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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド編 3
187/302

第185話 「アンデューロへ向けて」

「それで・・・?

 2週間以上もの間、ヴォルトの能力に全く気付かず・・・無駄に日々を過ごした

 というわけですか・・・。

 ひとつ尋ねたいことがあるんですけど、・・・君達は馬鹿なんですか?

 いえ・・・、これは尋ねたいことじゃなくて確認したいことの間違いでした。」


 冷ややかな視線で、オルフェが言い放つ。

ここは円卓会議の部屋・・・、夏休みに突入したアギトとリュートは大量の着替えや

学校の宿題などを持ち込んで、レムグランドに戻って来たばかりだった。

ちょうどオルフェとザナハも首都から帰って来たばかりだったようで、こうして

再びメンバーが集まって話し合いをしているのだ。

オルフェ達が首都に行ってる間、アギトとリュートが全くといっていい程

レムグランドに来れなかったのを・・・、オルフェに説明する。

どうせ隠したところでこの事実は、すぐさまオルフェの耳に入るということ位

十分にわかっていたので、正直なところ気が進まなかったが改めて事情を説明し・・・

ちょうど今、・・・オルフェに色々とイヤミを言われているのだ。

そしてアギトはオルフェのイヤミに対して、あからさまに不満一杯の顔になる。


「しょーがねーじゃん、ヴォルトとは契約したばっかで能力とか何が出来るかとか

 まだ全然把握してなかったんだしよ。

 その代わりこれから5週間位はぶっ続けでこっちに滞在すんだから、

 それでいいだろ!?

 どうせこの2週間の間、それ程の進展がなかったわけなんだし。」


「そのことで少しよろしいでしょうか?」


 アギトが愚痴を言い出したところでミラが空気を払拭させる為か、何の進展も

なかったわけではないことを説明する為か・・・。

手元にあった書類に目を通しながら、全員に報告をする。


「これは大佐が首都へ行った時に得た情報なんですが・・・。

 私達は契約の旅、及び洋館滞在で殆ど首都の状況がどういったものか詳しく

 わかっているわけではありませんでした。

 大佐が持ち帰った報告書によると、首都の防衛線はかなり過酷な状況である

 ことが判明しています。

 これによると、アビス軍の侵攻は徐々に首都まで伸びて来ている様子。

 レム軍も最前線で防衛をしてますが・・・現状は牽制し合っている状態で、

 わずかにアビス軍の方が優位・・・とのことです。

 更に凶暴化した魔物による襲撃もあり、被害はこちらの方が甚大。

 結果で言いますと・・・、これらの襲撃で出た被害は・・・。

 負傷者が1200余名、死者は・・・200余名になります。

 このまま戦力強化することが出来なければ、更に人数は増えるかと・・・。」


 ミラの言葉に、アギトとリュートは一瞬・・・心臓が止まったかと思った。

戦争なんてテレビの向こうでの話・・・、自分達の身に実際に起こるような

ものではない・・・。

今までならその程度の感覚で、たいして気にも留めていなかったことだろう。

しかし・・・、それが身近になった途端。

これ程までの衝撃を受けるとは、自分達にも想像出来なかったことだ。

軽く見ていた・・・と言えば、語弊があるかもしれないが・・・。

しかし実際そうだ、戦争の真っ只中にいるわけじゃなかったので心のどこかで

きっと戦争に対して軽く見ていた部分があったのかもしれない。

いや・・・、確かにあった。

首都へは一度、訪れたことがある。

下町の人間は気さくで・・・、一日だけだが親しくなった者さえいた。

・・・今その人達は、一体どうしているんだろう?

生きているのか・・・、それとも亡くなってしまったのか。

そんな考えが頭に浮かんでしまう。


これが戦争・・・。


 実感するのが、遅すぎたのかもしれない。

今は戦争中なのだ・・・、毎日誰かが命を落としている。

アギト達が今こうしている間にも、首都の側では戦いが繰り広げられていて

人間同士が・・・、あるいは魔物を相手に必死で戦っている。

自分が生き残る為に・・・、誰かを守る為に・・・。


 ミラの報告を聞いて、全員が言葉を失くしてしまった。

重苦しい空気がのしかかってくる。


「まぁ・・・、これが戦争・・・だからな。

 これを一時でも早く終わらせる為に、オレ達が動かなくちゃいけない。

 ・・・そうだろ?」


 ジャックが出来るだけ前向きに聞こえるような口調で述べると、それに

乗っかる形でオルフェが続きを引き継ぐ。


「そういうことです、こうして全員揃って・・・なおかつアギトとリュートが

 長期間滞在出来るというこの機会を逃す手はありません。

 出来れば早い内に一部のメンバーで、光の精霊ルナがいると伝えられている

 アンデューロへと向かいたいのですが・・・。

 そこでいくつか皆さんに伝えておかなければいけないことがあります。」


改まった口調でみんなに視線を送ると、全員が少し緊張した面持ちで息を飲む。


「最後の精霊の元へ向かうのですから、全員それなりの心構えや準備が必要に

 なってきます。

 そこでジャックと中尉、彼等と相談した結果・・・どうしても優先させたい

 内容があるんです。

 まずはザナハ姫・・・。」


 最初に自分の名前を出されたことに、ある程度予想していたのか・・・。

不安げな表情になりながらザナハはただ黙って・・・、話を聞いた。

 

「私と共に首都へ行き、実際の戦場を姫に見てもらいました。

 惨状をその目に焼き付けたことによって、以前よりもご自分の使命の重さを、

 それなりに把握してもらえたと思います。

 だからこそ・・・、姫の中にはまだ『迷い』がある・・・。

 殿下がおっしゃった言葉・・・、私は否定するつもりはありません。

 ですから姫様には、アンデューロでトランスポーターを設置して再び洋館へ

 戻って来るまでの数日間の内に・・・決断してもらいたい。

 神子としての使命を果たすか・・・、あるいは神子としての使命を放棄するか。

 どちらを選んだとしても、ここにいる者は誰一人として姫様を責めたり

 しません。

 姫様には十分な時間を与えるつもりです、どうか自分を見つめ直して・・・

 心の底から納得のいく結論を出さなければ、ルナの試練を乗り越えることなど

 不可能ですから・・・。

 いいですね、ザナハ姫?」


 オルフェの・・・、どこか釘をさす口調に・・・ザナハは静かに頷いた。

これは『猶予』だ。

アンデューロへ向かったメンバーが洋館へ戻るまでの間に、気持ちの整理を

しておけという。

それはつまり・・・、決断したらもう二度と後戻りは出来ない。

そう暗黙に語られていた。

ザナハの返答を見て、オルフェが続ける。


「次は、リュート。

 君の場合は『アビスに狙われている』・・・という厄介な状態にあります。

 またいつアビスに拉致されるか、わかったものじゃありませんからね。

 何しろアビスグランドが自分達の側にマナ天秤を動かす為には、必ず闇の戦士の

 力が必要になってくるからです。

 アビスがリュートを諦めることなど、万に一つも有り得ないでしょう。

 そこで君にはアビスからの使者に対抗し得る『力』を、身につけてもらう

 必要性が出て来ます。

 君がレムグランドに滞在している間の、ほぼ全てをジャックとの修行にあてて

 もらいたいのです。

 これはジャックからの希望でもあります。

 付きっきりで修行するということはつまり、常にジャックが護衛として

 側にいる・・・ということと変わりませんからね。

 修行はとても過酷で、それなりのリスクも含まれますが・・・出来ますか?」


 オルフェの説明に、リュートは思わず『上手い』と思ってしまった。

こういう言い回しをすれば、アギトが不審に思うことはまずないだろう。

ジャックとの修行・・・というのは勿論事実だが、しかしその殆どはルイドからの

誘致の為だと、容易に推察できる。

最初にジャックと付きっきりで過酷な修行をする・・・とうたっておけば、

余程のことがない限り、アギトが邪魔しに来ることもない。

数日、数週間リュートが姿を見せなくても・・・、簡単に言い訳が出来るのだ。

リュートはアギトに対して少なからず罪悪感を感じながらも、オルフェの言葉に

従うように了承する。


「それから中尉・・・。

 中尉にはカトル達のことを全般的に任せたいと思っています。

 1つはヴォルトから受け継いだ口伝を、書類にまとめてもらうこと。

 恐らく今後の戦いに必要不可欠・・・いえ、非常に重要な内容が伝えられている

 はずなので・・・それを解明する必要があります。

 正当な継承者であるリヒター君が目覚めていない以上、情報量はかなり落ちると

 思いますが・・・それでもレムグランドの碑文に残されていない伝承は非常に

 重要なものと言えるでしょうからね。

 まずはそれを重点的に進めてください。

 それからもう1つは、カトル達にもいずれは私達の戦力となってもらう必要性が

 出て来ます。

 以前アギト達が受けたものと同じ精密検査を受けてもらったんですが・・・。

 彼等は非常に高い能力を秘めています。

 これを眠らせておくには余りにも惜しいので、ぜひ我々に協力してもらいたいと

 思っているんです。

 勿論、カトル達の了解を得てからになりますが・・・。

 もし協力を得られるというならば、君達を正式な仲間として迎え入れたいと

 思っているのですが・・・、どうですか?」


 にっこりと優しい微笑みを向けて、NOと言わせない空気をかもしだす。

そしてカトルはあっさりと了承してしまった。


「オレ達も・・・、一緒に戦いたいってずっと思ってました。

 リヒターは眠ったままだから、何て答えを出すかはわからないけど・・・。

 でもオレとレイヴンとで話し合って・・・、ちゃんと決めたんです。

 子供達の・・・復讐の為じゃなく、その先に見えるものを見つける為に・・・。

 このまま戦いが終わるのを・・・ただ待ってるだけなのは、どうしてもイヤだった。

 でも・・・復讐がしたいわけじゃない、そう断言出来るようになりたいんだ。

 その為にはここにいるみんなと遜色ない位の強さが必要になって来る。

 みんなの役に立ちたいし、自分達の手でこの戦いを終わらせたいって思ってる。

 だから・・・、オレ達からもお願いします。」


「君達の決意、見届けさせてもらいますよ。

 さて・・・とても心強い言葉を聞けたので、中尉。

 中尉も異論はないですね?」


「はい、彼等の指導は任せてください。」


「では、ここまでで決定した内容をもう一度確認します。

 ザナハ姫はアンデューロへの道が出来るまでの間に、選択しておくこと。

 リュートはほぼ全ての時間を、ジャックと共に修行に費やすこと。

 中尉はカトル達から伝承の内容を書類にまとめておくこと・・・。

 更に・・・、彼等の修行に関する指導をすること。

 残りのメンバーは、アンデューロへ向けて馬車移動をします。

 私とアギト・・・、そしてドルチェの3人で向かうことになります。

 以上で今後の予定は決まりましたが、他に何もなければ会議は終了します。」


 会議が終わって、リュートは慌てて片手を挙げるとオルフェに向かって遠慮気味に

尋ねた。

 

「あの・・・、以前大佐にお願いしたこと・・・覚えてますか!?

 大佐が首都へ行く時に、青い鳥の主に関することをアシュレイさんに聞いてもらう

 ように頼んでいたんですけど・・・。」


 アギト、ザナハ、ミラが・・・一斉にオルフェの方に注目した。

オルフェはいつもと変わりない笑みを浮かべながら、両手を組んで・・・答える。


「えぇ、勿論覚えていますよ。

 殿下に青い鳥に関して尋ねたところ・・・、青い鳥の主が判明しました。」


 リュートは黙ってオルフェの言葉に注目していたが、しかし内心は複雑な心境に

なっていた。

青い鳥は以前、リュートが首都に行った時・・・初めて自分の目の前に現れた。

夜中になってもなかなか寝付けなかったリュートのベッドに、光輝く青い鳥を見つけて

その後を追ったのだ。

青い鳥が向かった先はアシュレイの私室と思われる場所、そこでアシュレイと・・・

妹であるザナハが何か言い争いをしていて・・・そこから青い鳥がどこへ行ったのか

見失ってしまった。

その時は涙を流して傷ついた様子のザナハを慰めることで頭が一杯になっていたので

それ以上青い鳥に関して追及することはなかったのだ。

殆ど存在を忘れかけていた時に、再び青い鳥が現れて・・・オルフェの元へ

向かった所を見て、再び不思議に思うことになる。 


 青い鳥は、主となる人物のマナで構成される使い魔だという。

つまりあの青い鳥は、誰かの意志によって飛び回っていることになるのだ。

2度青い鳥を見た時には、興奮していたこともあって・・・意地でも誰のものか

ハッキリさせようと思っていた。


 しかしあれから数週間経って・・・、だんだんと熱が冷めて来たと思いたくは

ないのだが・・・正直なところ青い鳥の主が誰なのかという疑問が、いつしか

どうでもよくなってきたのだ。


知りたくない・・・という気持ちもあったのかもしれない。


青い鳥はリュートにとって、特別な存在。


 それが誰かの意志によって操られている・・・、そんな機械的な存在として

捉えたくなかったのだ。

青い鳥はあくまで、夢のような・・・希望を象徴する存在でいてほしかった。

そんな思いから・・・、リュートはそれ程期待することなくオルフェの話に

耳を傾けている。

リュートはふと・・・、向かいに座っているザナハの方に視線をやった。

ザナハはうつむき・・・、言葉では表現しにくい複雑な表情を浮かべている。

一体どうしたのか? そう思った時、オルフェが口を開いた。


「青い鳥の主は判明したのですが・・・、実はそれを誰にも語るなと

 殿下に口止めされてしまいまして。

 申し訳ありませんが、お教えするわけにいかなくなってしまいました。

 いやホント、すみません。」


 心から全く謝っていない表情と口調に、アギトがあからさまにイヤな顔を

している。

リュートは何となく、オルフェは口止めされたわけじゃなくて・・・故意に

隠しているな・・・と直感した。

確証はないが、そんな気がしたのだ。

しかし今のリュートにとっては、かえってそうしてくれた方が有り難かった。

結局あの青い鳥が何なのか、何が目的なのか、そして何を意図しているのか。

そういった疑問は山程残ってしまったが、今はそれで構わないとさえ思えて来る。

リュートは思い切り演技っぽくなってしまったが『残念です』と、主張した。

全く残念に思っていないことは、恐らくオルフェには十分伝わってしまってる

ことだろう。

だがそれを特に気にするでもなく、これで完全に会議は終了となった。

全員が各々、やるべきことをする為に会議室を出て行く。

アギトがリュートとジャックに、一体どんな修行をするのか聞こうとした時。

すぐさまオルフェに首根っこを掴まれて、ドルチェと共に早速アンデューロへ

行く準備をする為に拉致されてしまった。

その光景を苦笑しながら見つめて、それからジャックの方に向き直る。


「ジャックさん、修行の方・・・よろしくお願いします。」


リュートのかしこまった挨拶に、ジャックの方も気合いが入る。


「あぁ、かなり厳しい修行になるが・・・しっかりついて来るんだぞ。」


 そう言葉を交わし・・・、二人は会議室を出て行った。

一番最後に会議室に残ったザナハは、まだぼんやりとしたまま席についている。

思いつめた表情で、じっとテーブルを見つめていた。

両手をぎゅっと握り・・・、じんわりと汗が滲む。


「あたしは・・・、一体どうしたらいいんだろう・・・。

 この世界が好きだって、守りたいって心から思ってたはずなのに。

 今はそれすらかすんでしまう、・・・本当にそれが正しいのかどうか。

 こんな気持ちを抱いたままでレムの試練に合格するなんて思えない。

 あたし・・・、一体何がしたいんだろう・・・!?」


 考えても、悩んでも・・・結局同じ場所へ辿り着く。

そんなことを何度も繰り返しながら、ザナハはいずれ答えを出さなければいけない。


神子を続けるか・・・。


神子を破棄するか・・・。


 どちらを選んだとしても・・・、結局は『死』へと繋がる。

大切な者の死か・・・、それとも愛する者の死か・・・。


ザナハは大切な者の命と、愛する者の命を・・・天秤にかけなければいけない。



自分には出来ない・・・っ!



誰かの命を天秤にかけるなんてこと・・・。



どちらも失いたくない・・・、失いたくないのに・・・っっ!



それでも・・・、ザナハに与えられた選択は・・・この二択しかないのだ。





  

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