第221話 「拒絶する理由」
ベアトリーチェが殺気に満ちた眼差しを向けたまま、サミットは行われた。
進行役はサイロン・・・と思いきや、恐らく話が脱線すると踏んだのかその役目は
元老院の襷が行なうようだ。
「ベアトリーチェ女王もすでに周知しておると思うが、レムグランド国のガルシア
国王が先日崩御し・・・ここにいるアシュレイ殿が新たに即位された。
此度の三国同盟にも快く応じ、レムとアビスとの間に永久的な和平を
と考えておる。」
そう切り出し、襷はアシュレイへと視線を移す。
紹介に応じてアシュレイは席を立つと、全員に一礼し・・・言葉を述べた。
「ルミアシュレイスト・ヴァルキリアスだ、襷殿の言葉にあった通り・・・今の
レムグランドはかつての侵略国家ではなく、新たな国として生まれ変わった。
確執やわだかまり、・・・異論があるのは当然だと思う。
先だって行われたサイロン殿の演説を聞き、こうした考えに至ったまでだ。
このまま国同士の溝を深め合った所で何の利も生まない・・・その上、我々の前には
強大な敵が待ち受けている・・・。
今こそ国の上に立つ者が決断し、動く刻だと・・・確信した。
オレは国を代表してサイロン殿が提言した三国同盟に賛同し、再び世界をひとつに
する大きな計画に力を貸すことを・・・ここに誓う。」
何の迷いもなく意志表明したアシュレイは、言葉を締めくくった後そのまま席に着いた。
その隣ではオルフェが余裕の笑みを浮かべてはいたが、心の中でつっこみを入れている。
(陛下・・・、こういった席では自分のことを『オレ』ではなく・・・『私』と
言わなければ・・・。
でもまぁ、いくら生まれ変わったと言っても・・・それ以上は望めませんか。
・・・すっかり『すれた不良』が、板についてしまったようですね。)
アシュレイの言葉に、自分の思いが伝わったと・・・サイロンは満足そうに微笑んでいる。
しかしそんなサイロンとルイドの間に座っているベアトリーチェは、アシュレイの言葉を
鼻で笑い・・・侮蔑を込めた眼差しで睨みつけていた。
「ふん・・・、傲慢もここまで来ると猛々しいものじゃな。
散々アビスの領土を侵し、幾度となくマナ天秤を弄んだ愚行者の放つ言葉とは思えん。
口では綺麗事を抜かしていても、腹の中では何を考えておるか・・・。
仮にラ=ヴァースを復活させたとして、その後どうするつもりじゃ!?
・・・どうせそのまま妾の領土を我が物にしようと、侵略してくるに決まっている。
それがわかっていて、同盟なんぞ結ぶと思っておるのか!?
この妾を馬鹿にするでないわ!」
ベアトリーチェはあくまでレムに対する憎しみを隠さず、堂々と嫌悪感を見せつけた。
だがそんな剣幕にも眉一つ動かさずに、アシュレイは真剣な面差しのままベアトリーチェを
見据える。
本来なら進行役を買って出た襷が仲介に入るべきなのだが、襷自身も元老院と言う立場上
これまでレムがしてきた行為を快く思っていない様子だった。
それが・・・、ベアトリーチェを諫めようとしない態度に現れている。
「ベアトリーチェ女王、・・・あなたの怒りはごもっともです。
しかし我々はケンカをする為に・・・、ましてや戦争の火種を起こす為にここへ
集まったわけではありません。
これまでしてきた行為が全て白紙に戻るとまでは言いませんが、だからといって
いつまでも引きずっていては、今までの歴史をずるずると長引かせるだけ・・・。
アシュレイ陛下はそんな不毛な連鎖を、今ここで立ち切ろうとお考えなのです。
どうぞご理解ください。」
オルフェがたしなめるようにベアトリーチェを説得した。
あくまで穏やかに・・・、静かな口調で。
だがそれが更にベアトリーチェの癇に障ったようで、テーブルを思い切り叩きつけた。
「最も多くのアビス人を殺しておきながら、どの口がそれを言うかっ!!
妾の父上も、お前の魔術によって命を落とした・・・っ!
・・・獄炎のグリム、お前は妾の仇でもあるんじゃぞ!
それを・・・っっ!!」
「先の大戦で家族を失ったのは、何もお前だけじゃない。
ここでそんな話を持ちかけても何の解決にもならんぞ、少しは場をわきまえたらどうだ!?
仮にも国を背負う者なら、な。」
「―――――っっ!!」
言葉を遮り反論したアシュレイを、ベアトリーチェがキッと睨みつける。
「国を背負うからこそ・・・、我が国民の憎しみを一手に引き受けて何が悪い!?
民の苦しみは王の苦しみ!
幾度となく繰り返されてきた戦で、多くの命が失われた。
我らの・・・、レムに対する憎しみは貴様等の比ではないわ!
仮に妾を陥れ無理矢理にでも同盟を結ぼうものなら、我が国民が黙っておらんぞ!」
「同盟はあくまで女王の意志を尊重してのみ結託される。
陰謀も何もない。
それから・・・、何度も言わせるな。
私怨は余所でやれ・・・、恨みつらみがあるなら後でオレが聞いてやる。
今ここですべきことは・・・、和平の成立とディアヴォロの対策についてだ。
それ以外の話は無益と思え。」
ベアトリーチェの勢いにも全く動じず、アシュレイは堂々とした態度で言い放った。
もはやアシュレイの態度は、和平がどうこうという話をする態度ではない。
まるで更に火に油を注ぐような問答が、二人の間で繰り広げられた。
「ベアトリーチェよ、少しは大人になるがよい。
そんな態度をしておっては、伝えたいことも相手に伝わらんぞ!?
別にアシュレイの味方をするというわけではないが、あやつはガルシア前国王とは
全く正反対の・・・柔軟な思考を持っておる。
あやつなら信用してもいいと・・・、断言出来るぞ!?」
「お前の意見は聞いておらん!」
バッサリとぶった斬られたサイロンは、ベアトリーチェに背を向けてしくしくと
泣き崩れた。
一向に歩み寄る気配を見せないベアトリーチェの態度に、だんだんと苛立ちを感じ
始めたキャラハンは、ぐっと怒りを抑えて出来るだけ平静を保つ努力をする。
それから咳払いをし・・・、威嚇してくるベアトリーチェに問いかけた。
「少しいいですかな・・・。
ベアトリーチェ女王にお尋ねしたいのですが、貴女がそれ程までに拒絶なさる
理由は何ですかな?
聞いていれば貴女が仰っている内容は全て、戦から生まれた憎しみについてばかり。
この会談はこの先両国の間で戦を起こさぬよう・・・、互いに誓いを立てるのが
目的です。
それが成されればこれから先・・・、自国の民を戦に駆り出し戦死させることもない。
本当に民のことを思うなら、この同盟に賛同するのが道理と思われますが・・・?
この三国同盟の何が不満と言うのです。」
キャラハンの問いに、全員がベアトリーチェを見据えた。
するとベアトリーチェはキャラハンを睨みつけるが、隣に座るルイドがドレスの裾を
そっと掴み・・・静かに制止する。
ルイドに止められ自制心を取り戻したベアトリーチェは、すとんと椅子に座ると
一息ついてからキャラハンの問いに応えた。
「・・・妾は、レム人を信用することが出来ん。
同盟を結んだとして、世界をひとつにした途端に再びアビス人をないがしろに
しないとも限らんだろうが。
レムグランドに取り残された我が同胞は、レム人の奴隷としてこき使われ・・・
酷い仕打ちを受けていると聞いた。」
「・・・否定はしない。
ほんの数年前まで、アビス人に対する人種差別は確かにあった。
だが今は奴隷制度を廃止し、徐々にアビス人の人権を守る為の組織も作っている。
それに世界が統一されれば人種差別を完全になくし、全ての者が平等に扱われるよう
配慮するつもりだ。」
「お前がそのつもりでも、今までアビス人を奴隷として使っていた者どもが同じ
考えを持つとは限らんだろう!?」
アシュレイの言葉ひとつひとつに噛みつくベアトリーチェに、キャラハンは割って入り
問いの答えを繰り返した。
「つまり・・・、ベアトリーチェ女王はこう仰りたいのですかな!?
レム人もアビス人も・・・、何の隔たりもなく全ての者が平等に扱われれば
それで良いと?
勿論そこに人種差別も、奴隷制度も、領土拡大の為の戦もない・・・。
それが確実に約束されれば、文句はないと・・・?」
キャラハンの確認の言葉に、ベアトリーチェは嘲笑を浮かべながら言い放った。
「はっ・・・、『確実に約束されれば』・・・の話じゃがな!」
その言葉に、キャラハンとアシュレイは何やら互いに顔を見合わせてほくそ笑んでいた。
まるでベアトリーチェがその言葉を言い放つのを待っていたかのように・・・。
そんな態度が気に食わないベアトリーチェが、少しだけイラッとした。
「・・・わかった。
では問題解決の為に、最も手っ取り早く確実な方法を取ることにしよう。
襷殿、これを・・・。」
アシュレイがそう言って、1枚の紙を襷に渡した。
襷はそれを手に取り、それから文面に目を通す。
「・・・アシュレイ殿。
これは・・・っ、いや・・・正気、ですかな!?」
歯切れの悪い言葉に、ベアトリーチェは眉根を寄せる。
アシュレイは不敵な笑みを浮かべて、頷いた。
全く躊躇のないアシュレイの態度に襷は咳払いをし、それから戸惑った様子で
全員に向き直る。
「一体何じゃ、気に食わん!」
小さく文句を言うベアトリーチェだったが、襷は構わず話を進めた。
「こほん・・・、では。
ベアトリーチェ女王の杞憂を払拭させる為、確実な方法がここに書かれておる。
つまりは・・・絶対的な信頼と、全国民の完全なる平等を約束すること。
その約束を確実なものにする方法が、この書類に書かれているが・・・。」
勿体ぶった言い回しに、ベアトリーチェは少しイライラしている様子だった。
それを察知したアシュレイは襷に視線で合図すると、言葉の続きを引き取る。
アシュレイは席を立ち、ベアトリーチェの目の前まで歩み寄り・・・それから
わざとらしい紳士的な振る舞いをして・・・ベアトリーチェに向かってお辞儀をした。
「レム人が信用出来んなら、国家もひとつになればいいだけのこと・・・。
ベアトリーチェ女王よ・・・、オレの妻となり二人で国を支えて行こう。
互いの王が姻戚関係になれば、侵略も何もない。
お前と姻戚関係を結ぶことで、アビス人もオレの国民同然となる・・・。
どうせバラバラで国民を導こうとしても、先程お前が言ったようにアビスの
国民はレム人であるオレの言うことなんざ聞かんだろう。
その逆も然りだ・・・。
ならば互いの王自らが犠牲となり、国民の規範となればいいだけのこと。
国民の支持を得ている王ならば・・・、王の選んだ道にも納得するはずだ。
当然すぐに理解を得られるとは言えないかもしれんが、それでも憎しみに心を
支配されたまま・・・いつまでも吠えているばかりの王より幾分かはマシだろうよ。
本当に心から自国の民を思うなら、・・・ベアトリーチェ女王よ。
今こそ国を背負う王の義務を果たす為に、この婚姻を受け入れるんだ。」
ベアトリーチェの前に跪き、まるでプロポーズを申し込むような姿勢に
ベアトリーチェは息を飲んだ。
黒髪の美しい顔立ちの・・・、挑戦的な鋭い瞳がベアトリーチェの心を射抜く。
それから・・・、婚姻を申し込むアシュレイの差し出した右手にベアトリーチェが
躊躇いながらゆっくりと・・・、片手を差し出した。
一旦サミットが中断され、会議室にはレムグランド側の人間だけが残っていた。
椅子にだらしなく座り、足を組みながらアシュレイはひくひくと怒りを抑えている
様子である。
側に立っているオルフェが両手を後ろに組んで、こほんと軽く咳払いをしながら
アシュレイに語りかけた。
「・・・陛下。
もしよろしければ、女性の口説き方を私が伝授して差し上げましょうか?」
「・・・うるさい、黙れ。」
「アシュレイ陛下・・・、おいたわしやっ!」
くぅっ! とばかりに、キャラハンは片手で涙を拭う素振りをした。
すっかりふてくされた表情でそっぽを向いているアシュレイの右頬には、
ベアトリーチェによるビンタの跡がくっきりと残っていた。