第220話 「サミット開催地へ・・・」
オルフェがレムグランドの首都に到着して、翌日のこと・・・。
龍神族の使者が現れ、新国王アシュレイに謁見を申し出た。
アシュレイは使いの者を丁重に迎え入れると、早速用件を聞く。
使いの者の話の内容は、アビスグランドの女王ベアトリーチェを交えたサミットを開く
場所についてだった。
レムグランドに対して警戒心を強くしているベアトリーチェに気を使ってか、サミット
は龍神族の里の首都・ヒルゼンで行なわれるということらしい。
アシュレイ側の準備が出来次第、すぐにでも出立する手筈となった。
使いの者には長旅の疲れを癒す為に、来客用の部屋で休んでもらう・・・という理由
をつけて、一旦謁見の間から退室してもらった。
残ったのは国王であるアシュレイに、再びアシュレイの側近となったオルフェ。
そして腹心の配下であるキャラハン将軍だけとなる。
「どう思う、オルフェ。」と、アシュレイが含み笑いを浮かべながら問う。
オルフェは両手を後ろに組んだまま、その問いに答えた。
「そうですね、まぁ妥当なところでしょう。
ルイド側から同盟の話が来ない所を見ると、どうやら説得に苦労しているようですし。
嫌がる女王をまさか敵国であるレムグランドへ招くわけにもいかないでしょうから。
開催場所が中立な立場にある龍神族の里、ということならば女王も少しは警戒心を
解くはずです。
理由はどうあれ、一度は元老院を味方につけたのですからね。
あとは我々次第・・・、といったところでしょうか。」
「そうだな、何はともあれそう時間がかかることもなく事が運べそうで助かった。
オレはすぐにでも出立するつもりだ、オルフェ・・・お前も来い。
それからキャラハン将軍、お前もオレと共に来るんだ。」
オルフェがアシュレイの懐刀として復帰してから、もはや自分に出番はないものだと
思っていたキャラハン将軍は、虚を突かれたように驚いていた。
白い口髭を蓄えたいかつい顔からは、少し間の抜けた表情が現れている。
「―――――はっ、私ですかっ!?」
「何を驚いている、お前は常にオレの側近として見事な働きを見せていただろう!?
それは今後とて変わらん、オルフェが戻ろうと関係のないことだ。
ヒルゼンへ向かうのはこの三人だ、世界の在り方が変わる重要なサミットだからな。
失敗は許されんし、何が起きてもおかしくない危険な会談だと思え。」
キャラハン将軍の頭の中では、それはアビス人の襲撃のことを言ってるのだと・・・。
そう思っているようだった。
しかし勿論アシュレイはアビス人の襲撃のことなど、それ程重要視していない。
最も危険な存在、―――――ディアヴォロの眷族のことだ。
眷族に関して認知しているのはごく一部、現状を考えればたったそれだけの人物しか
知らないことは非常にマズイことである。
アシュレイはこれを機に、眷族に対する防衛を高める為・・・というのも含めて、眷族の
存在を公表する決意をしたのだ。
しかし当然それは国を守る人間、・・・つまり騎士団や軍隊のみである。
言わずもがな、一般市民に知られると余計な不安や混乱をかき立てるだけなので、
それだけはあまり望ましくないと考えた結果だ。
アシュレイ達はすぐさま準備を済ませ、ゆったりくつろいでいた使いの者を呼びつけて
早速ヒルゼンへ案内するように指示した。
アシュレイ達は龍神族が使う独特の馬車に乗り込み、空を駆けてヒルゼンへ向かう。
動きやすいラフな格好を好むアシュレイであったが、さすがにオルフェとキャラハン
将軍にたしなめられ、正装させられた。
真っ赤なマントに戦用ではなく儀礼用の鎧を着て、少し堅苦しく見える。
左胸には鎧の上から国王の証でもある紋章が、更に威厳さを主張していた。
オルフェはそんなアシュレイの正装姿を見て心の中で「馬子にも衣装」だと呟いている。
失礼だとわかっていながらも、キャラハン将軍ですら一瞬同じように思っていたようだ。
そんな二人の表情を見て、自分が心の中でどう思われているのかすぐに把握し・・・また
以前のような歪曲した表情を浮かべるアシュレイであった。
そして数時間後、アシュレイ達は初めて龍神族の里・・・ヒルゼンへと到着する。
同時刻、ここは龍神族の里の外れにあるミズキの里。
アビスグランドの女王ベアトリーチェは、ルイドに連れられ里の中で一番大きい屋敷を
訪ねていた。
ベアトリーチェは黒いドレスに身を包み、どこから見ても女王たる威厳を醸し出している。
屋敷の玄関先で緑色の髪をした辰巳という名の青年に案内され、とある一室へと通された。
戸を開けるなり真っ白い煙が襲って来て、思わずベアトリーチェはげほげほと咳き込む。
「な・・・っ、なんじゃこの煙はっ!」
「あぁ、すまん。
換気するのを忘れていた。」
気だるい声が聞こえて来た。
見ると・・・もくもくと煙った部屋の中から、人影が見える。
その人影と一緒に辰巳までが部屋を換気する為に、戸を開けて煙を追い出した。
ようやく室内がはっきりと見渡せるようになり、煙を発生させていた張本人を発見する。
銀色の長い髪に派手な羽織を来た男の姿を確認した途端、ベアトリーチェは大声を上げた。
「――――お前っ、まさか・・・ネイスか!?」
「ふっ、その名はとっくに捨てたはずなんだが・・・。
今は伊綱と名乗っている、出来ればそっちで呼んでくれ。
そんなことより・・・随分艶っぽくなったじゃないか、ベアトリーチェ。
少し前まではちんちくりんの子供だったのに、時が経つのは早いものだ。」
「・・・って、何を老人くさいことを言うておるのじゃ!!
先の大戦で行方知れずになって、妾はお前が死んだものとばかり・・・っ!
―――――ってルイド!! お前・・・、知っておったな!?」
けたたましいベアトリーチェの勢いに、ルイドは苦笑しながら平謝りした。
「すまない、特に話す理由もなかったからな。」
小馬鹿にされたような気分になって、すっかりベアトリーチェは機嫌を損ねてしまった。
ふてくされたままそっぽを向いているベアトリーチェの姿を見て、ルイドと伊綱は苦笑する。
「それで?
俺に何か頼みがあってここまで来たんじゃないのか。
以前パイロンとの面会で手を貸したから、今後は協力する気などなかったんだが・・・。
実はサイロンから話を聞いて、気が変わった。」
「サイロンがここへ来たのか・・・!?
オレが伊綱の手を借りる為にミズキの里へ訪れることも、あいつにはわかっていたのか。
それじゃお前の気が変わらないうちに、頼み事をするとしようか。」
ルイドと伊綱の二人で会話が進んでいる光景を見て、面白くなかったのか。
ベアトリーチェはルイドの服の裾を引っ張って文句を言った。
「ルイド、お前・・・妾に会わせたい人物がいると言ってたが、こやつのことでは
ないみたいじゃな!?
妾を一体誰に会わせるつもりなんじゃ、早う白状せんか!」
「まぁ、そう慌てるな。
伊綱・・・、オレ達はこの通り先を急いでいる。
ヒルゼンへ向かう馬車と、ベアトリーチェに例の物をくれないか!?」
ルイドの言葉に、伊綱は含み笑いを浮かべたままタバコを吸う。
ふぅ~っと煙を吐くと突然後ろの戸が開き、先程の辰巳という男が小箱を持って現れた。
ルイドの前に進んで行き、小箱の中身を差し出す。
「これが例の物です。
それじゃオレは馬車の用意をしてきます。」
「すまん。」
それだけ言葉を交わすと、ルイドは小箱の中に入っていたサークレットを取り出して
ベアトリーチェに向き合った。
「何じゃ!?
随分と洒落たサークレットじゃな。」
「これから龍神族の里の首都、ヒルゼンへ向かうからな。
アビスの女王らしく、お前の美しさに見合ったアクセサリーをと思って伊綱に
用意させたものだ。
これを付けたら、早速首都へ出発するぞ。」
ルイドに優しく褒められ、まんざらでもないベアトリーチェはすっかり機嫌を直した。
そのままルイドの思惑通りにサークレットを額に付けると、突然全身が重だるくなった
感じがして足元がふらつく。
すぐさまルイドが片手で支えて、ベアトリーチェのバランスを保たせた。
「・・・!? おかしい、何だか急に体がだるく・・・。」
急に体調が悪くなったベアトリーチェは、怪訝に思いながらルイドに掴まる。
掴んでいないとこのままふらついて倒れそうだった。
「疲れが溜まっているんじゃないのか?
レムグランドへの道が完全に閉ざされてからというもの、アビスにはびこる魔物の
数が急増しているからな。
それらの対処でずっと働きづめだっただろう。
なに、馬車で休んでいれば体調も良くなるはずだ。
伊綱・・・、すまんがこのままヒルゼンへ向かうことにする。
世話になったな。」
「いや、大したことない。
それよりも、・・・成功を祈っている。」
伊綱は窓の縁に腰掛けて、外を眺めたまま・・・ルイドにそう告げた。
その横顔はどこか憂いを帯びている。
伊綱の表情を読み取り、ルイドの顔から喜びの笑みが消えると・・・そのまま自嘲気味に
微笑みながら伊綱の部屋を出て行った。
静かになった室内で、伊綱は一人・・・物思いに耽りながら空を見上げる。
「そういえば、あいつに初めて会ったのも・・・こんな晴れた青空だったな。
あれから14年か、・・・本当に時が経つのは早い。」
ふぅ~っと、煙を吐く・・・。
キセルに溜まった灰を、受け皿に落としながら・・・伊綱は一言呟いた。
「・・・今生の別れ、か。」
そして再び空を仰ぎ、馬車が駆けて行くのを伊綱は見送った。
< 龍神族の里の首都、ヒルゼンにて >
ルイドとベアトリーチェを乗せた馬車が首都に到着し、二人は馬車を降りた。
御者台から辰巳が声をかける。
「それじゃオレはこれで。
本当に帰りの馬車はいらないのか!?」
「あぁ、必要ない。
ここまで助かった、伊綱にもよろしく伝えてくれ。」
ルイドがそう言うと、辰巳は会釈し・・・再び馬車は空を駆けて行った。
馬車の中で休んで少しは気が紛れたのか、ベアトリーチェの顔色はだいぶ良くなっている。
その様子を見るなり、ルイドはぎこちない笑みを浮かべながら目的の場所へと案内する。
(魔力制御装置のサークレット、どうやら体の方は随分慣れて来たようだな。
最初にこれを着けた時はマナを無理矢理閉じ込めるから、全身に重りを付けたような感覚に
襲われると聞くが・・・時間が経てばどうってことはない、か。
・・・バレたら殺されそうだな。)
そんな不安を抱きつつ、ルイドはサミットが行なわれる予定になっている広間へと
ベアトリーチェを連れて行く。
初めてヒルゼンに来たベアトリーチェは、宮中を物珍しそうに眺めていた。
回りにはサイロンと同じような格好をした龍神がうろうろしている。
「ルイド、まさか妾に会わせようとしているのはサイロンじゃないだろうな!?
妾は別にサイロンなんぞに会う気はないぞ、・・・むしろ願い下げじゃ。
あいつといると疲れが増すだけだからな。」
「サイロンにも会うことになるだろうが、オレが会わせたい人物はまた別だ。
恐らくお前も気に入るはずだぞ、・・・かなりの美丈夫らしいからな。」
ぴくりと反応する。
しかし興味のない素振りを見せながら、ベアトリーチェは黒いドレスの裾からはみ出ている
尻尾をふりふりと嬉しそうに振っていた。
視界の端でそれを確認すると、ルイドはほくそ笑み・・・何も見ていないというフリをして
ベアトリーチェを連れて行く。
・・・・・・と。
「おお、ようやく来たのう!
相手はすっかり待ちくたびれておるぞ、ルイドよ!」
大きな声でルイド達の前に歩み寄って来たのは、誰がどう見ても間違いなくサイロンだった。
ルイドはサイロンが『相手』の名前を言わなかったことに安堵しながら、挨拶を交わす。
しかしベアトリーチェに至っては、ルイドの企みに全く気付いていない上、サイロンを
見て明確なまでの嫌悪感を露わにしている。
長話することもなく早く本題に入る為・・・、二人はそれ以上余計なことを言わずに
先へ進むことにした。
ここまで来てさすがに二人の様子がおかしいと勘付いたベアトリーチェは、二人の
態度を怪しんで・・・だんだん表情から笑みが消えて行く。
しかしルイドは、ここまで来ればもう引き返しようがないと踏んだのか・・・すっかり
開き直った態度で堂々としていた。
やがて大きな扉の前に到着し、サイロンが扉の取っ手に手をかける。
「ここがそうじゃ、さぁ・・・そのまま中に入るんじゃ。」
そう言ってサイロンが扉を開け放つと、中は広い会議室になっていた。
円卓のテーブルが部屋の真ん中にあり、そこには数人が席についている。
ルイドに続いて中へ入って行ったベアトリーチェは、彼等を見るなり驚愕した。
円卓のテーブルには、先の大戦でまみえた獄炎のグリム・・・。
そしてレムグランド特有の騎士の甲冑に身を包んだ白髭の男と、黒髪の若い男。
元老院の代表として、襷も席についていた。
ベアトリーチェはそれらのメンツを見るなり、けたたましい怒声を上げる。
「―――――っっ!!
おのれレムグランドの下衆共がっ、妾の手で塵と化してくれるわっ!!」
叫ぶなり全身のマナを練り上げようとするが、思うようにコントロール出来ず・・・
ベアトリーチェの顔に苦渋が現れる。
制止するルイドに、間に割って入るサイロン・・・。
二人の行動と・・・目の前の光景を見て、ようやく全てを把握した。
「・・・そうか、全部お前の仕業か・・・ルイド。
この妾を謀った、というわけじゃな!?」
殺気のこもった眼差しで、ルイドを睨みつけるベアトリーチェ。
しかしサークレットによって魔力が封じ込められたベアトリーチェを脅威と感じない
ルイドは、淡々と説明を始める。
「ここは大人しく従っていた方が利口というものだ、ベアトリーチェ。
さぁ・・・、念願の三国サミットの開催としよう。」