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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
龍神族の里編 1
224/302

第222話 「友好の証」

 翌日、レム側とアビス側の王達はサミットがまだ途中ということもあって今も

ヒルゼンに滞在していた。

勿論三国同盟が成立するまで解放する気のないサイロンの陰謀であったが、今の

ベアトリーチェにはそれを疑う余裕がない。

龍神族と同様、魔族の王であるベアトリーチェも基本的に夜型なので目を覚ました

のはすでに昼近くとなっていた。

ベアトリーチェが異変に気付き、宮中を徘徊している所をサイロンが発見する。


「ベアトリーチェよ、昨夜はよく眠れたかの?」


 呑気に話しかけて来るサイロンに、ベアトリーチェは構うことなく何かを探し回る。

無視されても全く気分を害することなく再び話しかけようと、ベアトリーチェの後を

ついて行った時だった。


「ルイドを見なかったか?

 妾の隣の部屋にいたはずなのに、部屋の中が空っぽなんじゃ。」


「あぁ、ルイドならもう里にはおらんよ。」


 ぴたりと足を止めたベアトリーチェは、ゆっくりと振り向き・・・恐ろしい形相で

サイロンを睨みつけた。

だがそんな勢いにたじろぐことなく、サイロンは平然とした顔で続きを話す。


「今朝早くアビスグランドに帰ったそうじゃ。

 ま・・・、当然じゃろ?

 ディアヴォロの影響をモロに受けてしまうアビスグランドを、女王不在のまま

 放っておくわけにもいかんじゃろうて。

 ルイドはお主がおらん間、アビスを治める為に一度帰国したんじゃよ。」


「―――――なっ! それならそうと、なぜ妾に一言告げることもなく行ってしまうんじゃ!

 こんな場所に妾一人で一体どうしろと言うのじゃ!!」


 サイロンに掴みかかる勢いで怒声を上げるベアトリーチェ。

こうなることがわかっていたサイロンは、苦笑いを浮かべながら諫めようとする。


「まぁまぁ・・・、すぐにでも代わりの者が来るじゃろうて。

 そんなことよりベアトリーチェよ、お主・・・アシュレイのプロポーズをなぜ

 断ったのじゃ!?

 お主にとっても悪い話ではなかったはずじゃろうが・・・。

 アシュレイと結婚すれば、レム側の動向をすぐ目の前で監視することが出来るし。

 このままひとつの国家として成立すれば、それはそれで統治しやすくなる。

 ・・・まぁ、しばらくは納得しない国民による反発などを受けるじゃろうが。

 アシュレイもお主も・・・国民からは絶対的な信頼を得ておる。

 きちんと説明してやれば、さほど反発を受けることもないじゃろうて。」


昨日の出来事を掘り返されて、ベアトリーチェの顔に嫌悪感が現れる。


「・・・お前、正気か!? 相手はレム人じゃぞ!?

 なぜ妾が最も憎むべき敵と結婚せねばならんのじゃ!

 ・・・というより、これは完全な政略結婚ではないか!!

 愛も何もない結婚生活なんぞ、妾は願い下げじゃ!!」


そう声を荒らげて文句を言った時、後ろの方で突然声がした。


「政略結婚なんぞ、王族ではよくある話じゃないか。」


 声のした方へ振り向くと、そこには白い甲冑に身を包んだ白髭の大男と・・・。

青い軍服を着こなし両手を後ろに組んだままのオルフェ、そして黒を基調とした

軽装のアシュレイが、つかつかと廊下を歩いて向かって来た。

アシュレイの顔を見るなり、昨日のおぞましい記憶がふつふつと蘇る。


「お~アシュレイにグリム、・・・それとキャラハンじゃったかの!?

 宮中の見学は楽しかったか。」


「まぁな、物珍しいものが沢山あって興味をそそられた。

 着ている衣装や武具だけではなく、建造物や使っている道具などもレムにはないもの

 ばかりで、なかなか面白かったぞ。」


 どうやらアシュレイ達は今朝早く、サミットが開かれるまでの間の時間を使って

宮中の見学をして過ごしていたようだ。

アシュレイの余裕ある態度、・・・昨日のことなどまるで気にしていない様子。

ベアトリーチェはそれが気に入らないらしい。


(何じゃこやつ・・・っ!

 昨日は妾に堂々とプロポーズしておきながら、今日のこの態度っ!

 それとも何か!? 昨日したことなんぞこやつにとっては、外を散歩する程度の

 出来事だったとでも言うつもりかっ!?

 妾はあまりのおぞましい体験に、昨夜はよく眠れなかったというのに。

 ・・・ますますもって気に食わん!

 ちょっと顔がいいからって、こやつ・・・絶対調子に乗っておるわ!)


 そんな言いがかりを心の中で呟きながら、ベアトリーチェはじっと睨んだままだ。

睨まれていることに当然気付いているアシュレイだが、無視してサイロンと会話する。

ないがしろにされていると感じたベアトリーチェは尻尾をばしばしと床に叩きつけた。

昨日着ていた黒いドレスを今日は着ておらず、今はいつもの普段着・・・。

魔物の毛皮をビキニのように着こなして、その姿は殆ど裸体に近かった。

ベアトリーチェの不機嫌そうな態度を察知して、オルフェがアシュレイに耳打ちする。


「陛下、こういう場合女性をないがしろにする態度は印象が良くありませんよ!?

 エスコートする時は、必ず女性を第一としなければ・・・。」


「・・・うるさい、オレに指図するなっ!」


 少しだけ恥をかいたような顔になり、アシュレイの頬が赤く染まる。

どうやらわざとないがしろにしていたわけではなく、本当に女性に対する気の使い方を

誤っていたようだ。

やれやれと肩を竦めながら困った微笑みを作り、キャラハン将軍に同意を求めるが

アシュレイ至上主義なキャラハンはそんなオルフェの態度を見て不快感を露わにしている。


「これはこれは・・・、レムグランドの国王は随分と余裕そうじゃの。」


 皮肉を込めた口調で、ベアトリーチェが言い放つ。

ベアトリーチェはアシュレイにないがしろにされた・・・というのもあるが、それ以上に

昨日のことを全く気にしていないアシュレイの態度が気に食わないようだった。

しかしアシュレイに至ってはそうとは知らず、ベアトリーチェを無視してサイロンと

会話を楽しんだことを怒っているのだと勘違いしている。


「ところで・・・、レムグランドでは政略結婚が普通などと抜かしていたようじゃが?

 それはそっちの感覚じゃろうが。

 アビスグランドでは、心を持たぬ婚姻は穢れた行為だとしている。

 政略的に事を進める気でおるようじゃが、妾はそんなことで承諾なんぞせんと思え。」


「別に普通とまでは言ってないぞ。

 ただ『王族の中では、よくあること』だと言っただけだ。

 王族とは絶対的な権力を得る代わりに、それ相応の義務を課せられる。

 それに・・・、例え始まりが政略結婚だったとしても一生愛が生まれないとも

 限らないだろう?」


 仁王立ちするベアトリーチェに、両手を組んで胸を張るアシュレイ。

二人の間には視覚出来る程の火花が、バチバチと散っているように感じられた。


「・・・レム人は嘘つきじゃ。

 どうせ自分が欲しいものを得る為に、他を利用しようとするだけ・・・っ!

 自分の方からは何も与えんつもりじゃろうが!」


 そう吐き捨てるとベアトリーチェは踵を返し、用意された自分の部屋へと

走って行った。

いつまでたっても会話が成立しないことに、アシュレイは舌を打つ。


「やれやれ・・・、これじゃどれだけ言葉を交わしても話は平行線のままですね。

 せめてベアトリーチェ女王が少しだけでも、こちらの言葉に耳を傾けてくれたら

 いいのですが・・・。」


お手上げ・・・という仕草をして、オルフェは全く困っていない明るい口調で言い放つ。


「全くです・・・。

 アシュレイ陛下がこれ程までに、根気よく諭されておられると言うのに。

 どうすればこちらの言葉が届くのか・・・。

 まずはそれを解決せねば、どれだけ時間を費やそうと無駄に終わってしまいます。」


 珍しくオルフェの言葉に賛同するキャラハン。

男4人がしばらく唸っていると、龍神族の女官がサイロンに話しかけて来た。


「失礼いたします、若様。

 サミットの時間が迫っていますので、今すぐ会議室までお越しくださいますよう

 襷様からの伝言でございます。」


「あい、わかった。

 それじゃアシュレイよ、お主等はそのまま会議室に行ってくれんか?

 余はベアトリーチェを連れて行くからの。」


 サイロンの言葉に従い、アシュレイ達は伝言を伝えに来た女官と共に会議室へと

急いだ。




 会議室では、昨日の続きであるサミットが再び行われた。

しかし昨日と異なることがひとつだけあった、・・・それは着ている服である。

襷やサイロン、軍人であるオルフェや騎士団長のキャラハンに至っては普段から

礼をわきまえる為に正装をしているが・・・王族二人に関しては、堂々と私服で

参加していた。

全員が集まった所で、早速襷が口を開く。


「さて・・・、一晩経ったところでもう一度ベアトリーチェ女王に窺いたいのだが。

 本当に我々と協力し合い、ディアヴォロ打倒の道を共に歩むつもりはないのですかな?」


「別にないとは言っておらん。

 ただレム人がこれまでしてきた罪を許すには、それ相応の謝罪があっても良さそうじゃと

 言いたいだけじゃ。

 妾もそこまで頭が固いわけではない、出来ることなら妾の国民を守る為にディアヴォロを

 早い所何とかせんといかんと思っておる。

 ディアヴォロに施している封印も、徐々に効力を失ってきておるからな。

 もはやこの先・・・、近い将来には妾の封印の術も利かなくなってくるじゃろう。

 ディアヴォロの封印が完全に解け、覚醒してしまう前に・・・対策を練らねばいかん。」


 昨日とは打って変わって、ベアトリーチェは率直な意見を述べた。

一晩じっくり考えて・・・勿論ルイドの説得もあったが、ベアトリーチェなりに何が

アビスグランドにとって一番良いのか。

昨日のように一方的な憎しみのぶつけ方をせず、一応は女王たる立場をわきまえて

受け答えしている様子だ。


「そこまでわかっていて・・・、なぜ我々のことを信用してもらえないのですか!?

 口での謝罪ならいくらでも出来ましょうが・・・、貴女のこと。

 そのような行為で満足していただけるとも思えません。

 ならば、一体何をすれば・・・貴女からほんの少しだけでも信用を得ることが

 出来ると言うのです!?」


 キャラハンが身を乗り出すように、ベアトリーチェの説得にかかった。

ベアトリーチェは一呼吸置いて、キャラハンの問いに対する答えを考えている時。

突然アシュレイが席を立つとキャラハン、オルフェと共にベアトリーチェの前まで

歩いて行った。

何をするつもりなのか・・・、襷は細心の注意を払いながらアシュレイの動向を探る。


「なんじゃ・・・!?

 口で言って利かぬなら、今度は力ずくで押し通そうとでも言うつもりか!?」


 怯えるのではなく威嚇するように、ベアトリーチェは勇ましい口調で言い放った。

しかしアシュレイは不敵な笑みを浮かべたまま、腰の剣に手を置く素振りを見せていない。

何を始めるのかわからないベアトリーチェと襷に対し・・・、キャラハンの態度だけは

明らかにうろたえている様子だった。


「へ・・・、陛下・・・っ。

 まさか本当に実行なさるおつもりで!?」


動揺するキャラハンを無視し、アシュレイはベアトリーチェの前に跪く。


「なんじゃ・・・、また昨日のように無様なプロポーズでもするつもりか!?

 言っておくがそんなことをしても、妾の心を動かすことなど・・・っ!」


 そう言いかけた時、アシュレイはベアトリーチェの言葉を遮るように口を挟んだ。

同時に・・・跪いたまま、オルフェの目の前に右腕を差し出す。

アシュレイの後方では腹心の配下であるオルフェが、光の収束と共にサーベルを

取り出していた。

そして・・・オルフェがサーベルを構えて、静かにアシュレイを見据える。

それをずっと横で見守っていたキャラハンが、再度確認した。


「陛下・・・、本当にこれでよろしいのですか!?

 今ならまだ・・・っ!」


 しかしアシュレイの決意は固く、オルフェの前に右腕を差し出したまま・・・

緊張気味に微笑んだ。


「血には血の制裁を・・・、それがレム流だ。

 これまで流してきたアビス人の血の量に比べれば、代償としては不足しているかも

 しれんがな・・・。」


そう囁くアシュレイの額から、つつ・・・っと冷や汗が流れる。


「・・・っ!?

 何をするつもりじゃ・・・っ!?」


「これがレムグランド国王からの、友好の証だと思え・・・。」


 アシュレイがそう宣言したと同時に、オルフェは何の躊躇いもなくサーベルを

振り下ろしてアシュレイの右腕を斬り落とした!

鈍い音を立てて床に転がり落ちる右腕・・・。

激痛に顔を歪め、呻きながら床に這いつくばりそうになるのを必死に堪えるアシュレイ。

大量に血が噴き出ている右腕部分を、キャラハンが慌てて治療する。

聖騎士パラディンでもあるキャラハンは、少なからず回復魔法を扱えるので

急いで傷口を塞ごうと必死だった。

アシュレイの行動に襷ですら驚愕し、無意識に席を立っている。

床一面にアシュレイの血が流れ・・・それを目の前で見ていたベアトリーチェは完全に

硬直していた。

回復魔法によりほんの少しだけ痛みが引いたアシュレイは、息を荒らげながら・・・

床に転がっている自分の右腕を掴み取り、それをベアトリーチェに突き出す。


「・・・これでもなお不足というならっ、もう・・・1本っ!

 もう片方の腕が・・・残っている。

 お望みとあらばもう片方の・・・、左腕も差し上げるが・・・どうだ!?」


 はぁはぁと肩で息をしながら、それでもアシュレイの瞳には強い輝きが放たれている。

激痛で今にも意識を失いかけているはずだ。

大量に血を流し、失血死してしまう恐れだってある。

・・・にも関わらずアシュレイは、過去の王達が犯した過ちを一人で背負い・・・。

その罪を償う為に、それだけではなく三国同盟を結ぶ為に・・・。

アシュレイは自分の右腕を犠牲にしたのだ。


思いも寄らなかったアシュレイの行動に、ベアトリーチェは動揺を隠しきれない。


「な・・・、なぜじゃ!?

 レム人なら今まで通り、力でゴリ押ししてくるはずじゃろうが・・・!?

 なぜそうまでして・・・!?

 自分の腕を犠牲にしてまで、同盟を結びたがるのじゃ!?

 どうしてそこまでして、妾の信用を得ようとする!?

 妾はお前等が忌み嫌う・・・アビス人じゃぞ。」


 床に左腕をついて、痛みを堪えながら・・・アシュレイが答える。

だがその顔にはすでに血の気が失せており、もはや失神寸前の様子だった。


「お前にだけは・・・信じて欲しかった、それだけだ。

 アビス人だとか、そんなこと・・・考えたこともない・・・な。

 ただ・・・これだけは、言える。

 オレはお前を・・・妻として迎える覚悟が、出来ているということを。

 お前のような女なら・・・っ、愛・・・せるかも、な・・・。」


 意識が朦朧としていく中、アシュレイは自分でも何を言っているのかわかっていない

様子で・・・無意識に口にした。

それを聞いたベアトリーチェの顔は苦渋に満ち、前のめりに倒れるアシュレイを

しっかりと両手で抱き締め・・・受け止める。


 しばらくアシュレイを抱き締めたまま、ベアトリーチェは自分の変化に気付いていた。

明らかに目の前のレム人に対して、憎しみとは全く別の感情が芽生え始めようとしている。


「こんな馬鹿な男は・・・、初めてじゃ。」


 震える声でそう呟き、ベアトリーチェの全身から紫色のマナが放たれた。

驚いたキャラハンがアシュレイに良からぬことをしているのだと思い、止めようとするが

・・・それをオルフェが制止する。

しばらく様子を窺っていると、キャラハンが施していた回復魔法とは比べ物にならない

位のスピードで、斬り落とされた右腕部分の傷口がみるみる塞がっていく。

しかも出血して床に流れ落ちた血までもが、傷口部分に吸い込まれるように戻って行き

だんだんとアシュレイの顔色も戻って行った。

ベアトリーチェはアシュレイをしっかりと抱き締めたまま、見守る襷の方を振り向き

宣言する。


「・・・こやつの友好の証、確かに受け取ったぞ。

 襷よ、妾はレムを信頼し・・・同盟に賛同することを、ここに誓う。」


そう宣言したベアトリーチェの口調はとても優しげで、柔らかい微笑みを浮かべていた。




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