第203話 「帰れない理由、そして解散」
「・・・・・・は?」
アギトが唖然とした顔で聞き返す。
「いや、じゃから・・・。
1年間各国への道を閉ざしておる間、お主等も異世界へ帰ることが出来んから
十分修行に励めと言うておるんじゃ。
1年間という区切りも、どのみち賛同する国が現れた時点で無効になるがのう。
しかしそれなりの期間を設けることが出来るんじゃから、レベルアップには
持ってこいじゃろうが。
いつディアヴォロの眷族と対峙するやもしれんし、お主等の戦力には期待
しておるぞ。」
サイロンが褒めちぎって何とか納得させようと、アギトの頭を撫で撫でしながら
言い聞かせるが・・・アギトはその手を振り払って、ひくひくと顔面を引きつらせ
ながらサイロンに詰め寄る。
「んなこたどうでもいいんだよ、帰れないってどういうことだって聞いてんだ。
オレもリュートも、基本的には向こうの生活がメインになってんだぞ!?
それを戦争だっつーからわざわざヴォルト使って小細工して・・・っ!
出来るだけ早く戦争を止める為に協力してやってるってのに・・・っ。
オレ達がリ=ヴァースに帰る分には、別にそっちに迷惑をかけるわけじゃないん
だからいいじゃねぇかっ!」
「そうは言っても・・・・、のう?
何度も言うがディアヴォロの眷族に太刀打ち出来るのは、基本的に精霊の力を行使
出来る者じゃと・・・古来よりそう定められておるのだぞ。
お主等がそのリ=ヴァースとやらへ戻っておる間に、眷族がなりふり構わず
刃向かってきたら・・・一体誰が太刀打ちするというのじゃ・・・。」
「ザナハがいるじゃん、そっちにだって神子とかがいるじゃん!
そん時は急いでこっちに戻るからさぁ!
大体1年間も向こうを放ったらかしにしたら、さすがにマンションの掃除が大変に
なるだろぉーーがぁぁーーーっっ!!」
「やれやれ、問題はそっちですか・・・。」
全然困っていない表情で困ったような仕草をするオルフェが、頭を抱えながら呟く。
オルフェはさておき、ミラもザナハも・・・。
元々アギトやリュートには無理してレムグランドに滞在してもらっている、という
引け目を感じていた。
二人の本来の私生活を犠牲にしてでも、レムグランドでの活動を主軸にさせている
という負い目が・・・。
サイロンの言うことももっともだが、それでも二人はアギト達に『自分達の本来の
人生を犠牲にしろ』・・・とは、とても言えなかった。
するとオルフェが何を思いついたのか・・・、静かにアギトの背後に回ると・・・
こそこそと耳打ちするように何かをアギトに囁いた。
最初は『何を言われても、言うことをきかない!』という態度を決め込んでいたが、
オルフェが何かを企んでいる表情になりながら、・・・説得でもしているのか。
ひそひそと話が進むにつれ、だんだんとアギトの表情が悪~~いことを考えている
ような表情へと変わって行く・・・。
話し終えて・・・、オルフェがにっこりとアギトに微笑むと・・・今までならその
嘘くさい微笑みを嫌っていたアギトが、オルフェに向かって微笑み返した!
「ま・・・、まぁ・・・確かにディアヴォロの脅威のことを考えたらリ=ヴァースに
帰るとかどうとか言ってらんねぇわな。
眷族に対抗するには戦士の力が必要だもん、女の子に戦わせるわけにいかねぇし?
ここはひとつ、若様の作戦に協力する為・・・1年間我慢するわ、うん!」
手の平を返したその態度に、全員が訝しげに二人を見つめた。
しかしオルフェはその視線すら気に留めず、何食わぬ顔で口笛なんか吹いている。
とりあえずアギトの了承を得て一安心したサイロンが、この場を締めくくろうとした。
「余はひとまずイフォン達が心配じゃから、一旦里に戻ることにする。
当然、各国への道を閉ざす為の行動を48時間後に起こさねばならぬから里の
追手に捕まらんように・・・あくまで隠密に、じゃがな。
お主等はそれぞれの国に戻り、出来るだけ同盟に賛同するように立ち回ってくれ。
特にルイド・・・、ベアトリーチェはなかなかに手強い相手じゃから頼むぞ。
ガルシア国王に至ってはアシュレイ、それに黒衣のレイ・・・この二人に任せて
おけば大丈夫じゃろうのう。
スピーチの時にも言うたが、賛同すると決まった時には『異界の鏡』で余に連絡
をしてくれ。
すぐさまそちらの方に駆け付け、同盟加入の手続きに入る。
それは同時に『ディアヴォロ対策委員会』の始まりでもあるからのう。
もし万が一1年経っても何の変化もなく、眷族から何も動きがないようなら・・・。
その時は強制的にサミットを開くぞ、そうなった時には・・・さすがに余も温厚に
話を進められる自信がないから覚悟しておくように! ・・・以上じゃ。」
「お疲れっした、若様!」
あからさまに嘘くさい敬い方で、サイロンに向かって敬礼をするアギト。
礼儀正しいアギトを見たことがないザナハ達は、きっとオルフェと何か裏取引でも
したんだと思い・・・侮蔑を込めたような眼差しで見つめていた。
一応ここでするべきことは全て済ませ、ルイドが先に祭壇の間を出て行こうと
歩き出した。
何も告げずに去って行く姿を見たザナハが一瞬後を追うように反応したが、ルイドの
背中を見ていると・・・まだすぐ近くにいるにも関わらず、まるでものすごく遠くに
いるような感覚になって・・・手を伸ばしても届かないような、そんな錯覚に陥った。
「とりあえずこれで4軍団とは、ひとまず戦わずに済みそうですね。」
オルフェがルイドの背中を目で追いながら、小さく呟いた。
それを聞き逃さなかったミラが、相槌を打つように答える。
「えぇ・・・、彼は恐ろしく強いですから・・・。」
(え、そうなのか!? 全然そんな風には見えねぇけどな・・・。)
すぐ隣にいたので二人の会話が丸聞こえだったアギトは、ルイドをじっと見つめて
首を傾げた。
長身で細い体・・・、思えばマトモに手合わせをしたことがなかったが・・・それでも
オルフェやジャックより強いようには見えない。
「・・・あ、れ?」
ルイドの去って行く姿を見て、アギトは不思議な感覚になった。
どこかで見たことがあるような・・・、そんなデジャヴのような感覚に。
眉をひそめながら見つめていると、ルイドの態度に異変が起こったことに気付く。
祭壇の間から出て行ってすぐに・・・、少し動揺したような態度になり・・・。
そして、何かを探すような仕草。
すぐさま険しい表情で振り向くと、ルイドが叫ぶ・・・。
「・・・フィアナの姿がどこにも見当たらない!」
「・・・!!」
全員が一斉にルイドの側に駆け寄って、同じように辺りを見回した。
アギト達が最上階に到着した時、フィアナは怪我を負っているようで・・・床に
倒れていたはず。
そしてルイドがフロアの端に寝かせていた・・・。
床に血の跡が残っているが、フィアナの姿はどこにもなかったのだ。
「サイロンの話を聞いていたかどうか知らないが、もしかしたらまだレムグランドの
どこかに潜んでいるかもしれない・・・。
このまま見つけられなかったら、フィアナだけレムグランドに残すことなる。
・・・気をつけることだな、ディオルフェイサ。
フィアナの目的はお前だ・・・。」
「・・・フィアナを見つけ出して連れ帰る気は、ゼロですか。」
迷惑そうな口調でオルフェが不満を漏らす。
しかしそんな悠長な問題ではないのは確かだ、フィアナといえばリュートを騙し
カトル達の家族を皆殺しにした張本人・・・。
野放しにしておけば、今度は何をするかわからない危険人物である。
「足取りが掴めない以上、時間切れになってオレまでレムグランドに置き去りに
されるわけにはいかないからな・・・。」
「なに無責任なこと言ってんだよ、仮にもお前の部下だろうが!
部下の面倒はちゃんと見ろよな!!」
「まぁまぁ・・・、とりあえずルイドはアビスグランドに戻っておれ。
仮にも敵の首領であるルイドが、このまま敵国に残るわけにもいかんじゃろう。
折りを見て余の方で捜索の手段を考えておくから、フィアナの件に関しては
それで良いな?」
「・・・まぁ、いいでしょう。
元々フィアナはレムグランド出身・・・。
本来なら、こちらで処理するのが筋ですからね・・・。」
少々不満そうだが、オルフェはそれで納得したようだった。
ひとまず話がまとまりルイドが去ろうとした時、吹き抜けの下方からグリフィンが
飛んで来てルイドの目の前に降り立つ。
「こいつ・・・、ここに来た時にお前とフィアナを乗せてたやつだよな!?」
アギトがそう呟きながらグリフィンに触ろうとしたが、威嚇されてすぐに手を
引っ込める。
「・・・どうやら帰りの保証だけは残しておいたみたいだな、フィアナのやつ。
それとも、『探すな』・・・という伝言のつもりか。
だが正直助かった、この高い塔をお前達とつるんで下りて行くつもりはなかった
からな・・・。」
「へっ、それはこっちのセリフだっつーの!」
ルイドの前ではどうにも素直になろうとしないアギトの態度に、ザナハがたしなめる。
「ちょっと! あたし達とルイドは協定を結んでいる間柄なのよ!?
その態度は三国同盟を否定する発言にも繋がるんだから・・・!
少しは言葉に気をつけなさいよ!」
「なんだよ、向こうが先に言ってきたことだろっ!?
何でオレだけ怒られなきゃなんねぇんだ、このクソゴリ・・・・・・っ!」
『クソゴリラ姫』・・・と、叫ぼうとしたのだろう。
ザナハの怒りの鉄拳3秒前の構えを目の当たりにし、すぐに口をつぐませるアギト。
両手で口を押さえて自重するアギトの態度に、ザナハは鉄拳による制裁を中断する。
そんな二人のやり取りを見て、ルイドが軽く微笑むと・・・ザナハは恥ずかしさの余り
顔を真っ赤にさせた。
だがルイドのほころんだ顔を見たのは、ほんの一瞬で・・・すぐさまいつもの陰りのある
顔に戻っていた。
そんなルイドの・・・、どこか『孤独』を思わせるような面差しがザナハの胸を痛める。
(ルイド・・・、どうしていつも・・・そんな寂しそうな瞳をしているの・・・!?
まるで自分は一人ぼっちだって、孤独なんだって・・・そう言ってるみたい。
ううん、少し・・・違う。
なんだか・・・、一人はイヤなのに・・・一人にならなきゃいけないような。
うまく言い表せられないけど、そんな感じがする。
あなたはもう、一人なんかじゃないのに・・・。
どうして今も孤独に満ちた顔をするの・・・?
あたしじゃ・・・、あなたをその孤独から解放することは出来ないの?
何の力にもなれないの・・・? ・・・ルイド。)
心の中で何度も訴えかけるが、ルイドに面と向かって訴える勇気がなかった。
ザナハはただ・・・、グリフィンの背に乗って去って行くルイドの背中を・・・
見送ることしか出来ずにいた・・・。
ルイドのことを、とても近くに感じることが出来た瞬間・・・。
そのひとときが・・・、その瞬間が・・・。
ルイドを想い・・・、話すチャンスがあったのは・・・これが最後なんだと・・・。
ザナハは後になって・・・、ずっと後になって後悔することになる。
ルイドが去り・・・、サイロンも龍神族の里に残っているイフォン達の安否を
確かめる為に、一足先に光の塔を出て行った。
48時間もの間どうやって追手から逃げ回り、なおかつそこら中に開かれた『道』を
どうやってまとめて閉ざすのか・・・アギト達には謎のままだ。
しかしその方法を聞いたところで、レイラインの流れを目で『見る』ことが出来ない
普通の人間では・・・考えた所で無駄なことである。
アギト達は再び捕獲した機械人形をヴォルトで操り、長い階段を延々下りて行った。
ザナハが振り向き・・・、だんだん見えなくなっていく最上階のフロアを後ろ髪
ひかれる思いで見つめている。
「せっかくここまで来たのに・・・、結局ルナとの契約を交わせないままか。
なんだか勿体ないわね。
ルナと契約を交わすことが出来れば、ディアヴォロの負の感情に冒された人達を
救うことだって・・・リヒターを治すことだって出来たはずなのに。
あたし・・・、カトルとの約束を破ることになっちゃった・・・。」
それだけが心残りであった・・・。
ディアヴォロの負の感情に冒され凶暴化した国民を救うことすら出来ない。
そんな無力な自分を、ザナハは心底悔しがっていたに違いない。
初めて出来た友達・・・カトルとの約束も違えることになり、自分達は一体何の為に
ここまで来たのか。
それがわからなくなってくる・・・。
誰も・・・何も言わない。
慰める言葉をかけなくとも、弁解しなくとも・・・。
なぜそうなったのか、誰もがその答えを知っていたから・・・。
そしてその事実をどう受け入れ、どう判断するかは・・・自分達で答えを出さなければ
いけないと・・・、知っていたから。
長い長い螺旋階段を駆け降りるその距離は・・・、まるでその答えを導き出す為に
与えられた道のりのようで・・・とても長く感じられた。