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第199話 「シグナルゲート」

 レムグランドとアビスグランドが、一時的ではあるが手を組む・・・。

サイロンの乱入によって事態が思わぬ方向に向かったことで、アギトは少々不服そうな

顔つきで3人を一瞥していた。

ルイドは床に倒れているフィアナを抱き上げると、フロアの端に寝かせる。

ザナハが回復魔法をかけてやろうと駆け付けたが、フィアナの傷が治り・・・目覚めたら

何をするかわからないということで、そのまま放置するように指示された。

オルフェ、ミラ、サイロンが『例の装置』について論議しているところに、アギトは

割って入ると唇を尖らせながら話の腰を折る。


「何かトントン拍子に和平条約みたいなのが成立しちまってるけど・・・、こんな

 簡単なことならさ・・・今まで散々いがみ合ってたのがバカみたいじゃん。」


アギトの言葉に、サイロンは難しい顔になりながら天井を見上げた。


「う~~~ん、言う程簡単なことではないんだがのう。

 現に手を組むことになったのは、グリムとルイド・・・ここにいる者達だけじゃ。

 レムとアビス・・・、両国の王が承諾したわけではない。

 こやつらはあくまで精神面抜きで協力しているだけじゃから、実際に和平条約を

 結ぼうと思っても・・・両国の王が簡単に首を縦には振らんじゃろうて。

 それこそ今お主が言ったように、そんなあっさりと和平が結べるものなら今まで

 こんな苦労をすることもなかったわ。

 戦死者も出ず、世界の均衡も保たれたまま・・・安定した世の中だったかもしれん。

 ガルシア国王とベアトリーチェ女王・・・。

 困ったことに、二人とも互いを心底憎んでおるからのう。」


「レムグランドの国王となる者が学ぶ帝王学にも、『アビスこそ我が宿敵、一切の

 情を持つことなかれ』と教育される位ですからね・・・。

 アビスに対する憎悪は相当根強いものになっています。

 しかしそれでも・・・、両国とも世界の理の一線を越えるわけにはいきません。

 レムとアビス、両方が常に安定したマナ濃度を保たなければ世界を保つことが

 出来なくなってしまう・・・。

 私達は少しでも世界の均衡を保つ為に、尽力しなければいけませんからね。」


 サイロンとオルフェ、二人の話を聞いて・・・アギトは虚ろな眼差しになった。

ようするに国王同士がいがみ合うから、話がややこしくなっているだけではないかと

思うと・・・アギトはやるせなかった。

そしてそんな国王に振り回される自分達が、とても滑稽なピエロのように思えて来る。

まだ全てにおいて納得し切れていない表情をしていたアギトを見て、サイロンは

からかうように笑った。


「なんじゃ、余たちが手を組むのがそんなに不服かのう!?

 闇の戦士の小童なら万歳しながら喜んでおると思うが、やはり双つ星といっても

 思考は全く異なるものなのか!?」


「闇の・・・って、リュートのことか?

 まぁあいつだったら博愛主義の平和主義者だから、こういう展開は歓迎してるかもな。

 でもオレは別に手を組むのがイヤってわけじゃないぜ!?

 ただなんか・・・、なんで最初からこうしなかったのかなって思っただけでさ。

 あーーっ、もういいって! なんか考えるだけ無駄に思えて来た!

 ほら、さっさとその餌まき作戦とやらを始めようぜ!」


「君が口を挟んだせいなんですけどねぇ・・・。」


 ぼそりと真実を告げたオルフェだったが、アギトはそれを無視してサイロンを急かす。

とりあえずアギト、ザナハ、ドルチェは・・・、オルフェ達からの指示が出るまで横で

黙って話を聞くだけに徹した。

アギトに至っては、大人達が何を話しているのか内容がさっぱり理解出来ていない。


「若君の話では、この光の塔にある『シグナルゲート』を利用して各国の要人に向けて

 スピーチをしたい・・・ということなんですよね?」


ミラの言葉に、サイロンが返事をする間もなく・・・アギトが首を傾げて尋ねる。


「シグナルゲート?」


「さっき言った、『言の葉を遠方に向けて伝達する装置』のことですよ。」


ミラがすかさず説明する。


「とりあえず時間が惜しいからの、ちゃっちゃと準備をしようではないか。」


「・・・と言われましても、若君はシグナルゲートについて詳しくご存知なのですか?」


落ち着きのないサイロンが行動に移そうとした矢先、オルフェが興味津々な表情で聞く。


「なんじゃ、そういうお主は知らんのか!?

 まぁ良い・・・、準備をしながら説明してやるから早速手伝ってくれ。

 下準備は余の方でとっくにしておるからの、あとはここに搭載されているであろう

 シグナルゲートを起動させればいいだけじゃ。」


サイロンが扉の前に歩いて行くと、そこからザナハに向かって手招きする。


「シグナルゲートは、ルナの祭壇の間にある。

 龍神族の里に代々伝わる碑文には、そう記されておった。

 さぁザナハ姫よ、神子の力でこの扉を開けるがいい。」


 そう促され、ザナハはオルフェと・・・ミラに目線を送った。

二人共とりあえずはサイロンの言う通りに行動するよう、小さく頷く。

ごくん・・・と唾を飲み込みながら、ザナハは扉の前まで歩いて行き・・・目を瞠った。

それからちらりと、サイロンの方を振り向く。


「扉に触れてみよ、祭壇の間への扉は神子にしか反応せん。」


ザナハは恐る恐る扉の方に右手をかざし、指先がほんの少し触れた時・・・。

ゴト・・・っ!

扉が一瞬振動し・・・、それからゆっくりと鈍い音を立てながら開いて行く。

ゴゴゴゴゴゴッと扉が開いた先に、更に広いフロアが広がっていた。

中は清閑な雰囲気が漂っており、まるで全く別の空間に迷い込んだような錯覚を覚える。

フロアの回りはステンドグラスのような色とりどりのガラス窓で囲まれており、

そこから差し込む陽の光がフロア全体に幻想的な輝きを与えていた。

フロアの中央には、直径5メートル程の古い魔法陣が描かれており・・・その先には

イフリートやヴォルトの祭壇と、全く同じ物が設置されている。

そもそも当初の目的は・・・この祭壇の間に辿り着き、光の精霊ルナと契約を交わす為に。

試練を受ける為に、ここまで来たはずだった。

しかし今は全く違う目的でこのフロアに辿り着いている。

いくら国王の監視がないとはいえ、今では敵であるルイドと手を組んでこの場所に

立っているのだ。

全員が祭壇の間の美しさに目を奪われていたところだったが、サイロンはいつもの

ペースでずかずかとフロアの奥へと歩を進め・・・古い魔法陣に興味を示す。


「お~、これじゃこれじゃ!

 碑文にあった通りじゃのう、間違いなくこの陣がシグナルゲートの装置じゃ!」


 神々しい雰囲気と感動的な光景を全て台無しにするダミ声が聞こえて、全員が不快な

表情を露わにしながら・・・黙ってサイロンの回りに集まる。

オルフェは魔法陣の形などを観察し、興味深げに触れていた。


「これがそうですか・・・、この陣・・・。

 古代レヴァリアース言語と酷似、いや・・・そのものですね。

 『装置』と言う位ですから、私はてっきり魔法科学で出来た機器を想像していました。」


「いや・・・、恐らくこの塔自体がシグナルゲートの装置であろうな。」


「・・・!?」


珍しく真剣な面差しで、サイロンが語る。


「初代神子はルナと契約を交わし、この塔のシグナルゲートを使って歌を紡いだ。

 それがフロンティア誕生の瞬間じゃ・・・、と我等の碑文にはそう記されておった。

 余は直接対面しておらんが、アビスから亡命してきた学者がそう解読しておる。

 古代レヴァリアース言語で記された碑文は、今の我等には解読が困難・・・。

 親父殿はその全容を知っておったはずだが・・・、重要なこと程固く口を閉ざして

 おったのじゃ。

 大き過ぎる力は、やがて災いを招きかねん・・・そう思っての。

 この内容を公表・公言することは固く禁じられておる。

 しかし今となっては世界を動かす為に、この力を使わざるを得ん状況じゃ。

 ・・・と言っても、今必要としている力はフロンティアなどではない。

 言の葉を届けるだけで十分じゃ・・・。

 それでは、早速始めるとしようかのう。」


 サイロンはアギト達の方に向き直ると、にやにやしていた表情が消え失せ・・・

険しい表情を浮かべていた。


「シグナルゲートは、アンフィニだけに反応する・・・。

 未だかつて起動しなかったのも、ごく稀にしか生まれて来ることのないアンフィニが

 おらんかったからじゃ。

 ザナハ姫よ、魔法陣の前に立ち・・・アンフィニの力を示してみよ。

 そうすればシグナルゲートが起動し、余が下準備で各国の要人達に送り付けた

 『異界の鏡』も連動する。」


「・・・『異界の鏡』とは?」と、ミラが尋ねる。


「鏡に他者の姿を映しだすアイテムじゃよ。

 ここではシグナルゲートで余の姿と声を届ける為の、媒介の役割を果たす。

 本来は遠く離れた者に対して伝達する役割をするものなのじゃが、今回は各国の

 遠く離れた場所に・・・同時に伝達しなければいかんからのう。

 現在の力では、シグナルゲート自体も100%の機能を使いこなすことは出来ん。

 シグナルゲートが持つ力の一部を少しでもコントロール出来る為に、このアイテムで

 不足分の力を補うのじゃ。」


 次々と聞き慣れない言葉などが飛び出し、アギトは殆ど聞き流す程度にしか

サイロンの話を聞いていなかった。

ザナハはサイロンに言われた通り魔法陣の前に立つと、それから困った表情を浮かべる。


「ねぇ・・・、アンフィニとしての力を示すって・・・。

 具体的にはどうしたらいいの!?

 ただマナを練り上げるだけじゃダメなのよね、それじゃ水か光のマナを練るだけに

 なっちゃうもの・・・。」


すると、その問いにはミラが答えた。


「アンフィニの力・・・、それは・・・『歌』です。」


「え・・・、歌・・・!?」


ザナハは驚いた顔になって、思わず後ずさりした。


「初代神子アウラは・・・自分がアンフィニだと知らされた時、ただの一般市民でしか

 ありませんでした。

 魔法を使えるわけでもなく、戦う力を持っていたわけでもない・・・。

 小さな片田舎に住むただの村娘・・・、そんな彼女が戦士と共に旅立ち・・・魔物と

 戦うことが出来たのは、彼女自身が唯一持っていた力・・・。

 ・・・歌うことだけでした。

 しかしそれが・・・アンフィニが本来持つ無限の可能性を秘めた、偉大な力の正体。

 歌を紡ぎ・・・、その歌声に自らのマナを乗せることで他者や環境に影響を与える力。

 それが、アンフィニの力だと・・・姉ユリアから聞いています。」


「つまりシグナルゲートを起動する為には、魔法陣の前に立ってザナハ姫が歌を

 歌えばいい・・・というわけですか。

 意識せずとも『歌』そのものが、アンフィニだという証になる・・・。」


「そ・・・っ、そんなぁっ!

 今ここで・・・みんなの前で歌えっての!? 

 そんな恥ずかしいこと、出来るわけないじゃない!」


 ザナハは顔を真っ赤にしながら、力一杯拒絶した。

しかしアギト以外の全員がそんなザナハの言葉には耳を傾けることなく、淡々とした

感じで・・・黙ってザナハを見つめている。


「世界の命運はお主の歌にかかっておるのだぞ、今更何を恥ずかしがる!?」


「姫様・・・、これは遊びでも何でもありません。

 今この場で歌を歌っても・・・、それを非難する者や笑う者など・・・ここには

 いませんよ。」


「歌そのものがアンフィニの証ということは、特に歌唱力を要求されてるわけでは

 ないみたいですしね。

 ここはひとつ、気楽に歌ってみてください。」


 サイロン、ミラ、オルフェが口々にザナハを説得する。

しかしこんな展開になることを全く予想していなかったザナハは、心の準備が出来て

いないせいで・・・決心がなかなかつかなかった。

アギトに至ってはザナハが歌うことよりも、シグナルゲートがどんなものなのか・・・。

そっちの方に興味があるみたいで、今では大きなあくびをしながら回りをきょろきょろ

しているだけだった。


「ザナハ姫・・・、どうやらお前の決意とやらは案外脆いものだったようだな。

 世界の命運より、人前で歌う恥の方がお前にとっては重要らしい。」


「・・・・・・っっ!!」


 ルイドにそう告げられ、ザナハの顔色が変わった。

ショックを受けた・・・というよりも、頭に来たという表現の方が合う顔色だ。


「・・・やったろうじゃないのよ。」


 わなわなと小刻みに震えながら、ザナハはあっさりとルイドの挑発に乗ってしまった。

がっしりと握り拳を作り、怒りと意地が込められた眼差しでザナハは燃えたぎっている。

とりあえずは思惑通りに事が進んでくれたようで、大人達はほっと一安心していた。


「では姫様、ここはアンフィニとして相応しい歌・・・『オーヌ』を歌ってみては

 いかがでしょう?

 『オーヌ』は古代レヴァリアース言語で、『希望』・・・という意味ですから。」


「・・・『オーヌ』ですか、いいんじゃないですか?

 レムグランドでは有名な童謡ですから、歌いやすいと思いますしね。」


 オルフェの言葉には出来るだけ耳を貸さないように、ザナハはミラの言葉に従った。

咳払いをし、少し恥ずかしさで顔を赤らめながら・・・精神集中させる。

全員が黙って見守る中・・・、静かな沈黙が一瞬流れた。

気を鎮めたザナハはゆっくりと・・・、歌い上げる。




 『オーヌ  オーヌ            (希望よ 希望


  ヴァダール・ル・スォーア         わが胸に輝きを


  ヴォーヴァ  ノーダ           光を 賛美を

 

  イーダル  プルーダ  フュムーノ    栄光なる 導きを 今ここに


  ルーレ  ルーレ  ヴァヌス レイ    闇を 影を 砕く力を


  オーヌ  オーヌ             希望よ 希望・・・


  ヴァダール・ル・スォーア         わが胸に輝きを


  ヴォーヴァ  ノーダ           光を 賛美を


  イーダル  プルーダ  フュムーノ    栄光なる 導きを 今ここに


  パティ・シ・ムニナ            我等は至高なる


  オーヌ  リレイア 』          希望の 礎なり・・・)



 優しく・・・囁くように、静かで・・・どこか安らぎを与える旋律。

ザナハの声はまるで透き通るように、優しく耳に入って来る。

なぜかザナハの歌を聞いただけで心の奥が温まるような、そんな心地よさを感じた。

アギトは思わず・・・、無意識の中でザナハの歌声に聞き入っていた。

そのせいか、ザナハの足元にあった魔法陣が歌に反応して輝きを放っていたことに

全く気付くことなく・・・サイロンの声でようやく我に返る。


    



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