第191話 「光の塔」
ルナデイの昼、契約メンバーは全員地下室のトランスポーターに集合していた。
見送りにはカトル、レイヴン、そしてオルフェがいない間の洋館の責任者として
チェスが立ち会っている。
「それでは大佐、中尉・・・ご武運を!」
「私達が不在の間は任せましたよ。
ミアの結界があるから大丈夫だとは思いますが、もし万が一のことがあったら
人命優先で行動するように。」
「はっ!」
ミラが不在の間の指示をチェスにしていると、ここはさすがに軍人・・・。
いつもチャラチャラしているチェスが背筋をピンっと伸ばして、軍隊式の敬礼を
している。
もうそろそろ出発しようとした時、ずっとタイミングを見計らっていたカトルが
意を決して歩み寄って来た。
「ザナハ・・・っ!」
突然名前を呼ばれて、ザナハは少し驚きながらも笑顔で迎える。
カトルは未だに照れているのか・・・、頬を赤らめながら真っ直ぐにザナハの目を
直視することが出来ないようだ。
ちらちらと視線を泳がせながら、何とか見送る言葉を伝えようとしている。
「あの・・・、神子を続ける決意をしてくれて・・・その、ありがとう。」
「・・・・・・?」
言ってる意味がわからず、ザナハは首を傾げていた。
神子を続けることに対して・・・改めてカトルが礼を言う理由が、今ひとつ
わからないからだ。
「ルナと契約を交わすことが出来れば・・・、究極の治癒術を習得することが
出来るって聞いたことがあるんだ。
その魔法があればずっと昏睡状態が続いているリヒターが、目覚めるかも
しれない・・・。
今までザナハが・・・、ずっと落ち込んでたのはわかってたから・・・。
ずっとそのことを言い出せなくて・・・。
ザナハのことを追い詰めたくなかったから、・・・友達が落ち込んでるのに
オレは力になることが出来なかった・・・。
だからせめて・・・、お礼だけは言いたくて・・・。」
途切れ途切れに・・・、不器用ながら懸命に自分の思いをザナハに告げる。
それを聞いたザナハはようやくカトルが言いたかったことがわかり、明るく
振る舞った。
いつもの笑顔で、・・・気丈に振る舞う。
「そうだったんだ・・・、なんかあたしが一人でウジウジと落ち込んでたせいで
随分カトルに気を使わせてたみたいね・・・、ホントごめん。
でももう大丈夫だから!
・・・と言っても、ルナの試練に合格するまでは安心出来ないんだけど。
ともかく、契約を交わせるように頑張ってくるから・・・リヒターのことは
任せてちょうだい!
カトル達はミラがいない間、チェス達の言うことを聞いてたくさん修行
頑張ってね!
あたし達も頑張るから、・・・だからホラ! 顔を上げて・・・ね?」
ザナハは両手でカトルの手を握ると、カトルの後ろめたい気持ちを払拭
させるように元気づけた。
ようやくカトルもザナハの元気にあてられて、照れながらも笑顔になって
うつむいていた顔を真っ直ぐと、前を向けるようになる。
「・・・行ってらっしゃい。」
「行って来るわね!」
笑顔で挨拶を交わすと、ザナハは魔法陣の中に戻り・・・カトルも2~3歩
後方に下がった。
それを確認すると、チェスは笑顔で敬礼の姿勢を取ったまま見送る。
「そんじゃ行って来るわな!」
ザナハとカトルの邪魔をするまいと、横でずっと黙っていたアギトがようやく
居残り組に向かって言葉を投げかけた。
魔法陣から光が発せられて全員を包み込むと、アギト達の姿が消える寸前に・・・
カトルはアギトに向かって手を振る。
少し、はにかみながら・・・。
それに気付いたアギトもにかっと笑みを浮かべて大きく手を振り返すと、その瞬間に
移動してしまった。
完全に契約メンバーの姿が消え去って、地下室は一気に寒々しくなる。
チェスが肩を竦めてカトル達に地下室から出るように軽く促すと、それに従いながら
レイヴンが小声で・・・呆れた声で呟いた。
「あんなのの、どこがいいんだか・・・。
確かお前より1こ下だし、身長だって向こうのが低いし・・・。
どう見たってあいつよりリヒターの方が数億倍カッコいいじゃないか。」
最初は小声で聞き取りづらかったが、レイヴンが何を言いたいのかわかった途端
カトルは顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「な・・・っ、何の話してんだよっ!
オレはただ・・・、あいつは光の戦士だからっ!
ヴォルトの使いであるオレ達は、光の戦士と神子に仕える使命があるわけだしっ!
ただそれだけでだなぁ・・・っ!」
「だったらあいつのことをうっとりとした眼差しで見るの、やめろよ・・・。」
両手を頭の後ろに組みながら、レイヴンがどこか拗ねたような口調で言い放った。
「そんな目で見てないっ! 何なんだよもう!
ここでの生活に慣れた途端、随分態度が大きくなってるじゃないか!
そんな言いがかりをつけるなら、オレだって言いたいことがあるんだぞっ!?
レイヴン・・・、お前の態度が大きくなったのってドルチェがいなくなったから、
それで調子に乗ってるだけなんだろっ!?
ドルチェがフィアナにそっくりだから、それにビビってただろ。
オレ達の修行をしてくれるのがミラになってから、お前・・・すごく安心してた
じゃないか。
本当はドルチェのことが怖くて仕方なかったんだろ!?」
「な・・・っ、そんなことないっ!!
なんでオレがあんなちっさい女の子にビビらなきゃいけないんだよっ!!
違うぞ!? 別にビビってなんかいないからなっ!?」
レイヴンが言い出した台詞から口喧嘩にまで発展して、二人はムキになりながら
お互いに否定し合っていた。
そんな光景を遠い目で見つめながら、チェスは面倒臭そうに呼びかける。
「お~い・・・早く上に戻りたいんだけど、そろそろいい加減にしないか~?」
一方、洋館からアンデューロへ向かった一行は祭壇のような場所に到着していた。
ザナハが回りを見回しながら、ここが教会にある儀式の間だとわかる。
大きなステンドグラスから外の光が差し込んで、とても幻想的な光景に見えた。
「セレスティア信仰の総本山にある大聖堂には来たことなかったけど、本で見た
通りの美しさね・・・。
でもこんな場所に堂々とトランスポーターを設置するなんて・・・、よく大司祭が
許してくれたわね?」
「いえ、このトランスポーターは最初からここに設置されていたんですよ。
私達はこれを起動させただけです。」
例えトランスポーターがすでに設置されていても、魔法陣自体が起動して
いなかったら何の役にも立たない。
設置する手間は省けても・・・結局のところは起動作業をする為に、ラムエダから
アンデューロへの道程は避けられないものだった。
全員が魔法陣から出て行った時、正面にある大きな扉が開いて数人の男達が姿を現す。
一人は明らかに高位の司祭であり・・・、後ろの数名は付き人と思われた。
着ている衣装から、セレスティア信仰の教団関係者であることは間違いない。
そして恐らく前を歩いている人物が、昨日オルフェが言っていた大司祭であろう。
「これはこれは・・・、光の神子様。
私はセレスティア教会の大司祭を務めさせていただいております、ゼプロと
申します。」
恭しくお辞儀をされて、ザナハも儀礼的に会釈した。
「ジャザナハウル・ヴァルキリアスです。」
対面が終わると、早速大司祭は本題に入った。
彼等の素早い応対から見て、オルフェが前もって段取りを全て終わらせていた
ということが窺える。
「事情は全てグリム大佐から聞いております。
光の精霊ルナ様との契約の為、光の塔に入る鍵を用意しました。
それでは光の塔へご案内いたします、ついて来てください。」
笑みを浮かべてはいるが、どこか威厳を損なわない表情で大司祭がそう告げると
全員特に何か言うわけでもなく・・・黙ってついて行った。
荘厳な雰囲気の中にいるせいなのか、あのアギトですら大人しくしているという
異様な空気にザナハは少しだけ怪訝に感じる。
誰一人として口を開かない様子に、大司祭は歩きながら話しかけた。
「彼等のことはお気になさらず。
この者達は今、次の階級に昇進する為に『沈黙の行』という修行の最中でして。
皆様は自由に言葉を発して構わないのですよ。」
(いや・・・、特にこいつらが原因ってわけじゃないんだけどな・・・。)
アギトは心の中でつっこんだ。
確かにずっと沈黙を保ったまま大司祭に寄り添う姿は異様だが、だからといって
彼等の態度に萎縮しているわけではない。
荘厳な建物、儀礼服に身を包んだ司祭や神官達、何よりこの地から漂う清廉な
空気とでも言うのだろうか?
元々アギトは図書室などといった・・・堅苦しくて静かな場所がどうにも肌に合わず、
苦手だった為どうしても居心地が悪くなってしまうのだ。
どちらかといえばそんなに場の空気を積極的に読むタイプではないが、それでも
こういった場所ではどうも大人しくしなければいけないような・・・そんな気持ちに
なってしまう。
(今はまだ光の塔へ早く行かないといけない! っつー目的があるから
この移動時間は我慢出来るんだけど・・・。
ここに初めて来た時は、ぶっちゃけヤバかったよな。
先を急いでるから魔法陣を起動させて、すぐに洋館に戻りたかったのに・・・。
あの大司祭・・・。
旅の疲れをここで癒してくれ・・・とか言って、2日もここに滞在させんだもん。
娯楽施設はないわ、ここにいる信者全員陰気で物静かだから正直言って滞在中は
苦痛以外の何物でもなかったし・・・、全然疲れを癒せなかったし!
余計に疲労がたまっただけだっつーの・・・。)
そんなことを心の中で呟いていると、大聖堂から出てすぐ左手に大きな塔が
見えて来た。
天まで届くかのような高い塔に、見上げていると首が疲れそうになってくる。
象牙のように真っ白な塔は、陽の光を受けてキラキラと光沢を放っているかの
ようで・・・その光景はまさに『光の塔』の名に相応しかった。
光の塔を拝むのはこれで二度目だが、アギトは口をぽかんと開けたまま眺めている。
「随分・・・、高いのね。
もしかしてルナがいるのは、あの塔の・・・最上階!?」
考えたくないことだが、それがセオリーというものである。
昔から『馬鹿と親玉は高い所が好き』と言う位だ、わざわざ大司祭に確認しなくても
わかりそうなものだ。
それでも・・・、ほんの小さな可能性に賭けてみたくなるのもわからないわけではない。
あの塔のてっぺんが見えない姿を見れば・・・。
大司祭は当然という口調で、光の塔に関する説明を始めた。
「はい、その通りでございます。
ルナ様は古来よりあの塔の頂から我等を見守っておいでだと、我々は
そう伝承より伝え聞いております。
こちらの鍵で塔の扉を開け、中に入っていただきます。
光の塔の内部は外周に螺旋状の階段があり、それを最上階まで上って行ってください。
中央部分は吹き抜けになってまして、『奈落』と呼ばれる地下空洞へ続いています。
落ちればまず助からないので注意してください。
あの高さから落ちれば・・・という話ですけど、万が一奈落へ落ちて命を取り留めた
場合は、再び光の塔へ戻る隠し通路があるそうなので。」
「随分と曖昧ですね、確証はないのですか?」
オルフェが問うと、大司祭はすぐさまそれに答える。
「光の塔の内部へは、誰一人として入ったことがないもので・・・。
全て文献や資料から読み取った知識なので、私達からお教え出来ることは
これ位なのですよ。
それから・・・この総本山には、巨大な結界が張られているので魔物が立ち入る
ことはないのですが、塔の内部には侵入者避けの為の仕掛けが施されていると
聞いています。
それらには十分お気を付けください。」
「・・・階段から落ちれば奈落の底、上る途中には罠かよ。
やっぱ一筋縄じゃいかねぇもんだな。」
光の塔に関してある程度大司祭から教わると、アギト達は光の塔の扉の前に
到着した。
大司祭は首にかけていた金色の音叉の形をしたネックレスを外し、扉の中央部分へ
歩いて行くと・・・その音叉を扉の窪みにすっぽりとはめ込んだ。
すると音叉に振動が加わったのか、美しい音色を放つとそれが解錠の合図のように
ゴゴゴッと音を立てて大きな扉がゆっくりと開いて行く。
「それでは無事、契約が交わされることを祈っております。
ちなみに・・・ルナ様との契約が交わされるまで、この扉は一度閉まると中から
開けることは出来ないようになっています。
もしもう一度外へ出たくなりましたら、塔の途中に小窓がございます。
そこから外にいる修行僧に合図を送ってください。
再び私が鍵を持って扉を開けますので。」
「わかりました。」
「え・・っ!? いやちょっと待って!?」
すぐさま返事をしたオルフェに驚愕して、アギトは慌てて制止しようとした。
しかし大司祭がすぐさま後退すると、扉はゆっくりと閉まって行く。
バターンと完全に扉が閉まって、アギト達は塔の中に閉じ込められてしまった。