第200話 「今更明かされた真実」
ザナハの歌に反応した魔法陣が静かに輝きを放ち、サイロンのテンションが
どんどん上昇していく・・・。
そんな中・・・呆けていたアギトが目の前で淡々とこなされる作業に、違和感を
感じていた。
「なんか普通に着々と目的達成していってるとこワリーんだけど・・・。
ここって一応精霊の間なんだよな?
光の精霊ルナの自宅みたいなもんなんだろ?
そこに土足でずかずか不法侵入して、勝手に魔法陣起動させてさ・・・。
ルナが放置してること自体・・・なんか間違ってるような気がしないでも
ないんだけど・・・、こんなんで本当にいいのか!?」
素朴な疑問を投げかける。
このままやりたい放題やり続けて、それが原因でルナの怒りに触れでもしたら・・・と
考えたら試練がどうこう言ってる場合ではないと、アギトは心配になってきたのだ。
もしかしたら今すぐにでもルナが出現して、この作業自体をやめさせようとするの
かもしれない・・・。
そうなれば戦闘は避けられないだろう・・・、ゲームなら。
挙動不審になりながらアギトは、ちらちらと祭壇の方に視線を移す。
しかし一向に何かが出現するような気配はなく、実に静かなものであった。
「上位精霊に関しては、下位精霊3体をこの場に召喚しなければ出現しないように
なっています。
本来精霊というものは、そう簡単に人間の前に姿を現すような・・・そんな
安い存在ではありませんからね。
そういう『ルール』があるから、先に下位精霊との契約が必要になっているんですよ。
まぁ・・・私達が今している行動がルナに筒抜けである可能性は否定出来ませんが。
ともかく今は精霊契約よりも、若君の作戦の方を優先するべきでしょう。
国王陛下の回りに害虫がまとわりついているともなれば、このまま黙って見過ごす
わけにもいきませんから・・・。」
アギトの不安を払拭させる為か、オルフェが静かな口調でそう告げた。
オルフェの言葉ももっともだが・・・それなら本来の目的であった、ルナとの契約
自体は一体どうなるのだろう? と、新たな疑問が浮上してくる。
今までアギト達が精霊と契約を交わす旅をしていたのも、レムグランドの国王の命令が
あってこそ・・・であった。
『精霊と契約を交わし、マナ天秤を動かさなければ・・・。
レムグランド国民全員の命を奪う。』
全てはレムグランド国王の・・・、このたった一言によって全てが始まったのだ。
しかしそれも全てはディアヴォロの眷族が国王を操り、そう仕向けたというならば
話は大きく変わってくる。
今アギト達はその眷族をおびき出す為に、サイロン・・・そしてルイドと手を組んだ。
うまくいくのかどうかは、サイロンが一体どんな作戦を立てたのか?
全てはそれにかかっている。
「だけど・・・、あのサイロンの作戦だろ? 本当にうまくいくのかよ・・・。」
そんな疑わしい眼差しでアギトがそう呟く。
普段のサイロンは、都合の悪い台詞などは一切耳に届かないくせに・・・
そういった言葉だけはしっかりとサイロンの耳に届いていたようだ。
「なんじゃ・・・、余の巧妙な作戦が信じられんと申すか!?」
「巧妙かどうか知らねぇけど・・・、つーかどんな作戦か知らされてねぇのに
信じるもクソもあるかよ。
まずはその『なんたらゲート』と、『どれそれの鏡』を使って何を喋るつもり
なのか・・・それだけでも教えろよな。」
「シグナルゲート」
「・・・異界の鏡!」
今まで沈黙を保っていたドルチェと、人前で歌い終わって何とか少しは恥ずかしさを
乗り越えたであろうザナハが、口を揃えて訂正した。
話半分にしか聞いていなかったアギトは、少しだけ恥をかかされたような気分になる。
聞き慣れない言葉の連続、仕組みが全くわからない説明などを長々と聞かされれば
誰でもそうなってしまうのは無理もない。
「んで!? 一体ここでどんな演説をするつもりなんだよ。」
「それは秘密じゃ、余の爆弾発言をこんなところで話してしまっては面白くなかろ?
ここはひとつ余を信じてみよ。」
そう返されたアギトが怒鳴り散らそうとした時、意外にもその言葉に食ってかかった
のはザナハだった。
「よく言うわよ! あんたの作戦なんか信じられるわけがないでしょ!?
前にもあったドラゴン対決の時だって、殆ど反則だったじゃない。
何が八百長試合よ! お互い本当に死にかけてたでしょう!!」
びしっとサイロンを指さしながら、ザナハは『人前で歌わされた』という複雑な
モヤモヤをまだ引きずっていたのか・・・、どうにかこれで発散させようとしていた。
だがサイロンの顔は、心外! といった表情を浮かべており・・・反論する。
「何を言うか、あれは見事な八百長であったろう。」
「あんた記憶力ないわけ!?
アギトはボロボロ、あんたは窒息寸前で大変だったじゃないのよ!」
「あれは演出じゃと言うのに、わからん姫様じゃのう・・・。」
二人が喧々囂々と言い合いをする中、アギトは一人・・・固まっていた。
「・・・やお、ちょう!?
おまえらいったいなんのはなしをしてんだ・・・?」
棒読みで、魂が抜けかけたような・・・魚が死んだような眼差しになりながら
二人を問いただす。
その後方で、オルフェは片手で頭を押さえながら・・・肩を落としていた。
それもそのはず・・・。
以前レムグランドで大騒ぎになった事件・・・、ドラゴン対決。
まだアギトのレベルが1とか2だった、・・・そんな時代の話。
レムグランドの国王が持ちかけた余興として、レッドドラゴンとの対決を余儀なく
されたアギトは窮地に迫られていた。
しかもその対決にアギトが勝利しなければ、アギトの親友であり同時に闇の戦士で
あったリュートの公開処刑が決行されるという状況・・・。
事態を重く見たオルフェは、アギトに内緒で龍神族であるサイロンと取引をしたのだ。
しかし国王に悟られないように事を運ばなければいけない、ということもあり
アギトには何も知らされることはなかった。
今の今まで・・・。
そんなアギトの疑問には誰一人として答えることなく、ザナハとサイロンの不毛な
言い合いは続く・・・。
「確かにこやつが『消化まん』を使ってくるとは夢にも思わなんだが、あれはあれで
盛り上がるから・・・余はそれに乗ってやっただけなのじゃ!」
「嘘ばっかり! あんたあれを喉に詰まらせて窒息しかけてたじゃないのよ!」
「だからあれは演技じゃと言うとろうが!
余は確かに火炎系のドラゴンじゃが、冷気系のブレスも使えるわい。
しかしあそこで『消化まん』の威力を無効化させてしまったら、いよいよこやつに
勝ち目がなくなってしまうじゃろうが!?」
「つーことは、あれか・・・!?
真面目に真剣勝負を挑んでいたオレを、VIP席から観賞してたってことか・・・!?
『ぷぷっ、大怪我なんかしちゃって馬鹿じゃな~い?』って、嘲笑ってたのか!?
オレはまんまとお前等の余興に付き合わされたってことなのかっ!?」
絶妙なタイミングで、アギトが暗いオーラを纏いながらぶちまけた。
ハッ・・・と我に返ったザナハとサイロンが、ゆっくりと振り向く・・・。
わなわなと小刻みに震えるアギトの目には、狂気に満ちた炎がたぎっていた。
「そ・・・、そんなわけないじゃない!
あれは作戦だったのよ、仲間はみんなあんたのことを心配して見てたわ!?」
「そうじゃぞ!? あれはお主を騙す作戦ではなく、国王を謀る作戦なのじゃ!」
苦笑いを浮かべながら言い繕うが、アギトがあの『ドラゴン対決』に向けて
どれだけ真剣に・・・、どれだけ苦労して修行をしてきたのかと思うと・・・。
生半可な言い訳が通じるはずもなかった。
ちょうど中間に位置するオルフェは、仲裁に入ろうともせず・・・ただ傍観者を
決め込みながら事の成り行きを見守っている。
そんな時、またしても事を収めようとしたのは意外な人物であった。
アギトの肩をぽんっと叩き、落ち着いた口調でまとめる。
「それ位にしておけ、今はそんなことを論議している場合じゃないだろう。」
自分の肩に手を置く人物に・・・、アギトは屈辱を感じたような顔で見上げた。
「ルイド・・・っ! お前なんかに言われたくねぇんだよ・・・。
大体この件に関しちゃ、お前は全然関係ねぇじゃんか!」
まるで八つ当たりするように、ルイドに向かって怒りをぶつけるアギト・・・。
しかしルイドは、静かな雰囲気を保ったままだった。
「結果を思い出してみろ、お前にとってあの出来事はマイナスでしかなかったのか?
戦闘レベルは上がり・・・、少なからず仲間との絆も深まった。
お前にとって得られたものがたくさんあったはずだ。」
「・・・う。」
言葉に詰まるアギト。
アギトのその反応が答えなんだと、そう察したルイドはそのまま手を離し・・・
サイロンの元へと歩いて行った。
「では! 話が綺麗にまとまったところで、さっさと事を運びたいのですが
よろしいですか皆さん!?」
ぱん・・・とお茶目に両手を叩くと、オルフェが満面の笑みを浮かべて締めくくる。
その態度に苛立ちを感じながらも・・・確かにいい加減さっさと事を運ばなければ
いけないと察したアギトは、わき上がる怒りをぐっと抑えた。
「アンフィニの力でシグナルゲートの魔法陣が起動しましたが・・・。
この後は一体どうするのですか?」
ミラがサイロンに尋ねる。
現代の科学力では古代の遺産に関する知識を知る者は・・・、殆どいない。
ミラが機械工学の天才であることを知っているアギトであったが、ミラの言葉を
聞いて・・・姉ユリアからシグナルゲートに関する知識を何も聞いていないことを
悟った。
もしかしたら普通の機械とは、また何かが違うのかもしれない。
「うむ・・・、あとは言の葉を送る本人がこの魔法陣の中に立てば
いいだけなのじゃが・・・。」
サイロンの口調が曖昧になり、全員疑わしい眼差しで見据えた。
その時、恐らく初めてのコンタクトであろう・・・。
アギトの頭の中で声がした。
『マスターヨ、私ヲ召喚スルガイイ・・・。
シグナルゲートハ私ノ管轄ダ。』
「え・・・、ヴォルト!?」
アギトが突然変な声を出し、全員が注目する。
わけもわからずアギトは言われるがままヴォルトを召喚してみた。
丸く黒い物体に大きな目、稲妻型の模様・・・全身に電気を走らせた雷の精霊
ヴォルトが全員の前に姿を現し、宙を浮いたまま魔法陣の中央へと向かう。
『シグナルゲートノ制御ニハ、私ノ能力ガ必要不可欠ダ・・・。』
「おお、そうであったか。
ではヴォルトの力を借りるとしようかの。」
突然ヴォルトが召喚されても顔色ひとつ変えることなく、サイロンは至って
マイペースなまま魔法陣の中へと歩いて行く。
「ヴォルトよ、演説は3国に向けて伝達する手筈となっておる。
龍神族の里、レムグランド、そしてアビスグランドの首脳の元に異界の扉を
設置させておるから、余はそれらに向けてスピーチをしたいんじゃが可能かの?」
『媒介トナルアイテムガアルナラ、容易イ。
デハ・・・、早速始メルカ!?』
「頼む。」
サイロンは悠々とした態度で扇子を扇ぎながら、笑みを浮かべる。
彼が一体どんな作戦を立てているのか。
各国の王達に、一体何を伝えようとしているのか・・・。
不安がないと言えば嘘になる。
サイロン以外のここにいる全員が皆・・・、同じ気持ち・・・。
同じ不安を抱えていたのは言うまでもない。