第225話 「土の精霊・ノーム」
龍神族が主に使用する飛馬と言う空を駆ける魔物に馬車を引かせ、リュートはメイロンと共にアビスグランドへと向かった。
馬車で行くのは初めてであったが、アビスグランドへ行く際の次元間移動はサイロンのドラゴン化の時と対して差はない。
人間の目では目視することは出来ないが、レイラインが収束している場所に光のサークル・・・つまり『次元の歪み』というものがあるらしく、メイロンは手綱を引く付き人に行き先を指示して光のサークルをくぐり抜けた。
光のサークルを抜けた途端に小窓から入って来た風がピタリと止まり、全くの無風状態・・・風音もなく回りは星のない夜空を駆けているような、そんな不思議な空間を数秒間移動して・・・そしてその空間を抜けた先には暗雲立ち込める大空がリュートの目に入る。
陰鬱な気分にさせるような、そんなどんよりとした光景。
ここは間違いなくアビスグランド、深淵の世界だった。
馬車は真っ直ぐに空を駆けたまま飛び続ける、リュートは特にメイロンと話をするでもなくぼんやりと馬車の小窓から外を眺めている。
変わらずここは枯れた荒野のように、砂地が永遠に広がる世界だ。
この世界には水の加護が殆ど受けられていないせいもある、そもそも世界を保つ為に必要な属性が2つの世界に分かたれたまま存続させるなんて不可能に近いのではないだろうか? と、リュートは心の中で疑問に思っていた。
水も、火も、大地も、風も・・・、光も闇も。
どれも生命が生きて行くには必要不可欠な存在だ、そのどれかが欠けた状態で生きて行こうなんて・・・過酷な環境になることは明らかだ。
(やっぱり・・・、この世界の在り方は不自然だ。
どちらかが豊かでどちらかが枯渇した状態なんて、そんなの間違ってる。
ラ=ヴァースを復活させることがどれだけ大変なことか僕には実感というか、
どんなことをして復活させるのかわからないからうまく言えないけど・・・。
サイロンさんの言ってることは納得が出来る、かな。
このままお互いの上位精霊と契約を交わして次元間移動を可能にさせて。
それからどうするんだろ?
ラ=ヴァースを復活させる為には、他に何をしたらいいんだろ・・・。
それもルイドが知ってるのかな・・・。)
そんなことをぼんやりと心の中で呟きながら、何となしに外を眺めていたら目の前に大きな塔が見えて来た。
ルイド達の拠点である城ではなく・・・。
「あ・・・れ? あの塔って、確かベアトリーチェ女王が住んでいる首都じゃ?」
リュートが戸惑った口調で呟くと、メイロンがすかさずリュートの挙動不審さに気付いて口を開いた。
「クジャナ宮ネ、ルイドはあそこにいるから首都へ行くようにって兄様から
指示されたアルよ。」
メイロンからそう言われ、リュートは半ば疑問に感じながらも反論はしなかった。
大体精霊との契約を交わす為に、ルイドの城を必ず訪れなければならないという決まりはない。
それでもこれまでの傾向からリュートは、ルイドの城を拠点として活動するものだとばかり思っていたのだ。
正直なところ、リュートはアビスグランドの首都であるクリムゾンパレスにはあまり近付きたくなかったのが本音である。
なぜならクジャナ宮の地下深くにはディアヴォロの本体が眠っている・・・。
そう考えただけで背筋が凍り、常に背後から命を狙われているような錯覚を起こしてしまうのだ。
唇をきゅっとつぐんで、リュートはクジャナ宮を見つめる。
馬車はそんなリュートの緊張には全く気に留めず、急ぎ早に駆けて行った。
飛馬は荒れ果てた荒野で着地し、それから国民が全くいない『町』の中を歩いて行く。
土や岩などで作られたような家や簡易的なテントなどは見られるが、道行く人は一人もいなかった。
それは以前訪れた時と全く変わらない、さびれた町というのはまさにこのことだとリュートは思う。
確か誰かから首都の国民は殆ど地下で暮らしている、と聞いたことがあった。
リュートは前に訪れた時のことを思い出しながらメイロン達と共に町の中を歩いて行く。
10分ほど歩き続けるとようやくクジャナ宮が目の前に現れたと思い、だんだんと緊張が増してきた時だった。
少し遠くの方から馬のいななきや人々のざわめく声が聞こえた気がして、リュートは怪訝に思う。
しばらくするとクジャナ宮のすぐ側で今まで目にしたことがなかったアビスの国民達が大勢外に出ていて、馬に乗っている人物が国民達に何か指示をしている光景が目に映った。
よく見ると馬に乗っている人物はリュートがよく知る男、肩に届く程の茶髪に赤と黒を基調とした刺々しい鎧に身を包んだルイドの腹心・・・ヴァルバロッサ、その人である。
彼は馬に乗った状態で何かを叫んでいる様子だ、今はまだリュートからは遠くて何を言っているのかまでは聞き取れなかったがどうやらクジャナ宮の前に集まっている国民全員に何かを命令しているようだ。
リュート達の目的地はクジャナ宮なので、自然と行く先はヴァルバロッサがいる場所となる。
歩いて近付いて行くと、国民を先導するアビスの兵だと思われる軽装を身にまとった人達がクジャナ宮を離れて町の方へと歩いてきた。
そのままリュート達とすれ違い、兵士や国民達はリュートを見るなりまるで拝むように・・・手を合わせる者や会釈する者。
果てには涙を流してリュートを見つめる者さえいたのだ。
不思議そうに、そしてなぜか居心地の悪い気分になって来たリュートにメイロンが見上げながら説明する。
「アビス人にとって闇の戦士は救世主も同然ネ、だからみんなお前のことを
救い主と思ってるアルよ。
ここに現れたのも、お前がディアヴォロを封印する為に来たと思ってるネ。」
「そんな・・・、僕にそんな力なんてないのに・・・。」
確かに以前首都へ訪れた本当の目的は、覚醒しかけたディアヴォロの封印だった。
しかしあれも結局はベアトリーチェ女王やルイドの力を主として封印出来たようなものである。
決してリュート一人の力ではなかった。
もし自分にそんな力があるのだとしたら・・・、考えつく先に触れたくなかったリュートはすぐさま思考をやめる。
「お前は・・・、リュートか。」
てくてくとクジャナ宮に向かって歩いて行くリュート達に気付き、ヴァルバロッサは馬に乗ったまま話しかけて来た。
リュートにまず視線を向け、それからサイロンそっくりの少女メイロン、気弱そうな付き人。
「わらわはメイロン、龍神族次期族長サイロンの妹アル。
兄様の指示で闇の戦士をここへ連れて来たネ、ルイドに渡し次第わらわはすぐに里へ帰るヨ。
・・・てゆうか早く帰りたいネ、だからルイドはどこアルか?」
メイロンの言葉にヴァルバロッサは律儀にも馬から降りると、メイロンの前に跪き敬意を表した。
ヴァルバロッサに比べると遥かに小さいメイロンに向かって大の大男が跪く光景を見たリュートは、それがとても滑稽かつ珍妙に思えて仕方がない。
「これは・・・、族長パイロン様のご息女であられましたか。
私はヴァルバロッサ、ルイド様率いる4軍団・鋼鉄の軍団長を務めております。
もしお急ぎでしたら闇の戦士リュートはこの私が責任を持ってルイド様の元へ
お連れいたしますが、それでいかがですかな?」
優しくそう言われ、メイロンは「う~ん」と首を傾げながら考え込んでいる様子だ。
そして1分も経たずに結論を出す。
「それじゃ言葉に甘えるネ、闇の戦士は確かに渡したアルよ!」
(・・・なんだか宅配便の荷物みたいな気分だ。)
しかし本当にさっさと帰りたかったのか、メイロンは何の躊躇いもなくリュートをヴァルバロッサに託してしまう。
「それじゃわらわはもう行くアル、元気でやるネ!」
「・・・なんだか永遠の別れみたいに聞こえるけど、まぁいいか。
ここまでありがとね、メイロンちゃん。」
軽く別れの挨拶を交わすと、メイロンは来た道を引き返すように時折振り返ってはリュートに向かって手を振りながら付き人達と共に本当に帰って行ってしまった。
取り残された気分のリュートは、メイロンの姿が見えなくなるまで見送りたかったが、ヴァルバロッサによって遮られてしまう。
立ち上がると190センチ以上はありそうな巨体に、リュートは首が痛くなるほど見上げた。
「お前がアビスグランドへ来た、ということは・・・。
ベアトリーチェ様は三国同盟に賛同されたようだな。
では、メイロン様との約束通りお前をルイド様の元へ案内する。
ついて来い。」
言うなりヴァルバロッサはガチャガチャと鎧と鎧がぶつかり合う音を立てながら歩いて行き、クジャナ宮の中へと入って行く。
後ろを振り向き、未だアビスの国民達が長い行列を作りながらクジャナ宮を出て行く光景が見て取れて一体何が起こったのかリュートはヴァルバロッサに尋ねた。
「あの・・・、あの人達は首都の住人なんですか?
みんな一体どこへ向かっているんです?」
ルイドの許可なく答えることを拒絶するかと思い、ダメ元で聞いてみたが・・・意外にもヴァルバロッサはすんなりと答えてくれたので、逆にリュートの方が驚いていた。
「お前の言う通り、彼等は首都の地下で暮らしていた住民だ。
彼等は全員ここより安全な場所へ避難する為に移動しているところだ。」
「ここより安全・・・って、ここで何かあったんですか!?」
リュートは少し動揺した口調で聞き返した、クジャナ宮の地下深くにはディアヴォロを封印している『隔壁の間』というものが存在している。
そんなものがあるクジャナ宮で何かあったとなれば、自然とディアヴォロに結びついてしまうのは当然の反応じゃないかとリュートは思った。
『隔壁の間』で施した封印が解けかかっているのだろうか?
ディアヴォロに関して何かしらの異変が起きたから、ルイドは首都を訪れているのだろうか?
そんな思いがリュートの中で渦巻いて行く。
しかしヴァルバロッサから出て来た言葉は、真実をオブラートで包み込むように・・・どこか含みのある言い方をして、それ以上のことは何も教えてくれなかった。
「・・・これから、起きるのだ。」
リュートは黙ったまま、ヴァルバロッサに連れられてクジャナ宮の中へと入って行く。
アビスグランド自体が光の射し込まない世界なので仕方ないが、中はとても薄暗くどこへ行っても陰鬱な印象は消えない。
黒曜石のように黒光りする床や壁一面が、訪れる者の心に重く圧し掛かるようだ。
二人は靴音が響き渡る程静かなクジャナ宮の中を歩いて行き、大人が7~8人は乗れそうな大きさの魔法陣の中へと入って行く。
「ルイド様の元へ。」
ヴァルバロッサが一言そう言うと、魔法陣はその言葉に反応して光を放った。
光の壁が魔法陣全体を包み込み、最初はゆっくりと二人を乗せて上昇して行くが・・・次第に速度を増して、高速のエレベーターに乗っているような気分になって少し気持ちが悪くなるリュート。
そして再び速度が落ちて、目的地となる階に到着すると魔法陣全体を包み込んでいた光の壁が消えてヴァルバロッサが魔法陣から出て行く。
続いてリュートも魔法陣から出て行くが、一瞬足元がフラつく。
どうやらこの魔法陣を乗りこなすには相当な慣れが必要になって来る、とリュートは心の中で思った。
ヴァルバロッサについて行きながら、リュートはさり気なく周囲を見渡す。
以前クジャナ宮に来た時は、『女王の間』『客間』といった数ヵ所しか訪れたことがない。
ここは明らかに今まで来たことがない階だった。
一見すると『客間』の階に近い感じがしたが、扉の数が少なく・・・1つ1つがそれなりに大きな部屋になっているようだ。
どんどん歩を進めて行き、ヴァルバロッサがようやく1つの扉の前に立ち止まる。
リュートにはどれも同じ光景で、まるで同じ場所を延々と歩いているようにしか感じられなかった。
扉の1つ1つを見ても全く違いが分からず、再び同じ場所へ辿り着く自信もない。
ヴァルバロッサが扉をノックして、それから返事を待たずにすぐさま扉を開けた。
すると中は洋館のトランスポーターがあった地下室に似て、かなり大きなフロアが広がっている。
「・・・来たか、こっちも契約の準備は出来ている。」
広いフロアの中から、若い男の声が聞こえてきた。
落ち着き払った声にどこか疲れを感じさせるような、聞き覚えのある声。
「・・・ルイド。」
リュートは思わず口に出していた。
それを合図にしてか、ヴァルバロッサは深く辞儀をするとそのままリュートを残して部屋を出て行ってしまった。
ルイドと二人だけで残されることに少なからず不安を抱いたリュートが、部屋を出て行ったヴァルバロッサの方を振り返ろうとするが・・・ルイドが静かな口調でたしなめる。
「案ずるな、別に痛いことなどしない。
さぁリュート、こっちへ来るんだ。」
黒い装束に藍色のマントを羽織ったルイド。
彼の姿を見てリュートは、少し以前のルイドと雰囲気が変わったように感じられた。
しかしそれもほんのわずかな違いだったのでリュートはさほど気にもせず、躊躇いながらもゆっくりとルイドの方へと歩み寄る。
久しぶりにルイドに会ったせいか、リュートは緊張していた。
頭の中が真っ白になって、慌てるようにザナハに頼まれた用件を今ここで片付けようとする。
「あ・・・、あのっ!
ルイド宛にザナハから手紙を預かってるんですけど・・・っ!」
言葉とは裏腹になかなか手紙を取り出せないで慌てていると、ルイドは全く興味のない素振りで魔法陣の方へと歩いて行った。
「今はそれどころじゃない、後にしろ。
これからお前には土の精霊ノームと契約を交わしてもらう。」
「え・・・、でも・・・。」
「いいから、早く来るんだ。」
振り返り、リュートの言葉を遮ったルイドの表情はとても冷たかった。
一瞬背筋が凍り、まるでディアヴォロの負の感情に当てられたような・・・そんな悪寒を感じた。
リュートはなぜかルイドに逆らうことが出来ず、手紙を渡すことはとりあえず諦めてルイドの言う通り魔法陣の側へと歩いて行く。
アビスグランドに到着してから、事がどんどん進んで行くことに不安を感じながらもリュートはルイドを見つめる。
「手順は以前にシルフと契約を交わした時と同じだ。
しかしノームに至っては、小難しい試練など必要ない。
ノームの試練内容は『守りたいものを守る力を得る覚悟』だからな。
お前には守りたいものがあるし、その覚悟も十分に持っている。
それだけで試練をクリアしたようなものだ。」
「確かに僕はその覚悟をしているつもりですけど、それで本当に試練をクリアするって
言う理由にはならないんじゃないですか!?」
ルイドの言葉はまるで、リュートの全てを知り尽くしてる・・・とでも言ってるように聞こえた。
長い間ルイドとは会話どころか顔すら合わせていない、なのにどうしてルイドにそんなことが言えるのだろう?
断言出来るのだろう?
リュートにとって、それがとても不可解で仕方がない。
だがルイドはそんな疑問に答えるつもりも、取り合う気もないのか・・・何かの詠唱を始めた。
マナを集中させて魔法陣に向かって左手をかざす。
するとそれに呼応するように魔法陣が光り出して、中央から大きなモグラのような生物が姿を現した。
全身はブラウンの短い毛に覆われ、黒くつぶらな瞳、鼻をひくひくさせ、爪は長く鋭い。
「こ・・・、これがノーム!?」
「の~~ん、そうだぞ~~!」
リュートの問いに答えたノームの言葉使いを聞いて、思わず拍子抜けしてしまった。
今まで見て来た精霊は皆どこか威厳や神々しさを感じさせるものがあった、しかしノームに至っては威厳や神々しさとは全くの無縁でそれどころか全身の力が抜けてしまいそうな、そんな脱力感を感じさせるものがある。
外見だけではなく、口調にまでそれが表現・体現されている。
そんなノームに一歩前に出て、ルイドが話しかけた。
「ノーム、時は来た。
今この瞬間を持って、お前はこっちの・・・リュートをマスターとするのだ。
・・・問題ないな?」
その言葉にノームが横を向いて、リュートをじっと見据える。
黒いつぶらな瞳に見つめられてリュートがたじろいでいると、ノームは「うんうん」と頷くような仕草をして、再びルイドの方に向き直った。
「お前が言ってたことは本当だったんだな~~。
わかった~、こっちの小さい方のリュートがマスターになることを
認めるぞぉ~~!」
「・・・えっ、本当にっ!?」
あまりにあっさりと了解を得てしまったリュートは、そのいい加減さに驚愕した。
しかし反論する間もなく、リュートの左手の甲にわずかな痛みが走る。
見ると風の精霊シルフの紋様のすぐ隣に、土の精霊ノームを司る紋様が刻まれていた。
茶色の、アルファベットのMに近い形・・・恐らく『山』か何かをイメージしているのではないかと思える。
「それじゃ用があったら召喚してくれなぁ~~!」
それだけ言い残すと、ノームは魔法陣の光と共に消えてしまった。
あまりに簡単に契約が済んで、リュートは唐突な展開について行けない。
「え・・・、え!? これで終わり?
僕、土の精霊と契約を交わしたんですよ・・・ね、こんなんでいいんですか!?
精霊との契約って、こんなんでしたっけ!?」
未だに納得のいかないリュートに、ルイドは疲れた表情で部屋から出て行こうとしていた。
「お前は特別、だからな。
これもシルフの時と同様、単なるマスター権の引き継ぎにすぎない。
さぁ、契約を交わしたばかりでかなりの疲労が蓄積されるはずだ。
客間を用意させているから、お前はもうそこで休んでいろ。
疲労が回復次第、次は闇の精霊シャドウとの契約が待っているのだからな。」
ルイドにそう言われた瞬間、リュートは突然目まいがして倒れそうになった。
すぐさまルイドが支えて床に体を打ちつけることはなかったが、リュートは契約を交わした反動でそのまま意識を保つことが出来ずに気を失ってしまう。
眠ったようにルイドの腕の中で意識を失ったリュートを見て、ルイドは溜め息をつく。
「やはり引き継ぎの反動だけはどうにもならない、か。」
ルイドはリュートをおぶさり、客間へと連れて行く。
土の精霊ノームとの契約を終えて次にリュートが目を覚ましたのは、それから二日後のことだった。