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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド編 4
209/302

第207話 「アギトの修行~100人斬り~」

 レムグランドの洋館にて・・・。

オルフェが首都へ出発し、およそ二日経過した頃・・・。

洋館の中にある訓練場の中で、アギトは満身創痍まんしんそういになっていた。

そんなアギトを取り囲むように100人もの兵士が、それぞれ自由にしている。

ぴくぴくと虫の息状態になっているアギトを心配している者、次なる戦闘に備えて

武器を手入れする者、完全にオフ状態になってダベッている者など・・・。

一応『アギトを心配する者』の中に分類されているチェスがニヤニヤと笑いながら、

からかうように声をかけてきた。


「オレ達を甘く見過ぎだ、お前わ!

 いつも影となって支えて来たオレ達軍人を、ただの脇役と思ってるから

 こういうことになるんだぜ?

 ちったぁオレ達の存在を認めるべきだな!」


「ンなこと思ってねぇよ!! つか、反則じゃね!?

 ただでさえ100人相手にするってだけで多勢に無勢な戦力差なのに、何っ!?

 遠距離から魔法とかならファンタジーらしくて逆に納得いくけど、銃は反則じゃね!?

 何しっかりと距離を取りながら確実に狙撃してんのっ!!

 こっち人間! 銃弾当たったら死ぬっつーーのっ!!」


 チェスのチャラい態度に腹が立ったアギトは、上半身だけ起こしながら反論した。

しかしそれでもチェスの『してやったり』な態度は変わらず、ただの負け惜しみと

捉えられている。

しくしくと悔しがりながら、アギトはフロアの床に顔を押し付けるようにして

・・・微かに震えていた。

その横からグスタフの落ち着き払った声が聞こえて来る。


「大佐から教わっただろ?

 物理攻撃のダメージを軽減させる為に、常に全身にマナを纏わせるって・・・。

 マナコントロールがより完璧になれば・・・、銃弾すら跳ね返す程の防御面が

 確保出来るようになるんだよ。」


「んなこと言ったって~・・・、オレ鎧とか着てないもん。

 こんなラフな格好で剣とか槍相手に渡り合ってるんだから、その辺も少しは

 考慮してくれたっていいじゃんか・・・。」


顔を上げず・・・、完全に拗ねてしまったようでチェスとグスタフは顔を見合わせた。


「あのなぁ、オレ達も騎士みたいに甲冑を着込んでるわけじゃないだろ?

 確かに装備面で防御力を強化するっていう方法の方がラクだが、それじゃ同時に

 スピードまで落ちちまう。

 戦闘に速度はかなり重要だからな、・・・だからオレ達軍人はお前と条件を

 一緒にしてるんだ。」


グスタフがわかりやすく説明してやる。


「それにこれはあくまで、訓練としての100人斬りだ。

 装備面の条件がお前と一緒だなんて・・・、ものすごく甘い設定だぜ!?

 これが実戦になってみろ。

 相手はそれなりの準備をしている装備、そして武器だってオレ達とは比べ物に

 ならない位・・・上質なものを持ってる可能性だってある。

 銃が反則だ? バカ言ってんじゃねぇぞ?

 魔法科学が進歩した今の時代、銃や大砲なんて当たり前!

 戦場で敵さんが、こっちに気を使ってくれると思うなよ?

 向こうはこっちを倒す気満々、殺す気満々で挑んで来るんだ。

 大佐の命令でオレ達がこうして実戦に近い形でお前の訓練相手になってやってんのも

 お前のことを思ってのことだって、それ忘れんじゃねぇぞ。

 多勢に無勢の環境・・・、様々な武器を持った相手と戦う術。

 『死なない』という保険がかけられている中で、戦闘技術を養っていくんだ。

 お前は非常~~~に、恵まれた環境の中で育成されてんだぞ。

 だからもっと喜べよな!」


「・・・・・・。」


 返事がない、ただの屍のようだ。

チェスとグスタフが深く溜め息をつくと、全員に小休憩を告げる。

その時、訓練の様子がどうなっているのか様子を見に来たザナハが現れてチェス達は

ナイスタイミングとばかりに歓迎した。


「あ~あ、やっぱり今日もこうなってるわけね?」


 当然の結果、わかりきった状態・・・という口調でザナハが含み笑いを浮かべながら

近付いて来る。


「待ってました、ザナハ姫!

 もうこいつ本っ当にヘタレでさ・・・、ここは一発!

 蘇生魔法でもかけてやってくださいよ!」


 チェスが調子の良い声を出しながら、ザナハに頼み込む。

これもわかりきっていたことなのか、チェスの頼みにザナハは無言で応え・・・

アギトの横に座る。


「・・・で? 今日は何人斬りまで行ったの?」


「・・・・・・8人。」


「はぁっ!? だって昨日はたったの3人斬りだったじゃない!!

 オルフェが首都へ出発して、もう2日も経ったのよ!?

 馬車を急がせても首都まで片道4日、向こうでの用事がどれ位かかるか知らないけど

 移動だけで約8日!

 それまでに100人斬りなんて、達成出来るはずないじゃない!」


 ザナハの呆れた怒りが爆発。

その怒りの矛先は当然アギトの方へと向けられて、ザナハは無意識にトドメを

差していた。


「だからオレ達もちょっと焦ってんですよね~。

 一応大佐の代わりにアギトの修行相手になってるってことですから、このまま

 アギトが成長してくんないと・・・オレ達までその責任を問われるんすよ。」


チェスが泣きそうな顔になる。


「ま、それも大佐の計算の内だとは思うけどな。

 アギトがオレ達相手に30分以内で全員片付ける・・・なんて、短期間で

 達成出来るとは思えないし。

 しかも達成させなきゃ、『空白の1年間』の間に取ろうと思っていた有給を

 許可してもらえないっていうリスクまで背負わされてますし・・・。」


 グスタフが『100斬り』に隠された裏事情を暴露した。

それを聞いていた他の兵士達も、チェスのように急に暗い表情になる。

全員涙を必死で堪えながら・・・オルフェのパワハラを我慢している様子だった。


「こいつが100人斬り達成出来なきゃ、オルフェは秘奥義を教える手間が省けるし。

 アギトの修行に失敗したという責任を負わせる為に、兵士達の有給を却下して

 仕事を続けさせて、自分はラクが出来る・・・。

 何よ、全部オルフェの思惑通りになってるじゃない。」


 呆れた顔で肩を竦めると、ザナハはアギトに蘇生魔法をかけて無理矢理復活させた。

戦闘テロップの表示ではアギトのHPは満タンになっているのに、アギトは床に

伏せたまま・・・起き上がる気配がない。

つんつん・・・と、ザナハが汚ないものを触るように人差し指でアギトをつつく。


「ダメね、もはや精神的ショックの方が大き過ぎて立ち直れてないみたい。」


「はぁ~・・・、全く・・・このお坊ちゃんときたら・・・。」


 チェスが深い溜め息をついていると、訓練場の扉が突然勢いよく開き・・・見張りを

していた兵士が慌ててチェスに報告してきた。


「少尉、いましがた観測班から連絡が入り・・・全世界に開かれていた『道』が

 全て閉ざされたそうです!

 それに伴い、洋館の周辺を徘徊していた高レベルの魔物の姿もなくなりました!」


「わかった、それじゃ洋館周辺に配備している兵士に『プランA』に変更するよう

 伝えてくれ。」


「了解しました、では失礼いたします!」


 チェスがそう指示を出すと、その兵士は上官であるチェスに敬礼して・・・すぐさま

訓練場を後にした。


「・・・遂にサイロンの旦那が動き始めたな。」


グスタフが呟く。


「こりゃこっちもモタモタしてらんねぇ・・・ってか。」


 チェスがアギトの頭を軽く足で小突くと、いよいよおふざけなしの顔つきに変わる。

皆それぞれ真剣な面差しになると、武器を手にし・・・100人斬りの再開となった。


「そんじゃ姫様、オレ達これからちょいとスパルタ教育に突入するんで・・・。

 危ないから下がっていてください。

 オレ達、この100人斬りを成功させて見事有給を勝ち取りたいんでね。」


「・・・お前の場合、有給組全員連れ立って合コンするのが目的だろ。」


「・・・・・・え!?」


チェスの炎をグスタフが消し、ザナハは怪訝な眼差しで見据える。


「グスタフ! せっかく渋くキメてんのに、水差すんじゃねぇよっ!!

 姫様・・・違うんすよ、今のは!!」


 慌てふためくように弁解しようとするチェスだが、結局は下心あっての修行とわかり

ザナハは付き合いきれなくなった。


「も・・・、いいわ。 好きにすれば・・・?」


「ひ・・・、姫様ーーっ! 

 お願いっ! ミラ中尉にだけは今の、内緒にしててくんないっすかぁ~~っ!?」


 だがザナハからの返事はもらえず、訓練場の扉が乱暴に閉められる音だけが耳に残った。

必死の叫びが届かなかった悔しさを・・・、チェスはアギトにぶつける。

八つ当たりだ。


「おらーーっ、さっさと起きろこのツンツン頭っ!!

 もう我慢出来ん! こうなりゃヤケだ、お前が100人斬り達成するまでとことん 

 付き合ってやるからさっさとかかって来い!!」


 ブチ切れたチェスは、乱暴にも愛用の銃で威嚇射撃を放った!

銃弾は見事アギトすれすれの床に命中し、それに驚いたアギトが飛び上がるように

起き上がった。


「な・・・っ、危ねぇだろうがっ!! 当たったらどうすんだよこの拳銃マニアっ!」


「やかましいわ! ほら、さっさと武器を構える! 

 いいか!? 今日は本気のオレ達を相手に30人までは達成してもらうからな!

 手抜きをしたところで、あの陰険な大佐のことだ・・・すぐにバレる!

 まずは大佐が首都に到着するまでに、100人斬りを達成しろ!

 それから大佐が首都から戻るまでの期間に、30分以内を達成するんだ!

 大丈夫・・・、お前ならやれるさ・・・。 

 な? そうだろ!? はは・・・ふはははは・・・っ!」


「チェス・・・、目が据わってる・・・。」


 完全に壊れたチェスに為す術もないアギトが、グスタフの方に視線を移して

助けを求める・・・。

しかし、もはや誰にも・・・どうにも出来ないようだ。

さじを投げるような仕草をして、グスタフは静かに首を振るだけである。


「ほっほっほっ・・・、そう熱くなり過ぎてはいかんぞえ・・・。」


「・・・ん?」


 どこからか、老人の声がした。

突然・・・静かだがどこか通る声に、アギトがきょろきょろと回りを見回していると

兵士達がまるで道を作るように・・・海を割るモーゼの如く、一人の老人が姿を現した!

頭はすっかり先の大戦で刈り尽くされたのか、光り輝く太陽のような輝きを放ち・・・

丸い老眼鏡を鼻にかけ、真っ白い口髭が歩く度に右へ左へと揺れている。

チェス達と同じ軍服を着ているので、同じ軍人だとわかる・・・わかるのだが。


「・・・なんで100人斬りの場に、こんなよぼよぼのジジイがいるんだよ。」


ばきぃっ!


「いだぁっ!! あにすんだよっ!!」


 アギトの暴言に、チェスとグスタフが真顔で後頭部を殴り付けた。

痛む頭を両手で押さえながら、アギトは二人を睨みつけるが・・・。


「・・・へっ!?」


 回りを見回す。

すると、100人斬りで集まったオルフェの部下が全員・・・この老人に向かって

緊張気味に敬礼していたのだ。

よく見ると全員緊張感の他に、どこか恐れや畏怖がこもっていると言おうか。

とにかく全員、見事に冷や汗を大量に流していた。

老人はふらふらと今にもずっこけそうな足取りで、アギトの前までやって来る。


「ほうほう・・・、お前さんかね・・・光の戦士というのは。

 名は何と言うんじゃ?」


 老人は老眼鏡を指で押さえながら、目に近付けたり離したり・・・奇妙な動きを

しながらアギトを見据える。

しかしよぼよぼ過ぎて、両目が開いているのか閉じているのかアギトからはよく

わからなかった。


「・・・六郷りくごうアギト。」


 とりあえず素直に名乗ってみた。

チェス達の態度が尋常ではなかったので、もしかしたらものすごく偉い地位の

人間かもしれないと思ったからだ。

見た目はヨボヨボのヨレヨレだが・・・。


「そ~かそ~か・・・、お前さんがアギオか。」


「アギトだっつの。」


 ちょっと口調が乱暴になった。

だが・・・どこかの馬鹿と同じでそういったツッコミはまるで聞こえていないのか、

老人は都合良く耳が遠いフリをしているような仕草で・・・アギトの訂正の言葉を

軽くスルーした。

その時、チェスが失礼を承知で老人に向かって用件を聞く。


「あの・・・、トルディス閣下!

 何か用件があるならば、訓練場の外に待機している兵士がおりますので・・・。

 そちらの方に行かれてはどうでしょうか。

 我々はグリム大佐の任務中でありまして・・・。」


(閣下!? 閣下っつーことは、やっぱ結構なお偉いさんじゃねぇか!

 ・・・待てよ? 何か名前の響きからしてオルフェよりも地位が上っぽいな。

 ここでこのジジイを味方につけりゃ、もしかしたらオルフェのこともいいように

 利用出来るんじゃね?)


 アギトが悪巧みを考えていると、トルディスと呼ばれた老人がしょぼしょぼした

喋り方で長身のチェスを見上げる。


「いやいや・・・、ワシも100人斬りの一員じゃ。

 ずっと訓練場のはじっこで、出番を待っておったのじゃが・・・なかなか

 回ってこんでのう。

 窓から差し込む日向が心地よくて、ついうとうとしてもうてな・・・。

 今目が覚めたところじゃ・・・。」


(なにぃーーーっ!? トルディス閣下も100人斬りメンバーーっ!?

 そういえば人数ちゃんと数えてなかった!

 大佐が指示した人間をここに集めただけだから、一人一人把握してなかったぁっ!)


がぁ~~んと、驚愕した表情になったチェスは・・・完全に青ざめている。


「あの・・・、それで閣下。 一体どうしたんです?」


とりあえずその場はグスタフが取り繕った。


「いやいや・・・、なんか空気が一瞬よどんだような気がしたからのう。

 何事かと思って来てみたんじゃ、そしたら・・・修行が何やら思うように運んで

 おらんようじゃからのう。

 ちょいとワシがアドバイスでもしてやろうかと思ってな、ほっほっほっ・・・。」


 そう言いながら、老人は完全に全体重とバランスを細い杖1本に身を任せ・・・

少し触れただけでも転倒しそうな危うい状態でフラフラしていた。

どう見てもただの足手まといにしか見えない老人に、全員困っている様子である。

すると老人はアギトの方に向き直り、目的が定まらないような手つきで右手を差し出す。


「アギオや・・・。」


「アギトな?」


 何となく握手を求められているような雰囲気を掴んだので、アギトは少しウザそうな

顔つきになりながら適当な感じで握手をしようと・・・自分の右手を差し出した。


「おわぁっっ!!」


 老人の手を握った途端、尋常ではない握力を感じた瞬間にアギトは宙を舞った。

まるで見えない強い力に引っ張られたように、一瞬にして目の前に天井が見えて・・・

それから気が付いたら背中から床に叩きつけられている。

ずだぁーん! と、大きな音と共に、アギトは何が起きたのかわからないまま・・・

呆然と天井を見つめていた。


「力とは流れ・・・、流れとは空気・・・。

 それを制してこそ・・・道は開かれるのじゃ・・・、わかるか?」


「え・・・? えぇ・・・っ!?」


老人がアギトの顔を覗きこむように、にっこりと微笑みながら見下ろしている。


「グリオが戻るまで・・・、ワシがお前をみてやろう。」


 老人・・・トルディスがそう言うと、アギトに手を貸し・・・立たせてやった。

その手はとてもさっきまでよれよれふらふらとした老人とは思えないような力強さが

あり・・・、さっきまでのあまりのギャップさにアギトは呆気に取られている。


(てか・・・、グリオって・・・誰っ!?)





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