第233話 「恐れる気持ち」
ジャックの死を知らされてから、アギトはずっと部屋のベッドに伏せっていた。
メイドが心配して夕食を知らせにドアをノックするも、返答する気力すら失っている。
もはやアギトの頭の中はぐちゃぐちゃのままで全く整理がつかないでいた。
ジャックのこともそう・・・、そしてリュートのことも。
アギトにとってそれだけショックが大きかったのだ。
会議室を出て行ってからリュートが部屋に戻って来ることもなく、外は既に真っ暗なのにも関わらず未だに戻らない。
どこへ行ったのかも、何をしているのかもわからなかった。
(オレ・・・、何してんだよ。
なんでリュートを探しに行く気になれねぇんだ・・・?
何もしたくねぇ・・・。 動きたくねぇ・・・。 何も考えたくねぇ・・・っ!)
そのまま・・・、アギトはベッドに伏せったまま朝を迎える。
結局ロクに寝ることも出来ず虚ろな表情でいると、メイドが再びドアをノックしてきた。
「アギト様・・・、アギト様・・・?
そろそろ葬儀に参列する準備をなさいませんと間に合いませんので、入ってもよろしいでしょうか?」
さすがにジャックの葬儀までサボるつもりはなかったアギトは、重だるい体を起こしてベッドに腰掛けたまま返事をした。
覇気のない声だったがドア越しからでも聞こえる程度の声を一応出していたので、メイドは何とか返答を聞き逃さずに部屋に入る。
メイドが二人入って来るなりまずアギトを確認して、それから目線が泳いでいるのを見てきっとリュートを探しているのだと把握した。
憔悴しているアギトに気を使いながらメイドは懸命に笑顔で努めて、喪服に着替えさせる。
一晩中寝ずにいたにも関わらず、結局リュートは部屋に戻って来ることなく・・・そのままメイドに案内されるまま、アギトは葬儀が行われる場所へと向かった。
葬儀は洋館の中庭で行われた。
元々広大な敷地であり、中庭もそれなりにスペースがあったので即席で葬儀を行うには十分だ。
洋館に滞在している者の殆どが葬儀に参列するようで、喪に服した人間で溢れかえっている。
重い足取りで葬儀場に到着すると早速ザナハが声をかけて来た、アギトは黒のワンピースを着たザナハを目で確認するだけで特に何か言葉を発することもない。
少し慌てている様子で小走りに駆け寄って来たザナハが呼吸を整えてから尋ねて来た。
「アギト・・・っ、リュートを見なかった!?
あんたと一緒に来てないってことは、もしかしてあのまま・・・?」
何となくいつもの調子を取り戻している風だったが、アギトは他人の様子など全く興味がないという素振りで虚ろなまま返事した。
「あいつ結局部屋に戻らなかった・・・、どこに行ったのかもわかんねぇよ。」
「・・アギト?」
まるで抜け殻のようなアギトの様子にザナハは眉をしかめた、それから少し口調が荒くなる。
「ちょっと・・・、しっかりしなさいよっ!
あのままどこに行ったのかもわからないって・・・っ、どうしてそれをもっと早く言わないのよっ!?
あたしはてっきり部屋で落ち込んでいるのかと思って・・・、ううん! そんなことより!
それじゃどうして探しに行かないの、言ってくれればあたしも一緒に探したのに!
このままジャックの葬儀が始まっちゃったら一体どうすんのよっ!」
「オルフェの奴が放っとけって言ってたろ・・・。
それにリュートならオレより強ぇし・・・、結界の外に出てもこの辺の魔物なんか相手じゃねぇって。」
ザナハから視線を逸らすように、アギトは地面を見つめたまま張りのない声で答えるだけだった。
―――――――――じっと見つめる。
アギトの目はジャックの死を思い出して今にも泣きそうになっていた、あれだけ大切に思っていたリュートのことすら頭に入らない位にショックが大きかったのだとザナハは理解するが、同情してやる気持ちにはなれなかった。
「あんた・・・、リュートは世界で一番大切な親友じゃなかったの!?」
ザナハの声が震える、両手をぎゅっと握りしめて殴り飛ばしたい気持ちを必死で堪えた。
今はジャックの手前・・・、大切な葬儀を台無しにするわけにはいかない。
「あたし・・・あんた達のことがすごく羨ましかった。
いつも一緒で、仲が良くて・・・、互いのことを思ってて、他の人には言えないようなことを何でも話せる。
そんな心から信じられる友達がいるのって、すごく素敵だなってずっと思ってた。
ずっと羨ましかった!」
アギトはザナハの悲痛な叫びを聞いて、表情を歪めた。
ザナハの言葉がアギトの心をえぐる。
そんなことはわかってる。
わかってる・・・、のに。
「なのに今のあんた達は何よ、こんな時こそお互いに支え合う時なんじゃないの!?
楽しい時だけ一緒にいるのが友達なの!? 自分が辛かったら友達のことなんかどうでもいいって言うの!?
その逆だって同じよ、友達が苦しんでるのに何もしてあげないわけ!?
あんた達の友情なんてそんなもんだったのっ!?」
「お前に何がわかるってんだっ!!」
アギトが怒声を上げた、その声に回りの者たちが驚き注目する。
衝動を抑えられない、一方的に責められる怒りが、自分に対する怒りが、―――――――――爆発する。
『自分だってツライ』んだと理由を付けて、友を探しにすら行かなかった自分が腹立たしくて仕方なかった。
「今のあいつに何て言ってやれる!? 何て言やいいんだよっ!!
オレはお前みたいに他人を励ます力なんてねぇんだ、勇気づける言葉が思い付かねぇんだよっ!
そうだよ、オレは無力だ・・・何も出来ねぇ役立たずだ。
いっつもいっつも肝心な時には何も出来ない、・・・光の戦士なのに何もしてやれない!
自分にとってすげぇ大切な存在を亡くしちまったら、それはもう世界の終わりと一緒なんだよ。
どんな言葉をかけられようが、どんな風に励まされようが、何もかも綺麗事に聞こえちまうんだよ!
少なくともオレはそうだ!
何を言われようが全部うっとうしく思えてくんだよ、一人にして欲しいのにいちいち構われたら抑えてる衝動が
抑えられなくなって、傷付けたくないのに傷付けちまうかもしれねぇ。
自分を励まそうとしてる相手に八つ当たりするかもしれねぇ、そう思っちまうから一人になるんだ。
だから・・・っ!」
そう・・・、だから。
だからアギトは一人でいた、リュートを探すことすらせず・・・一人を選んだ。
リュートに気を使っていたんじゃない。
自分がリュートに八つ当たりするかもしれないと思ったから、それでまた自分が傷つくのがイヤだったから。
そう・・・、結局アギトは自分のことしか考えていなかったのだと、今気付いた。
「・・・オレにもわかんねぇ、わかんねぇんだよ。
何も考えたくなかったんだ。
リュートに拒絶されんのが怖かったから、オレが何を言ってもあいつには届かねぇんじゃないかって。
だから頭の中からリュートの存在を追い出しちまったんだ、自分がこれ以上傷つくのがイヤだったから。
こんな自分勝手なヤツに励まされて、それで元気が出ると思うか!?
所詮オレなんかが他人の為にしてやれることなんて、何ひとつねぇんだよ。」
どう接すればいいのかがわからない、他人に優しくする方法なんて知らない。
今までずっと自分のことばかり考えていたから、他人のことなんて自分には関係ないと思ってきたから。
だからいざという時、何て言って励ましたらいいのかわからなくなって・・・かえって相手を傷付けてしまうんじゃないかと、怒らせてしまうんじゃないかと思うと怖くてたまらなかった。
あの時・・・、自分は他人からどうしてもらえば元気を取り戻すことが出来たんだろう?
自分を世話してくれた祖父母が亡くなった時、今度こそ一人ぼっちにさせられて悲しみに暮れていた時。
誰一人として手を差し伸べてくれなかった幼い自分は、どんな風に思っていたんだろう?
どんな言葉をもらえば、どんな風に接してもらえば、喜んだろう?
アギトの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
大切な仲間を失った喪失感、親友に手を差し伸べてやらなかった後悔の念、無力でエゴの塊だと悟った自分に対する侮蔑。
色々なことが一気にアギトを襲って来て、余計に混乱していた。
一晩中何も考えたくないと逃げて来たツケが、今こうして回って来ている。
苦渋に顔を歪めるアギトを見て、ぶちまけた思いを聞いて・・・。
ザナハは厳しい表情のままアギトを見据えると、自分の感情を押し殺した。
「そんなの・・・、あたしだって同じよ。
でも今のあんたはただ逃げてるだけ、ツライ現実から逃げてるだけじゃない。」
そう・・・、逃げてるだけなんだ。
「苦しんでるのはあんただけじゃないの、ジャックを大切に思っていた人・・・みんなが同じなのよ。
リュートの苦しみが痛い位わかるだけに、どうしたらいいのかわからない。
そう思ってるのはあんただけじゃないわ・・・みんな同じよ、それでも前に進まなくちゃいけないの。
いつまでも悲しんでいたって、それこそツライだけだわ。 ツライ現実を引き延ばしてるだけなのよ。
それなら出来ることはひとつじゃない!
今出来ることを精一杯するだけ、悲しい出来事をすぐに忘れようとするんじゃないの、考え方を変えるのよ。
あたし達が今するべきことは何?
精霊と契約を交わすこと? それともディアヴォロを倒すこと? ―――――――そうじゃないでしょ?
リュートを守る為に戦ってくれたジャックを天国へ送り出してあげること、・・・違う?
あたし達がいつまでもこんな顔してたんじゃ、お節介なジャックのことだもの。
心配してきっといつまで経っても成仏出来やしないわ、そんなのあんただってイヤでしょ!?
だから! 無理矢理でもいいじゃない。
しっかり前を見て、失敗を恐れちゃダメ!
相手に拒絶されたからって、今までのことが全部なかったことになんてならないでしょ?
それとも本当にあんた達の友情なんて、それしきのことで壊れるようなそんなやわいモンだったの!?
相手のこと、自分のことをもっと信じてやんなきゃ・・・相手にだって自分のことを信じてもらえない。
それじゃ本当に一人ぼっちになっちゃうわ。
あんたにはリュートがいる、そしてリュートにはあんたがいる。
それで十分じゃない、恐れる必要なんて・・・怖がることなんて何もないわよ。」
ザナハが、そっと優しくアギトの手に触れる。
その手はとても温かく、柔らかかった。
全然知らなかった。
アギトは初めて、ザナハの優しさに触れた気がした。
だからかもしれない・・・、気の利いた言葉の一つも思い浮かばず・・・こんな台詞しか出て来ない。
「・・・やっぱお前、すげぇよ。」
どうしてこんな風に他人を慰めることが出来るのか、元気をくれる言葉が思い付くのか。
アギトには到底マネ出来ない、だからこそ心の底から感心した。
並べた言葉は飾り立てた言葉なんかじゃなく、全てザナハの本心から出た言葉だった。
だからこそ素直に聞ける、説得力がある、気持ちが温かくなってくる。
そうか・・・、こうすれば良かったんだ。
アギトはただリュートが求める言葉を必死になって探してただけに過ぎない。
何て言えば相手が喜ぶのか、どんな風に話せばそれっぽく聞こえるのか。
そういったうわべだけの言葉ばかり考えていたから、余計に頭の中が真っ白になるだけだったのだ。
少しだけ元気が出た。
今まで虚ろだったアギトの瞳に光が戻る、そして微かに・・・笑みがこぼれる。
ジャックの葬儀を前に不謹慎だったかもしれないが、それでも嬉しくて笑わずにいられなかった。
「オレ・・・、リュートを探しに行って来る。」
そう決心した時、突然周囲がざわつき・・・一陣の風がアギト達の髪をなびかせる。
何事かと空を見上げるとそこには巨大な灰色のドラゴンが宙を舞い、やがて葬儀場に着地した。
そのドラゴンの背にはサイロンと、黒髪の青年・・・アシュレイが乗っている。
国王陛下の参上に兵士や使用人たちが急いで列を作って出迎えていた。
ドラゴンの背から下りると先頭にいたオルフェと何か言葉を交わし、それからミラがアギト達の方へと走って来る。
「アギト君、ザナハ姫。
陛下からのお達しで葬儀を今すぐに行なうとのことですので、参列してください。」
「ち・・・、ちょっと待ってくれよ!
オレ今からリュートを探しに行かなくちゃ、ジャックはリュートの師匠だ。
弟子が葬儀に参列しなくてどうすんだよ!」
慌てるように訴えるが、ミラは難しい顔をして・・・首を振った。
「すみません。 ルイドの一件から事態が急変していて葬儀が終わった直後には、陛下と大佐は首都にあるヴィオセラス
研究所の方へ至急向かわなければいけなくなったそうなんです。
ですから時間を引き延ばすわけにもいかないので・・・。
リュート君がどこにいるのかわからない以上、捜索の為に人員を割くわけにもいきません。
ここは・・・、リュート君自身が戻って来てくれるのを待つしか・・・。」
「そんな・・・っ!」
ザナハもアギトと一緒になってミラを説得しようとするが、周囲の動きが慌ただしくなっていよいよ葬儀が始まろうとしていた。
頭を下げるミラに、アギトはこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないと無理矢理納得するフリをした。
当然ザナハに責められたがこのままリュートだけではなくアギトまで葬儀に参列しなかったら戦士として礼儀に反すると、ジャックを失って深い悲しみの中にいるミアにまで迷惑をかけてしまうと、逆にザナハを説得する形になってしまった。
本音で言えば、当然このままリュートを探しに行って・・・謝りたかった。
しかし今まで散々世話になったジャックの葬儀を放っておくことも出来なかった、リュート自身が自分の足で。
自分の意志で葬儀に参列してくれることを祈って、アギトは指定された列に並んだ。