第212話 「永遠の誓い」
アギトやリュートが修行を終え洋館に戻って来た日、その日一日はオルフェからの
正式な許可の元・・・自由に過ごすことが出来た。
リュートは伸びきった髪をミラに切ってもらい、以前のようなさっぱりとした髪型へと
戻る。
それからは兵士達の仕事の邪魔をしたり、食堂で好きな食べ物をお腹一杯食べたり、
大浴場で泳いだり・・・好き放題に過ごした。
修行中は甘えや弱音などが一切許されず、気を張った毎日を過ごしていた・・・。
ようやくツライ修行から解放され・・・この日ばかりは年相応の子供らしく、大いに
笑い・・・楽しく過ごす。
およそ9ヵ月という空白の穴を埋める為に過ごした一日・・・。
しかしそんなことをしなくても、アギトとリュートは常に互いの存在を支えとし・・・、
修行の日々に耐えて来た。
離れていても・・・、通じ合えた。
口にせずとも、それだけは確かであったと・・・実感する。
夜空の星を洋館の屋根の上で見上げながら、二人は互いの友情を永遠に誓い合った。
「僕・・・、友達っていう存在がこんなにまで・・・自分にとって大きな支えになる
だなんて・・・、正直思ってなかった。
ずっと会ってなかったのに、修行がツラくて逃げ出したくなった時・・・。
決まってアギトの顔が浮かぶんだ。
いつもの憎まれ口を叩いて励ましてくれて、それで『もう少しだけ頑張ろう!』
『頑張ってみよう!』って踏ん張れる・・・。
アギトに出会う前の僕なら、きっと考えられないことだよ・・・。
それまでの僕は、他人のことが信じられなかった・・・。
僕みたいな青い髪をした人間なんかと、友達になってくれるような人なんて絶対
いやしない・・・って思ってたし。
何より、裏切られるのが怖かった・・・。
友達が出来たことなんてなかったから、想像でしかないんだけど・・・。
そんな想像の中ですらも、僕は『嫌われたらどうしよう』『裏切られたらどうしよう』
って・・・、そんなことばかり。
自分に価値を見つけられなかった僕が、他人から認めてもらえるはずなんか
ないんだって・・・。
どうせ友達が出来たとしても、時間が経てば忘れられていく・・・。
僕はその程度の人間でしかないんだって、信じて疑わなかったんだ・・・。
でも・・・、不思議とアギトだけは違った。
僕達ってさ・・・、出会ったのはもう1年以上前になるけど・・・。
一緒に過ごした日々って、数ヵ月でしかないんだよ!?
特にこっちの世界に来てからは、僕がアビスに拉致されたり・・・ジャックさんと
修行したりで、離れている日々の方がずっと長いんだ・・・。
それでも・・・、僕はアギトの存在を忘れたことなんてなかった・・・。
こんなこと面と向かって話すのは照れ臭いけどさ、・・・本当だよ。
ジャックさんから目一杯キツイ修行を強要されても、前向きに考えられる
ようになった・・・。
『もしかしたらアギトも、僕と同じように厳しい修行をしているのかもしれない』
『早くアギトに追いつきたい』
『負けたくない』って・・・。
アギトが初めての友達だけど・・・、あぁ・・・友達ってこういうことなんだなって。
そんな風に思えるようになったんだ。
だから僕・・・、本当はアギトにものすごく感謝してるんだよ!?
アギトに出会えて・・・本当によかった。
だから・・・、これからもずっとずっと・・・友達でいてほしいって・・・。
勿論・・・僕はいつも一緒にいるよ・・・、約束する。
離れていても・・・、いつも一緒だ! この9ヵ月の時みたいに・・・。
そしてさ・・・、全部二人で分かち合おうよ!
嬉しいことも楽しいことも、・・・ツライことも悲しみさえも。
それが僕の願いだ・・・。
僕のたったひとつの・・・、心からの願い・・・。」
リュートは夜空の星を・・・満天の星を見上げながら、自分の気持ちを吐露した。
本当なら恥ずかしくて、馬鹿にされると笑い飛ばされると思って・・・こんなこと
きっと言えなかっただろう。
それでもアギトになら、何でも話せる。
本当の気持ちも、どんなに照れ臭いことでも・・・。
アギトなら真っ直ぐに受け止めて、応えてくれるから。
彼なら自分を嫌ったりしない。
決して裏切ったりしない。
その自信があった、アギトになら何でも話せる・・・心から通じ合った友達だと
リュートは心の底から信じていたから。
生まれて初めて、本当の意味で信じることが出来る相手だから・・・。
アギトもリュートと同じように、まぶしく輝く夜空をじっと見上げている。
とても静かで・・・、宇宙に漂っているような感覚になって来る。
「オレも・・・。
他の奴らは信じられなくても、お前のことなら・・・信じられる。
だってさ、そんな風に正直に自分の気持ち言ってくれる奴・・・他にいないぜ?
それだけオレのことを信じてくれてるってことだろ!?
お礼言いたいのは、・・・オレの方だ。
お前がオレを・・・闇の中から救い出してくれた。
オレは一人じゃなかったんだって・・・、やっと迎えに来てくれたんだって。
ずっと待ってた・・・、暗い闇の中で・・・ずっと待ち続けた。
お前がオレに光をくれたんだ、・・・大事なもんを教えてくれた。
うまく言えねぇけど、オレ・・・お前に会う為に生まれて来たのかもしれない。
それまでずっと・・・自分は何で生まれて来たんだろうって、ずっと恨んでた。
親から愛されず、回りからも拒絶されて・・・何もなかった、空っぽだった。
ずっと一人で・・・孤独が当たり前で、自分は何でここにいるんだろうって。
そんな風にずっと考えてた・・・。
誰からも必要とされないんなら、生きてても仕方ねぇじゃんって思ってた。
それでも・・・、死ぬのだけは怖かったんだ・・・。
だから空っぽのままで・・・、ただ生きてただけだった。
今は違う・・・、生きてるのがこんなに楽しいだなんて思ってなかったからな。
それに大事なもんもたくさん出来た、オレは・・・それを守りたいって思う
ようにもなったんだ。
今のオレは誰かから必要とされる存在になれた・・・。
この世界に来てから、自分の価値に気付いた。
何が大切か・・・何が守るべきものなのか、それがハッキリとわかったんだ。
でもそれはさ、全部お前がいるから出来ることなんだぜ!?
オレ一人じゃ何も出来なかった・・・。」
「アギト・・・。」
リュートは潤んだ瞳を拭って、笑顔を作った。
それがアギトの願いだったから・・・。
『一緒にずっと、笑い合って過ごしたい』、アギトが初めて言った本当の気持ち。
それに応えたい、リュートも同じだったから。
アギトには笑顔でいてほしい・・・、悲しませたりなんかしたくない。
「僕達、・・・親友だね。」
「あぁ・・・、これ以上の親友いねぇぜ!」
そう言って、二人は屋根の上に寝転がったまま拳と拳をしっかりと打ちつける。
二人は声を上げて笑った、今になって恥ずかしさが増して・・・誤魔化すように
大声で笑い合う。
翌日、オルフェは全員を会議室に呼び出した。
サイロンが指定した残りの期間を全て・・・、パーティーの連携を完璧にする為の
修行に費やすように指示する。
「アギトとリュート、二人の戦力は当初とは比べ物にならない位になりました。
私はそう確信しています、当然現状を維持する為の基礎訓練を欠かすことは
出来ませんが・・・今後は連携を第一とした修行法に専念する必要があると
思っています。
これから先は更に過酷な戦いになるでしょうから、一人が足並みを乱せば
それはパーティー全員の死を意味することになりますからね。
世界に動きがあるまで、実戦による訓練を続けて行きます。」
オルフェが一旦言葉を区切った隙を見て、アギトは右手を高々と上げていた。
それを見たオルフェはアギトを指し、意見することを許可する。
まるで授業中に先生に質問するみたいに、アギトは椅子から立ち上がって
質問した。
「あのさ、今の世界の動きって『三国同盟』を目指してるんだろ?
オルフェ達の話から、例え反対する国が出て来たとしても・・・結局のところ
強制的に賛同させて・・・最終的に和解させんのが目的なんじゃねぇの!?
だったらもうレムとアビスの間に戦争が起こらねぇってことだから、こうやって
戦力上げる必要性はどこにあるんだよ?」
アギトが質問を言い終えた途端、オルフェの冷たい眼差しが襲う。
たじろぎながら、それでもアギトは答えを求めた。
「君の脳みそはスライム並ですか?
確かに三国が和解すれば、争う必要性はなくなりますが・・・私達の敵は
アビスだけではなかったでしょう。
本来の世界の敵、ディアヴォロが残っています。
これが世界に存在している限り、争いの種がなくなることはありません。
最も・・・ディアヴォロがなかったとしても、人間同士の間に争いが完全に
なくなるなんてこと・・・私はないと思っていますがね。
三国同盟が成立した後には、ディアヴォロを完全破棄するという大仕事が
残っています。
ルイドの話によれば、ディアヴォロの封印はだいぶ弱っているらしいですからね。
ディアヴォロが復活するのは、まさに時間の問題でしょう。
若君の指定した日程通りなら・・・恐らく3ヵ月後には、ディアヴォロ破棄の
作戦が決行されます。
その為には双つ星の戦士の力と、アンフィニの力は必要不可欠。
失敗は許されませんから、こうして準備を怠るわけにはいかないんですよ。
・・・わかりましたか?」
冷たい眼差しの割に、案外丁寧に説明してくれたオルフェ。
とりあえず納得したアギトは大人しく椅子に座り直し、本題に戻った。
「三国同盟を結ばせない為に、眷族が何か仕掛けて来る可能性も否定出来ません。
最終決戦が必ずしも3ヶ月後だとは限らないので、常に気を張っておくように。
作戦が前倒しされることなんて、ザラにありますからね。
・・・他に質問がなければ会議はこれで終わります。」
オルフェがそれだけ言うと、全員質問はなかったのか・・・それぞれ静かに
席を立って早速パーティー訓練をする為に訓練場へと向かおうとした。
すると突然、グスタフが珍しく慌てた様子で会議室に飛び込んで来る。
「し・・・っ、失礼します!」
「何事です・・・ん? ・・・これは!?」
ノックもなしに飛び込んで来たグスタフを一喝しようとミラが進み出た時、
グスタフが手に持っていた書状に目をやり・・・、途端に顔色が変わった。
「ついさっき首都から書状が届きました!
これ・・・、レムグランドの刻印なんですよ・・・!
国王陛下からの親書が・・・、大佐宛にです!」
よっぽど急いで来たのか、グスタフは息を切らしながら書状をオルフェに手渡す。
オルフェは書状の刻印の印を見て・・・それが確かにレムグランド国王が押す正式な
刻印であることを確認した。
すぐさま書状の内容を確認する為に封を破り、目を通す。
アギト達は手紙の内容が一体どんなものなのか、オルフェの顔色から窺おうとしたが
全く顔色が変わらないので・・・手紙の内容を想像することすら出来なかった。
一通り読み終えると、オルフェは全くのポーカーフェイスのまま話し出す。
「皆さん、朗報です。
ガルシア国王が三国同盟に賛同されたようですよ。」
「・・・・・・はぁっ!?」
「これは間違いなく、ガルシア国王の筆跡です。
陛下はすでに若君と連絡を取り合って、近々会合を開く予定だと書かれています。
その会合の後にアビスとも連絡を取って・・・、三国による本格的な会合が
開かれるようですね。
しかもこの親書が普通に届けられたということは、今頃首都の方ではすでに
若君との会合が行なわれている可能性が高いです。」
全員が、怪訝な顔でそれぞれを見回した。
動揺の方が先だったのか、しばしの沈黙の後・・・ようやくミラが口を開く。
「大佐・・・、これは国王陛下のご意志でしょうか!?」
そう・・・、この場にいる誰もが真っ先に思うことであった。
ここにいる全員、ガルシア国王が眷族の言いなりになっていると信じて疑わない。
これまでの横暴な振る舞い、残酷な決断、どれを取っても国王にあるまじき行為
であったのだから仕方がなかった。
本来ならば平和的手段として三国同盟に賛同することは、喜ばしいことのはず。
しかしアギト達が見て来た、あの国王からは想像し難い決断だった。
『レムグランドこそ至高の存在』とハッキリ口にしていた、あの傲慢な国王が
アビスとの和解に応じるはずがない。
もしかしたら、眷族から何か入れ知恵された可能性があるかもしれないと。
ミラはそう捉え・・・、ガルシア国王の意志で決断したことなのかどうか。
それをオルフェに問うたのだ。
「陛下のご意志ならば、これ程喜ばしい決断はないと思うのですがね。
以前首都でアシュレイ殿下とも話していたことなんですが、今のガルシア国王は
何かを決断出来るような状態ではなかった・・・。
まるで抜け殻のように、覇気どころか・・・意志も何も感じられませんでした。
もしかしたら・・・、アシュレイ殿下にすら悟られることなく眷族と密談し・・・
何か企みがあって三国同盟に応じた・・・。
こう考えれば、つじつまは合いますが・・・本当の所はどうでしょうか。
今ここで論じていても、憶測の域を出ません。
いや・・・、もしかしたら・・・!?」
何か思い当たる節があったのか、オルフェの顔色が少しだけ変わった。
「・・・三国同盟を交わす手続きをする為に、一度若君と会合を開くと・・・
これには書かれています。
もし私が眷族ならば・・・、邪魔になる者は全て1ヶ所に集めて一気に
片付けようと考えます・・・。」
「それじゃ・・・っ、この会合の本当の狙いは・・・若君のお命ですか!?」
ミラが急き込むように声を荒らげた。
オルフェの言葉の意味を察したアギト達も顔色が変わり、動揺する。
「それってめちゃくちゃヤベーじゃんかっ!!
オレ、前にサイロンに言われたけど・・・ディアヴォロの眷族に対抗出来る
のって・・・戦士とか神子とか。
精霊の力を行使出来る人間でしか、太刀打ち出来ねぇんだろっ!?」
「もし何も知らないサイロンさんが会合に応じたら、間違いなくそこを
狙われてしまう・・・っ!」
リュートも焦りを感じ、どうしたらいいのかわからずにいた。
動揺に満ちた室内で・・・ただ一人、冷静さを失わずにいたオルフェが口を開く。
「まぁ皆さん、少し落ち着いてください。
仮にこれが眷族の暗殺計画だったとして・・・、若君がそれを読んでいないと
思いますか?」
「思う・・・っ! あの馬鹿君を間近で見て来た一人の人間としてっ!」
アギトは力一杯に豪語した。
しかしそれはオルフェの話の腰を折るだけだったので、頭をしばかれてしまう。
「眷族の尻尾を掴む為にこの計画を持ち出した時点で、これ位は想定済みですよ。
まさに若君の思惑通りと言ってもいいんじゃないですか!?
まんまと罠にかかってくれたんですからね、こっちから探す手間が省けたような
ものですよ。
しかし・・・いくら若君を信じると言っても、確かに不安がないと言えば嘘に
なりますが。
この親書が届けられた時期を見ても・・・、今から私達が総出で首都へ
出向いたところで・・・すでに手遅れでしょう。
不安な気持ちもわかりますが、ここは結果を待つしかありません。
もし何事もなければ、若君から何かしらの連絡があるはずです。
それに賭けるしかありませんね。」
お手上げ・・・という仕草をしながら、オルフェはそう締めくくった。
確かにここから首都まで片道4日・・・。
どう急いでも間に合うはずがない、オルフェが言うことは全て正しかった。
アギト達は互いに不安な気持ちを拭うように、回りの者達の顔色を見て・・・
何とか納得させようとする。
「とにかく・・・、僕達は今出来ることをしようよ・・・。」
リュートがおもむろに口にした言葉・・・。
その場にいた全員が異論もなく、暗黙に従った。