第187話 「秘奥義の本質」
リュート達は洋館から馬車を走らせて、およそ3時間程でジャックの家に到着した。
途中に何度か魔物が行く手を阻んで戦闘になったりしたが、二人の現在のレベルから
見て魔物に苦戦することもなく・・・むしろ瞬殺で戦闘を終えたりしている。
木造の建物を中心に切り拓かれており、数週間の間ここには誰一人として出入り
していないので少しは魔物か何かに荒らされているのかと思っていた。
しかし以前オルフェから聞いた『結界』の存在を思い出す。
ジャックの奥さんであるミアは、レムグランドでも屈指の結界師らしい。
家を中心に結界を張ることで魔物の侵入を拒んでいるのだ。
その為、敷地内に魔物が侵入することもなく・・・現状を保っている。
馬車はそのまま家の前に止まり、ジャックが荷物を下ろす準備に取り掛かる。
リュートは結界の存在を思い出したこともあり・・・、少し不思議に思っていた。
荷台の方に歩いて行くジャックを追いかけて、とりあえず手伝いながら聞いてみる。
「あの・・・、前に大佐からジャックさんの家には結界が張られているって
聞いたんですけど・・・。
僕達、普通にここまで来ましたよね?
本当に結界が張られているんですか?」
荷台の扉を開けると大きな手荷物はジャックが、そして軽い荷物をリュートに
手渡しながら・・・ジャックが笑顔で答えた。
「結界って言っても、別に境界線の所で何かを感じたりはしないぞ?
まぁ・・・ミアが張る結界だから、ってのもあるかもしれんが。
普通なら結界の境界線を越えると多少の違和感を感じたり、一瞬だけ不快感に
襲われたりすることもあるな。
でもそれは単に結界の技術や術者の能力が、未熟だった場合に起きる現象
でしかないんだよ。
オレも結界にそれ程詳しいわけじゃないから、うまく説明出来んが・・・。
境界線を越える時に人間には何の影響も出さず・・・、魔物にだけ反応するように
特別に施してあるんだ。
だから結界の中に入っても、何も感じなかったろ?
初めてここに来た時もそうじゃなかったか!?」
ジャックが玄関先まで説明しながら歩いて行き、ドアの鍵を開ける。
馬車の馬は大人しく・・・家の前に停めたまま、二人は家の中に入って行った。
「まぁ・・・、確かにあの時は結界の存在自体知らなかったこともあったし。
でも何の違和感も感じなかったら、ここで暮らしてる時・・・メイサちゃんは
大丈夫だったんですか?
普通なら逆に・・・結界の境界線を把握する為に、わざと違和感を感じるように
施すと思うんですけど・・・。」
考えてみれば、ジャックの娘であるメイサはまだ小さな子供・・・。
結界だの何だのと口で説明したところで、理解出来るはずもない。
目を離した隙に、結界の外へ出てしまうとも限らないとリュートは思ったのだ。
ジャックは大きな荷物をとりあえず広いリビングまで持って行くと、続いて
馬車を片付ける為に外へと向かう。
「普通なら安全の為にそうするかもな。
ただウチの結界は他のと少し違うらしくて、メイサが一人で結界の外に
出られないように・・・特殊な工夫が施されてるそうだ。
ほら・・・結界っていうのは主に、『侵入を妨害する為に施すもの』と・・・。
『封じ込める為に施すもの』・・・、この2種類があるだろ?
ミアは魔物が結界内に侵入しないように施すものと、メイサが結界内から外に
出られないように施すもの・・・。
この2種類を同時に行なったらしい。」
そう説明されて、どんなものも工夫ひとつで色々と便利に作用するんだと。
リュートはようやく納得すると、ジャックが馬車を片付けている間に食材関係を
キッチンに持って行き・・・整理をし始めた。
二人で役割分担して、ようやく全ての片付けが終わった頃にはすでに時間は
昼を過ぎていた・・・。
遅い昼食を終えてから、リュート達は家の前・・・庭先で早速修行を始める。
特に何か武器を構えることもなく、ジャックはまず秘奥義伝授の為の説明から
入った。
「さて、それじゃ本格的な修行に入る前に・・・この秘奥義を習得する為の
基本的な説明から始める。
この技は今まで教えた特技とは全く種類や系統が異なるものだ。
絶大な威力のあるものには、当然・・・それ相応のリスクが伴う。
オレがこれからお前に教える秘奥義は、一言で言えば・・・必殺の技。
相手を必ず・・・、殺す技だ。」
「・・・・・・えっ!?」
リュートは驚愕した、ジャックの口からそんな言葉が出て来るとは思わなかった。
『相手を殺す』という言葉を聞くなんて、夢にも思わなかったからだ。
リュートの反応を見て、驚いて当然という顔になりながらジャックが真剣な面持ちで
続きを説明する。
「リュート・・・、戦いとは決して綺麗なものばかりじゃない。
相反する信念を砕く為に、あるいは大切な者を守る為に・・・。
その為に相手を傷付け、死に至らしめる力が必要になる場合がある。
譲れないものが大きければ大きい程、自分が負けることは決して許されない。
この技はあくまでそういった『思い』を守るために、編み出されたものなんだ。
それ故、自分自身にもリスクが伴い・・・同時に技の本質を悟られないように
する必要性が出て来る。
もっともこの技の本質を見抜く前に・・・、相手はすでに生きてはいないがな。
この秘奥義は一子相伝のようなもの、おいそれと伝授出来るものじゃない。
その為この技の本質を知る者は、技を受け継いだ者しか存在しないんだ。」
ごくん・・・と生唾を飲み、リュートは呟く。
「つまり、絶対に回避出来ない・・・究極の技!?」
本質を見抜けない・・・、そして知る者がいない。
この技を受ける者はどんな攻撃か理解する前に、・・・全て倒されている。
誰一人として助からない故に・・・、秘奥義。
「そうだ・・・、端的に言ってしまえば人体の急所である9つの部位を攻撃する。
人間の体って言うのは案外脆いものでな、結構急所だらけなんだ。
その中でも・・・、攻撃した相手を確実に戦闘不能にさせる部位を説明する。
まず1つは、額だ。
人間の額を強打することで脳にまでダメージを与えて意識障害・・・、それから
一時的に平衡感覚を失わせることが出来る。
2つ目は、アゴ。
アゴの先端を強打することで、脳しんとうを引き起こさせる。
わずかに逸れて側面に当たったとしても、その衝撃で脳が揺れ・・・内出血や
血栓を引き起こす。
3つ目は、横隔膜。
ここにダメージを与えることで、相手を呼吸困難に陥らせる。
4つ目は心臓・・・、これは言うまでもない。
そして5つ目に、肋骨・・・。
肋骨部分を攻撃することで、骨が折れて肺に穴を開けるんだ。
勿論それを前提とした威力のある攻撃をしないことには、話にならんが・・・。
続いて6つ目と7つ目が、上腕骨。
両腕にある上腕骨を突くことで、神経が切断されて相手の両腕が動かなくなる。
最後に8つ目と9つ目が、両膝だ。
両膝に多大なダメージを与えることで、相手は立つことも歩くことも
出来なくなる。
これらはあくまで簡単に説明しただけだ、人体ってのはもっとずっと奥が
深いからな。
オレは医者でも何でもないから詳しい説明は出来んが、これらを攻撃することで
確実に相手に大きなダメージを与えることが出来る。
ま、戦闘技術の基本になるがな。
お前達は今まで自分自身の肉体と、マナを鍛え上げるだけの修行をしてきた。
しかしこれから教えるのは、相手の急所を確実に捉えて攻撃する為のもの。
自分以外の『相手』を意識した修行になる。
だが・・・、この技は使う人間を選ぶ。
ただ闇雲に敵の急所を攻撃すればいいってもんじゃないんだ。」
ジャックが一旦言葉を切ると、一応用意だけはしていた木刀を手に持ち
片手で構えると・・・ものすごく遅いスピードで、リュートの体を・・・。
先程言った急所を順番にコツンコツンっと、突いて行った。
全く力を込めていないので、リュートは全然痛くない。
きょとん・・・とされるがままになっているリュートに、初めてジャックが
笑顔を見せた。
「・・・ってな風に、相手に悟られる程度のスピードじゃ9つ全ての急所を
確実に突く・・・なんて出来っこないだろ?
むしろ相手にすぐさま悟られて、途中で止められてしまう。
それじゃ秘奥義なんて言えないよな。
だとしたら・・・、一体どうすればいいと思う?」
「それはやっぱり・・・、スピード・・・ですよね?」
リュートの自信なさ気な回答に、ジャックは大きく頷く。
「そうだ、この技が相手を選ぶというのは・・・人知を超える程のスピードを
要求されるところにあるんだ。
それこそ相手の目に見えるスピードじゃ、急所を外されてしまいかねない。
そうなっては技の本質を見抜かれて・・・、もはや2度目はなくなってしまう。
この技はな、相手が攻撃に気付く暇すら与えず・・・全ての急所を絶大な威力で
確実に攻撃する為の、『力』と『スピード』を極めなければいけないんだ。」
言い終えたジャックの顔から再び、笑みが消えた・・・。
「これを伝授出来なければ、技の本質を聞いたお前を・・・オレは殺さなくては
いけない。
この技はオレ達『蛮族』の誇りの為だけに受け継がれてきたものだ。
決して強さに溺れることなく、そして驕ることなく・・・。
自分の仲間を、家族を、愛する者を守る為だけに伝授されてきた。
その技は絶対他の者に知られてはいけないし、痕跡すら残すことも許されない。
しかしオレは・・・お前ならこの技を必ずマスター出来ると信じている!
だからこの話をする前に、本質を説明した。
卑怯だと思ってくれていい・・・。
オレはこうすることで、お前から逃げ道を奪ったんだからな。」
ジャックは憂いに満ちた表情を浮かべ、微かに・・・自嘲気味に微笑んだ。
決して他に漏らしてはいけない秘奥義を・・・、ジャックはリュートに教えようと
している。
技の内容を聞くだけでも、死に値する。
しかし・・・それだけの威力があるんだと、リュートは暗黙に悟った。
リュートはすっと両目を閉じて、・・・考える。
ジャックの思いを・・・。
それから・・・静かに両目を開けたリュートの青い瞳からは、迷いも何もない。
全てを受け入れる『覚悟』を宿していた。
申し訳なさそうに目を伏せるジャックに対し、リュートは真っ直ぐな眼差しで
告げる。
「ありがとうございます、ジャックさん。
僕・・・アギトや家族以外に、僕のことをこんなにまで信じてくれる人、
初めてです。
それに、本質を教えてからこの話をしてくれて・・・きっと正解だったと
思います。
だってもし先にそんな話を聞いてたら、僕・・・きっとビビっちゃって
秘奥義の伝授に抵抗を感じてたかもしれないから。
だから・・・、今はどんなことがあっても必死にマスターしなくちゃっていう
思いで一杯です。
信じてくれる人がいるって、・・・こうしてわかることが出来たから。」
素直な気持ちを告げた。
今感じていることを、心から嬉しかったことを打ち明けた。
きっとジャックは、こんな言葉が返って来るとは思ってなかったんだろう。
仮にも『死の宣告』めいたものを告げられたのは、リュートなのに・・・。
むしろジャックの方が・・・今にも泣きそうな、そんな顔をしていた。
そして・・・・・・。
「リューーーートォォーーーっっ!!」
ばきばきばきぃっ!!
「ぎにゃあああぁぁぁあーーーーーっっ!!」
案の定、感極まったジャックの熱い抱擁が待っていた・・・。