第214話 「アシュレイ陛下からの手紙」
レムグランド、洋館にて。
個別の修行を終えたアギト達は、オルフェの指示通り・・・パーティーの連携を特に
意識した修行法に切り替えていた。
アギトとリュートが初めてパーティー戦闘をした時は、それはもうひどかった。
連携どころか息も動きもバラバラで、今までよく死ななかったなと感心する位である。
しかしあれから1年以上経過して戦闘技術や基本を理解してきているので、相手の動き
に合わせた行動が多少は出来るようになっていた。
オルフェ曰く、完璧とまではいかないようだが・・・それでも足を引っ張らない程度
には成長していたということで、そんなにイヤミが飛んで来ることもなかった。
アギトは相変わらず接近戦主体で、剣士としての技術も様になっている。
少し前までなら、剣どころか竹刀すら握ったことのないド素人であった・・・。
にも関わらずオルフェとの修行の成果・・・、というより武器に関してはひとえに
ジャックのお陰である。
リュートは基本的に遊撃タイプで、敵を翻弄してかく乱させる戦術が向いていた。
手先の器用さから様々な武器の使い方をジャックから教わり、大剣や斧といった
大柄で重量のある武器以外ならば、それなりに使いこなすことが出来ている。
秘奥義の内容に関してアギトにすら口を割らなかったリュートであったが、その修行の
成果はまさにリュートの身のこなしに現れていた。
以前とは雲泥の差がある程の機敏さ・・・、攻撃した時の正確性や命中率・・・。
そういった繊細で緻密な戦闘技術のみに関して言えば、リュートはもしかしたら
アギトよりも戦闘レベルが上かもしれない。
オルフェは口にこそ出さなかったが、リュートの成長を見て密かにそう確信していた。
「大佐、少しよろしいですか!?」
一人の兵士がオルフェに話しかけ、一通の手紙を渡す。
それを手に取り・・・刻印に目を通すと、やはりその手紙はレムグランド国王からだった。
オルフェは封を切り、文章を流し読みする。
驚くでもなく淡々と読み終えると、オルフェはアギト達に訓練の手を止めて集合する
ように声をかけた。
何事かと思い・・・アギト達は汗だくになった体をタオルで拭きながら、オルフェの
回りに集まる。
「何だよ・・・、せっかく調子が良かったのに・・・。」
アギトが不満そうに文句をたれる。
・・・が、当然オルフェはアギトの文句に付き合うはずもない。
「・・・どうかしたんですか!?」
リュートはオルフェの手元にある手紙に視線をやると、また首都から何かの報せが
届いたのかと思い・・・少しだけ不安に感じた。
ついこの間、サイロンと国王との間に会合が開かれると聞いたばかりなのに・・・。
しかもその会合は、ディアヴォロの眷族がサイロンの命を狙う為に仕組んだことかも
しれないと・・・そういった憶測が飛び交って大変だったことを思い出す。
「それ・・・、レムグランド国王が押す刻印・・・よね!?
またお父様から、何か良くない報せとかが来たの!?」
ザナハもリュートと同じことを思っていのか、不安げに聞く。
その問いにオルフェは少しだけ、・・・と言ってもオルフェの顔色を全く視線を
逸らさずに、じっと見続けていなければわからない程度の変化であったが・・・、
それ位少しだけオルフェは表情を曇らせていた。
「良くない・・・とも言えますし、朗報とも言えますが・・・。」
「勿体ぶった言い方だな・・・、いつもみたいにズバッと言えよ!」
冷たい水の入ったタンブラーを手に、アギトが毒づく。
「それじゃズバッと言わせてもらいます。
ガルシア国王が亡くなり、アシュレイ殿下が新たなレムグランド国王として
即位されました。」
「・・・・・・・・・・・・。」
シ~~~~~~~~~~ン・・・。
一瞬にして沈黙が流れた。
あまりにさらりと言われたので、頭の中で処理する時間が間に合わない。
聞き間違えた?
そんな風に思ってしまう位、全員オルフェの口から出て来た言葉に即座に
反応することが出来ずにいる。
一番早く反応したのは、ジャックであった。
「それは一体どういうことだ!?
ガルシア国王が、眷族に殺されたということなのか!?」
ジャックがそう繰り返すと、ザナハはようやく言葉の意味を理解したようで
強いショックを受けたのか・・・その場に座り込んでしまった。
「ザナハ・・・っ、大丈夫!?」
慌ててリュートが駆け寄るが、ザナハは小刻みに震えたまま・・・リュートの
呼びかけにすら反応出来ていない。
ジャックもそれを見て、この場で続きを聞くのは酷だと感じたのか・・・慌てて
話題を変えようともするが、それをザナハが遮った。
「あたしは・・・大丈夫、大丈夫だから・・・お願いオルフェ。
続きを聞かせて・・・。
お父様がどうしたって・・・!?
アシュレイお兄様が即位って・・・、一体首都で何が起こったって言うの!?」
全身に力が入らなくて立てない様子であったが、それでも真実を聞く覚悟は
出来ている・・・そんなザナハの眼差しを見てオルフェは手紙に書かれている
ことを包み隠さずに話して聞かせた。
「これは新たに国王となられたアシュレイ殿下・・・、いえ・・・。
アシュレイ陛下からの直筆の手紙です。
先日龍神族のサイロン・・・若君との会合が開かれ、三国同盟について詳しい
話をガルシア前国王と話し合っていたそうです。
しかしそこへ突如、不逞の輩が乱入し・・・その場にいた護衛の騎士数名と
ガルシア前国王を殺害・・・。
不逞の輩はそのまま忽然と姿を消した・・・と、手紙には書かれています。
その後、次期王位継承権を持っていたアシュレイ陛下が即位され・・・改めて
若君と三国同盟を結ぶことが、無事に出来たみたいですね。
7日後・・・、次はルイドの仲介でアビスグランドの女王ベアトリーチェを
招いてのサミットが開かれる・・・とあります。
そのサミットでベアトリーチェ女王の賛同を得た直後に、それぞれの神子は
光の精霊ルナ、そして闇の精霊シャドウとの契約を交わしに向かうように。
・・・これは陛下からの勅命です。
当然アビス側の上位精霊と契約を交わす時には、闇の戦士であるリュートは
再びアビスグランドへ行ってもらわなければいけません。
まぁ・・・若君の手を借りずにアビスグランドへ向かうのであれば、まずは
光の精霊ルナと先に契約を交わし、互いの国への行き来が出来るようにして
からの方が、色々と手間が省けるのですが・・・。
恐らく急務としていることなので、上位精霊と契約を交わすのは両国ほぼ同時に
行なうように命令が下るはず・・・。
やはりここは、使いの者がリュートを迎えに来ると考えておいた方がいいでしょう。
何かあった時の為に、ジャックから秘奥義を伝授されているんですから。
・・・とまぁ、この手紙に書かれている内容はこれ位です。
何か質問などはありますか!?」
一旦言葉を切ると、オルフェは一同を見渡した。
特に質問はなかったようだが、アギトが解せないという態度で口を開く。
「つーか・・・、その不逞の輩ってぶっちゃけディアヴォロの眷族のことだろ!?
なんでそんな回りくどい言い方で書かれてんだよ。」
「もしこの手紙が誤って他の者に読まれてしまった場合、ディアヴォロの存在を
世間に露呈するわけにはいかないでしょう。
そもそもディアヴォロに関する情報は、国家機密として極秘扱いされてますから。
レムグランドでもディアヴォロに関する情報を知っているのは、王族に連なる者。
そしてヴィオセラス研究機関の上層部のみ・・・ですからね。
当然軍人も騎士団も・・・最高位の者にしか、情報が行き渡っていないんですよ。
とんでもない兵器の存在を知れば、混乱や暴動が起きかねません。
綿密に情報操作、あるいは隠蔽するべきなんですよ・・・。」
オルフェがある程度説明するが、それでもアギトは腑に落ちない態度のままで軽く
相槌を打つだけであった。
そんな時・・・、ようやく落ち着きを取り戻したのか。
ザナハがいつの間にか自分の足で立ち上がり、少し青ざめた表情で尋ねて来た。
「オルフェ・・・、お父様は本当に・・・ディアヴォロの眷族に殺されたの!?」
疑わしそうな口調でザナハが問う。
その言葉の真意を理解したのか、オルフェの顔から笑みが消えるとちらりとミラの
方へ視線を走らせた。
「・・・わかりません、この手紙に詳しく書くわけにはいかなかったんでしょう。
ただ・・・『不逞の輩』とだけしか。」
「そう・・・、わからないなら・・・仕方ないわよ、ね。」
納得してはいないが、自分を無理矢理納得させるようにザナハはそれ以上何も
問わなかった。
リュートはしきりにザナハを心配していたが、オルフェの言葉も気になっている。
自分はまた・・・、一人でアビスグランドへ行かないといけない。
そう考えると少しだけ億劫になってくる。
以前は何度かアビスグランドへ連れて来られたりして、何となく慣れて来たような
感覚になっていたが・・・あれからまただいぶ時間が経って、その慣れがどこかへ
行ってしまったようだ。
(正直なところ・・・、すごくイヤだなぁ・・・。
向こうには気安く話せるような人がいないし、年の近い子って言ったらジョゼ位
しかいないし・・・。
なんてゆうか、みんな気難しそうで話しかけづらいんだよね・・・。
せめて一人位・・・、アギトやジャックさんみたいな明るい人がいてくれたら
問題ないんだけど・・・。
4軍団の中にそんなことを求められそうな該当者・・・、一人もいないよ。)
段々と重苦しくなってきたリュートは、無意識に溜め息を漏らしていたのか。
それをバッチリアギトに見られて、誤魔化し笑いをするが見透かされていた。
「なんだ・・・、やっぱ向こうに行くの・・・イヤなのか!?」
「イヤ・・・ってゆうか、・・・・・・イヤかな。」
何とか楽しいことを思い出そうとしたが、何も思い浮かばなかったので正直に
答えるリュート。
「でも仕方ないよ、どうせレムとアビスの架け橋になる為に何度かアビスには
行かなくちゃいけなかったんだから・・・。
状況で言えば今の方がずっと堂々とアビスに行けるようになってるんだし、
ワガママばかり言ってられないからね。」
アギトを裏切るような形でアビスに行く必要がなくなったと、せめてそう思う
ようにして、リュートは自分に納得させようとした。
納得と言うより、むしろ諦める・・・と言った方が正しいかもしれない。
リュートは何気なく答えたつもりであったが、ちらっとアギトの方に目をやると
不思議そうな顔でリュートのことを見つめていた。
怪訝に思ったリュートがどうしたのか聞こうとした時、アギトの方から先に
話しかけて来る。
「何度かアビスに・・・って、お前そんな予定してたのか!?」
「・・・え!?」
声がひっくり返る。
そういえば自分は今、何て言った!?
取り乱しそうになるのを必死で隠しながら、リュートはついさっき自分で言った
言葉を思い返す。
『どうせレムとアビスの架け橋になる為に、アビスには行かなくちゃいけな
かったんだから・・・。』
リュートは青ざめた。
自分がレムとアビスの架け橋になる為に、アギトに黙ってアビスへ行こうとして
いたこと・・・。
それをぽろりと、自分の口からバラしてしまっている!
「え~~っと、その・・・っ!
ほら・・・僕って一応闇の戦士だから、何度かアビスに拉致されるかも
しれないって話・・・前にしてたでしょ!?
そうなった時の為に、身を守る手段として秘奥義を伝授してもらうことに
なったじゃないか・・・。
でもこれからは拉致されるわけじゃなく、みんなの同意の元でアビスに行くことに
なるから・・・状況的に少しは安心かなって言いたかっただけでっ!!」
自分でも思い切り怪しい誤魔化し方だと思いながら、それでも説得力があるように
言い繕ったつもりだった。
こんな時だけ勘が鋭いアギトのこと・・・、変に勘ぐったりしないだろうか?
それだけが気がかりであった。
「ふ~ん、ま・・・確かに拉致られるよりか、ずっとマシだよな。」
あっさりと納得している。
リュートはつい、心の中で思ってしまった。
アギトがバカで・・・じゃなく! ・・・鈍くて、本当に良かった!!
心の中で一人ボケツッコミをしながら、そして空しくなりながら・・・。
リュートはほっと、胸を撫でおろした。
ともかく全員・・・とりあえずは事態を把握したようだったので、オルフェが
ひとまず「この場は解散」という形で締めくくった。
アギトとリュートは、二人してお腹が空いたので食堂へと向かう。
ザナハはドルチェの手を借りながら、私室へと戻って行った。
ジャックは今までずっと修行や訓練などで忙しかった為、妻であるミアと娘のメイサに
今まで家族サービス出来なかった分、思う存分サービスする為に家族の元へ急いだ。
訓練場にはオルフェとミラだけになり、オルフェが執務室へ向かおうとした時・・・
ミラが不意に呼び止めた。
「大佐・・・、先程のザナハ姫の言葉ではありませんが・・・。
やはりガルシア国王を討ったのは・・・。」
神妙な面持ちで、確認するように尋ねる。
オルフェは周囲に視線を走らせ、ミラの問いを咎めるような眼差しでじっと見据えた。
・・・それが、答えだった。
「・・・アシュレイ陛下は、大丈夫でしょうか。
気落ちなどされていなければいいんですが・・・。」
「大丈夫でしょう、陛下は気丈な方です。
これしきのことで落ち込むような繊細な面など、遠い過去にとっくに捨てて来た
はずですから。」
しれっとした態度で言い放つ。
今度はその言葉に対して、ミラの方が咎めるような眼差しで睨みつけた。
その冷たい視線に気付いてか・・・、オルフェはわざとらしく咳払いすると前言撤回
する。
「・・・ともかく、色々と大変なことに変わりありませんけどね。
しかしこれで国の方向性はある程度、陛下の思うように進めることが出来るはず
ですから・・・今は陛下の手腕に賭けるしかないでしょう。」
「大佐・・・、一度首都に戻って陛下の様子を窺った方がよろしいんじゃないですか?
国王としての激務もそうですが・・・、今の陛下は・・・精神面が非常に心配です。
色々と大佐の知恵を貸して差し上げるという意味でも、しばらくは陛下のお側に
ついてあげてください・・・。」
そう進言するミラに、オルフェは少しだけ自嘲気味に微笑みながら言葉を返した。
「そうして差し上げたいのは山々ですが、きっと陛下の方がイヤがりますよ。
お前の笑顔を見るだけで癇に障る・・・とか何とか言って、煙たがられます。
こう見えて私・・・、結構繊細なんですから。」
「かつては陛下の懐刀だったのでしょう!?
不逞の輩に関する情報を得る為にも、一度陛下に会って・・・励ましてあげて
ください!」
にべもなくミラが言い放ち、オルフェはますます後に引けなくなってしまった。
強い口調で責め立てられてはさすがのオルフェも、これ以上は抵抗する気力が殺がれて
しまうらしい。
半ば諦めたような笑いをこぼしながら、肩を竦めてミラの言葉に従うことにした。
「・・・わかりました。
やれやれ・・・、私はどこへ行っても厄介払いされてしまうみたいですね。」
「賛同していただき、ありがとうございます。
洋館のことは心配なさらないでください、我々できちんと守り抜きますから。」
敬礼の姿勢を取って、ミラが少しだけ笑みを見せる。
「頼みましたよ。
とりあえず私は、ベアトリーチェ女王との会談に参加させてもらうように陛下に
頼んでみます。
しばらく留守にしますから・・・、恐らくルナとの契約には参加出来そうに
ありません。」
「お任せください、私達だけで大丈夫ですから。」
そうハッキリ言われ、オルフェは少しだけ寂しく感じたのか・・・苦笑しながら
ミラと共に訓練場を後にした。