第232話 「ジャックの死」
アギト達が大聖堂にあるトランスポーターの前で待機している間、オルフェは飛馬の御者にフィアナを託してから合流した。
一応性格的にも危険人物という扱いをしているアギトは、内心フィアナを龍神族の里へ連れて行っていいものかどうか疑問に思っていたのだが、何に対しても抜かりがなさそうなオルフェのことなので反論はしなかった。
どうせ口出ししたところで「君は馬鹿ですか?」などと、イヤミを言われるだけだという理由もあったが・・・。
しばらくしてからオルフェが戻って来て、アギト達はすぐさまトランスポーターを起動させると洋館へと戻って行った。
一瞬で洋館に戻ると、オルフェは重苦しそうな表情でミラに命令を下した。
「中尉、申し訳ありませんが今から言う人物を至急会議室へ集めてもらえますか?」
オルフェの言葉に、何か問題が起きたのか・・・?
それとも三国サミットで重大な何かが決まったのか、そういった報告だとアギトは思っていた。
ミラが少し怪訝な表情を浮かべながら、それでもあえて何も追及せずに返事をするだけである。
「まずはここにいる全員と、ミア、チェス、グスタフ・・・。
以上の者達を集めてください、私は先に会議室で待っています。」
それだけ言い残すと、オルフェは荷物を抱えて足早に地下室を出て行ってしまった。
いつもと様子が違うオルフェに全員が首を傾げながら、顔を見合わせる。
アギト、ザナハ、ドルチェがそのまま真っ直ぐに会議室へと向かっていると、会議室の前に立っているチェスとグスタフに遭遇した。
右手を軽く挙げて挨拶を交わすと、くわえタバコをしたままチェスが難しい表情で話しかけて来る。
「アギト、リュートにはもう会ったのか?」
「は? リュートがどうしたって!? つかここに帰ってんのか!?」
声が引っくり返る位の驚きように、チェスとグスタフは互いに顔を見合わせてバツの悪そうな表情を浮かべた。
そしてグスタフが視線を落としながら低い声で呟く。
「そう・・・か、お前達は今さっきアンデューロから帰ったばかりだもんな。」
「な・・・、なんだよ一体何がどうしたってんだ!?
オルフェもチェスもグスタフも、一体何知ってんだよ気持ちワリーなぁ!!」
「ともかく中へ入ろう、リュートも会議室に呼ばれてるだろうからな。
実はオレ達も何の用で呼ばれたのか知らされてないんだよ、ただ・・・多分リュートに関することじゃないかって思ってな。」
自分がいない間に、リュートがアビスグランドへ行ってる間に一体何があったのか。
不安な気持ちを隠しきれないアギトは、眉根を寄せながら落ち着かない様子でそわそわしている。
会議室へ入って行くとそこにはオルフェの姿はなく、もう随分長い間使用していないせいか室内が寒々しく感じられた。
グスタフが気を利かせて室内にある何かの魔道装置を作動させる、アギトは彼の行動を横目で見つめながら恐らく暖房器具のような物を作動させているんだろうと推測する。
全員が会議室に揃うまで、誰一人として言葉を交わすことはなかった。
アギトを始め、ザナハもチェスも・・・。
これだけのメンバーを集めて、オルフェが改まって伝えることとは一体何なのだろうと・・・全員が不安になっていた。
沈黙が続いている中、先程グスタフが作動させた魔道装置が鈍い音を立てながら室内を暖めている。
室内が暖かくなって少し落ち着きを取り戻したのか、アギトが小さい声でぼそりと呟いた。
「そういや・・・、先に会議室に行ってるって言ったのにオルフェの奴どこ行ったんだ・・・?」
アギトの疑問に答える者は、誰もいなかった。
そしてまた沈黙が続き・・・魔道装置の唸る音だけが、延々と繰り返される。
しばらくするとオルフェが黙って会議室に入って来て、アギトはすぐさま椅子から立ち上がって説明を求めた。
だがオルフェは全員が揃ってから全て話すとだけ言い残し、そのまま空いている席の前に木箱を置いてから無言で座る。
舌打ちをしながらアギトが、洋館に戻っているリュートを探しに行こうと思った時だった。
再びドアが開いてミラを先頭にリュート、そしてミアが入って来る。
「リュート! お前いつ戻って来てたんだよ、心配してたんだからなっ!?」
ようやく不安をかき消すことが出来る人物に出会えて、アギトの表情は明るくなる。
リュートさえいれば不安を感じることも何もない、そう思って笑顔で話しかけるアギトであったが一瞬にして表情が凍りついた。
「リュー・・・ト!?」
リュートの顔には全く笑顔がなく、まるで魂の抜け殻のような表情・・・。
ついさっきまで号泣でもしていたかのように瞳は真っ赤で虚ろになり、少しやつれているようにも見えた。
覇気どころか生気すら感じられないリュートの異変にアギトは心臓を鷲掴みされたように、胸に痛みが走る。
リュートへと差し出していた右手が宙を漂う、いつもならハイタッチしていたはずなのに。
自分の知らない間に何が起こっているのか全く把握出来ていないアギトは、呆然と立ち尽くすだけだった。
アギトがショックを受けている様子を見たミアは、一言だけ「ごめんね」と声をかけて・・・それからリュートを支えながら椅子へと座らせる。
まるで重症患者を扱うような、そんなミアの行動を見てさすがにアギトだけではなくザナハも言葉を失っていた。
二人とも、ただ不安だけが募る。
ようやく全員が揃って席に着いたのを確認すると、オルフェが椅子から立ち上がって話し出した。
「今ここにいる全員に集まってもらったのは他でもありません。
ある程度事情を知っている者もいるでしょうが、順を追って説明させてもらいます。
まずはミアと、洋館のメイドから聞いた話です。
半日前にカトルがアビス人の気配を感じ取って、不審に思ったジャックが様子を見に森の中へと入って行った。
そこで憔悴したリュートを発見し、すぐさまミアに託して・・・その後ジャックは姿を消しました。
・・・そうですね、ミア?」
オルフェに確認を求められ、ミアはいつものおっとりとした口調で返事をした。
「えぇ、部屋でメイサを寝かしつけている時にメイドさんが慌てて呼びに来たんです。
玄関の方へ行ったらリュート君がすごく疲れ切った状態だったので、夫に任されて・・・ずっとリュート君に付き添ってました。」
ミアの言葉にオルフェは小さく頷くだけで、言葉を続ける。
「私が滞在している龍神族の里ではレムやアビスとは時間軸が少々異なりますが、恐らく同時刻・・・。
ルイドは配下を従えてアビスの首都にあるクジャナ宮を占拠していたそうです。
クジャナ宮から逃げ延びた・・・いえ、ルイドによって逃がされた魔族からの証言でその事実を私達は知りました。」
全員の表情が強張った、怪訝そうに眉根を寄せて話の内容を上手く飲み込めずにいる。
ザナハに至っては今にも大声を出して反論するかのような勢いで、体を震わせていた。
「その者の話によると、ルイドはディアヴォロの負に侵されて自我を失い暴挙に出ていると言うことでした。
私達が目指していた三国同盟には、ルイドも賛同し互いに協力し合った間柄・・・。
そんな彼が三国同盟成立後にこのような行動に出る理由が、他に見当たりません。
龍神族の若君もそのことについて、過去にルイドと話し合っていたそうです。
ルイドが完全にディアヴォロの負に侵され、自分が望んでもいない行動に出たその時には・・・自分を殺してくれと、若君に
頼んでいた・・・ということらしいです。」
オルフェが一旦言葉を切ると、ザナハが震える声で呟く。
「そんな・・・、ディアヴォロの核がそこまでルイドを苦しめてるだなんて・・・っ!
ここでこんなことしてる場合じゃないじゃない、早くルナと契約を交わして核を何とかしなくちゃ・・・っ!
取り返しがつかなくなる前に・・・、あたしがルイドを助けないといけないのに・・・っ!」
自分に言い聞かせるようにザナハがそう言うと、リュートの耳にもその言葉はハッキリと聞こえており、両手で両耳を塞いだ。
ルイドを擁護する言葉を、ルイドを想う気持ちを拒絶するように。
苦しそうな表情を浮かべてリュートが塞ぎこむと、ミアが宥めるように優しくリュートの背中をさすった。
そんな姿を見て、アギトは更にショックを受けている。
わけがわからない・・・。
何がどうなっているのか、全く理解出来ない。
この世界で起こっている出来事に、自分だけが取り残されているような感じがして仕方がなかった。
話を聞いている全員の様子を窺いながら、オルフェはなおも続けた。
まるでわざと話を引き延ばしているかのように、いつも以上に勿体ぶった説明をするオルフェの様子に、ミラだけが気付いている。
「詳しい事情はリュートから聞いていませんが、アビスグランドで何かがあり・・・リュートは急きょレムグランドへ戻って来た。
精神的に衰弱しきったリュートをミアに預け・・・、その後ジャックはルイドに会いに。
・・・いえ、ルイドに決闘を挑む為に単身アビスグランドへ向かった。」
「―――――――――えっ!?」
全員が顔を上げ、一斉にオルフェに注目する。
完全に言葉を失っているリュートは震えながら瞳を見開き、オルフェの次の言葉を待った。
ミアは口をつぐんだままわずかに緊張している様子である。
まるで呼吸を整えるように一瞬だけ息を漏らすと、オルフェは告げた。
「そして・・・、私達の元へこの木箱が渡されました。
ルイドとの決闘に敗れ、・・・ジャックの身元を証明させるように肉体の一部をこちらへ寄こしたのです。
後ほどミアにも確認してもらいますが、私はそれがジャックのものであると確信しました。
そして今こうして・・・ジャックと深い関わりのあったあなた達に訃報を知らせる為に、集まってもらったのです。
ジャックが・・・、亡くなったことを伝える為に。」
「うそだっ!!」
リュートが叫びながら勢いよく立ち上がり、ガタンっと椅子が床に倒れた。
「うそだうそだうそだうそだっっ!
ジャックさんが死ぬはずない・・・、死ぬわけがないじゃないかっ!?
あんなに強い人がルイドなんかに敗けるわけが・・・、殺されるはずがないっ!!
だってジャックさんは・・・っ、ジャックさんは・・・っ!」
「リュート・・・っ!」
悲痛な叫び・・・リュートは声を張り上げて拒絶した、その姿を見たザナハも混乱している状態で止めに入ることが出来なかった。
さすがのミアも夫の死を聞かされ言葉を失い、リュートを宥める余裕がない。
信じられない言葉の連続に誰もが理解するのに精一杯で、・・・自分のことに精一杯で黙ってリュートの叫びを聞くしかなかった。
「ジョー・・・ダンじゃねぇぞ、なんだよ・・・それっ!?」
絞り出すように、声を震わせながらアギトが呟く。
その声は悲しみを堪えるかのように、そして怒りを押し殺すかのようであった。
ダンッとテーブルを殴りつけて怒鳴り散らす。
「何なんだよそれっ!? ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ、そんな話信じられるかっ!!
どうしてルイドがジャックを殺すんだよ、何でジャックがルイドと決闘しに行くんだよっ!
話の流れが全然わかんねぇじゃねぇかっ!! あぁっ!?」
「アギト、・・・それにリュート。
君達二人の気持ちはわかりますが、怒りにまかせて怒鳴り散らすのはやめなさい。」
静かな口調でオルフェが宥めようとするも、今の二人には通用しない。
「気持ちがわかる!? どうわかるってんだよっ!
淡々とジャックが死んだことを話して聞かせるような奴に、一体何がわかるってんだっ!
お前はそれでもジャックの親友かよ・・・、お前等幼馴染みだったんじゃねぇのかよっ!?
何でそんな風に涼しい顔でいられんだ、ちっとは辛そうにしやがれ!
少し位・・・っ、悲しそうな顔でもしろってんだよーっ!!」
泣き叫ぶようにアギトが怒声を上げた時、ミラが声を荒らげた。
「いい加減にしなさいあなた達っ!」
一瞬で辺りが静まり返る。
今までミラが声を荒らげたところを、怒りを露わにした所をアギト達は知らない。
しん・・・と静まり返り、ミラが再び落ち着きを取り戻してからもう一度注意した。
「今この中で一番辛いのが一体誰なのか・・・、それをよく考えなさい。
取り乱す気持ちはここにいる誰もが同じなんです。
大佐、続きをどうぞ。」
ミラも、ジャックとは幼い頃からの付き合いである。
それを思い出したアギトは必死で泣きだしたい気持ちやら感情をぶちまけたい気持ちやら、ぐちゃぐちゃな思いを腹の中にしまいこみながら席に着いた。
その時・・・、ただ一人リュートだけが立ち尽くしたまま。
まるで何かに気付いたかのように、微かに震えて呟いている。
瞳孔が開く程に両目を大きく見開き・・・、わずかに汗が滲んでいた。
「・・・せいだ、僕のせいだ・・・っ!」
リュートが呟いた言葉を聞き逃さないように、オルフェが聞き返す。
「リュート、話してください。
一体ジャックは何をしにアビスグランドへ、・・・ルイドに戦いを挑んだのか?」
そこに答えがあるかもしれない、オルフェはそう思った。
ディアヴォロの核に侵されているとはいえ、軍団長達がルイドに今もなお従っている時点で・・・これは明らかにルイドの意志の元で行動していると、オルフェはそう疑っている。
なぜジャックはルイドの元へ単身訪れたのか・・・?
どうしてルイドはこのタイミングで反逆とも取れる行動、ジャックを殺したのか・・・?
オルフェはどうしてもそれが知りたかった、・・・知らなければならなかったのだ。
「僕が・・・、僕がジャックさんに助けを求めたのがいけなかったんだ・・・。
死にたくない・・・、助けてって言ったから。
ジャックさんは優しいから・・・、それを聞いて僕を助ける為にルイドの所へ・・・。
だから・・・っ!
僕がジャックさんを殺したようなものだ・・・、死なせたのと一緒なんだっ!」
「それは違うっ!」
アギトが叫ぶ。
すかさずリュートの胸ぐらを掴み、訂正させる。
「お前は何も悪くねぇっ! 人が誰かに助けを求めるなんて、当たり前のことじゃねぇかっ!
カトルん時みたいに履き違えるんじゃねぇ、お前は何も悪いことはしてねぇんだからっ!!
ジャックは! ・・・ジャックはっ!
大切なお前を守る為に戦っただけだ・・・、その・・・結果は悲惨になっちまったけど・・・っ!
でも・・・だからと言ってお前を悲しませるつもりなんかなかったはずだ。
ミアさんのことも・・・、メイサのことも・・・。」
言葉が続かない。
自分を責めるリュートを前に、家族を失くしたミアを前に、何をどう言ったらいいのかわからなかった。
胸ぐらを掴んでいた右手から力が抜けて、また自分の非力さを痛感する。
行き場のない怒りが、悲しみが、全ての感情が爆発してしまいそうになり・・・アギトは叫んだ。
「・・・チッキショ――――――――ッッ!」
テーブルを両手で叩きつけながらむせび泣くアギトの姿を見て、リュートは自分を失っていた。
目の前で親友が苦しんでいる、それなのに手を差し伸べてやる気にならない。
両耳が聞こえなくなったように周囲の物音や声が、だんだん小さくなって・・・やがて何も聞こえなくなる。
アギトの泣き声も聞こえない。
何も・・・、何も・・・。
周囲との関わりを拒絶したように、この空間に自分一人だけが存在しているような感覚だった。
自分の隣でミアが絶句している、震えて・・・事態を懸命に把握しようとしている。
チェスもグスタフも唖然としている様子で、その場から微動だにしなかった。
オルフェはただ立ち尽くすままで、やがてミラが立ち上がり・・・ミアに寄り添う。
そんな時でも、どうしてもザナハの方には視線をやれなかった。
ザナハが泣いていようと・・・、気丈に振る舞っていようと・・・。
どうせ、ルイドの心配しかしていないだろうから・・・。
そう勝手に思い込み、そしてオルフェの目の前に置かれている木箱に目をやる。
肉体の一部・・・?
あの中に、ジャックの肉体の何かが・・・入っていると?
「―――――――――うっ!」
急に胸の奥がムカついて、吐き気をもよおした。
片手で口元を押さえて前かがみになりながら、何とか込み上げて来たものを飲み込む。
そして考えたくもないのに、リュートの頭の中は1つのことで埋め尽くされた。
自分ガ殺シタ―――――――――!
―――――――――僕ガ、殺シタ!!
ここには居られなかった。
居たくなかった、・・・居れるはずもない。
リュートは突然踵を返して、会議室から飛び出した。
ザナハがリュートの名前を叫んで後を追おうとするが、それをオルフェが制止する。
「今は放っておきなさい。
ジャックの死を目の当たりにして混乱しつつも、・・・責任を感じているのですから。
それよりも今は時期が時期なだけに、辛いでしょうが葬儀の準備に取り掛かる方が先決です。
ディアヴォロ対策に、ルイドの反乱・・・。
それでもアシュレイ陛下はジャックに対する温情から、葬儀を行うことを許してくださいました。
明日には陛下も葬儀に参列する為に、ここを訪れます。
私達の手でジャックを送り出してやるんです。」
オルフェが重苦しい口調でそう告げると、チェスとグスタフは命令と捉えてすぐさま席を立つとすれ違い様にミアに向かって敬礼する。
追悼の意と、敬意を込めて・・・それから二人は葬儀の準備に取り掛かる為に会議室を出て行った。
オルフェがミラに合図を送ると、ミラは泣き崩れるアギトと悲しみに打ちひしがれるザナハを連れて出て行く。
「ミア、辛い所申し訳ありませんが念の為に確認をお願いします。
これは・・・間違いなくジャックの、左腕ですか?」
そう言ってオルフェは木箱を差し出した。
ジャックの左腕と聞いてミアの表情が一瞬凍りつくが・・・気丈に振る舞い、そっと木箱の蓋を開ける。
ミアも元は結界師として軍に属していたこともあったので、目を逸らすことなく言われた通りにきちんと確認した。
それからそっと木箱の蓋を戻して、全身の力が抜けたように椅子にもたれる。
表情は虚ろで、これまでの明るい笑顔はなく・・・ただ呆然と事実を受け入れるだけだった。
「はい・・・、間違いありません。
私もあの人の刺青を覚えていますから・・・、この模様は夫の左腕にあったものと全く同じですわ。」
自分の夫の死を、自分の口で確定する。
それがどれだけ辛いことか、オルフェは小さな声で謝罪してから・・・申し訳なさそうな表情で許しを請う。
「重ねて申し訳ありませんが・・・、ジャックの肉体の一部をサンプルとして採取することをお許し願いたいのですが。
少し調べたいことがありますのでどうしても必要なのです。
勿論出来るだけ大きな傷を付けないように配慮します、サンプルとして必要なのはごくわずかで十分ですから。」
オルフェの言葉に、ミアは驚くことも嘆くことも怒ることも何もせず、ただ黙って返事する。
「どうぞ・・・、夫は大佐のことを心から信用していましたので私も大佐のことを信じますわ。
大佐なら悪いことに使わないと・・・、信じていますから。」
「・・・ありがとうございます。
それではサンプルを採取した後、葬儀までには必ずお返ししますので。」
「わかりましたわ。
あの・・・すみませんけど私、少し疲れたみたいなので部屋に戻って休んでもいいかしら?
何だかとても疲れたの・・・。」
ミアが抑揚のない声でそう告げて席を立とうとした時に一瞬足元がふらついて倒れそうになった所をオルフェが支えるが、すぐに自分の足で立って歩いて行く。
ふらふらと今にも卒倒しそうな足取りで歩いて行くミアを会議室の外まで送ると、たまたま通りがかったメイドを呼び止めてミアを部屋へ連れて行くように指示する。
そしてオルフェもまた、木箱を手に自分専用の研究室へと急いだ。