第190話 「照れ隠し」
アギト達がアンデューロへ向けて出発してから15日目・・・。
久しぶりに洋館が賑やかになった。
「あーーっ疲れたぁーーっ!
メシ! フロ!! とりあえずやわこいベッドに寝そべりたい!」
トランスポーターがある地下室から出て来るなり、アギトは叫び声を上げながら
まっすぐ私室へと戻って行った。
途中敬礼してくる兵士達に適当に挨拶しながら、アギトはメイドとすれ違った時に
甘いお菓子を大量に部屋まで持って来てもらうように頼んでおく。
くたくたな様子で歩いて行くアギトの背中を、オルフェとドルチェが見送っていた。
「アンデューロに到着してから2日程は戦闘してないのに・・・。
あれだけ疲労しているのが不思議。」
不可解な顔でドルチェが呟くと、オルフェは呆れた顔で苦笑しながら答える。
「まぁアギトみたいなタイプだと、ああいう雰囲気の場所は堅苦しいんでしょうね。
静寂とは無縁な人間みたいですから・・・。
ともかくこれで洋館の地下室から、アンデューロへ向かう為の道は作れました。
あとは・・・、ザナハ姫の返事を聞くだけです。」
オルフェが口にした時、まるで待ち構えていたかのようにザナハが目の前に現れた。
以前のように決意を固めた表情・・・、覚悟を決めた眼差しにオルフェは柔らかく
微笑む。
「ザナハ姫・・・。
その表情から察すると・・・、前向きに解釈してもよろしいですね?
私はこれから光の塔へ向かう為の準備を整えるつもりですが・・・。」
探るように確認するオルフェに、ザナハはゆっくりと首を縦に振った。
「もう何度も自問自答して・・・、決めた答えよ。
あたしが本当に光の神子として相応しいのかどうか、自分を試す為にも
ルナの試練を受けるべきだと思ったの。
放棄なんて出来ない・・・。
本当にこのあたしがみんなの期待に応えられるような人間なのかどうか・・・、
ちゃんとハッキリさせないといけないって気付いたから。
中途半端は許されない・・・、そんな今までの自分と決別する為にも。
あたしはあたし自身のことをきちんと、知る必要があるから・・・っ!」
もう迷いはない・・・。
あの青い鳥に会ってから、考え方を一変させることが出来たから・・・。
前を向けるように・・・。
仲間達の言葉を、リュートの言葉を思い出して・・・。
『自分はひとりなんかじゃない。』
支えてくれる仲間がいるから、・・・そのことをようやく思い出せたから。
随分時間がかかったけれど、答えは意外にもすぐ側にあったのだ。
ザナハは今までずっと、『神子になろう』としていた。
でも違う、そうじゃない。
『回りの期待に応える為』じゃない。
『自分が神子として生まれて来たから』じゃない。
そういった『自分を取り巻く環境』が決めるのではなく、自分自身がどうなのか。
頭の中を真っ白にした時、浮かんだものは・・・みんなの笑顔だった。
その笑顔を守りたい、その為に・・・自分に出来ることが何なのか。
もう一度改めて考えてみた。
出て来た答えは、ものすごく単純なこと。
それはかつてリュートが口癖のように言っていた言葉・・・。
『自分に出来ることをする』
生まれや能力、ましてやマナ指数なんてものも関係ない。
自分自身に出来ることが何なのかを考えた時、今まで自分を支えてくれた人達の
笑顔を守ることなんだとわかった。
まずは、その『気持ち』からだったんだと気付く。
守りたいという気持ちの後に、能力や力といったものがついて来るんだと思った。
ルナの試練で、ザナハはその『気持ち』が本物であることを試すつもりだ。
ザナハの決意のこもった眼差しを再確認したオルフェは、にっこりと微笑んだ。
「わかりました、姫がそう決めたのなら私はそれに従うまでです。
それでは私はこれから準備に取り掛かりますので、姫様には申し訳ありませんが
アギトと中尉への伝言を頼んでも構いませんか?
出発は明日の昼、セレスティア教会の大司祭にはすでにそう伝えてありますので。
時間厳守ですから・・・、その旨だけは特に強調して伝えてください。」
「・・・あれ?
リュートとジャックは行かないの!?」
「えぇ、恐らくあの二人は凄まじい修行の真っ最中でしょうから。
ただでさえ習得するのに相当の苦労を要するはずですから、ここで中断させる
わけにもいかないでしょう。
光の塔へは我々だけで行きます、それともリュートがいた方が良かったですか?」
オルフェが意地悪そうな笑みを浮かべてからかうと、ザナハは顔を真っ赤にして
頬を膨らませた。
アギトはベッドで横になりながら、メイドに用意してもらった大量のお菓子を
貪っていた。
ぼりぼりむしゃむしゃと頬張りながら、部屋の中が妙に静かなことに違和感を感じる。
「そういやリュートのやつ、今頃どんな感じなのかな・・・。
なんかせっかく洋館に帰って来たってのに、帰った気がしない。」
妙な空しさを感じていると、誰かがドアをノックしてアギトは反射的にリュートの
顔が浮かんだ。
しかしこんな数日でマスター出来る程、秘奥義を習得するのが簡単ではないと
わかっていたアギトは、すぐにノックした人物がリュートではないことを理解する。
リュートではないのは確実だが、一体誰なのかは見当がつかない。
「うぇ~い、開いてっぞ~。」
気だるい声で返事をした。
するとすぐにドアが開いて、淡いピンク色の髪が真っ先に目に飛び込んでくる。
絶対有り得ないのに、思わずユリアかと思う。
「オルフェからの伝言よ、明日の昼にアンデューロへ向かうからそれまでに準備を
済ませておけってさ。
・・・って、何よこの大量のお菓子の山はっ!!
ていうか何!? ベッドの上・・・食べカスたくさん落として・・・、汚なっ!!」
「んだようっせぇなぁ・・・、つーかいつの間に復帰してんだよ。
普通精神的ダメージから回復した後は、一皮むけて落ち着き払った精神力とか
身につけるモンじゃねぇのか!?
お前、昔と全然何ひとつとして変わってねぇじゃん。」
久しぶりに会って早々文句を言われて気分を害したアギトは、皮肉たっぷりの
口調で鬱陶しそうな態度を取る。
しかし内心ではほんの少しだけ・・・、ザナハがいつもと変わらないことに
ほっとしたような・・・、そんな気持ちがあったことはとりあえず黙ることにした。
「ふん、残念でした! あたしはあたしのままで当然じゃない。
そんなことより、さっき言ったことちゃんとわかったの!?
ここしばらくの間はリュートがいないんだから・・・、ちゃんと寝坊しないで
時間通りに集合しなさいよ!?」
「あ~わかったわかった!
そういうお前こそ、また足手まといになるんじゃねぇぞっ!?
お前がヘコむとかなりウザイかんなっ!」
アギトの憎まれ口に、ザナハはきょとんとした顔になって今の言葉を思い返す。
突然ザナハの勢いが治まったので、自分が言った台詞を全く覚えていないアギトも
また唖然とした。
「・・・何だよ!?」
怪訝な顔で尋ねて来るアギトに、ザナハは目を丸くしながら聞く。
「あんた・・・、あたしの心配してくれてたんだ!?」
そう聞かれ・・・アギトは唐突に、さっきの台詞を思い出す。
途端に恥ずかしさで頭に血が上って来たアギトは、必死で否定するように声を
荒らげた。
「はぁ!? 何言ってんの!? 全然意味わかんねぇし!!
このオレがお前みたいなゴリライモのことなんか心配するわけねぇじゃん!
精神的ダメージの後遺症でも残ってんじゃねぇのか!?
頭ん中にウジとかわいてるかもしんねぇから、ミラに診てもらったら!?」
うろたえるように目を泳がせながら必死で憎まれ口を叩くアギトの姿を見て、
ザナハはキレる様子もなく・・・まるでアギトを観察するように目を眇めた。
そしてようやく把握する。
「あぁ~、あんたってもしかして・・・結構照れ屋さんなのね?
そうやって図星つかれたら文句を言うフリをして、恥ずかしさを誤魔化してたんだ。
あぁ~そっか、これで納得したわ。」
自分のことを見透かしたような口調で納得するザナハに、胸の奥がムカついてきた
アギトだったが・・・かなり的を射ているので思うように反論出来ずにいる。
早い話が、ものすごく面白くなかった。
「お前・・・っ!
なんか色んな意味で、ものすごくムカつくぞ・・・っ!」
わなわなと右手で握り拳を作りながら力を込めるアギトに対し、ザナハはどこか
悟ったような仕草で頷いている。
「もう何も言わなくていいわよ?
あんたがものすごくどうしようもない位、『子供』だってことがわかったから。
そう思えばあんたの憎まれ口も、随分とカワイイものに聞こえて来るわ。
これってきっと、あたしの精神力が強くたくましく成長したってことなのね。」
まるで自分がお姉さんにでもなったような気分でアギトを軽くあしらうザナハに、
アギトはどんどん自分が馬鹿にされているような気分になってくる。
「だぁーーーもぉーーっ!
お前と話してたらだんだん腹立ってきたぁーーっ!
もう用事がねぇんならさっさと出て行けよ!
面白いか!? オレのことを蔑むのがそんなに面白おかしいかっ!?
だったらもういいだろっ!! 頼むからもう出てけよ!
100円あげるから!!」
けたたましく怒鳴り散らすアギトに、ザナハは両手で耳を押さえながら軽く
頷くと、最後にアッカンベーをしてから出て行った。
出て行く直前の仕草に、アギトは息を切らしながら捨て台詞を吐く。
「何が精神的に成長しただ・・・。
最後のアレはどう見てもガキの反撃じゃねぇかよ・・・っ!」
再び室内が静まり返って・・・、アギトは途端に孤独を感じた。
さっきまでのやり取りがウソのような静けさに、ちょっとだけザナハが大人しく
出て行ったことに寂しさを感じてしまう。
それでも素直になれないアギトは、小声で「気のせい気のせい」と呟きながら
否定して・・・再びチョコレートを貪りだした。
そして翌日・・・。
アギト、ザナハ、オルフェ、ミラ、ドルチェの5人でアンデューロへと向かった。
最後の精霊、ルナと契約を交わす為に・・・。