第189話 「神子を続ける決意」
ここはゼグナ地方、ヴェント。
主にアギト達が活動の拠点としている『洋館』が建っている場所である。
光の精霊ルナの住まう地、ルルリア地方のアンデューロへ向けてアギト達が
出発してから・・・およそ2日経過した、そんなある日。
洋館内にある図書室で、カトルとレイヴンは色々とミラから詰問されていた。
オルフェからの指示でミラは二人から、雷の精霊ヴォルトにより受け継がれた
『伝承に関する記憶』を聞き出して、それらを書類にまとめているところであった。
・・・と言っても、ただ単に二人からヴォルトに何を教わったのかをひとつ
ひとつ聞くわけではない。
二人の脳内に刻まれた記憶の情報量は、ミラが思っていた以上に膨大な量
だったので・・・それらを全て聞き出そうと思っても、とてもじゃないが
ミラ一人では到底書類にまとめきれないものだった。
なので、ミラは聞き出す内容を厳選することにした。
まずはフロンティアに関する情報。
そして、音の精霊ディーヴァに関する情報。
この2点に関してはユリアからその弟子であるオルフェへ、ある程度の知識と
研究資料を引き継いでいるのだが・・・詳しい情報や研究成果などは、全く書面に
残されていなかった。
微かに残っているミラの記憶から推測するに、ユリアは元々大事な研究資料を
形として残さない性格をしていたはずだ。
ユリアの脳内ではかなりの成果を遂げていたはずだが、それが形として残されて
いなければ・・・いかなオルフェといえども、解明することが出来ない。
加えて雷の精霊ヴォルトと言えば、以前のマスターはユリアになる。
そこでミラはユリアが形として残さなかったのならば、今までの研究成果を
ヴォルトの中に残したのかもしれない・・・と考えたのである。
勿論、他にも聞きたい内容はたくさんあった。
レムグランドで発見された碑文に書かれていない内容を、もしかしたらカトルと
レイヴンに直接語り継いでいるかもしれない・・・という可能性も否定出来ない。
それに本来なら・・・今ミラ達に必要な情報は、フロンティアやディーヴァとは
全く別の所にある。
それは、アンフィニについて。
双つ星について。
ディアヴォロについて・・・。
この3つのキーパーソンの謎を完全に解明することが出来れば、これまで
マナ天秤を巡って繰り返されてきた争いに、終止符を打つ手掛かりが見つかるかも
しれない。
それなのにオルフェがあえて・・・、まずカトル達に聞き出す情報として
『フロンティア』と『ディーヴァ』を優先させた理由は・・・、やはり師である
ユリアの存在が大きかったのだろう。
この2つの存在を確認し、活用することが出来れば世界に安寧をもたらすことが
出来ると・・・ユリアはそう信じて、いつもオルフェやミラ達に語っていたのだ。
それにこの2つの存在には、『アンフィニ』と『双つ星』の存在が欠かせない・・・。
詰問の仕方によってはこれらの情報もまとめて得られるかもしれない。
そう考えて、ミラはあえて『フロンティア』と『ディーヴァ』に関する情報に
的を絞って二人に詰問しているのだ。
殆ど軍での取り調べのような形で詰問し、一日14時間も二人を拘束することで
ようやくある程度の書類をまとめ上げることが出来たのだ。
詰問しながら書面に書き記したり、現在では使われていない古代語が出てくれば
辞書などで調べたりと・・・ミラの苦労は相当なものだった。
それと同時にカトルやレイヴンも、かなり疲労が溜まっている様子だ。
無理もないことだが、二人はヴォルトの魔法によって脳神経に記憶を刻まれている
状態なのでミラの詰問に対して、記憶を揺り起こす動作をしなければいけない。
確実に、的確に、正確に・・・。
一言一句違えることなく答えて行く上に、殆ど休憩を取っていなかったので
詰問が完全に終わった頃には、3人共かなりやつれた顔になっていた。
「お疲れ様でした・・・。
それでは私は今から聞き出した情報をまとめる作業に入りますので、二人は
部屋に戻って休んでいてください。
二日後には戦力面を強化する為の修行に入りますから・・・。」
そう言って、ミラは本当に二日間も図書室から出て来ることはなかった。
休みをもらったカトルとレイヴンは殆どの時間を、ベッドで眠ったままの
リヒターの側に・・・ずっと付き添っていた。
「リヒター・・・、もう長い間眠ったままだけど・・・。
本当に目を覚ますんだよな!?
なんかオレ、心配になって来た・・・。
このままリヒターが目覚めなかったら、オレ・・・どうしたらいいんだろ。」
不安そうにレイヴンが呟く。
その気持ちはわからないでもないが、カトルは懸命に明るく振る舞って喝を入れる。
「何弱気になってんだよっ!
そんなんじゃリヒターにまた怒鳴られるぞ、もっとしっかりしろって。
大丈夫・・・、もしザナハが光の神子を続けるって決意してくれたのなら
光の精霊ルナと契約を交わすことになるはず・・・。
確かルナの魔法の中には、あらゆる状態異常を癒すことが出来るっていうのが
あったはずだ・・・。
ザナハに頼んで・・・その魔法をリヒターにかけてもらえば、きっとまた
元気になるさ!
だから・・・オレ達はその手伝いが出来るように、ここでたくさん修行を積んで
強くならなくちゃ・・・。
きっと、リヒターだってそう望むはずだよ。」
そう強気で豪語したものの・・・、やはり胸の奥の不安を完全に拭い去ることは
出来なかった。
自分達のリーダーとして、いつも色々と面倒を見てくれたリヒター。
頼りになる存在を失って・・・、不安にならないはずがない。
カトルの顔に、陰りが宿る。
(ザナハ・・・、一体どうしたって言うんだよ・・・。
初めて会った時はあんなに元気で、活発で、光の神子として申し分ない心を
持っていたのに。
今のザナハの瞳は、迷いで溢れている・・・。
どうしたらいいかわからない、むしろ光の神子を放棄したいって言ってるような。
そんな表情をしてた・・・。
オレに出来ることは何もないのかな・・・。
せっかく、初めて出来た同年代の友達なのに。
オレ・・・何てザナハに話しかけたらいいのか、全然わからないよ・・・。
でも今のオレは、きっとザナハを追い詰めるようなことしか言えないな。
リヒターを治してほしいから。
きっと神子の使命を背負ってくれって、ザナハに頼むかもしれない。
それがどんなに重荷かわかっていても・・・。
こんな友達、最低だよな・・・。)
カトルは自嘲気味に笑みを浮かべると、そっと・・・リヒターの手を握った。
そして更に5日過ぎて、カトル達の修行が本格化していく中・・・未だに
アギト達がトランスポーターで戻って来る気配はなかった。
アギト達はアンデューロへ向かい、リュートはジャックの家で修行。
カトル達は訓練場で毎日厳しい修行を行なっている。
そんな中・・・ザナハは一人、何をするでもなく・・・ただもやもやと考え事を
していた。
(会いたい・・・。
会って話がしたい、何もかも全て問いただしたい・・・。
そうすれば自ずと答えが見えて来る、・・・そんな気がする。)
そんなことを・・・、もう何度心の中で繰り返したことだろう。
そしてその度に自分を蔑む・・・、軽蔑する。
今この瞬間にも首都方面では戦争が激化しているというのに。
何人もの国民が、その為に命を落としているというのに。
「あたしホント最低だ・・・っ!
どうしてこうなのよ・・・、もうイヤ・・・自分がこんなに醜かったなんて!
大切な国民の為に自分の命を投げ打つ覚悟で、神子になることを決意したんじゃ
なかったのっ!?
それが何・・・っ!? 結局は自分の為だった・・・っ!
国民のことも、国のことも思ってなんかいない。
ただ自分の欲望を満たす為だけに、自己満足する為に神子になったような
もんじゃない・・・っ!
こんな最低なあたしなんかの為に、リュート達まで危険に晒して・・・。
あたしが招いたことなのに、こんなんじゃ顔向け出来ないっ!」
考えれば考える程、自暴自棄になってくる。
どんどん自分がイヤになって、支離滅裂になっていく。
ザナハはこの数日間、ずっとこの調子でただひたすら自分を嫌悪していた。
自己嫌悪が深みにはまると今度は涙が止まらなくなり、泣き疲れては寝て・・・。
その繰り返しだった。
必死で『あの頃』の決意を思い出そうとするが、その『記憶』すら偽りに思えてくる。
ザナハはまるで本当の自分を見失ったかのように・・・、ずっと自分の本心を
手探り状態で探していた。
それでも見つからなくて、殆ど諦めかけていた時・・・。
こんな最低な自分が、神子だと名乗る資格なんてない。
いっそこのまま神子を放棄してしまえば・・・っ!
そんな風に、自分を諦めかけていた時だった。
コツ、コツ・・・。
泣き疲れて、今ようやく眠りにつこうとしていた矢先・・・。
窓の方から何か・・・小さな音が聞こえてきて、それにザナハが気付く。
頭の芯がぼんやりして、思考が働かない中・・・なんとなく時計を見つめると
深夜の2時過ぎを指していた。
そして、また・・・。
コツコツ・・・。
不審に思ったザナハが重だるい体をゆっくりと起こしながら、音がした方へ
振り向く。
外は真っ暗・・・、カーテンも閉まっている。
しかし、ベランダの方に目をやると・・・何かが光っていた。
青く・・・。
カーテン越しにぼんやりと映る青い光に、ザナハは一気に目が覚めた気がした。
(・・・ウソでしょっ!?)
すぐさま体を起こして素早くベッドから降りると、急いでベランダの方へ駆け寄る。
自分の目を疑うように・・・、期待と不安の交じり合った思いでカーテンを開けた。
(ウソ・・・っ!?
だって、どうして・・・っ!?)
ベランダの硝子戸を開け放って、涼しげな風がザナハの髪を揺らす。
時が止まったように感じられた。
ベランダのテラスに・・・、まるで止まり木で羽を休めるように・・・。
青い鳥が羽を繕いながら、とても美しい声で・・・鳴いた。
ザナハの瞳に涙が溢れる。
青い鳥をじっと見つめながら・・・、とめどなく涙が止まらなかった。
呼吸すらままならない・・・、ザナハは両手で口元を押さえながら声を漏らさない
ように必死で堪える。
「あたしに・・・、会いに来たの・・・っ!?」
涙声で、ザナハが問いかけた。
そっと片手を差し出すと、青い鳥は真っ直ぐに・・・差し出した手に止まる。
青い鳥を愛おしそうに見つめるザナハの顔に、この数日間現れることのなかった
笑顔が・・・自然な笑顔が現れた。
「ずっと・・・、あたしのことを見守ってくれてたのね・・・!?
そうでしょう!?
あたし、きっと知ってたんだわ・・・。
今まで忘れるように暗示をかけられていたけど、思い出したの。
ツライ記憶だけど、大切な記憶・・・。
思い出したくなかったけど、愛おしい思い出・・・。」
優しく、青い鳥を指で撫でる。
気持ち良さそうに鳴く青い鳥に、ザナハが微笑みかけた。
すると・・・。
『ザナハ姫・・・、光ノ塔デ会オウ。
ソコデ待ッテイル。
ドウカ、神子トシテノ使命ヲ果タシテ・・・。
ソウ願ウ・・・。』
青い鳥が片言でそう告げると、ザナハの手から飛び立ち・・・暗い夜空へと
飛び去って行ってしまった。
姿が見えなくなっても、ザナハはずっと・・・夜空を見上げている。
探すように・・・もう一度戻って来るかもしれないと、待ち続けるように。
しかし青い鳥が再び姿を現すことはなかった。
寒空の下、体が冷えてきたことにようやく気付くとザナハは部屋へと戻って行く。
硝子戸を閉めて、ベッドに座り・・・もう一度ベランダに目をやった。
「光の塔・・・、ルナが祀られている塔のことだわ。
そこで待っている・・・。」
青い鳥が告げた言葉を、ひとつひとつゆっくりと思い出す。
「神子を続けるという決意をしなきゃ、・・・もう会えない?
ううん、ダメよそんなんじゃ。
そんな無責任な気持ちのままで、神子を続けるだなんて言えないっ!
でも・・・、会って話をすれば・・・この揺らぎは消えるかもしれない。
そうよ、もやもやしたままだからいつまでたっても決意出来ないんだ。
この気持ちに決着をつける為に、会いに行かなくちゃ・・・!
そうすればハッキリとした答えが出せるっ!」
口に出すことで、自分に納得させていた。
本当は間違っているということに、自分自身が一番良くわかっているからだ。
こんな生半可な結論で、みんなが納得するはずもない。
ザナハが悩んでいる理由・・・、それが他人からすればとても下らない内容
だったとしても、ザナハにとってはとても重要なことなのだ。
(みんな、ごめん・・・。
あたしみたいないい加減な子が、光の神子で・・・。
でもこんな気持ちのままで精霊の試練を受けるなんて、出来っこないもの。
どうせ同じ失敗になるなら、自分に正直でありたいから・・・。
その上で命を落としたとしても、きっとレムグランドは大丈夫。
アビスがマナ天秤を動かして均衡を保つことになれば、世界は安定するだけ
だもの・・・。
契約の旅を放棄したわけじゃないから、お父様だって国民に手を出したりは
出来ないはず・・・。
きっとお兄様がそうさせないわ。)
ザナハは精一杯自分を蔑んだ。
仲間を裏切り、国民を裏切った・・・大罪人となる自分を・・・。
ヴォルトが言ったように、ルナの試練は心の奥まで試される。
どんなに綺麗事を並べて正義を振りかざそうとも、ルナにはそんなうわべだけの
思いは通じないとわかっているから。
ならばとことん自分に正直であろうと思った。
それが全ての者に対する裏切りであろうとも・・・。
結局はそれこそが、包み隠すことのない本当の自分なのだから・・・。
当然・・・罪悪感や後ろめたさは、永遠に付きまとうことだろう。
それでもザナハは、自分の心に決着をつける為に・・・。
今はまだ、神子を続ける・・・。
そう決意した。
それが・・・、どんな結果を招こうとも・・・。