第215話 「ザナハの告白」
その夜、リュートはザナハの様子が気になっていた。
自分の父親が何者かに殺された・・・、それだけでもショックなことだと言うのに。
小さく溜め息を漏らしながら、リュートはふと・・・隣に視線をやった。
隣のベッドではアギトがマナコントロールの訓練をしている。
アギトは他の者に比べると、マナの制御があまり得意ではなかった。
オルフェからの指示もあり・・・、寝る前にはいつも毎日10分間はこうしてベッドの
上であぐらをかいて、精神集中しているのだ。
面倒臭がりのアギトのことだから、たまにサボっているのかと思いきや・・・。
どうやら魔術を使いこなす為の修行ならば、どんな苦労も厭わないようだ。
リュートはベッドに仰向けになりながら天井を見つめている。
(最初にガルシア国王からの手紙が届いた時には、すでに会合が開かれている
はずだって・・・大佐が言ってたな。
ということは今回も、7日後って書いてあったけど・・・もうすぐベアトリーチェ
さんを交えたサミットが開かれるかもしれないってことだよね。
ルイドやサイロンさん、それにアシュレイさんのことだから・・・きっとどうにか
して三国同盟を成立させるはず。
そうなったら僕がアビスへ行く日も、そう遠くないということになる・・・。)
リュートはアギトとは正反対の方向に寝返りを打って、今度は壁を見つめた。
(そしたらまた・・・アギトやザナハとは、しばらく会えなくなるんだな。
いつ迎えが来るかもわからない・・・。
話すなら今の内なんだ・・・。)
「心配なら行って来たらどうだ?」
「・・・えっ!?」
慌てて上半身を起こし、隣のベッドにいるアギトの方へ向き直った。
アギトはいつの間にか訓練を終わらせ、つまらなさそうにベッドの上に座っている。
自分の心の中を読まれたのかと、リュートは慌てふためいていた。
「どうせお節介なお前のことだ、親父殺されたザナハのことが心配で寝れねぇんだろ?
だったら今どうしてるか様子を見に行って来たらいいじゃねぇか。」
「アギト・・・。」
意外だった。
まさかアギトの方からこんな風に言われるとは、全く予想していなかったから。
少し迷いつつも、リュートはアギトに言われるがままベッドから下りて部屋を出て
行こうとする。
ドアノブに手をかけた時、リュートは振り向いてアギトに声をかけた。
「あの・・・、それじゃあさ・・・アギトも一緒に・・・!」
「あ、オレはパスっ!
そういうのオレ、向いてねぇし。」
「向いてるとか向いてないとか、そういう問題でもないでしょ。
アギトの方こそザナハのことが心配なんじゃないの!?」
そうだ、だからリュートの気持ちもわかったのかもしれない。
アギトもザナハのことが心配だったから・・・。
するとアギトは動揺したように顔を引きつらせると、慌てて否定した。
「ばっ! そんなんじゃねぇよっ!
誰があんなメスゴリラのことなんざ心配するかってーのっ!!」
「メ・・・っ、アギト・・・そういう言葉遣いもいい加減やめた方がいいよ。」
「いーーから、お前もさっさと行って来いっつーのっ!
オレは疲れたから寝るっ!!」
そう叫ぶと、アギトはベッドに勢いよく倒れ込んでシーツを頭からかぶった。
どうも素直になりきれないアギトの態度に、リュートは安心した笑みをこぼす。
(ホント・・・、半年前と何も変わってないな・・・アギトは。)
「それじゃ行って来るね、すぐ戻って来るから。」
それだけ言い残すと、ドアを閉める寸前・・・アギトが手を振って見送る姿が
見えた。
静かにドアを閉じ、リュートはザナハの部屋へ向かう。
(まさかとは思うけど・・・、アギト・・・僕がザナハのことを好きだって・・・
知ってるはずないと思うけど、そんなこと・・・ないよね!?
アギトにバレてるとしたら・・・殆どの人に知られてるようなもんだよ。)
その可能性を否定するように、リュートはとりあえず早足になった。
ザナハの部屋に向かっているのを他の者に目撃されない為である。
今は夜の11時、それ程遅い時間というわけでもないが・・・廊下はすでに真っ暗。
窓の外に視線を移すと、少数の軍人が見張りに立っていた。
アビスとの道が閉ざされてから魔物の数も減り、それに伴って見張りの数も減っている。
今は何人かの軍人が有給を取って、それぞれの故郷に帰ったり・・・首都に戻って
楽しい休暇を過ごしたりしていた。
束の間の平和・・・、悲しいがその言葉が今の状況にピッタリだ。
「本当の平和・・・、その為には僕が・・・添え星の運命を果たすことに・・・。」
リュートは首を振り、今よぎった考えすらも振り払った。
唇を噛み、拳に力が入る。
(今はよそう・・・、他に方法がないわけでもないんだ・・・っ!
とにかく今はザナハの元へ・・・、って・・・あれ?)
窓の外に、光が見えた。
よく見るとそれは青い光・・・、翼をはばたかせて飛ぶ青い鳥・・・。
「また・・・、あの青い鳥だ。
結局大佐からは、あの青い鳥の主が誰なのか聞けなかったけど・・・。
もしかして、また大佐に伝言でも伝えに来たのかな!?」
窓に顔をくっつけるように、青い鳥の行く先を追う。
するとオルフェの私室や執務室のある方向へは飛んで行かず、青い鳥は白いベランダが
ある部屋へと向かっていた。
「あそこは・・・、ザナハの部屋!?」
以前にも青い鳥が導いた先に、泣いているザナハがいた。
そして今回もザナハの元へ向かったということは、またザナハが泣いているのかも
しれないと・・・リュートはそう思った。
「何だろ・・・、胸騒ぎとは違うけど・・・胸の奥がもやもやする。
どうしてかわからないけど、何だかとてもイヤな感じがして仕方ない・・・!」
その理由が何なのかリュートにはハッキリとわからなかったが、どうしても・・・
居てもたってもいられなくなった。
リュートは慌ててザナハの部屋へと向かう、まるであの青い鳥にザナハを会わせたく
ないような・・・そんな思いを持って。
ザナハの部屋の前に辿り着いて、リュートはすぐにノックをしなかった。
いけないことだとわかっていても・・・、回りに誰もいないことを確認してから
ドアに耳を付けて中の様子を窺おうとする。
(全く・・・僕は一体何をしてるんだよっ!
これじゃ変態か・・・、ただのストーカーじゃないかっ!!)
しかしそれでもリュートはすぐにノックをする気になれなかった。
まるで青い鳥との時間を、リュートが邪魔するようで・・・。
そのせいでザナハに鬱陶しいと思われたくなかったのだ。
約1分程、耳を付けて中の物音や会話を聞き取ろうとしたが・・・結局何も
聞こえて来ることはなく、リュートは自己嫌悪に思い切り打ちのめされながら
肩を竦めてドアをノックする。
「どうぞー。」
普通に返事があった。
リュートはてっきり、ザナハが青い鳥との交流に夢中で無視されるのかと思った。
内心ハラハラしながらもリュートはドアを開け、少しずつ中の様子を窺うように
顔を覗かせる。
「ザナハ・・・? あの・・・リュートだけど。」
「リュート!? 何、一体どうしたのこんな時間に!?」
普通の声、落ち込んでる風でもなく・・・泣いてた様子もない。
むしろ元気そうだった状態に、リュートは複雑な思いになった。
自分の代わりに、青い鳥がすでにザナハのことを励ました後だったのだろうか?
そう思うと、なぜか素直に喜べない。
青い鳥は自分にとって、とても特別な存在だったはず・・・。
それがなぜ今になってこんなに、不快な思いにさせるんだろう?
・・・わからない、リュートにはわからなかった。
ドアを閉めて中に入って行くと・・・、一瞬ザナハの姿が見当たらなかった。
椅子に座ってるでもなく、ベッドの上に腰掛けてるわけでもない。
一体どこから声がしたのか探そうとした時、すぐにベランダから吹いて来る風に
気付いて・・・歩いて行った。
そこには白いネグリジェのような、綺麗な衣服を身にまとったザナハが立っている。
初めてザナハに会った時、洋館の窓から覗いた時に・・・白いイブニングドレスを
着ていたザナハを・・・、あの日のザナハを見ているようだった。
あの時から・・・、リュートはザナハに心を奪われていた。
あの瞬間からずっと・・・、好きだった。
ザナハが振り向き、笑顔を見せる。
とても嬉しそうに・・・、優しく微笑みかけるザナハにリュートは一瞬だけ時が
止まったように感じられた。
言葉が出て来ない、・・・リュートが口ごもっているとザナハの方から話しかけて来た。
「今ね、あの青い鳥が飛んで来て・・・あたしに伝えてくれたの。
悲しまないで・・・、元気を出してって。
確かにお父様が亡くなったのはショックだったけど、あたし・・・そんなに
悲しいっていう気持ち・・・持てなかったの。
ひどいわよね、今まで散々お世話になって来た父親なのに。
でも・・・あたしの実の父親じゃない、あたしが神子だから養子縁組をしただけの
・・・それだけの関係。」
「え・・・、そう・・・だったの!?」
初耳だった。
リュートは目をしばたいて、ザナハの言葉にショックを受ける。
「うん、レムグランドでは代々神子の資質を持っている者は・・・王族に籍を置く
決まりになっているの。
一応実の両親の了解を得てから・・・という決まりの上で、らしいけど。
あたしの場合は元々戦災孤児だったらしくて、身寄りがいなかったから・・・。
生まれたばかりのあたしは検査を受けて、神子の資質を持っていたからそのまま
王族の者として育てられたわ。
お父様は国王だから・・・、家族らしいことをした思い出とか・・・そういった
記憶はないけど。
アシュレイお兄様との思い出は、たくさんある。
あたしのことを実の妹のように・・・、優しく接してくれた・・・。
でもね、すぐにまた戦争が激化して・・・お兄様も今のリュート達と同じ位の
年齢で戦場に駆り出されたの・・・。
戦争は国王命令・・・、お兄様を戦場に駆り出したのもお父様の命令だったから。
だからあたし、お父様のことを・・・あまり好きになれなかった。
優しい時もあったけど、いつも険しい顔で・・・ひどい命令を平気な顔で・・・。」
「ザナハ・・・、今はそういうの思い出すの・・・やめよ!?」
元気だったザナハの顔に再び陰りが見え、リュートは続きを遮った。
歩み寄って、そっと肩に触れる。
「ありがと・・・。」
「夜は冷えるから・・・、中に入った方がいいよ。」
リュートがそう声をかけると、ザナハは黙って従い・・・二人はベランダの
窓を閉めて中へ入った。
「ところでリュート、あたしに何か用事があったんじゃないの!?」
「えっ!? ・・・あぁ、うん。
大した用事じゃないんだけど・・・。」
ザナハがもっと落ち込んでいると思っていたリュートは、今の様子を見て慰めが
必要ないことを悟り・・・言葉に詰まった。
「その・・・、青い鳥がザナハを慰めてくれてたみたいだし・・・。」
ザナハから視線を逸らしながら、リュートは左手で自分の首をさすった。
「もしかして・・・、あたしが落ち込んでると思って慰めに来てくれたの!?」
「ま・・・まぁ、でも元気みたいだし・・・よかったよ。
それだけ・・・だから、僕・・・もう行くね。」
すっかり居心地悪く感じたリュートは、そそくさと部屋を出て行こうとした。
しかし、それをザナハが止める。
「待って・・・っ!
リュートにお願いしたいことがあるの、だから少しだけ待っててくれない!?」
必死に呼び止めるザナハの態度に、悪い気がしなかったリュートは少し迷い
ながらも・・・とりあえず待つことにした。
ザナハは慌てて机に向き合って、何やら手紙を書いている様子だった。
およそ5分位で書き終え、封をした手紙をリュートに差し出す。
ザナハの行動の意味がわからないリュートは、黙ってその手紙を受け取り・・・
首を傾げた。
「えっと・・・、これは?」
「三国同盟が成立したらリュート、アビスグランドへ精霊との契約をしに
行くんでしょ!?
だからその手紙をルイドに渡してほしいの、・・・お願いっ!
こんなこと頼めるの、リュートしかいないから。」
余計に混乱する、・・・どういう意味だろう!?
リュートが精霊との契約の為にアビスグランドへ行くのは事実だ、しかし・・・。
だからと言って、どうしてリュートがこの手紙をルイドに渡すことになるのか。
その意味がわからない。
眉根を寄せて困った表情を見せるリュートに、ザナハはようやく丁寧に説明した。
「あ・・・、ごめん。
突然過ぎて困らせちゃったかしら・・・。
まぁ・・・話す相手がリュートだから、隠す必要もないわよね。
いい!? 今から話すことは誰にも言っちゃダメだからね!?
オルフェやミラは当然、あのアギトなんかに言ったら・・・どうなるかわかる!?」
そう脅しをかけるようにザナハは、マナをたっぷり込めた拳をリュートに
突き付けた。
その破壊力をよく理解しているリュートは、たじろぎながらも大きく頷く。
リュートの従順な態度にザナハは安心したように、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった・・・、あのね?
リュートは光の塔での出来事を知らないから仕方ないけど、実はあたし達・・・。
ルイドと密かに協定を結ぶことになったのよ。
あのサイロンの頼みで、三国同盟が無事に成立するように・・・お父様には
オルフェが・・・。
そしてベアトリーチェ女王には、ルイドが説得するようになったわけ。」
ザナハの説明に、リュートはますますわけがわからなくなる。
そのことならば今までの経緯から見ても、誰にだって容易に推測出来る内容だ。
今更・・・しかも改まって聞く程の内容でもないと、リュートは思う。
この話と、ルイド宛の手紙と・・・一体何の関係があるのか。
「でも今は協定を結んだことによって、・・・もう隠す必要がなくなったから。
最初はお父様への裏切り行為になりかねないから・・・造反っていう名目上、
お兄様は口外することを禁じてたの。
リュートは知らないままだったけど・・・、今なら話しても大丈夫。
実はね・・・、あの青い鳥の主の正体のことなんだけど。
あの時、光の塔で判明したの! ううん、確信したのよ!」
リュートの心臓が跳ね上がった。
まるでこの先の言葉を聞きたくないと、体が拒絶するように・・・。
嬉しそうに話すザナハ、まるで・・・恋する少女のようにキラキラと瞳を輝かせて。
とてもイヤな予感がする。
自分にとって特別だった青い鳥の正体なんか、聞きたくない。
聞きたくない! ・・・知りたくない!
「あたしのことをずっと励まし続けてくれた、あの優しい青い鳥の主はね。
・・・ルイドだったの。
あたしがずっと・・・、初めて会った時からずっと想いを寄せてたルイドだったの。」
ズキン・・・っ!
心臓を鷲掴みにして、えぐり取られたような激痛に襲われた。
胸が痛い・・・、ズキズキと痛みが走って・・・今にも悲鳴を上げそうになる。
ザナハの顔をマトモに見れない・・・。
だんだんと呼吸が荒くなって、どうにかなりそうだった。
「光の塔では結局、ゆっくり話をすることが出来なかった・・・。
次に会えるのは上位精霊と契約を交わして、道が開いてからになるわ。
あの青い鳥がどうして互いの世界を行き来出来ているのかわからないけど、
・・・あたしからのメッセージは届けられないみたいなの。
だからせめて手紙で・・・、あたしの言葉だけでも伝えられないかなって思って。」
嬉しそうに話すザナハ・・・。
何がそんなに嬉しいの・・・?
どうして、ルイドに手紙を渡すことが・・・そんなに嬉しいの!?
リュートの頭の中では、うまく考えがまとまらなかった。
ザナハの顔を見れないまま・・・、視線を落として床をじっと眺めたりベランダの
方に視線を移したりと、視線が定まらない。
胸の痛みを我慢しながら・・・、リュートは必死に平然を装う。
「なんで・・・、ルイドに手紙を・・・!?
三国同盟に関する内容だったら、大佐とか・・・サイロンさんに頼んで
伝えてもらった方が早いんじゃないかな・・・?」
リュートはしらばっくれて、笑顔を作ったつもりだった。
しかし今のリュートに笑顔を作る余裕なんて、どこにもない・・・。
今出来ることは、ただその場に立っているだけで・・・精一杯だった。
ザナハはもじもじと照れ臭そうに体をくねらせると、白状するように告白した。
「さっきも言ったけど、誰にも言ったらダメだからね!?
・・・あたしね、光の塔で・・・ルイドに、その・・・告白、したの。」
再び胸が痛む。
ズキンズキンと心臓が早鐘を打つ度に、リュートの心臓は無数の針で串刺しに
されるような激痛に襲われた。
言葉が出て来ない、もはや平然を保つことと・・・痛みに耐えることで手一杯だ。
「まぁ・・・、結局ルイドにはフラれたんだけど・・・。
でもあたしルイドのこと、・・・諦めることが出来ないから。
だから振り向いてもらえるまで、追いかけ続けようって決めたの。
この手紙は・・・、光の塔で言えなかったことを思い出せるだけたくさん
書いたつもり!
ルイドに認めてもらうまで、あたし・・・何度でも自分の気持ちを伝えるの。
それが・・・あたしの本当の気持ちだから、嘘偽りない素直な気持ちだから。」
今、目の前にいるのはリュートが知っているザナハとは違っていた。
リュートの知らない、ザナハ・・・。
他の誰かに恋をしている、少女の顔だった。
どうして、ルイドなの・・・!?
「あの・・・、ルイドって・・・いくつだっけ。」
どうしても否定的な材料が欲しかった。
なぜ否定したいのか、自分でもわからない・・・。
「え・・・!?
確か先の大戦の時に、17歳の闇の戦士がいるって聞いたことがあったから。
今は26か・・・27歳だったと、思うけど。
でも一体どうしてそんなこと聞くの!?
人を好きになるのに、年齢なんて関係ないと思うんだけど・・・。
もしかしてリュートは相手の年齢とか気にするタイプなわけ!?」
「だ・・・って、それじゃルイドとザナハって14歳も年が離れてることに
なるじゃないか・・・!?
僕だって年齢なんて関係ないとは思うけど・・・、でも27歳の大人が
13歳の子と付き合うなんて・・・考えられないし。」
必死になって・・・食い下がるつもりのないリュートに、ザナハは少し気分を
害したのか棘のある口調へと変わった。
「あら、レムグランドでは20歳も年齢が離れてる夫婦なんて珍しくもないわよ!?
なんか・・・リュートがそこまでこだわるなんて、思ってなかった。
・・・リュートならあたしのこと、応援してくれると思ってたのに。」
ザナハがむくれたように、拗ねた態度を見せた。
そんな態度を見て、リュートは明らかに胸の奥に不快感を感じる。
(・・・応援!?
応援って、僕が・・・ルイドとザナハのことを!?
どうしてそんな発想が出て来るのか、全然意味がわからないよ・・・!?
それになんでザナハの方が怒るのさ・・・、こんな話を聞かされて・・・挙げ句に
手紙の配達まで頼まれて、泣きたいのはこっちだってのに。
ザナハの方こそ、どうして僕の気持ちがわからないんだよ・・・!?
なんで僕の気持ちを理解しようとしてくれないんだよ!?
僕が困った態度をしてるのに、なんで気付かないの!?
否定的な態度を取ってる時点で、普通わかるはずだろ・・・!?
それとも・・・、僕の存在自体がザナハにとって、その程度だって言いたいの!?
ただの仲間!? 普通の友達!? それだけの存在だってこと!?)
この場にいることが、だんだんと苦痛に感じて来た。
しかし・・・心の中でいくらザナハのことを批判しても、責め立てても・・・。
それが口を突いて出て来ない。
怒りをぶちまける勇気がない、全て・・・かろうじて残っている理性が寸止めしている。
リュートは自分でも情けない位、無意識に笑顔を作っていた。
必死に笑顔を作って、感情を殺した・・・。
「ごめん・・・、ザナハ。
なんか唐突に告白とか、フラれたとか・・・そんな話に突入したもんだから
ビックリしちゃって。
別にこだわってるつもりじゃないんだ、ただ・・・驚いただけだよ。
だって相手はあのルイドだもん、驚かない方が不思議じゃないか!!」
いつものリュートの態度に、ザナハは不快な気持ちを払拭させた。
安堵した笑みをもらし、胸を撫で下ろすような仕草をすると少しだけ怒ってみせる。
「もう! ビックリさせないでよ・・・!
なんだかいつものリュートじゃないみたいで、どうしようかと思ったわ!?
でも・・・ごめん、あたしが悪いんだよね。
突然こんな話をすれば誰だって驚くわよね、・・・それは謝るわ。」
笑顔に戻るザナハに、リュートは素直に喜べなかった。
まるで笑顔を作る表面的な自分と・・・、心の中でザナハのことを責め立てる自分が
別人みたいに感じられる。
「えっと・・・、とにかく今度アビスグランドに行った時に、この手紙をルイドに
渡せばいいんだね!?」
いつもの明るい口調でそう言うと、リュートは左手を差し出して手紙を受け取る。
ザナハは何の警戒心もなく、手紙を手渡した。
「渡してくれるのね!? ありがとう、やっぱりリュートは優しいのね。」
(優しい・・・。
僕は優しいだけの存在・・・!?
それって、都合が良いだけじゃないの・・・!?)
心の中で憎まれ口を叩く、本当はそんな風に思いたくない。
しかし今は・・・心の痛みを和らげる方法が、これ位しか思いつかなかった。
自分で自己嫌悪しながらも、仕方ないと・・・自分を弁護する。
とにかく今はこの憎らしい手紙を受け取ってでも・・・、この場を早く出て行きたかった。
手紙を受け取っても、それを見ようともせず・・・リュートは部屋を出て行こうとする。
ザナハは「お休み」と一言だけ告げると、そのまま引き止めもせずに見送った。
違う・・・、引き止めてほしいわけじゃない。
今は早く出て行きたい、側にいるのが苦しいから・・・。
これ以上ザナハのあんな顔、見ていたくないから・・・!
ばたん・・・。
本当は力の限り、ドアが壊れる位・・・強く、憎しみを込めて閉めてやりたかった。
しかしまたしてもギリギリのところで、理性が寸止めさせる。
ザナハの部屋の前の、廊下で一人・・・立ち尽くす。
頭の中ではルイドに恋するザナハの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・。
それがずっと繰り返されていた。
左手には、ザナハがルイド宛に・・・想いを綴った手紙がある。
力一杯握って、ぐしゃぐしゃにしてやりたい・・・という衝動に駆られた。
(そうだ、僕がアビスグランドに行って・・・ザナハの手紙を本人に渡したか
どうかなんて、確認しようがないじゃないか。
このまま捨てたって、問題ない。
後で何かあったとしても、そんなの・・・僕の知ったことじゃないさ。
それはザナハが悪いんだ。
僕に頼んだザナハが悪い・・・、ルイドなんかを好きになったのが悪いんだ。)
憎しみが膨れ上がる。
後のことなんてどうでもいい、・・・そんな気持ちで一杯になる。
今のリュートはとにかく、このやるせないもどかしい気持ちをどうにかしたかった。
発散させる為には、この手紙をめちゃくちゃにしてやればいいだけ・・・。
それで全部スッキリするはず・・・。
この胸の痛みを和らげることが出来るし、ザナハの想いは届かなくなるし、ルイドが
知ることもない。
(そうだ・・・、僕にとって・・・いいことずくめじゃないか・・・!)
リュートは怒りに身を任せて、ザナハの想いが詰まった手紙を破り去ろうと・・・
手をかける。
(・・・・・・駄目だっ!)
破ろうと力を込めた手は、・・・手紙を傷付けることなく震えたままだった。
はぁはぁ・・・と息を荒らげて、両手に持った手紙を・・・初めて見つめる。
何て書いてあるのかわからないが・・・、ザナハが自分の気持ちを込めて書いた
手紙を、リュートは無残にも破り捨てようとした。
(僕・・・っ、最低だ・・・!)
ぽつ・・・っ。
手紙の文字に水滴が落ちて、・・・インクが滲む。
リュートはこれ以上手紙を傷付けないように、ズボンのポケットの中にしまうと・・・
両目から雫がたくさん溢れて来るのを感じた。
「ごめん・・・っ、ザナハ・・・っ! ・・・ごめん。」
小さく呟きながら、リュートは手紙の入ったポケットを片手で優しくさすりながら
誰にも見つからないように・・・部屋へ戻って行った。
自分がこんなにも最低だったことに、リュートは初めて気付かされた・・・。