第217話 「カトルの特殊能力」
アギトとリュートが徒歩でクレハの滝へ向かって、約30分程・・・。
道なりに進んでいると、数十メートル先の方からこちらへ向かって歩いて来る
集団を発見した。
目を凝らしてよく見ると、何人かは軍服を着ており・・・その中に子供が二人。
カトルとレイヴンだった。
一団を見つけるなり、アギトは大きく手を振って大声を上げる。
「おーーーーーいっ!」
すると向こうもアギト達に気付き、何人かが手を振り返す中・・・カトルだけは
こちらに走り寄って来た。
黒髪のショートに、着ているものは以前のようにお坊ちゃんみたいな格好ではなく
格闘家のような動きやすい格好をしている。
見た目から・・・、どうやらカトルは「一般人」から「格闘家」に転身したようだ。
そしてどこか以前とは違う雰囲気、・・・カトルは男っぽく振る舞うことをやめた
のか、女性としての雰囲気が微かに醸し出されていた。
「アギト、リュート!
随分久しぶりじゃないか、その様子だと元気そうみたいだな・・・よかった!」
言葉使いは相変わらずだったが明るく、笑顔で話しかけて来たカトル。
初めて会った時と比べて、すっかり明るくなったカトルにアギトとリュートは
なぜか安心したような気持ちになった。
フィアナに襲われ、家族同然であった孤児の子供達を全員殺され・・・殆ど全てを
失ったカトル達。
アギトはアビスとの戦いに巻き込んでしまったことを悔やみ、リュートは自分の
不注意でフィアナを解放したことを悔やんでいた。
しかしカトル達は敵を恨んだり復讐することを選ばなかった、むしろこれから先
自分達がどう向き合っていけばいいのかを考える為に、アギト達に協力すると
言い出してくれたのだ。
「こんな所で一体何を・・・?」
「中尉に頼まれてカトル達を迎えに来たんだよ。
この後すぐにリヒターって人を復活させる為の作業に入るから、僕達にも
手伝ってほしいんだって。
その為にはカトル達の協力も必要だし、急いで戻らないといけないんだ。」
リュートの言葉に、カトルの瞳に輝きが増した。
身を乗り出してアギト達に詰め寄ると、急きこんだように声を上げる。
「リヒターを目覚めさせる方法が見つかったのかっ!?」
カトルの大きな期待に満ちた反応に、アギトは慌てて言葉を遮った。
「待て待て、落ち付けって!
まだ確実に目覚めさせることが出来るって決まったわけでもなさそうなんだ。
オルフェと話し合って、色々試すことがあるみたいだから・・・まずは
実行してみないとわかんねぇみたいだし。
別に期待すんなって意味じゃねぇけど、期待半分位にしておけってことだ。」
アギトの訂正に、カトルは少しだけ気を落ち着かせた。
そうしてる間に後方からレイヴン、そしてグスタフ達がやって来る。
「おう、アギトにリュート・・・どした?」
「全員気を引き締めて、洋館に猛ダッシュだ!
ミラの命令だからな・・・、一番遅かった奴は夕食抜きだそうだぜ!?」
そう言った途端、アギトは突然洋館の方へ向かって猛ダッシュした!
「え・・・!? ちょ・・・っ、アギト! 待ってよーーっ!!」
突然の出来事に、リュートは今さっきアギトが言ったことが嘘だと・・・
グスタフ達に言いそびれてしまう。
当然・・・グスタフを始め、その他の部下までもアギトが言ったことが事実
だと勘違いし・・・全員脇目も振らずに、アギトに続いて猛ダッシュした。
洋館に到着した順は、一位がリュート、二位がアギト・・・。
その後にはカトル、グスタフと・・・全員全力疾走したせいで息を切らして倒れ込む。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・っ!
なんでオレが真っ先に突っ走ったのに、リュートに抜かされんだよ・・・っ!」
納得がいかないアギトは、地面に大の字に寝転びながら空を仰ぐ。
膝に両手をついて息を整えるリュートは、笑顔で答えた。
「素早さだけが僕の取り柄だからね!
こればっかりはアギトに負けてられないよ・・・。
それより、こんな所でバテてる場合じゃないんじゃない!?
今頃中尉が準備を終えて、僕達を待ってるかもしれないよ・・・。」
「少し位いいだろ、全力疾走で戻って来たんだから徒歩で戻るよりか時間に
余裕が出来てるだろ・・・。」
体力を使いきったのか、アギトは一向に起き上がる気配を見せなかったので
リュートは「もう・・・!」と文句を言うのを我慢した。
するとそんなアギト達に向かって、勇んだ足並みで近付いて来る影が・・・。
「ほらっ! こんな所で寝転んでる場合じゃないだろっ!
オレ達は一刻も早くリヒターを目覚めさせなくちゃいけないんだから、さっさと
リヒターの部屋に行くぞっ!」
アギトと同じく体力を消耗したレイヴンの服の襟を掴んで引きずってきたカトルが
ピンピンした顔つきで、先を急がせた。
見ればそれ程息を切らしている感じもなく、全力疾走メンバーの中で一番元気である。
「・・・体力バカに転身しやがったな、こいつ。」
白い目でカトルを下から眺めていると、アギトの暴言が聞こえたカトルはそのまま
アギトを足蹴にした。
ぐりぐりと踏みつけるカトルをリュートが止めに入り、すぐにリヒターの元へ急ぐ
という方向で何とか気を落ち着かせる。
相変わらずレイヴンを引きずるような形で、カトルは急ぎ早に部屋へ向かった。
そんなカトルの背中を眺めながら、アギトとリュートは後方からひそひそと耳打ちする。
「ねぇ・・・、カトルってさ・・・あんなに怒りっぽい性格だったっけ!?
僕が見た感じでは、どちらかと言えば大人しい感じがしたんだけど・・・。」
「さぁ・・・? 修行のせいで性格が荒っぽくなっちまったとか!?
それに大人しい性格って言うのも、少し違うぜ?
オレ、初対面でアイツに思い切り殴られたかんな (ま、オレがワリーんだけど)
そうだな・・・、まぁザナハに比べりゃマシなんじゃね?
あいつの凶暴さに比べれば、アンデューロで遭遇したエッグベアですら霞んで
見えるぜ・・・。」
「エッグベアの凶暴さは知らないけど、あんまり否定出来ない所が悲しいね。」
「誰が誰と比べて凶暴ですって!?」
『ひっ!!』
小動物が怯えたような短い悲鳴が、見事にハモった。
振り向くとザナハが腰に両手を当てて、アギト達を睨みつけながら仁王立ちしている。
その顔は明らかに先程の会話がだだ漏れで、ひくひくと怒りを抑えている様子だ。
完全に威圧された状態で、アギトとリュートはそれぞれに弁解を述べようとするが
ザナハは一睨みした後・・・リヒターの部屋へと入って行ったカトル達に視線を移し、
すぐさま平静を取り戻した。
「まぁいいわ、どうせあんた達に何を言っても無駄なだけだし。
でもこの落とし前は、後できっちりとつけさせてもらうからね!
とにかく今は早くカトル達の所へ急ぎましょ、ミラも待ってるだろうし。」
鉄拳による制裁を受けることなく、思いのほかあっさりと許しを得られた二人は
動揺していた。
「つーか、お前も来んの!?」
少し意外そうな顔で、アギトが尋ねる。
3人はリヒターの部屋へ向かいながら、会話を続けた。
「えぇ、光の精霊と契約を交わしてリヒターを目覚めさせるっていうカトルとの
約束・・・あたし、果たせなかったでしょ!?
これでも回復系の魔法はそれなりに使えるから、少しでも役に立ちたくて。
どこまで出来るかわからないけど、・・・あたしも何か協力したいの。
そもそもカトル達が襲われたのだって、契約の旅の妨害に巻き込まれたせいだもん。
リヒターって人がああなった責任はあたしにあるわ、だから・・・っ!」
思い詰めた表情で自分を責めるザナハに、リュートは少しだけ微笑みながら
ザナハの言葉を遮った。
「それは違うよ、ザナハ・・・。
少なくともカトル達はそんな風に思ったりしてない、だからそうやって自分を
責めるもんじゃないよ。
それに・・・誰かに責任があるとしたら、それは僕達全員の問題だ。
ザナハ一人がその責任を背負うことはもうないんだから、・・・そうでしょ!?」
「・・・リュート。」
「ま・・・、そうだわな。
どっちみちあの頃の契約の旅自体、色々と問題があったわけだし?
今更どうこう言ったところで、ガキ達が生き返るわけでもねぇじゃん。
それならいっそ今生きてるあいつらに対して、オレ達がどれだけのことがして
やれるのかって事の方が大事じゃねぇか。
うだうだ悩んでたってウザイだけだし、オレ達全員で何とかすりゃ・・・何とか
なるってもんだろ。」
二人の言葉を聞いて、ザナハは戸惑った。
心を打たれたように・・・二人の言葉が素直に嬉しい、そして同時に二人から
こうして励まされるとは思ってなかった・・・そんな驚きも入り混じっている。
微かに微笑むと、ザナハは心から・・・二人に告げた。
とても小さく・・・聞こえるか聞こえないか、それ位小さな声で。
「・・・・・・ありがと。」
アギトもリュートも、微笑むだけで・・・あえて語ることはしなかった。
当然のことを言っただけなのだから。
静かに歩いて行き、やがてリヒターの部屋へ辿り着く。
雷の精霊ヴォルトの正式な口伝継承者、そしてカトル達のリーダー的存在。
フィアナによる脳内浸食のせいで意識を失ったリヒターは、依然・・・昏睡状態が
続いている。
部屋の中へ入ると、そこにはミラを始めカトル、レイヴンが立ち会っていた。
ベッドで静かに眠り続けるリヒター。
特に延命措置を施すような、大袈裟な機材などは体に取り付けられていない。
本当にただ、静かに眠っているだけだ。
全員集まったのを確認すると、ミラは椅子から立ち上がって覚醒措置を開始する。
「それでは始めましょう・・・。
まずはリヒター君が昏睡状態になってしまった経緯から説明します。
そもそもリヒター君はフィアナが強引に施した禁術によって、脳内を侵され・・・
意識を失った状態になってしまいました。
この術は脳内に直接干渉することによって、その者が記憶している情報を無理矢理
読み込もうとするものです。
あの時・・・、もしあのままフィアナが術を続けていればリヒター君の脳内は完全に
傷付けられて廃人、もしくは最悪・・・死に至るところでした。
しかし長年に渡ってヴォルトとの口伝を継承し続けていたリヒター君の脳内には
ヴォルトのマナが蓄積された状態となり、脳内に侵入したフィアナから情報を
守る為に・・・それらのマナが発動したと考えられます。
しかしその反動による負荷が、そのままリヒター君に返り・・・このような結果を
もたらしてしまいました。
ひどい言い方になるかもしれませんが、死んでしまうより・・・今の状態の方が
ずっとマシだと、私は思います。
命を取り留めることが出来たのは、ひとえに・・・ヴォルトの加護のお陰です。
これらはカトル達から得た情報と、大佐の憶測から導き出したものです。
さて、本題に入りましょう。
まずはこの状態になってしまったリヒター君を、どのように覚醒させるか。
回復魔法では効果が現れなかったことは、以前に何度か試した結果です。
そして軍医からも、身体的に問題がないということでしたので・・・医学方面でも
手の施しようがありませんでした。
ただ異常があるとしたら、やはり脳内・・・。
防衛の為に脳内でヴォルトのマナが発生し、それ以降は自らの自然治癒力によって
回復させる為・・・身体の活動を停止させている状態、と考えられます。
それならばただ闇雲に回復魔法を施すのではなく、自然治癒力を高める為の補助を
することで身体活動を停止させる必要性をなくすことが出来れば・・・覚醒させる
ことが出来るかもしれません。
自然治癒力を高める技術は、自然のレイラインの流れを汲み取って人体へと循環
させるストラ系が有効だと考えられます。
この数カ月の間、私はストラ系に詳しくありませんが・・・グスタフ曹長により
流れの汲み取り方を教わって来た、カトル。
あなたにこの役目を務めてもらいます、・・・いいですね?」
真剣な面差しで、ミラはカトルに重要な役目を一任する。
大役を任せられ・・・カトルは一瞬戸惑った表情を見せたが、ベッドで静かに眠る
リヒターを見つめ、決意した。
「・・・わかりました、やってみます。」
緊張するカトルに、アギトが横から口を挟んだ。
「あのさ、真剣なとこワリーんだけど・・・。
そのストラって技が難しいやつなら、何も初心者のカトルがするより・・・最初から
グスタフがするわけにいかねぇのか!?
何か横で聞いてたら、それとなくリスク高そうに聞こえんだけど・・・。」
それはそうかもしれない、とリュートも心の中で同じように思っていた。
大体自然のレイラインの流れを汲み取る、というのも・・・以前それらしい話を
聞いたことがあったのを、リュートは思い出す。
ずっと前にアギトが今のリヒターのように昏睡状態に陥った時があった。
その時はアギトの体内のレイラインが乱れて、微量にマナが放出されているという
ことで、危険な状態になっていたところを・・・龍神族のサイロンが救う。
龍神族の目は、人体のレイラインの流れを「見る」ことが出来ると言う特殊能力を
持っていた。
だからこそあの時のアギトを救うことが出来たのは、サイロンの他にいなかった
ことになる。
しかし、今ミラが言った説明だと・・・それらが覆されてしまう。
レイラインの流れを見ることが出来るのは龍神族だけだと言っていたのに、それと
同じことをカトルにさせようとしているのだ。
「確かに技術面で言えば今のカトルより、曹長に任せるべきかもしれませんが。
今回は少しケースが違うんですよ。
そもそもストラというのは、根本的に魔術とは異なる技術なんです。
以前、レイラインの流れを見ることが出来るのは龍神族だけだと説明したことが
あると思いますが・・・、ストラとは「見る」のではなく「感じる」能力。
精神を研ぎ澄ませて自然エネルギーの流れを感じ取り、その流れを潤滑に促す術が
・・・ストラの起源とされているようです。
カトルは普通の人よりずっと感知能力が優れていたので、ストラ系に向いていると
判断し・・・それらを中心に今まで修行に励んでもらいました。
それからこれが最も『カトルが適任だ』と判断する材料になったことですが・・・。
今回ストラを施すのは身体ではなく、脳内・・・記憶などを司る部分です。
リヒターと親しい間柄にある彼女なら、リヒター自身も拒絶することなく・・・
カトルの補助を受け入れるかもしれないという考えがありました。
脳内はとても繊細です、少しでもリスクを下げる為に・・・心的な部分にまで
考慮するべきだと判断しました。」
「つまり・・・リヒターと親しいカトルなら、ストラって技を施しても拒絶反応が
出にくくなるかもしれない・・・というわけ?」
「はい、あくまで仮説ですが・・・それでもリヒター君に与える影響を考えれば
これが最も適当な判断だと、私もそう思います。
・・・これを考え出したのは大佐です、医学方面だけでなく・・・ストラ系に
関しても多少かじる程度の知識を持っているらしいですから、恐らく問題ないと
思いますよ。」
ミラの説明に、カトルはすでに精神集中に入っているのか・・・。
自分の心に刻みつけるように、そっと呟いた。
「リヒターに近い、オレだから・・・出来ること。
家族・・・、仲間・・・。
オレならリヒターも・・・、受け入れる・・・。」
カトルの様子が変わり、ミラは「しっ!」と人差し指を口元に当てて静かにする
ように、全員に視線を走らせた。
アギトもリュートも・・・、急に回りの空気が変わったような雰囲気を敏感に
感じ取って、静かにカトルを見守る。
ザナハは成功を祈るように、両手を胸の前に組んでじっと見つめた。
カトルによる覚醒措置が、今・・・ようやく始まる。