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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 3
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第224話 「再びアビスグランドへ」

 ある晴れた日、レムグランドの洋館では爽やかな朝を迎えていた。

洋館内にある訓練場からは、金属音が激しくぶつかり合う音が聞こえている。

アギトとリュートだ・・・。

二人は再会してからというもの、ほぼ毎日のようにここで一戦交えていた。

本気に近い・・・、しかし傷付け合うのが目的でもない。

そんな極限に近い心構えで、二人は剣と剣とを交えていたのだ。

基本的に剣を使った戦闘が得意ではなかったリュートだが、ジャックとの厳しい修行の成果も有り今ではすっかり剣による戦いも様になって来ている。

それがアギトの「ライバル心」に火をつけたのだ。

剣による攻撃力はアギトの方が遥かに上であるが、それを補うスピードがリュートには備わっている。

お互いのパワーバランスがこうして、なかなか決着がつかない・・・という結果をもたらしていた。


 アギトはオルフェとの修行の中で、何種類とある剣を色々試してきた。

何が自分に一番合うのか、そして剣によってどのような特性があるのか。

そこから選び取ったのが今アギトが使用している剣である。

大きさ、重さ共にバランスが良い片刃の剣、今ではアギトが愛用する剣にもなっていた。

大きく振りかぶるクセのあった動きも、今ではすっかり改善されて小回りの利く動きも出来るようになっている。

黒のランニングシャツにダブついたジーンズ、そして靴はアギトが好きなSPXのストリートスラムスニーカー。

今は「訓練」という意味合いも兼ねて、ガントレットや軽装タイプのプレートメイルなどは装備していない。

リュートを相手にするとなっては少しでも動きやすくする為に、アギトは防御面よりもむしろスピード面を重視した装備で挑んでいるのだ。


 一方リュートの方はVネックのシャツにカーゴパンツ、レムグランド製のレザーブーツを履いていた。

半年以上の間に成長が見られたリュートは、履き慣れていたスニーカーをジャックとの訓練中に履き潰してしまい・・・リ=ヴァースへ戻ることもままならなかったのでこの世界のものを使用している。

アギトと一戦交える時は、アギトに合わせて剣を使用した。

特にハンデという意味合いではなかったのだが、本格的な戦闘となればリーチの短い武器ではどうしてもリュート自身が不利になってしまうという面を考慮して、今の内に剣を使用した戦い方にも磨きをかける目的があった。

最も得意とする武器、ナイフや投てき系だとリュートの俊敏な動きやスピードが最も活かされるのだが、どうしてもそれらに比べて重みを増す武器・・・剣といったものになると、多少なりともスピードが落ちてしまう。

その差を体で覚えさせる為にも、リュートは出来るだけ剣を使用するようにしたのだ。


キィィン!


「・・・・・・あっ!」


 アギトの剣がリュートの剣を弾き、宙を舞う。

ざくっと訓練場の床にリュートの剣が突き刺さり、武器を失ったリュートに向けて剣を突き付けるアギト。

これで勝負があった・・・と、アギトに一瞬の油断が生じた。

詠唱破棄による風魔法発動。

ゴォォッとつむじ風が巻き起こり、アギトの視界を遮ってリュートは難を逃れた。


「ずりーぞっ、魔法使うなんてっ!」


「勝負にずるいも何もないでしょ、それに魔法禁止なんてルール作ってないし。」


「オレが魔法の詠唱遅いから、必然的に魔法禁止になるだろうがよ・・・。」


 ぶつぶつと文句を言いながら、結局今回も勝敗を決めることが出来ずに中途半端で終了となった。

お互い、あるいはどちらかの集中力が途切れた場合も訓練終了・・・。

いつもこういった終わり方をしているので、結局ハッキリとした勝敗が決まらずになっていたのだ。

汗だくになりながら二人は床に座り込んで一息つく。

ふとアギトはシャツの袖から見え隠れしているリュートの左腕に注目した。


「そういやさ、やっぱそれ・・・カッコイイよな!」


 突然アギトが褒めて来たので、一体何のことかとリュートは思ったが・・・アギトの視線の先を把握した途端に

笑みがこぼれる。


「あぁ、これ?

 本来は蛮族の身内の印として彫り込まれるらしいけど、僕は元々蛮族の血筋じゃないからね。

 ジャックさんが・・・、奥義を継承したんだから僕にはその資格があるって。

 この印を彫り込まれているのは、ジャックさんの・・・ガラルドっていう部族にしか彫り込まれていないらしいんだ。

 先の大戦よりずっと前にガラルドっていう部族は、ジャックさん一人を残して滅んでしまったらしいから・・・。

 だから僕はその身内の証として、この刺青を彫ってもらったんだ。」


「刺青かぁ~・・・、なんかすげぇな!

 なんつーか、こう・・・すげぇ深みを感じるっつーか、言い知れない重みを感じるっつーの?

 自分の体に刻まれたら、カッケェよな。」


羨ましそうに瞳をキラキラさせながら見つめて来るアギトに、リュートは少しだけくすぐったく感じた。


「何言ってんだよ、アギトにだって右腕の甲に紋様が刻まれてるじゃないか。」


「精霊の紋様はお前にだって刻まれてるじゃんか、それにちっちゃくて今では地味にさえ感じるしな。

 お前の刺青みたくバァーンって派手に彫られてたら、そんだけで威圧感が出て来るんだよ!」


 アギトが浮かれながら喋っている横で、リュートは左腕の刺青を彫り込まれた時の激痛を思い出して少しだけテンションが下がった。

死ぬ思いをした奥義習得の後に刺青、あれだけ激痛続きだった日々を思い返すだけで吐き気をもよおしそうになる。

何気ない会話を交わしながら休憩を取っていた時、訓練場の扉が開いてメイロンが入って来た。


「兄様から連絡が来たアルよ!」


 その言葉に、アギトとリュートの顔色がこわばる。

三国同盟成立後には、すぐさまリュートがアビスグランドへ連れて行かれるからだ。

二人とも立ち上がってメイロンの側に駆け寄って行く。


「んで? 三国同盟の方は順調なのか!?」


 急かすようにアギトが尋ねる。

メイロンは手紙らしき紙切れを見つめながら、う~んと唸っていた。

もしかして成立しなかったのだろうか・・・という、期待とも不安とも取り難い複雑な感情が二人の中に押し寄せる。


「・・・あまり芳しくないみたいネ。」


「それじゃ・・・、ベアトリーチェ女王が賛同しなかったんだね。」


「うんにゃ、そういう意味じゃないアルよ。

 むしろ三国同盟の方は、思惑通りに事が進んで万々歳と書いてあるネ。」


 回りくどい言い方にアギトはイラッとしたが・・・相手はまだ子供、見た感じではまだ10歳にも満たないような少女なので、出来るだけ泣かさない程度にキツめの口調で問いただした。


「だから、何が芳しくねぇんだよ!?

 三国同盟を成立させる為に国のトップ共が集まってんだろ。

 アビスの女王が賛同したんなら、それで目的達成じゃねぇか。」


「ちっちっちっ、お前は思慮が浅すぎアル。

 そもそもヒルゼンに集まったのは、ただ三国同盟を成立させることだけが目的じゃないネ!

 同盟成立と同時に兄様達はラ=ヴァース復活と、ディアヴォロ対策を練るのが一番の目的アルよ。

 この手紙にはベアトリーチェがディアヴォロ対策について駄々をこねてる、と書いてるネ。

 なかなか話が進まないから、とりあえずわらわと闇の戦士だけでもアビスグランドに行くように指示が出たアル。

 アビスグランドにはルイドが待ってるから、わらわはお前をそこへ連れて行くだけネ。」


「連れて行くだけネ・・・って、帰りはどうすんだよ!? 

 お前もアビスグランドに残って一緒に精霊契約に同行すんのか!?」


「闇の戦士をアビスグランドへ連れて行ったら、わらわは一旦里に帰るアル。

 族長の娘が里の外をあまりうろうろするわけにもいかないネ、それに上位精霊と契約を

 交わせばどうせレムとアビスの間に道が自然と出来るアルよ。

 戻りたいならさっさとルナかシャドウと契約を交わして、道を作ればいいネ。

 わらわはそこまで面倒見切れないアル。」


きっぱりと胸を張って言い放つメイロンに、アギトはあからさまにイヤな顔をして文句を言った。


「ほんっっとに龍神族って勝手なヤツばっかだな、おい。

 指示されたことにホイホイ聞くだけだったら、ロクな大人になんねぇぞ!?」


「お前にだけは言われたくないアル。」


 小さな子供が持つには余りに秀麗過ぎる扇子をぱたぱたと扇ぎながら、メイロンはそっぽを向いた。

メイロンの暴言にアギトは今にも殴りかかりそうな勢いであったが、当然それをリュートが止める。

ぎゃあぎゃあと暴れるアギトを抑えながら、リュートが不安げに尋ねた。


「それじゃメイロンちゃん、僕は今から・・・アビスグランドへ?」


「その通りアル、わらわはすでに出立の準備をさせておるからお前も今すぐ

 準備するネ。

 別に仲間との永遠の別れになるわけじゃないアルが、離れるのを惜しむなら

 今の内に挨拶を済ませておいた方がいいアルよ。」


 それだけ言い残すとメイロンはそのまま扇子をぱたぱたとさせながら訓練場を後にした。

取り残された二人はそのまましばらく呆然としていたが、すぐ我に返り・・・無理矢理笑顔を作る。


「・・・だってさ、アギト。

 またしばらくの間会えなくなるけど、どっちかが上位精霊と契約を交わせばすぐにでもまた

 会えるわけだし・・・さよならなんて言わないよ。」


「ったりめーだ、なんならどっちが先に上位精霊と契約を交わすか勝負してやっても

 いいんだぜ!?」


 自信たっぷりの笑みを浮かべて言い放つアギトは、精一杯強がって見せた。

そんなアギトの気遣いに気付きながらもリュートは敢えてそれを口にせず、不公平な勝負に反論する。


「なんだよ、それじゃアギトの方が絶対有利じゃないか!

 アビスの方はまだ氷と風の精霊としか契約を交わしてないのに、・・・多分。

 そういえば長い間レムグランドで生活してたから、アビスグランドの状況を

 把握してなかったけど・・・。

 ・・・向こうは契約の方、全然進んでないのかな!?」


「さぁ? どうだろうな。

 ルイドのことだから、虎視耽々こしたんたんと契約進めてそうな雰囲気だけど。

 ま、どっちみち上位精霊以外は戦士が同行してなくても契約を交わせるんだ。

 もしかしたら土の精霊ともとっくに契約済みで、残すはシャドウのみ! って可能性も

 なきにしにあらずなんじゃね!?」


 実際のところは本人達に聞いてみないとハッキリとしたことが分からないので、二人はそれ以上追及することもなかった。

そしてどちらからというわけでもなく、二人は互いに顔を見合わせ・・・それが合図となり訓練場を出て行く。

訓練場を出て行けば最後、リュートはアビスグランドへ行くことを余儀なくされる。

それを受け入れ、二人はまた再び会う為に・・・前を歩きだした。




 リュートの身の回りの物は全てメイドが支度してくれていたので、リュートは洋館にいる仲間たちと十分に挨拶を交わす時間を取ることが出来た。

アギト、ザナハ、ミラ、ドルチェ、ジャックを始めとして、他にもチェスやグスタフ、カトルとレイヴン、ジャックの奥さんであるミアに娘のメイサがリュートの見送りに来ていた。

リヒターに関してはまだ自由に歩き回る程の筋力が戻っていないということらしいので、見送りには来なかった。

だが実のところは、リュートが闇の戦士であること・・・。

そして何より教会の惨劇を招いた張本人であるリュートに会いたくない、というのが本音だろうと心の中で思っていた。

他人から嫌われることに慣れているリュートであったが、だからと言って全然平気というわけでもない。

それでもここにいる仲間たちとしばしの別れとなるこの瞬間だけでも笑顔でいたいと思ったリュートは、満面の笑顔を作って悟られないように懸命に努めた。


「リュート、何があってもまずは自分の安全を第一に考えるんだ・・・いいな?

 お前のことだ、限界まで我慢する性分だからな。

 だが決して無理だけはするんじゃないぞ、何かあったら遠慮なく助けを求めるんだ。

 オレがいつでも力になってやるし、どんなことがあっても最後までお前の味方でいるからな。

 だから・・・っ、生水には気をつけるんだぞっ!?」


「・・・何の忠告だよ、感動の場面台無しじゃねぇか。」


 相変わらずリュートを溺愛しているジャックによる暴走に、アギトがすかさずつっこんだ。

全員がそれを見て笑い、和んでいるところに・・・狛犬のような顔をした飛馬ひばという魔物が馬車をひいて空から降下して来た。

それを見たリュートが一瞬不思議そうな顔になって、メイロンに話しかける。


「えっと、メイロンちゃんがドラゴン化してアビスグランドに行くんじゃないんだ?」


 以前メイロンの兄、サイロンにアビスグランドへ連れて行かれたことのあるリュートは馬車を見るなりそう質問した。

てっきりサイロンの時と同じようにドラゴン化したメイロンが、その背にリュートを乗せてアビスグランドまで飛んで行くと思っていたからである。


「ドラゴン化して飛んで行ってもいいアルが、兄様と違ってわらわはサイズが小さいアル。

 わらわの付き人と、更にお前を乗せるとあっては定員オーバーになるネ。

 だから飛馬を使ってアビスグランドへ向かうアル、こっちの方が誰も疲れないアルよ。」


「でもお前がここに来る時、ドラゴン化して来たって言ってたじゃねぇか。」


アギトの鋭いつっこみに、メイロンは予測していたのか・・・不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。


「あの時はまだ三国同盟が成立していない頃合いだったから、異界間移動の制限がされていたネ!

 だからわらわ達、ドラゴン化した龍族だけしか移動することが出来なかったアル。

 兄様だけは異界間ネットワークに直接アクセス出来るから、ドラゴン化しようが飛馬を使おうが

 関係ないアル。

 ・・・それ以外の龍族は、移動制限されたらどうしようもないネ。」


「ん~、なんかよくわからんが・・・とにかく今なら自由に行き来出来るんだな?

 龍神族という権限さえ持ち入れば。」


「・・・何か引っ掛かる物言いだけど、その通りアル!」


 本来ならば上位精霊、ルナかシャドウと契約を交わさなければ人間がレムとアビス間を移動することは出来ない。

しかしレイラインを目視出来る龍神族だけは、その制約を無視することが出来るのだ。

そして・・・三国同盟が成されて龍神族の許しを得た今、龍族専用の馬車を使ってリュート達はアビスグランドへ向かおうとしていた。

まるでこれが本当の最後の別れ、という空気が流れる。


「リュート! ・・・その、あまり無茶しないでよね?

 それから体には気を付けて!?」


「うん、ありがとうザナハ。」


 ザナハが心配そうに声をかける。

自分のことを思って、心配してくれるザナハの気持ちがリュートはとても嬉しかった。

しかし心のどこかでは・・・、ルイドへの手紙を必ず渡してほしいという想いがひしひしと伝わるようで・・・どこか心苦しかったのも事実である。

恐らく全員が見てる中で手紙の存在を口にすることはないと思うが、それでも改めて口に出されることを恐れたリュートは片手をかざして無理矢理締めくくった。

そしてそれが合図となり、全員リュートに向かって手を振って・・・馬車に乗り込む姿を見送る。


(・・・ほんと、自分が情けなくなって来る。

 そんなにイヤなら引き受けなきゃいいのに、・・・これじゃお人好しじゃなくてただのマヌケなヤツだよ。)


 そう自分を嘲るように心の中で呟くと、リュートは馬車の小窓から下を見下ろす。

みんなの姿がだんだん小さくなっていくのが目に映る、本当なら最後まで窓から身を乗り出してみんなに手を振りたかった。


しかし・・・、出来なかった。


 このまま仲間たちの顔を見続けていたら、・・・また孤独に襲われそうになると思ったから。

メイロンが滞在している間ずっと、いつ三国同盟が成立したという報せが入るか・・・毎日怯えていたのだ。


 その日が来ればまたアギトと離れ離れになってしまう。

ザナハに託された想いを、自らの手で伝えなければいけなくなる。

ジャック達と楽しく過ごす時間が削られてしまう。


 『あそこ』に自分の居場所はない。

リュートの居場所は、ここなのだから・・・。

アギトの隣、ザナハの側・・・ジャックの傍ら。

それを失えば、孤独と同じ。

アビスグランドは、リュートにとって孤独そのものの場所でしか感じられなかった。

話し相手もなく・・・、心を許せる相手もいない。

ただ淡々と、精霊との契約を交わす行動を取るだけ・・・それだけの場所でしかなかった。


 


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