第229話 「散りゆく瞬間・・・」
今自分の目の前にいる人物は、彼を信じる全ての者を裏切った、世界に仇なす敵・・・。
いや、それ以上に・・・。
自分の弟子を手の平で操って死に追いやろうとしている、ジャックの敵。
そう確信したジャックの顔からは、情のかけらもない・・・非情な戦士の顔つきへと変わって行く。
斧を持つ手に力を、マナを込めて戦闘態勢に入った。
ルイドもそれを察知して笑みが消えると、細身剣を構えて間合いを取るように牽制する。
「お前の思い通りにはさせんぞルイド、・・・今ここで決着をつけてやる!」
「・・・返り討ちにしてやるさ。」
返答と同時にジャックは素早い動きでルイドに接近し、巨大で重量のある斧を操っているとは思えない程の素早さで、ルイドの腹めがけて横に薙いだ。
ルイドは流れるような動きで後方に飛びのくと、攻撃を避けられ隙を見せたジャックへ突きにかかる。
しかし斧を盾代わりにしながらルイドの連続突きをことごとく受け流し、最後の突きをはじいた後に武器による攻撃ではなくジャックは蹴りを繰り出した。
それから床に突き刺した斧を軸にして回転するように連続に蹴り上げ、ルイドは呻き声を上げながら宙を舞う。
上空に舞い上がったルイドを追って床に斧を置き去りにしたままジャックもジャンプして重いパンチを見舞おうとした。
しかしルイドがにやりと微笑んだ瞬間・・・、懐に忍ばせていた飛び道具をジャックめがけて投げつけて、それを回避することが出来ずにいたジャックは両手で顔を塞ぎ何本かが腕に刺さる。
「うっ!」と呻いて、宙を舞っているルイドに届かないままジャックは落ちて行き・・・かろうじて着地する。
くるくると回転しながらルイドも着地するが、すぐに間髪いれず駆けだした。
「爪竜連牙斬っっ!」
流れるような連続斬りにジャックは技の発動直前に斧を床から引き抜いて、何とか直接斬りつけられることなく剣撃を武器で受けた。
回転しながら4回斬り付け、技が途切れた瞬間を狙ってジャックが反撃技を繰り出す。
「烈破掌!」
最後の一撃を斧ではじいてルイドに突進した直後、マナを十分に溜めた左手の拳がルイドの懐で爆発を起こしたような衝撃を与えて、ルイドはそのまま後方へと吹き飛ばされた!
何とかダウンしないように両足で踏ん張るが、すぐにジャックは勢いをつけたまま突進して来て斧で斬りかかって来る。
舌打ちしながらルイドは剣を構えてマナを込めた。
「月影刃!!」
ルイドとの間合いを完璧に計算し、鋭い突きを繰り出すジャック。
「義翔閃っ!」
しかし技を繰り出した瞬間を見逃さずに突きによる長いモーションを利用して、ルイドが床を削るように剣をはじかせて衝撃波を放った。
突きがルイドに届く前に衝撃波を受けたジャックは瞬時に後退し、連続で「魔神剣」を繰り出す。
その全てを走って回避するルイド、スタミナに自信のあるジャックとは異なりルイドは自身のスタミナが切れる前に決着をつけてしまおうと、距離を詰めてジャックとの接近戦を挑んできた。
接近戦はジャックの十八番、しかも今のルイドには精霊がいない。
当然魔法を詠唱する時間もジャックは与えないはず。
詠唱破棄による魔術もあるにはあるがそのどれも威力が低く、奇襲程度にしかならないことをルイドは承知していた。
だからこそあえて、ルイドはジャックに接近戦で挑んだのだ。
技と技でせめぎ合い、かろうじてルイドの方が押していた。
力押しだけではなく素早さも兼ね備えているジャックであったが、ルイドのスピードはそれ以上だ。
およそ1時間・・・。
張り詰めた緊迫感、命と命のやり取り、そんな状態で戦い続けた1時間は非常に長く感じられた。
さすがのジャックも肩で息を切らしながら自分が劣勢であることを自覚している。
(何て奴だ・・・、このオレを接近戦で苦戦させるなんてっ!
戦闘テロップを封じてやがるから、レベルどころか・・・どれだけHP削ってんのかも把握出来やしない。)
間合いを取りながら牽制する、ルイドも当然ジャック程のスタミナがない為余裕があるわけではない。
しかしルイドの方はまるで命でも賭けているような気迫であり、精神力だけで戦い続けているようにも見て取れた。
細身剣を握り締め、いつジャックが攻めて来ても即座に対応出来るように神経を集中させている。
ジャックもまた次はどう攻めようか、何が決め手となるか・・・。
それをずっと窺っていた。
(・・・待てよ!?
先の大戦の頃から奴がアビス最強と謳われていた理由、・・・精霊召喚。
いくらオレがその隙を与えようとしないからといっても、奴のことだ。
召喚しようと思えばどんな状況であろうと召喚出来たはず・・・!?
なのにそれをしようとしない・・・、なぜだ?
精霊を召喚する程のマナが残っていない? いや、奴のことだからもし召喚するつもりでいるのなら自分のマナの
残量位、計算するはずだ。 そんなミスを奴が犯すとは思えない。
それとも精霊を召喚する気がないとでも言うつもりか!?
確かにここまではオレが劣勢にたっているが、長期戦に持ち込めばスタミナがあるオレの方が有利になるはず。
戦いが長くなればなる程・・・、当然奴の方が不利になる。
その頃には奴のマナも、ロクに残っていないはずだ。
本気でオレを殺そうとしてるのなら、精霊を召喚してすぐに決着をつけようとしたっておかしくない。
それじゃあやはり・・・、今の奴は精霊を召喚しないんじゃない・・・。
・・・召喚出来ないんだ。
奴が持っていた精霊全て・・・、すでにリュートの方へ移行してると見た。
まだ憶測でしかないが、そういう可能性があるってだけで今後の戦い方が変わって来る。
精霊召喚を恐れて距離を詰めた戦いをしてきたが、奴が攻撃・回復魔法を詠唱出来ない程度に距離を離して
遠距離攻撃へと切り替えるか・・・。
多分、奴はこのオレが接近戦タイプだと思っているはず。
先の大戦でもずっとオレは接近戦のみで戦ってきたからな、遠距離攻撃も得意としていることを
知らないはずだから・・・十分に奴の虚をつける。
奴の剣を見た所、刃渡りがそれ程長くない・・・。
素早さと接近戦を主体とした武器、遠距離戦になったことでオレへの攻撃が攻撃魔法に切り替わる。
当然、詠唱する間は与えないぞ・・・!)
戦闘形態を切り替えたジャックは斧をブーメランのように、ルイドめがけて投げつけた。
武器を投げつければ回収するまでの間は丸腰になる、そう取ったルイドは怪訝に思いながらも難なく斧を回避する。
斧がジャックの手元に戻れば次の攻撃が来るはず。
そう思い、ルイドは斧の軌道を目で追っていた。
斧に気を取られているルイドに向かって、ジャックは隠し持っていた飛び道具用のナイフを懐から取り出して投げつける。
視界の端に光る物が映ったルイドは敏感に危険を察知して左手に装着していたガントレットでナイフを防いだ。
それから間髪いれずにジャックが暗殺用のワイヤーを巧みに操り、ルイドを襲う。
(距離を取って攻撃するつもりかっ!)
瞬時に把握したルイドが連続でバックステップしながら、襲い来るワイヤーを避けて行く。
弧を描くように投げつけた斧が戻って来るとジャックの背後の床に突き刺さった。
ルイドは肉眼で捉えにくいワイヤーを避けて行くが、いくつかは避けきれずに防具で守られていない左腕の衣服部分や皮膚などに当たってわずかに血が滲む。
支柱に隠れ体勢を整えようとするが、詠唱の隙を与えないつもりでいるジャックは支柱ごとワイヤーで縛りつけようとした。
うっすらとわずかな光の加減でワイヤーの動きを察知したルイドは、慌ててジャンプすることでその場を逃れる。
走って逃げ続けるルイドの姿に、ジャックはにわかに優勢を予感した。
・・・瞬間。
「うぐぁっ!!」
呻き声を上げたのはジャックの方だった。
両足には先程までジャックが操っていたワイヤーと同じ位の細さで練り上げられたルイドのマナが、ワイヤーに紛れ込んでジャックの両足に深く突き刺さり、先の方は貫通している。
走っていたルイドは速度を緩め、嘲るような笑みを浮かべた。
「フィアナの傀儡の能力と、原理は一緒だ。
自分のマナを細く練り上げ、ワイヤーを操るお前に気付かれないようにオレのマナの糸を忍ばせた。」
丁寧に説明しながら、ジャックの両足に突き刺さったマナを引き抜き・・・ルイドの方へと収束される。
貫通していた傷口から出血し、片足をつくジャック。
「お前は二つ勘違いをしている・・・。
一つは・・・オレがお前のことを接近戦だけの男だなんて、これっぽっちも思っていない。
全ての武器に精通しているお前が、遠距離専用の武器にだけ興味を示さないというのは考えにくいからな。
お前が遠距離専用の武器もいくつか隠し持っていることは、最初からわかっていた。
そしてもう一つ、オレが武器を使って戦う時・・・接近戦でしかない男だと、お前が思っていたことだ。
恐らくオレの剣を見てそう捉えたと思うが、オレは元々剣による戦いの方が得意じゃない。
むしろ遠距離、暗器による戦法の方が・・・オレの性に合っているんだ。
互いの手の内が見えた所で、時間も随分経った・・・。
そろそろいい加減決着をつけようじゃないか、ジャック。」
そう告げ、ルイドは真正面に向き直った。
ジャックが斧を拾うのを待っている、正々堂々・・・これが最後だとでも言うように。
「ジャック、お前が持つ最強の技で来い。 それがお前の最期となる。」
挑発に近い言動にジャックは両足の痛みも忘れ、斧を拾い上げた。
「・・・あまり調子に乗るなよ、後悔するぜ?」
ジャックは左手で斧を強く握り締め、ルイドを見据えた。
互いに睨み合い・・・ピリピリとした緊張が、空気を張り詰める。
先に駆け出したのはジャックの方だった、武器を片手に真っ直ぐにルイドに向かって突進していった。
ルイドもまたそれを合図に駆け出す。
「オレが持つ中でも回避不可能の最強技、ガラルド族秘奥義っ!
受けろぉぉおぉぉ―――っっ!!」
掛け声と共にジャックの早さが増す、大きな体とは思えない程のスピードでジャックは秘奥義を繰り出した!
「漸毅狼影陣っっ!!」
人体の全ての急所を瞬時に攻撃し相手を必ず死に至らしめる必殺の技・・・、リュートにも教えた秘奥義。
迷わずそれをルイドに発動させ、ジャックはルイドの急所全てを狙った。
急所の一つである額に狙いを定めた時、ルイドが笑みを浮かべていたのを見てジャックは愕然とする。
「これを待っていたっ! 秘奥義返し―――っっ!!」
「――――――なっっ!!?」
神速とも言えるスピードを持って発動させる秘奥義に対し、ルイドはそれすら上回る速度でジャックを襲う。
相手の急所9ヶ所を全て付く技を、ルイドが「秘奥義返し」と称して同じようにジャックの急所全てを貫いた。
全く同じ技・・・。
しかし、スピードや力量は明らかにジャックのそれを遥かに上回っていた。
一瞬にして決着がつき、ジャックは宙を舞うようにゆっくりと・・・倒れて行く。
意識が遠のいて行く中どうしても腑に落ちなかった、なぜ一子相伝でもあるジャックの秘奥義をルイドが知り得たのか!?
ドウシテ・・・!?
ジャックと全く同じ秘奥義を出し切ったルイドもまた、スローモーションのようにゆっくりと体勢を整える。
先程ワイヤーによって傷付けた左腕の傷口・・・。
衣服が破れてルイドの腕が露出していた、それをゆっくりとした景色の中・・・ハッキリと目にする。
「―――――――――それはっ」
だんだんと意識が薄れて行くが、目にしたものは・・・しっかりと焼き付いていた。
自嘲気味に微笑みながら・・・ジャックは、両目を閉じて涙を流す。
「そう・・・か、・・・そういうことだったのか。」
自分で確認するように、何度も呟く。
『死』というものが迫ると・・・、なぜこんなにも時が長く感じられるのだろう。
ジャックはルイドの技を受けた直後・・・、床に倒れ落ちるまでの時間が恐ろしい位とても長く感じられた。
その間にも、色々な思いを馳せる。
ようやく理解したこと。
大切な者達の笑顔。
これまでの思い出。
色々な出来事がフラッシュバックして、ひとつの物語を見ているようだった。
「リュ・・・ート、・・・すまん。
お前を・・・、救って・・・やれなくて・・・っ。」
自然とリュートの顔が浮かぶ。
嬉しそうに笑ったリュート。
自分の運命を知り、泣き崩れるリュート。
アギトを傷付けられて怒ったリュート。
照れ臭そうに恥じるリュート。
そのどれもが愛しくて、まるで自分の子供のように・・・愛さえ感じた大切な者。
自分がいなくなることで・・・また悲しませてしまうのだろうか?
――――それだけが心残りだ。
ミアも・・・、すまない。
お前と、まだ4歳のメイサを残して・・・先に逝ってしまうことを許してほしい。
だが安心しろ・・・、この先の未来はきっと明るいから。
オレにはわかる・・・。
きっと、悪いようにはしないさ・・・きっと。
あいつがオレを信じたように、オレもあいつを信じるから。
ただ・・・、結局リュートを孤独の中に置き去りにしてしまうのが・・・とてもツライ。
例えリュートが自分で選んだ道だとしても、・・・オレは。
あの子には幸せになってもらいたかった。
ずっと笑顔でいてほしかった。
お前の笑顔を守れなかったことが、何より悔しい・・・。
リュート・・・。
オレがいなくなっても、どうか自分を見失わないでくれ・・・。
お前にはアギトがいる・・・。
ザナハもいる。
お前は決して一人じゃない・・・、孤独じゃないんだ・・・。
それを忘れるんじゃないぞ?
リュート・・・。
―――――――――これで、さよならだ。