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第21話 「感動の再会」

 あの後、ものすごく大変だった。

 野次馬達が見つめる中、リュートとアギトは警察に保護されて、そのままパトカーに乗せられて警察署に連行された……、というか誘拐犯に誘拐・拉致・監禁されたと思われていたようで、その取り調べの為に連れて行かれたのだ。

 がっちりと警官二人に両脇を固められた二人は、警察署の中にある部屋に案内された。

 そこにはチョコレート類のお菓子と、紙コップにジュースが注がれていて、肩にはブランケットを掛けられた。

 二人の泥だらけ、擦り傷だらけの状態から――どこからどう見ても犯人の監禁場所から必死になって逃げて来ました、という風にしか思われなかった。


 警官二人のすぐ後に、刑事さんみたいな感じの恰幅のいい、人の良さそうなオヤジが入って来た。

 刑事さんは二人の向かいの席に座って、笑顔で話しかけてくる。

 最初は怯えさせないように、柔らかい口調でケガの方はどうか? とか、お腹すいていないか? など。

 事件に(てゆうかさっきから言ってるように事件でもなんでもないが……)触れないような内容の会話でまず攻めてくる。

 そして次第に核心へと話題が突入していった。


 金曜の晩に、本当は何があったのか?

 今まで、誰と一緒にいたのか?

 どこにいて、何をされたのか?

 犯人について何か知っていること、覚えていることがあったら教えてほしい、など。


 リュートは正直に話すことはないと、はじめからわかっていた。

 それは当然、話したところで信じてもらえるはずがないと、十分理解していたからだ。

 だが、言いつくろえるような嘘の言葉が何も出てこない。

 そうやって口ごもるリュートの態度に、都合良く刑事さんは勘違いしてくれた。


 怖くて何も話せないんだ、と。


 そうやって黙っていれば、今日のところは……とか言って帰してもらえるものだと思っていた。

 しかし、この刑事さんはそうしない。

 アギト達が黙っていると、刑事さんはおもむろにこんな話をしだした。


「実はね、君達二人がいなくなった金曜の晩のことで、ある少年達から妙な証言を聞いたんだよ。まぁ、その子達はここいらじゃあまり評判の良くない――いわゆる不良少年というやつでね。不良少年だから……というわけではないんだが、証言の信用性がいまひとつなんだよ。彼らの証言によると、君達が工場地帯にある廃棄された鉄筋工場の屋上から落ちて行って、眩しい光に包まれてそのまま消えてしまったと言うんだよ。妙な話だろ?」


 まぁ、うん。それが事実なんだけど……と二人は心の中で相槌を打ったが、勿論沈黙したままだ。

 疲労もたまってるというのに、この刑事さんはちっとも帰してくれそうな雰囲気じゃなかった。

 このまま沈黙した状態を続けても、今日のところは……という流れには行き着きそうに思えない。

 そこでアギトが一芝居をうった。

 アギトの肩が震えだす。あまりに突然だった為、隣に座っていたリュートが驚いた。


「刑事さん、僕……、僕……っ! もう思い出したくないよ!」


 アギトの泣き声みたいな震えた声を聞いて、急に刑事さんの瞳が輝きだしてぐっとテーブルに身を乗り出した。


「なんだね? 何か思いだしたんだろ!? 大丈夫だから! おじさん達、警察が君達を必ず守ってあげるから、話してごらん?

 何も怖いことはないんだよ!? ここは警察署の中だ、犯人はいないし。もう君達に手を出すことは出来ないからね!! おじさんを信じて、話してみなさい」


 刑事さんの必死の言葉に、リュートはなんだかこの刑事さんが可哀相になってきた。

 本当のことを話す気はない上、誘拐でもなんでもないし、犯人なんてものも最初から存在しない。

 そして今、アギトは嘘の犯人を仕立て上げてこの場を乗り切るつもりだと悟ったからだ。

 ひっくひっくと、嘘泣きをしながらアギトの迫真の演技に拍車がかかる。

 しかし、それをやめさせようとは思わなかった。

 何か言わなければこの刑事さんは、この警察署に保護という名の軟禁を自分達に強いて、意地でも犯人に関する情報を絞り出そうとしているのがわかっていたから、早く帰りたいリュートはアギトに乗るしかなかった。

 カラカラの瞳を右手で拭って、しゃくり泣きをしながらアギトが語り出す。


「僕達、僕の家で遊んで……もう遅くなったからリュートを家まで送ろうとしたんだ。ゲーセンの前を通り過ぎようとしたら、不良グループの奴らがケンカをふっかけてきて、僕達怖くなって、その場から必死で走って逃げだしたんだ。そしたら、そいつらも走って追いかけてきて、気が付いたら人気のない工場地帯に迷い込んでて……」


 しゃくり泣きの演技をしながら、あえぎあえぎ話したせいか。ちょっと疲れて一息つくためにジュースをぐびっと飲みだした。

 まぁ、ここまでは本当の話だなと思って、リュートも目の前にあったお菓子を食べながら聞いている。


「それで? そこで一体何があったんだね!?」


 一生懸命録音しながら話を聞く刑事さん。

 リュートも同じ気持ちだった。そこから先、どうやって話を作るんだろうと。


「なんとか隠れる場所はないかと思って、あの廃工場に入って行ったんだよ。そしたら廃工場の裏手の方から、黒ずくめの男二人が何かをしているのを見つけて。不良グループのやつらは、僕達に気付かないでどこかへ行ったみたいだけど。そのまま……、そのまま僕達も廃工場から出て行くべきだったんだ」


 そういえば警察に嘘の証言なんて本当に通じるのかな? と、突然リュートは思った。

 ブルーシートを出入りしたあの地面、明らかに数人が無理矢理入っていった後だ。

 この証言だと、不良グループの奴らの言葉と全く食い違うことになる。

 でもその辺はおそらく大丈夫だろうと考えた。

 なぜなら、不良グループ達はありのままを警察に証言してしまったからだ。

 現実的にあり得ない出来事を。

 しかしアギトの方は現実的にあり得そうな内容で、話そうとしている。

 どっちに真実味があるかなんて、すぐにわかる。


「僕達、不良グループ達を撒いたことにホッとし過ぎてて。何だか今度はその黒ずくめの男たちのことが気になりだしたんだ。そして、鉄筋の積まれた影に隠れて男たちの会話を聞こうなんてバカなマネをして。会話の内容はよく聞き取れなかったけど、大麻がどうとか、無事に運べたとか……そんな片言しか聞き取れなくて。なんだかだんだん怖くなってきて、僕達そこから逃げようとしたんだ。そしたら足元にあった鉄筋に気付かなくて、大きな物音を立てて、男たちに見つかった。慌てて逃げようとしたけど、あいつらものすごく素早くて、すぐに捕まった。泣き叫んで……、怖くて……、殆ど覚えてないけど車に乗せられて。目隠しとか、口にガムテープとか貼られて。そしてどこかの狭い個室に閉じ込められた。必死で助けてって叫んだけどダメで、もうこのまま殺されるのかと覚悟してたら。またその時の男たちが僕達を捕まえて、廃工場に連れていかれて。なんだかわかんない内に、捨てるように車から放り出されて。そのまま黒いベンツで走ってどこかへ行っちゃったんだ。だからものすごく怖かったけど、捜査の役に立ちそうなことは何にも見てないし、聞いてないし、覚えてなくて、ごめんなさい……」


 両手で顔を覆って、アギトの単独劇場は幕を閉じた。

 刑事さんは少し困った顔をして質問する。


「その男たちの顔とか、何か特徴は覚えてないのかね?」

「何も覚えていません、暗くてよく見えなかったし。殆どずっと目隠しされてたから。な?リュート!?」

「えっ!? う……、うん」


 う〜んと眉間にシワを寄せて悩む刑事さんを他所に、アギトは手で覆った隙間からあっかんべーをしていた。


「黒ずくめの男二人に、……大麻。……黒いベンツか」


 繰り返し呟いて、頭をボールペンでぼりぼり引っ掻きながら刑事さんはカセットテープの録画を停止させた。


「わかった、ありがとう君達。役に立ってないことなんてないんだよ?そんなことより君達二人が無事だったことが何よりだからね。それじゃ、リュート君のご両親が迎えに来ているそうだからもう帰っていいよ」


 そう言って、ようやくリュート達は警察から解放された。


 個室から出て行くと、通路の遠くの方に確かにリュートの両親が心配そうな顔で迎えに来ている。

 リュートが両親を見つけたのと、両親がリュートを見つけたのはほぼ同時で、見つけた瞬間、お互い両目に涙を浮かべながら走って行く。

 アギトはそんなリュートの背中を見送って、本当によかったと思った。

 たった二日でも、リュートはやっぱり心細かったのかなと思うと心苦しくなる。

 すると個室の扉のすぐ横に、リュート達を警察署まで連れてきた警官の一人が、一人で突っ立っているアギトに話しかけてきた。


「えぇっと、六郷りくごうアギト君だったよね?」


 そう聞かれて「はい」と答える。


「君の自宅に連絡を入れて、警官がマンションまで行って君のご両親に、君が無事だったことを知らせようとしたんだけど。連絡はつかないし、マンションにも誰もいなかったから。君、ご両親が今どこにいるのか知らないかい? ごめんね、無事に帰って来たばかりの君にこんなことを聞くなんて」


 両親に知らせるなんて全く無駄なことだけど、色々詮索されるのはイヤだったのでアギトは適当に答えた。


「あ、大丈夫です。父ちゃんと母ちゃんには僕からちゃんと帰ったことを伝えときますから」


 そう言って、これ以上何かつっこまれるのは面倒だと思ったアギトはリュート達の方へ駆けて行った。

 警官はアギトのことが少し心配だったのか、後ろの方で呼び止めようとする言葉が聞こえてきたけど無視した。


 家族の感動の再会を邪魔するつもりがなかったアギトは、少し距離を置いてリュート一家を見守る。

 泣きじゃくりながら母親がリュートの顔をさわり、どこか怪我はないか手探りで体中をなで回していた。

 リュートは「どこも怪我なんてないよ」とくすぐったそうに、潤んだ瞳でイヤがっている。

 そんな様子を見て、アギトは自分でも気づかぬ内に羨ましそうな眼差しで見つめていた。

 すると後ろの方から警官だか、婦警だか。警察関係者の人達の会話がなんとなしに聞こえてきた。


「あの二人でしょ? 二日も行方不明で大騒ぎになってたって」

「ああ、今感動の再会をしている方の両親が、息子が何時になっても帰って来ないって言ってすぐ警察に通報してきたんだよそれですぐに捜査が開始された」

「でも……、あっちの子の親からは全く連絡がなかったそうじゃない?」

「そうそう、行方不明の届けどころか逆に両親の方が、今どこにいるのかもわからない状態なんですって。だからあっちの子の方は、誰一人として迎えが来てないみたいなのよ」

「可哀相に……」


 そんな会話が聞こえてきて、アギトはいてもたってもいられなくなり、そのまま家に帰ろうとした。

 だがその前に一応心配をかけたみたいだし、リュートの両親に挨拶位はした方がいいのかと、あまり気乗りしなかったがリュート一家の方へ歩いて行く。

 そしてリュートの母親とばちっと目が合って、その迫力にちょっとアギトは後ずさりする。

 猛烈な勢いでアギトに突進してきたおばさんは、赤い旗めがけて突進してくる猛牛のように見えたのは気のせいか?

 たじろぐアギトの腕をつかんで、おばさんはそのままアギトを抱き締めた。


 ――強く、強く。

 もう息が出来なくなりそうな位、力一杯抱きしめられたアギトはワケがわからず躊躇った。


「ちょっ……、おばさん!! 苦しいって……!!」


 でも、不思議とイヤな気持ちにはならなかった。

 出来ることなら、このまま放してほしくない位に……。

 少し抱き締める力が緩んで、アギトはほっとしたような、がっかりしたような複雑な気持ちになりながら、息を整えようとした矢先だった。

 目の前に、号泣するおばさんの顔があった。

 それは、さっきリュートとの感動の再会で流した涙だけではなく。


「心配したんだからねっ!? アギト君の身に何かあったらどうしようかって、ものすごく心配してたんだよっっ!?」


 ……それは、アギトの為に流してくれた……涙だった。

 自分の為に泣いてくれる大人がいるなんて……、全く思ってなかったし、……そんな大人初めてだった。

 だからこんなバカなことを口に出してしまった。


「でも……、オレ……他人だし……」

「バカっっっ!!」


 バシィッ!!


 おばさんの力強い平手打ちがアギトの頬を打った。

 おばさんの勢いに、後ろの方でおじさんがおろおろしながらうろたえていた……、リュートも。

 頭の中が真っ白になったアギトは、ジンジンと頬の痛みを感じながら、おばさんの顔を改めて見つめた。

 顔一杯に、涙を……、苦痛を……、そして二日間一睡もしていないような疲れきったおばさんの顔……。

 これはまぎれもない……、自分を心配してくれた……本心のおばさんの素顔だった。


「あんたはバカかいっっ!!? どこの世界に我が子を心配しない親がいるってのさ!! 前にも言っただろ!? アギト君はもう、ウチの家族も同然だって!! アギト君もリュートと同じさ。大事な……、大切な家族だろ?」


 迫力のあったおばさんのけたたましい絶叫が、だんだんと小さくなっていって……やがて泣き崩れた。

 肩を上下に揺らしながら、あえいで泣きじゃくるおばさんの肩に両手をそっと置く……。


「おばさん……、ごめん。オレ……、オレ……っ、今までオレの心配してくれる人なんて……誰もいないって思ってたから……っ。オレがいなくなっても、誰も悲しんだりしないって……っ!!」


 アギトは息を切らしながら、苦しそうに言葉を振り絞った。

 おばさんの姿がゆがんで見える、体全体が高熱を持ったみたいに熱くなって、特に両目が……。

 鼻がつまって息が出来ず、口で呼吸しようとするが、横隔膜が痙攣したみたいにうまく呼吸出来ない。


 そうか……、オレ……泣いてるんだ……っ。


 みっともなく、小さな子供みたいにおばさんにすがりついて泣きじゃくる自分……。

 その時だけは、恥ずかしいとか……そんなことを考える余裕なんてなかった。

 自分をこんなにまで心配して……泣いてくれる人がいること……、その喜びで涙が止まらなかった。


 ごめん……。


 ありがとう……。


 アギトは言葉に出来ない想いを、心の中で何度も何度も叫び続けた。


 いつの間にか……、リュートまで一緒になって泣いているのに気付いた。

 全く……オレ達もういい加減ガキじゃないのに……、そう思いながらアギトは大声で泣いた。

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