第219話 「オルフェの忠誠」
「え…、でもおかしくねぇか!?
アビスの女王との会談って、まだずっと先の予定だったろ!?
なんでこのタイミングで迎えが来んだよ、ぜってーおかしいって!」
アギトが納得いかない顔で文句を言った。
自分に文句を言ってるものだと、伝言を伝えに来たメイドはおろおろしている。
「ねぇ、相手は確かに龍神族だったの?」
戸惑うメイドに対し、ザナハが少しなだめる口調で尋ねた。
するとようやく落ち着きを取り戻したのか、メイドはしっかりと頷きながら返事する。
「はい、間違いありません!
角がちゃんと生えていましたし、何より…以前ここにいらした若君と同じような、
レムグランドにはない変わった衣装を着ておられたので。」
「どっちみち迎えに来てるのって、サイロンさんじゃないみたいだね。」
「でもそれならそれで一体どういうことなのかしら!?
会談の日時が早められるにしても、どう考えたって早過ぎだわ…。
確かオルフェも、今朝首都へ向けて出発したばかりなんでしょう!?」
リュートとザナハが唸っていると、アギトが遂にキレて二人を急かした。
「だぁーっもう! こんなとこでごちゃごちゃ悩んでたって仕方ねぇだろ!
玄関にその龍神族とやらが来てんだから、そいつに会って確かめりゃ
いいだけの話じゃねぇか!
もし信用出来ねぇ相手なら、同行すんのを拒否ればいいだけだし!」
「まぁ…、そうだね。
とりあえず玄関まで行ってみようよ。」
そう判断すると、アギトとリュートは脇目も振らずすぐさま玄関の方まで
走って行ってしまった。
そんな二人の背中を見つめながら、ザナハはすっかり呆れている。
「アギトのやつ…、復活早過ぎ。」
ザナハのゲンコツ制裁を食らって、さっきまで意識があやふやだったにも関わらず
すっかり元気になって走って行く姿に…ザナハは呆れていたようだった。
洋館の玄関に到着すると、扉は開けっ放しになっており…そこに人影が見えた。
階段を下りて行って迎えに来ているという龍神族を確認するアギト達。
「おおーっ、やっと来たアルか!」
どこかで聞いたことがある怪しいチャイナ言葉…。
玄関先に立っていたのは赤く長い髪をポニーテールにし、こめかみ部分から鹿の角の
ようなものが生えている。
綺麗な刺繍が施された衣装を着て、ぱたぱたと扇子を扇いでいる小さな少女。
その後ろには気弱そうな若い青年が二人立っていた。
「なんだ…、サイロンの妹じゃねぇか!」
「メイロンある、お前は兄様を救おうとした人間だから特別に呼び捨てを許可するネ!」
上から口調は馬鹿譲りか…と思いながら、アギトは少しウザそうに話しかける。
「そんで? なんでお前がこんなとこにいんだよ!?
つーかクソ長いって噂の喪中はどうした、お前等兄妹揃って…。」
「今も絶好調に喪中の真っ只中ネ!
でも世界の在り方が変わる大事な時期に、しんみりしてられないって兄様言ってたヨ。
だから動ける者は何でも使うアル、わらわも暇だったからお手伝いに来たネ。」
「暇…って、結局のところ暇つぶしに来たってこと?」
聞き捨てならない内容に、リュートは苦笑いを浮かべながら小さくつっこんだ。
だがやはりそこは血のせいか…、都合の悪いつっこみは一切耳に届かない様子である。
「ともかく! 里で行なわれる会談が終わるまで、わらわはここに世話になるヨ。
三国同盟はどうせ兄様が無理矢理にでも成立させるはずネ。
だから成立直後、闇の戦士をすぐアビスへ連れて行けるように、わらわはここで
待機することになってるアル。
わかったアルか!?」
「あ~、それで納得。
つまりあんたらは三食昼寝付きで、ここにタダで居座るつもりってわけね?」
ザナハがイヤミっぽくそう返した。
だがやはりそこは高貴な育ちのせいか…、特別待遇に何の疑問も抱いてない様子である。
「早速わらわ達が寝泊まりする部屋へ案内するアルよ!
それからここへ来る時にドラゴン化したから、おなかぺこぺこネ。
馳走になってやるから、食事の準備をするよろし。」
メイロンがそう言い放つと、早く案内するように扇子でびしぃっとザナハに向かって
突き付けた。
目の前にはザナハ達が来るまでメイロンをなだめていたメイドが二人いたにも関わらず、
恐らく他国の風習などを知らないせいか…、誰が使用人かわからないので目の前にいた
ザナハに白羽の矢が立ったようである。
当然…「姫」であるザナハに向かっての暴言に、メイド達は慌てて自分達が名乗りを
上げると、そのままメイロン達を案内した。
「ていうか、居座らせるんだね…結局。」
「あの様子じゃ帰れっつっても帰りそうにねぇしな、…我慢するっきゃねぇか。」
ザナハの怒りのボルテージが上昇している所をリュートがなだめ、とりあえず
通常通り…三人はこのまま修行する為、訓練場へ向かうことにする。
その前に三人の修行を見てもらう為にザナハの師であるミラを呼びに行ったのだが、
ミラは他に仕事があるのか…、結局アギト達の修行の相手をしてもらえなかった。
ジャックの方もまだ家族サービス満喫中だったので、仕方なく三人だけで修行する為に
そのまま訓練場へと向かうことにする。
しかし、何となく嫌な予感がしていた。
そして予感的中。
案の定…会談が終わるまで暇で仕方ないメイロンによる「邪魔」が入り、アギト達は
結局満足のいく修行をすることが出来なかった。
メイロンの相手をしたくないアギトとザナハは、早々に修行を切り上げて訓練場を後にする。
子供を無下にすることが出来ないリュートが一番の貧乏くじを引く羽目になってしまい、
夕食の時間が来るまでメイロンの相手をすることになってしまった。
< 数日後のレムグランド首都 シャングリラ 王城内にて>
龍神族族長の葬儀に比べ、時期が時期なだけにガルシア前国王の葬儀はあっけなく
終了していた。
戦争の火種を撒き散らした暴君とはいえ…、一応レムグランドの天子ということもあり
今もまだ国民は全員喪に服したままである。
しかし心の中ではどう思っているのだろうと、オルフェは冷たく一瞥していた。
恐らくこれで無理難題な勅命やら、理不尽な出兵命令をされることがなくなったと…。
心のどこかで安堵しているに違いない。
そんな風に皮肉を込めながら、オルフェは誰に許可を申し出ることもなく…当然のような
足取りで国王の私室へと入って行った。
そこには忙しそうに書類の山に向かって眉間にしわを寄せるアシュレイの姿があった。
晴れてレムグランド国王に即位したにも関わらず、着ているものは相変わらず黒を基調と
したラフな格好。
襲撃や暗殺に備えてか、常に腰のベルトには2本のレイピアを装備していた。
軽くノックをして入って来た人物を睨みつけるが、それがオルフェだったことに気付くと
更に睨みを利かせる。
「おや、随分と温かい歓迎ですねぇ。」
にっこりと満面の笑みを浮かべながら、オルフェが上機嫌な口調でそう告げる。
その笑顔を見るなりアシュレイは飲んでいるコーヒーが不味くなる…、とでも言いたげな
表情でカップをテーブルに置いた。
「何しに来た!?
オレはこの通り忙しいんだ、お前の暇潰しの相手をしている時間なんてないぞ。」
しかしオルフェは構わずアシュレイの目の前に山積みされた書類を1枚手に取ると、
それをさっと眺めながら嘲笑を浮かべる。
「いえね、中尉から叱られてしまいまして。
今頃前国王の放置していた仕事が、即位したてほやほやの陛下に回ってきっと大変
だろうと、…手伝いに行くように促されましてね。
私は反対したんですが、一応陛下の『元・懐刀』だったという過去の汚点のせいで
ここまで来る羽目になってしまったんですよ。」
「ほう…、それじゃこっちの山はお前がやれ。」
そう言うなり、アシュレイは明らかに山の高さがダントツな方をオルフェに回した。
はぁ~~っと深いため息をわざとらしくつきながら、オルフェは渋々それに従う。
小一時間ほどして、ようやく4つあった書類の山があと1つになった所で二人は
しばし休憩を取ることにした。
メイドにあれこれされることを嫌うアシュレイは、自分でお茶を淹れる。
当たり前…と言わんばかりにオルフェもティーカップを差し出すが、あっさり無視。
困った笑みを浮かべながら、結局オルフェも自分でお茶を淹れることになった。
温かいお茶を一口飲んで…アシュレイは椅子の背もたれにのけぞる位もたれかかると、
そのまま天井を眺めてぼんやりする。
無言のまま見つめ続けるアシュレイに、オルフェが声をかけた。
「心を捨てた陛下も…、親殺しはさすがに応えましたか?」
「―――――わからん。
自分がどう思ってるのか……、どう感じてるのかも。
ただあるのは、この国をこの先どうするのか…そればかりだ。
…涙すら出なかったんだ、きっと何も感じてはいないんだろうよ。」
言葉を一旦切り、それからまたアシュレイは…遠くを見つめたまま続ける。
「いや、心のどこかでほっとしているかもしれん。
これでもう…、これ以上余計な敵を増やす必要がなくなったとな。
あとはよりよい方向へ導く為に、舵を取るだけだ。」
「ふっ…、割り切るのが上手くなりましたね。」
「そうしなければやっていけないからな、国を背負う者として。」
オルフェの方を振り向くでもなく、アシュレイは天井を見つめたまま…。
そんな姿を視界の端に入れながらオルフェは、ティーカップに映る自分の姿を
見つめながら皮肉を込めた言葉を放つ。
「一度は国を見捨てようとした方が…、随分殊勝になりましたね。
それだけ…妹君であるザナハ姫を想ってのこと、ですか。
姫が本心から光の神子としての使命を果たすことを決意して、陛下も国王としての
立場を自覚した…。
しかしこれでこの国も少しはマシな方向へ導かれることでしょうね。
なんせ本来の陛下はガチガチに頭が固い位、クソ真面目で品行方正で曲がったことが
大嫌いな方でしたから。
私はてっきり…、そんな陛下は「先の大戦」の後ですっかり失われてしまったのかと
思いましたよ。
ルイドに会い、彼の言葉を聞いて…あなたは決意された。
かつて歴代の国王が誰一人として提案しなかった、アビスとの和平。
それがもうすぐ実現しようというのです。」
そう言うと、オルフェはおもむろに席を立ち…アシュレイの前に跪いた。
オルフェが跪いている姿を目にしたアシュレイは、少し驚いた顔で見入っている。
「私が忠誠を誓う人物は、最初からこの世でただ一人…。
アシュレイ陛下、あなただけです。
陛下が望むなら私はこの身が滅びようとも、一片の悔いも残さないでしょう。
必要あらば誰を犠牲にしようと、陛下の代わりにその手を汚すのは私一人…。
そしてどうぞ、ご覚悟ください。
そんな私の首についている手綱を操れるのは陛下自身、…誤りのなきように。」
忠誠の言葉を述べたオルフェは顔だけを上げ、品定めするような挑戦的な瞳で
アシュレイを射抜いた。
その言葉の意味、そしてオルフェの真意を見抜いたアシュレイもまた…席を立つと
腰に帯びていたレイピアを1本鞘から抜き、オルフェの両肩に刃先だけ触れる。
「お前の忠誠、しかと心得た。
未来永劫オレと共に在り続け、その力を存分に尽くすがいい。
ディオルフェイサ・グリムよ…、お前は永遠にオレの物だ。
もしオレが道を外すことになれば…、その時はお前の手でオレを殺せ。
……いいな!?」
「御意のままに。」
最後にレイピアの刃先にオルフェが触れる程度のキスをし、それから二人で
不敵な笑みのまま見つめ合う。
それまでぴりっとした空気が張り詰めていたが、アシュレイが楽な姿勢で椅子に
座ったことでその空気が払拭される。
オルフェもその場から立ち上がり、同じように席に着く。
先程の儀式を思い出し笑いしながらアシュレイが一口コーヒーを飲もうとした時、
ふと気付いたことがあり…呟いた。
「…そういえば、お前がキスしたあの剣な。
確かあれは親父を殺した後、一度も手入れしてなかった。」
「――――ぶっ!!」
珍しくオルフェがお茶をふき出し、そしてこぼしたお茶を慌てて拭っている。
その姿を見たアシュレイが、数年振りに大笑いした。