第227話 「死ぬ運命」
リュートは逃げ出した。
突然残酷な真実を聞かされ、自分の末路を聞かされ・・・リュートはパニックに陥っていたのかもしれない。
頭の中が真っ白になって自分が今、一体何をしているのかさえ自覚がない。
自分が逃げ出していることすらわかっていなかったのだろう。
ただ、『ここ』には居たくなかった。
次々と知りたくない事実を、聞きたくない真実をありのまま話して聞かせるルイドの前には居たくなかったのだ。
気付いた時にはエレベーターのような役割を果たす魔法陣の中に立って、必死に叫び続けている。
「レムグランド! レムグランド!
レムグランドにある洋館へ行ってよっ! アギトのところへ・・・、ジャックさんのところへっ!
僕をここじゃないどこかへ連れてってよ、・・・お願いだからっ!!」
しかし魔法陣は何の反応も示さなかった。
これはクジャナ宮に設置されている同系の魔法陣にしか反応しないので、当然クジャナ宮以外の場所へは移動することが出来ない。
リュートは、この魔法陣の仕組みをきちんと説明されたことはなかった。
それでも感覚的に、この魔法陣がレムグランドへ移動出来ないということ位、リュートも承知していた。
わかっていても・・・、望まずにはいられなかった。
もうイヤだ、何も聞きたくない! 何も知りたくない!
どうして自分ばかりがこんな目に遭わないといけないのだろう、なぜこんな思いをしないといけないのだろう!?
そんな言葉が、何度も何度もリュートの頭の中で繰り返された。
魔法陣が反応しないまま、次に口にした場所・・・それは。
「・・・クジャナ宮の、出口。」
するとリュートが呟いた言葉に反応した魔法陣から光が発せられて、下方へと急速に下りて行った。
リュートは魔法陣の中でうずくまり、立つことが出来ない様子である。
ジェットコースターに乗って急斜面のレールの上を、一気に下って行くような感覚に襲われて立てないというのもあったが、
それ以上にルイドから聞かされた言葉に押し潰されて両足に力が入らなくなっているという理由もあった。
リュートは自分の両肩を掴んで、叫び出したい気持ちを必死で堪える。
やがて魔法陣が出入り口のある場所に到着すると先程までの奇妙な感覚がなくなって、光の壁が消えた。
少しの間リュートはうずくまったままじっとしていたが、まるで今意識を取り戻したかのようにゆっくりと顔を上げて目の前にクジャナ宮の出入り口である玄関が目に入ると、おぼつかない足取りで立ち上がって外を目指す。
「帰るんだ・・・、僕一人だけでも。
ここには居たくない、精霊との契約も・・・もうどうだっていい。
リ=ヴァースへ帰ればこんな思いをしなくて済む、・・・そうだ。
アギトと一緒に帰ろう。
ここにいたらイヤなことばかりだから、・・・だからもう家に帰るんだ。」
虚ろな表情で呟いて、リュートはふらつきながら玄関口へと向かう。
大きな黒い扉の前に立って見上げる、そして扉のノブに手をかけて開けようとしたその時だった。
「リュート!」
少女の声がした。
透き通るような声で自分の名前を叫ぶのが聞こえたはずだが、リュートの心にまでは届いていない。
扉を開けようとしている手に、細くて小さな手が重なる。
「・・・どこへ行くつもり!?」
疲弊したリュートの顔を覗きこむように、黒髪の美しい少女が真っ直ぐな瞳で見据えた。
雪のように白い肌、黒く長い艶やかな髪、普段はぼんやりとした眼差しだが今は強い意志を感じさせるような凛とした黒い瞳で、じっとリュートを捉えている。
「・・・ジョゼ、僕は帰るんだよ。
僕じゃ無理だ・・・もう無理なんだ、だから放してくれないか。」
どうせ使命を果たせとか、逃げるなとか言われるだけだ。
世界を救う為に犠牲が必要だから、世界の為に死んでくれって頼まれるだけだから・・・。
もう・・・どう思われようと構わない。
逃げてるって言われようが、弱くて情けない負け犬だって罵られようが。
自分の命には代えられないのだから・・・。
リュートの頭の中はそんな言葉で一杯になっており、ジョゼに対して譲る気持ちなど全く持ち合わせていなかった。
もし力ずくでここから逃げ出すことを阻止すると言うのなら、リュートも力で対抗して逃げ出すつもりでいる。
それ程、今のリュートは追い詰められ・・・思い詰めていたのだ。
しかしジョゼはリュートの言葉を聞くなり、激しく否定することもなく・・・ただ微笑んでみせた。
その笑みが・・・、リュートの意識を取り戻させる。
「あなたがレムへ帰ることを止めたりはしないわ、あなたが決めたことだもの。
ただあたしは、クジャナ宮の・・・首都の回りは強い魔物が徘徊しているから危険だって知らせたくて。
それにここから出てもレムへは帰れない、・・・来て。」
そう言ってジョゼはリュートに向かって手を差し伸べる。
リュートはその手を見て、まだジョゼの言ってる意味がよくわかっていないようだ。
「・・・どこ、へ?」
「リュートがレムへ帰れるように、ゲダックさんにお願いしてあるの。
ゲダックさんの空間転移の術ならあなたをレムグランドへ連れ帰ることが出来るから。」
ゲダック、確か深い緑色のローブを着た老人で、魔術とは少し異なる技をいくつも使用した人物だ。
しかし彼はルイドが率いる4軍団の軍団長、その老人がなぜリュートをレムグランドへ連れ帰ると言うのだろう?
いくらジョゼが頼んだからとはいえ、それを受け入れる理由がわからない。
でも・・・と口ごもるリュートの手を引き、ジョゼは走り出した。
再び魔法陣に押し込められ、ジョゼはゲダックの元へと案内する。
つい流れでここまでジョゼに従ってしまったが、ゲダックの元へ連れていかれたらまたルイドの所へ連れ戻されるのではないだろうか?
もしかしたらルイドも一緒に待ち構えているのかも知れない。
(でも・・・、ジョゼはルイドのことを疑っていた唯一の人物だ。
結局は『ディアヴォロを復活させる』というのも、『ラ=ヴァース復活イコール、ディアヴォロ復活』だったわけだけど。
どうしてジョゼは僕が逃げ出すことを責めたりしなかったんだろ・・・。
それどころか僕が帰ろうとしていることを止めもせずに、むしろ帰る手助けをするなんて。
ジョゼは今も、ルイドのことを疑っている・・・!?)
怪訝な表情でジョゼの横顔を見つめていると、魔法陣はすぐに停止してジョゼが歩き出す。
慌ててついて行くリュート、回りを見渡すとうろ覚えではあるがノームと契約を交わした階に似ていた。
どこも扉だけが続く廊下で全く見分けがつかない、まるで無限回廊のように続いている光景だけは覚えている。
しばらく歩いているとすぐに遠くの方から見覚えのある人物がこちらに向かって手を振っていた。
それを見つけるなりジョゼが走り出し、リュートも慌てて走る。
手を振っていた人物はゲダックで、二人が辿り着くと急かすように側にある部屋へと押し込んだ。
すぐに扉を閉めて二人の方に向き直る。
「こんなことをしてもどうせあやつのこと、とっくに見通してるとは思うがの。
むしろこうなることがわかっていて、あえて放置しているとしか考えられんが・・・まぁいいじゃろ。
さて、ここから抜け出したいということらしいが?
お前・・・本当にそれでいいのか、ここに残って更なる事実・・・更なる可能性を聞くという方法もあるが?
それを聞かずしてこのまま真実から遠ざかる、それで本当に後悔しないんじゃな!?」
睨みつけるようにリュートに問いかけるゲダック、一瞬老人とは思えない鋭い眼力にたじろぐリュートであったが逃げ出したい気持ちに揺らぎはなかった。
これ以上真実を聞かされたくないと言う気持ちも・・・。
「僕はただ・・・、死にたくないだけだ。」
「誰だってそうじゃ、死を恐れぬ者などこの世におりはせんよ。」
軽く鼻で笑うだけで、ゲダックはリュートを罵らなかった。
「でもルイドは死を恐れていなかった、むしろ死にたがってる!
僕にはわからない、・・・どうしてあんな風に、あんな顔で死を望めるのか。」
ジョゼの顔が引きつる、一瞬横目でそれが見えてしまったリュートは彼女がルイドの妹であったことを思い出す。
自分が言った言葉でジョゼを傷付けてしまったのかもしれないと、少しだけ胸が痛んだ。
しかし今のリュートに他人を気遣う余裕などない、自分のことすら整理し切れていないのだから。
「ルイドの寿命はそろそろ尽きる、精神面も限界をとっくに超えとる。
かたくなにワシが処方した薬を拒絶していたくせに、この日を迎える為にと薬を受け入れよった。
ディアヴォロの核に精神的にも肉体的にも蝕まれ、なおかつ闇に心を支配されぬように常に気を張っておかねばならん。
・・・これなら死んだ方がマシじゃろうのう。
それでもあやつは光の戦士に殺されることを、いや・・・光の戦士にディアヴォロの核を破壊させることを望んでおる。
ルイドはそういう道を選んだのじゃ。」
恐らくルイドのずっと傍らで、そんな彼の苦しみを間近で見ていた人物だからこそ知っているルイドの苦しみ。
それを語り聞かせるゲダックの瞳は遠くを見つめたままで・・・、ルイドの末路は誰にも止められないと断言しているようにも見えた。
同時に、誰にも否定することは出来ないと言っているようでもある。
ゲダックにそのつもりはないのかもしれないが、まるでそれを言って聞かせることでリュート自身にも『ルイドのように闇の戦士として立派に働け』と言ってるように聞こえた気がした。
リュートは自分の心の弱さ、意気地のなさを痛感しながらも・・・それでも強く、『死にたくない』と繰り返す。
自分の気持ちを曲げないと言うリュートの表情を見て取ったゲダックは、それ以上追及することはなかった。
「・・・レムグランド、じゃったな? よかろう、どこでもいいからワシに掴まれ。
一瞬で到着するから心配無用じゃが、もし移動途中でワシから離れてしまえば次元の狭間に取り残されるから気をつけるんじゃ。」
一歩歩み寄り、ゲダックがそう切り出した。
逆にジョゼは空間転移の術に巻き込まれないように、数歩後ろに退く。
「リュート、誰もあなたに強制したりしないわ。
ただ・・・これだけは覚えておいて、あなた自身が本当にそれで良かったのかどうかを・・・。
それでも揺らぎがないと言うのなら、ディアヴォロのことは心配しなくてもいいわ。
あたしは闇の神子、元々・・・双つ星の戦士が現れなかった時の為の素材として用意されたのだから。
兄様の後はあたしが何とかする、だからあなたが死ななくてもいいの。」
か細い声でそう告げるジョゼに、リュートは聞き返そうと声を出すが突然景色が歪んで見えた。
ゲダックのローブに掴んだ手が離れそうになり、慌てて両手で掴む。
ものすごく強い力で引っ張られて必死で掴んでいると、まばたき程の時間で景色が変わった。
数十秒のように感じられたが、実際には一瞬で・・・ローブを必死で掴んでいたことと驚いていたことで、一瞬が長く感じられたのだ。
辺りを見回すとそこは森の中だった。
薄暗く、一瞬アビスグランドとそう大して変わらないと思っていたが空を見上げて合点がいく。
アビスグランドの空は暗雲が立ち込めており、夜空に輝く星すら見つけられない程だった。
しかし今リュートが見上げている空には雲がなく、たくさんの星が煌めいている。
アギトと二人でよく見ていた光景、リ=ヴァースでもこれ程たくさんの星を見ることは出来ないと感動していた夜空だ。
ここは間違いなく、レムグランド。
リュートは帰って来たのだ、望んだ通りに。
「ここはゼグナ地方のヴェントじゃ、お前達の拠点である建物がある場所の近くじゃよ。
今は強力な結界が張ってあるようじゃから少し距離を取って移動した、ワシがここに来たことを悟られるわけにはいかんからの。
さぁ、もう行くが良い。
三国同盟が成立して、恐らく異世界間移動を行うトランスポーターも起動出来るはずじゃ。
死にたくないと言うのなら迷わず自分達の世界へ帰れ、そしてこの世界のことは早く忘れることじゃな。」
そう言ってリュートに背を向けた時、慌てて呼び止める。
ジョゼが言ってたことがどうしても気になるリュートは、その真意をゲダックに求めた。
「ジョゼが・・・、闇の戦士が現れなかった時の素材って・・・どういう意味なんですか!?
ディアヴォロの核は、闇の戦士の体に寄生させて光の戦士の力で破壊しないといけないってルイドが・・・。」
「・・・もう何も興味がないんじゃなかったのか?」
「教えてください、ジョゼは一体何をしようって言うんですか!?」
どうしても気になった。
ジョゼが言った言葉の一つ一つが気にかかって、そのまま知らないフリなど出来なかった。
するとゲダックは大きく溜め息をつき、それから振り返ってリュートを見据える。
「ジョゼは元々、正規の神子ではない。
昔ワシが作ったコピー技術により造り上げた『マナの宝珠』の模造品を、当時死を目前にしていた赤子に
施して一命を取り留めさせたことがあった、・・・それがジョゼじゃ。
『マナの宝珠』はアンフィニの力の源、本物には遠く及ばんが・・・それでも当時のジョゼには十分だった。
幾度となく拒絶反応が現れたが、ジョゼはそれを乗り越え・・・決して数値が変わることのないマナ指数が、
『マナの宝珠』によって無理矢理変えられたんじゃ。
ジョゼは890という数値を持ち、闇の神子へと生まれ変わったのじゃよ。
『マナの宝珠』がジョゼの生まれ持っていた力を増幅させ、それはやがて対ディアヴォロに効果があるかも
しれないと、ベアトリーチェはジョゼを闇の戦士の代わりとして幽閉したんじゃ。
その時、突如現れた闇の戦士ルイドによって・・・ジョゼは解放され、妹として迎えられた。
ルイドはジョゼすらも救うつもりで、核を受け入れたのかもしれん。
その使命を自らが背負わなければ自分の代わりにジョゼが、ディアヴォロへの生贄にされると知ってな。
・・・ジョゼが生まれ持った能力、それをディアヴォロに使えばジョゼ自身にも命の危険がある。
幼い頃から自分がディアヴォロへの生贄にされると教えられ、それ以来あの子は感情を殺すようになった。
割り切ることで苦しみや葛藤から逃れることでしか、あの子の精神を保つことは出来んかったんじゃろう。
ルイドと出会ってからは殺してきた感情が再び戻りつつあったんじゃが、ルイドの背負った運命を知って
再び感情を殺そうとしておる。
お前が戦士の使命を放棄したことで、あの子は決意したんじゃろうのう。
・・・兄と共に、自分に課せられた使命を果たそうとな。」
「・・・僕の、代わり?
ジョゼにも命の危険があるって・・・、それじゃ! ジョゼは僕の代わりに死ぬって・・・こと!?
そんなの・・・、そんなのって・・・っ!」
「もうお前には関係のない話じゃろう、お前は自分の命を優先した・・・それだけのこと。
仮に使命を受け入れたとして、そんな中途半端な覚悟ではディアヴォロの核を受け入れた途端に闇に心を支配されて
すぐさま乗っ取られるだけじゃろうがな。
おっと、今ワシが話したことは誰にも言うなよ?
あの子の能力は世界の秩序を乱すもの、本来なら公にしていい身ではないのじゃからな。」
ゲダックはリュートに口止めすると、そのまま再び背を向けて・・・一瞬で姿を消してしまった。
森の中に一人残されたリュートはどうすることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしている。
色々な出来事が一度に起こって、たくさん仕入れた情報を上手く整理することが出来ずにいた。
頭の中がぐちゃぐちゃになって何がどうなってるのか、どうしたらいいのかわけがわからない。
「結局、誰かが死ぬことになる。
世界を救う為には誰かを犠牲にしないと、結局何も救うことが出来ないなんて・・・っ!
僕は逃げ出しちゃいけなかったの!?
どこまで行っても、結局僕に残されているのは・・・世界の為に、誰かの為に死ぬということだけ!?
僕は・・・死ぬ為に生まれて来たって言うの!?」
震えながら両手を広げて、じっと見つめる。
視界がぼやけて、涙が零れ落ちた。
「イヤだ・・・、イヤだっ!
死にたくない・・・まだ死にたくない、生きていたい・・・僕は生きていたいんだっ!
どうして・・・?
友達と、家族と・・・大切な人達とずっと一緒に過ごしていたいだけなのに・・・。
それも僕には贅沢な願いなの? それすらも願っちゃいけないことだったの?
誰か、助けて・・・。 僕を助けて・・・っ!
僕は死ななくてもいいって、死ぬ必要はないって・・・誰か言ってよっ!!
うわああああああぁぁぁぁあぁぁぁ――――――――――――――――――――――――っっっ!!」
今までにない位、大声で泣いた。
喉が張り裂けそうな程、力一杯声を上げて泣いた。
リュートの脳裏に、大切な人達の顔が浮かんで来る。
お父さん、お母さん、弟や妹たち、アギトやザナハ、それにジャック・・・レムグランドで自分に親切にしてくれた全ての人達。
彼等の顔が浮かぶ度に思う、彼等を失いたくないと。
大切に思っている人達の笑顔を守りたいと、そう思っていたのは本心だ。
でも今自分は・・・、自分の命を優先して彼等の笑顔を・・・この手で奪おうとしている。
そう思うとやっぱり自分は死ぬしかないんだと実感させられ、更に苦しい思いが胸に込み上げて来た。
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない!
「リュートっ!!」
「―――――――――っっ!?」
突然の声に驚いて振り向く、地面に膝をつき・・・大粒の涙を大量に流した顔で、自分の後方に現れた人物を見て目を疑った。
どうしてここにいるのか、いやそれより・・・なぜリュートがここにいることがわかったのか!?
疑問はたくさんあった。
しかしリュートはそれらの質問をするよりも先に、気がつけばその人物に抱きついていた。
駄々をこねる子供が必死で親にしがみつくように・・・、決して離すまいと力一杯抱き締め、泣きじゃくる。
「ジャックさん・・・っ、ジャックさん!!
うわああああああああああああ――――――――――――――――――っっっ!!」
ジャック自身もリュートが戻っていたことに驚いていたが、大声で泣き叫ぶリュートを力一杯抱き締める。
今までリュートがこんな風に泣いている姿を、ジャックは一度も見たことがなかった。
秘奥義を習得する為の厳しい修行にも、決して涙を見せることはなかったのに・・・。
「リュート、一体どうした・・・何があったんだ!?」
「ジャックさん、ジャックさん! 僕は・・・っ、僕・・・はっ!」
嗚咽しながら必死で伝えようとするが、喉の奥が詰まったようにうまく言葉に出来ない。
ジャックは優しく撫でつけながらリュートを落ち着かせる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔のままジャックを見上げ、ようやく声を出す。
必死で伝える。
「僕は・・・っ、死ぬ運命なんですか!?
ディアヴォロを倒す為に、死ななくちゃいけない存在なんですかっ!?
ジャックさんも・・・それを知って、それを知ってて・・・ずっと僕を・・・っ!?」
ジャックの表情が凍りつく、しかし今のリュートは混乱していて・・・会いたかった人物に、自分の気持ちを全て吐き出すことが出来る相手に出会えて、ジャックの表情の意味を読み取る余裕がどこにもなかった。
「助けて・・・っ、僕を助けてくださいっ! お願い、助けて・・・っ!
僕は死にたくない・・・っ、でもみんなも死なせたくない!
ディアヴォロが復活すればたくさん犠牲が出るかもしれない、ディアヴォロってそういうものなんでしょ!?
僕はただみんなと一緒に、楽しく過ごしたかっただけなのに!
今までみたいに、ずっとそれが続くと思ってた・・・、でも違った!
ルイドが教えてくれたんだ、闇の戦士はディアヴォロを倒す為に犠牲にならなくちゃいけないって!
そうしなくちゃディアヴォロを倒すことは出来ないって、・・・どうして僕なの!?
ねぇ、教えてください! どうして僕なんですか!?
どうして僕が死ななくちゃいけないんですか、僕はずっと生きていたい・・・まだ死にたくないのに!
僕は自分が死ぬ為に今までずっと頑張って来たんですか、・・・教えて、くださいっ!」
泣きながら助けを求め、訴え続けるリュートにジャックはいたたまれなくなって強く抱き締めた。
強く・・・、強く。
「大丈夫、お前を死なせたりなんかしない・・・死なせてたまるか!
このオレが守ってやる、・・・そう約束しただろう!?
安心するんだ、オレはずっと・・・永遠にお前の味方だ、そうだろう!?
大丈夫・・・大丈夫だ、オレを信じろ! オレがお前を守ってやるから、助けてやるからな。
ディアヴォロからも、ルイドからも・・・誰が相手だろうと、オレがお前を守る・・・必ず!」
その言葉が欲しかった。
ジャックの口から、心から安心できる言葉を聞いて・・・リュートはようやく落ち着きを取り戻し始める。
そして強く、抱き締める力を込めた。
今だけ・・・、今だけは弱音を吐かせてほしい。
弱い自分を否定する言葉は、聞きたくなかった。
いずれは運命を受け入れなければならないなら、せめて今だけは許してほしい。
激しく泣いて、弱音も吐いて・・・やっと思考がハッキリしてきて、リュートは一言お礼を言った。
ゆっくりとジャックから離れ、両手で涙を拭う。
それから洋館はすぐそこだとジャックに言われ、手をつないで歩いて行った。
まるで親が小さな子供を連れるように、迷子にならないようにしっかりと手をつないで・・・。
その手の温もりが嬉しくて、しっかりと離さないように力を込められるのが嬉しくて。
安心しきったリュートがようやく、弱音以外の言葉を話し始めた。
「ジャックさん、どうして僕がここにいるってわかったんですか?」
出来るだけ優しく、でも違和感のないようにジャックは至って普通を装った口調で答える。
「ん? あぁ・・・カトルがな。
あの子は感知タイプの能力を持ってるから、洋館の近くにオレ以外のアビス人の気配を感じ取ってオレに教えてくれたんだ。
今洋館にはアギト達がいないし、この時期にアビス人がうろついているのはおかしいと思ったから。
兵士の連中じゃなく、オレが様子を見に来て正解だったな。
まさかリュートがいるとは思ってなかったからなぁ・・・。」
「僕も、まさかジャックさんが来てくれるとは思ってませんでした。
・・・アギト達は、今どこに行ってるんです?」
「今・・・な、ちょいとアンデューロの方へ向かってる。
その、セレスティア信仰の大司祭から連絡が入って・・・アギト達はその用事で向こうに行ってるんだ。」
少し回りくどい言い方に違和感を感じたが、もしかしたら今のリュートには聞かせたくない内容だと判断して口ごもっているのかもしれないと・・・リュートはあえてそのことには触れなかった。
リュート自身も、今は余計な情報などを聞く気にはなれなかったから。
それに今の自分をアギトやザナハに見られずに済んで、少なからずほっとしていたのも事実である。
少しばかり歩いて行くと洋館はすぐに見えてきて、見張りの兵士が少し驚いた表情をしていた。
ジャックは片手を振って合図を送ると、異常なしと捉えてすぐに定位置へと戻る。
玄関の扉を開けて、入口の前にいたメイドにジャックが話しかけた。
「すまないが、ミアを呼んで来てくれないか?」
「かしこまりました。」
メイドが走って行く姿を見送っていると、ジャックが膝をついてリュートの目線に合わせた体勢になる。
「リュート、しばらくミアに面倒を看させるから・・・完全に落ち着くまではここで療養しているんだ。
色々あり過ぎてきっと疲れているだろうからな、今は何も考えずに・・・ミアに甘えとけ。
オレはちょっと、出掛けて来る。」
「え・・・、どこに!?」
ジャックの顔に緊張が走ったような・・・、真剣な面差しになる。
その表情がリュートの心を不安にさせた、それを感じ取ったジャックはすぐに笑顔を作るとリュートの頭を撫でる。
「なに、心配いらないさ! 今は何も考えなくてもいいって言ったろ?
すぐにミアが来るから、お前は心も体も休ませておけ・・・これは師匠からの命令だ! いいな?」
冗談っぽくそう言うと、ジャックはもう一人のメイドにリュートを頼むと・・・そのまま洋館を出て行ってしまった。
リュートは不安げにその背中を見送るしか出来ない。
手を伸ばしたが・・・、ジャックには届かなかった。
するとすぐに後ろの方からぱたぱたと走って来る音が聞こえて振り向くと、そこにはショートボブの女性が笑顔でリュートを見つける。
「あらあら~、メイドさんの言った通りだわ!
リュート君戻ってたのね、さぁさ・・・疲れてるだろうからお部屋に行きましょうかぁ!」
「え・・・、あの!?」
ジャックの奥さんであるミアがリュートの手を引いて連れて行こうとするが、リュートは先程ジャックが出て行った玄関の方を指さして何か言いたげにしているのを、ミアが察した。
「あの人のことなら心配いらないわ、きっとすぐに戻って来るわよ。
そんなことより、今はリュート君の方が心配だわ。
リュート君が早く元気になってくれれば、あの人も喜んでくれるから・・・ね?」
そう優しく促されて、リュートは大人しくミアについて行くことにした。
時折振り返っては玄関の方を見つめて、後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。
もし・・・。
もしあの時、すぐにジャックの後を追いかけていたら・・・。
別の未来を選択することが、出来たのだろうか?
―――――――時間は戻らない。
この時が・・・、それを強く感じた一番最初のきっかけだったかもしれない。