした身なりをしており、愛用していた扇子もなく、表情もへらへらしていなかった。

まるで龍神族の次期族長のような態度である。


「なんだよサイロン、オレは今リュートん所へ行くから忙しいの! 邪魔すんなって。」


いつもと違ってサイロンがどんなに威厳をかもし出していようとも、アギトはいつもと変わりなく遠慮のない態度で言い放つ。


「そのことなんじゃがの、その役目・・・。 ザナハ姫に任せてやってはもらえんか?」


「はぁ!? なんで!?」


 当然のように文句をたれるアギトに、サイロンは口を尖らせながら言い聞かせる。

サイロンがザナハを名指しして当の本人は驚くでもなく、まるで自分もそうさせて欲しいと言うような、そんな覚悟を決めた表情でサイロンの話を黙って聞いていた。


「今のリュートはショックが大き過ぎて、恐らく精神面が非常に不安定になっておるはずじゃ。

 親友であるお主が慰めるより、ここは女性の力で温かく励ましてやる方が良いじゃろう。」


「だから何で!? 

 何でオレじゃダメなんだよ、てゆうかオレとザナハが二人一緒に行くのもダメなのかよ。」


 なかなか納得しないアギトに、サイロンは肩を竦める。

アギト自身もジャックを失って深く傷付いているリュートに対して、今まで放置してしまったことを少しでも早く謝罪したいが為に、すぐにでもリュートに会いたい気持ちで一杯だったのだ。 

言い出したらテコでも動かないアギトに、ミラまでもがサイロンに続いて説得し出す。


「アギト君・・・、君がリュート君のことをとても心配する気持ちはよくわかりますよ?

 でもここはひとつ・・・、ザナハ姫に譲ってあげてはもらえないでしょうか。

 ―――――――――姫様は光の神子、この件に関して最も責任を感じておられるのは姫様なんです。」


 ミラとサイロン、二人から説得されてなぜか自分がワガママを言ってるような気持ちになって来たアギト。

ちらりとザナハの方に目をやると、本人も行かせて欲しそうな表情をしておりアギトはだんだん罪悪感に近い居心地の悪さを感じて来た。


(つか何・・・、オレの方が悪いのかコレ!?

 ―――――――――感じワルッ!)


「あ―――――あ―――――わかったよ! 好きにしろよ、もう! 

 何でオレの方が責められなきゃいけねぇんだよ・・・、確かにすぐ探しに行かなかったオレがワリーんだけど。

 オレにだって都合ってモンがあんだし・・・。」


ぶつぶつ文句を言っているとザナハが突然アギトの目の前に立って、礼を言った。


「ありがと、アギト! リュートのことはあたしに任せてちょうだい、何とか・・・少しでも元気が出るように頑張るから!」


「へいへい、ま・せいぜい頑張れば。」


 憎まれ口を叩くが『ザナハに譲った』という手前、ミラもサイロンも温かい眼差しで頷くものだからアギトはその態度すらバカにされているような・・・余計に照れ臭いような、そんな感じがしてそっぽを向いてしまう。

ザナハは喪服として着ていた黒のワンピースのままで『イゾラドの丘』へと走って行った、周辺に魔物がいるかもしれないから一人じゃ危険だとアギトが声をかけようとしたが、すでにザナハの姿は小さくなっていてタイミングを逃してしまっていた。

だがその心配も不要のようで、ミラの話ではすでに洋館周辺の数キロはミアによる結界が張られているので、よっぽどレベルの低い魔物位しか結界内をうろついていないらしい。

それなら別にどうってことないかと納得したアギトは、ザナハがリュートを連れて帰って来るまですることがなくなってしまい、どうしようか考えていた。

ふと、いつもサイロンの側に付き人として同伴している二人・・・ハルヒとイフォンの姿がないことに気がついて聞いてみる。


「なぁ、そういえばいっつもお前と一緒に行動してる二人はどうしたんだ?

 今回は里に置いて来たのかよ、あいつらサイロンのボディガードかと思ってたんだけど・・・。」


「うむ、実は以前レムグランドでディアヴォロの眷族とおぼしき輩と対峙した時にのう・・・余をかばってイフォンが

 怪我をしてしまったんじゃ。

 傷自体は大したことなかったんじゃが・・・、なんせ相手は眷族。

 もしかしたら『負』を植え付けられたのかもしれんから、今は清浄な気に満ちている里で養生させておる。」


「・・・『負』を植えつけられるって?」


聞き慣れない言葉にアギトは首を傾げながら尋ねた、するとそれにはミラが答える。


「ディアヴォロに従者として仕える『人型の眷族』特有の能力のことです。

 彼等は他者に対して『負の気』を植え付けることが出来ます、ようするに『負の感情』にあてられるのと原理は同じです。

 植え付けるという表現から、眷族は『負の気』を直接・・・任意に施すことが出来るということ。

 『負の気』を植え付けられた者は心の内に潜んでいる『闇』を増幅させられ、やがて『負の感情』に支配されてしまいます。

 心の闇が深ければ深い程、負の感情は増大していって・・・やがて眷族と成り果ててしまう。

 そういった例が実際にあったわけではありませんが、少なくとも学者達の間ではただの仮説ではなくかなりの可能性で

 成り得ると・・・今でも論争を続けている内容なんですよ。」


「まぁ・・・おおよそ的を射てると思うがのう。

 そういうことで、イフォンのことをハルヒに任せておるから今日は余一人で来ることとなったのじゃ。」


「へぇ~~~~、そりゃまた御苦労さん。」


 サイロンへの用事も済んだ、いよいよすることがなくなってしまったのでアギトが手持ち無沙汰にしていると遠くからよれよれの声が聞こえてきた気がした。

最初は空耳かと思い無視していたが、耳元でずっと藪蚊やぶかが飛んでいるような・・・そんな耳障りな音(声?)がずっと聞こえてきたので、イヤイヤながらに振り返るとそこには杖をつきながら今にも転びそうな危うい足取りでトルディスが近付いて来ていた!


「じいさん! ・・・まだいたのか。」


「お~~・・・、アギオ!」


ぷるぷると痙攣しながら片手を振って挨拶する、その瞬間にもふらりと足元を崩しかけていたのでアギトが慌てて手を貸してやった。


「・・・ったく、よれよれのしょぼしょぼなんだから無理すんなっつったろ!?」

 

「トルディス閣下、大丈夫ですか!?」


 いつもならミラが素早く対応しているところであったが、片手には大人しくしているメイサの手を握っていたのでトルディスに手を貸すのが遅れてしまっていた。

不安そうに気を使うも、当のトルディスは自分のよれよれ具合に自覚がないのか・・・全然平気と言わんばかりの表情で笑っている。


「ワシは大丈夫じゃ・・・、それよりもアギオにちょいと話があるんじゃがのう・・・。

 アギオを借りてもええかの?」


 目が開いているのか閉じているのか判別しづらい眼差しでミラに合意を求めている様子、一瞬反応が遅れたがトルディスの言葉の意味と視線にようやく気付いたミラがハッとして返事をする。


「え・・・? あぁ・・・はい、よろしいですよ。

 それでは私と若君は席を外しますね。 さ・・・、若様参りましょう。」


 ミラがそう促すもサイロンは少しじれったそうに反抗していたが、ミラのバジリスク的な睨みにようやく承諾する。

二人が席を外したのを確認したトルディスは、なおもぷるぷるしたままアギトの方へと向き直った。


「んで? 改まって話って何だよ、ミラ達まで席を外させるなんて・・・一体どんな内容なんだ?」


 アギトの面倒臭そうな問いに、トルディスは一瞬だけ震えが止まった。

その瞬間に彼の眼差しの奥に炎がちらついてるのが見えた気がしたが、震えが再発したと同時にその炎を再び確認することは出来なかったので気のせいだったのかと、アギトは特に気にするでもなくあっさり記憶を消し去ってしまった。


「まぁ・・・話半分で聞いてくれりゃそれでいいがの、アギオにひとつ忠告したいことがあるんじゃよ・・・。」


「・・・忠告?」


 一瞬の間が空く、トルディスがちらりと遠くにいるオルフェの方を見つめる。

気取られない程度に素知らぬ態度を取りつつも、トルディスはたった一言だけ告げた。


「・・・グリオを、あまり信用するでない。」


「―――――――――え!?」


 質問も、聞き返すことも出来なかった。

たった一言、それだけ言い残すとトルディスはそれまでよれよれと危うい足取りで歩いていたのが嘘のように、かなり素早い歩調でさっさとアギトから離れて行ってしまう。

胸の奥がもやもやするような、そんな不快感だけが残る。


今のアギトには、トルディスが放った言葉の意味を理解することは出来ない・・・。


今はまだ・・・。



  


 


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