第181話 「夜空に浮かぶ月」
夜9時頃、宿屋の一階では酒場として営業中なのでそれ程『騒音』という
わけでもなかったが・・・それでも何人かの客の目を引いてしまっていた。
オルフェとジャックの部屋を、ザナハが遠慮なく叩きつけて大声で怒鳴る。
ずっと精神的に衰弱していた人間のする行動ではないような、そんな豹変ぶりに
・・・現場を目撃していたアギトとリュートは目を丸くしてた。
「オルフェっ、いないのっ!?
早くこのドアを開けなさい、これは命令なんだからっ!!」
「ザナハ・・・っ!
それ以上叩くと、ドアが壊れちゃうよっ!」
リュートが慌てて駆け寄って、ドアを叩きつけていたザナハの腕を掴む。
その時・・・、振り向き様に睨みつけて来た形相はとてもリュートがよく
知るザナハの顔とは思えなかった。
切羽詰まったような・・・、どこか追い詰められたような・・・そんな
気迫のようなものを感じてリュートは思わず息を飲む。
ザナハの方も、自分を制止したのがリュートだと気付いて・・・すぐさま
振り払おうとしていた腕の力を抜いた。
「ご・・・、ごめん・・・。」
視線を下に落として、ザナハが謝罪する。
リュート達の存在に気付いて、ようやく正気を取り戻したのか・・・。
さっきまでの勢いが消沈して静かになった。
「・・・ったく、何なんだよ。
ビックリさせんじゃねぇって・・・、悪魔でも取り憑いてんのかと
思ったぜ。」
やっと大人しくなったザナハに、アギトが心底ほっとしたような顔で呟く。
ザナハの様子も心配だが、リュートはザナハからオルフェ達の部屋のドアに
視線を移すと・・・ドアノブに手をかけた。
あれだけザナハが激しいノックをしたのだ、これ以上静かなノックをしても
無意味だと・・・、そう思っての行動である。
しかし中にオルフェがいるという保証もなかった。
リュート達が最後にオルフェを見たのは、設置場所探しから戻って・・・
一階の食堂で別れたのが最後だったからだ。
食堂から酒場へと変わっている場所で今も飲んでいるのか、それとも部屋に
戻ってザナハのノックを無視したのか・・・それはわからない。
だが後者ならば、オルフェは一体何の意図で忠義を尽くすべきザナハの命令を
無視してまでドアを開放しなかったのか・・・?
それは、あの光り輝く青い鳥に関係しているように思えてならなかった。
あの青い鳥は、それだけ大きな意味を持つような・・・そんな存在なのだろうか?
そんなことを思いながら、リュートがもう一度ドアをノックしようとした時。
中から鍵を開ける音がして・・・、ゆっくりとドアが開いて行く。
隙間から困った表情を浮かべたオルフェが顔を出して、ドアの前にいる人物を
確認する。
「姫だけではなく、君たちも一緒・・・ですか。
まぁいい、他の宿泊客の迷惑になりますから・・・。
とりあえず入ってください。」
そう言うと、ドアを大きく開けて・・・3人を中へ通す。
リュートが中を覗き込むと、そこにはジャックの姿がなかった。
「あの、ジャックさんは?」
「まだ酒場で中尉と話をしていますよ。
私は仕事があったので、先に部屋に戻っていたんです。」
「へぇ~・・・、その仕事ってあの青い鳥と関係あんのか?」
アギトがいきなり切り出した。
『青い鳥』という単語が出た途端、やっぱり・・・という顔になる。
オルフェは3人が中に入ってからドアの外に視線を走らせて、しっかりと
鍵をかけた。
ザナハは室内に青い鳥がいないか探していたが、今はどこにもそれらしき
ものは見当たらない。
「探しても、もういませんよ。」
オルフェがそう言葉をかけたら、ザナハはくるっと振り向き・・・問い詰める。
「オルフェ、教えて!
あの鳥はオルフェと一体どんな関係があるの!?
主は!?」
「あ・・・あの、僕も聞きたいです!
以前レムグランドの首都で、僕もさっきの青い鳥を見ました。
それが今の青い鳥と全く同じものかどうか、自信はありませんけど・・・。」
二人が詰め寄るように問いただす中、アギトだけが二人の勢いについて行けず
ただポカンと見つめるだけだった。
オルフェは二人の言葉に、これ以上隠し切れないと判断したのか・・・覚悟を
決めたように溜め息を漏らすと、全員に適当に座るように指示する。
「あの青い鳥をきっかけに、ザナハ姫に元気が戻ったなら・・・不幸中の
幸いというべきでしょうか。
いいでしょう、今更隠したところで何も変わりませんからね。
ついさっき私の部屋に訪れた青い鳥・・・。
あれは使い魔といって・・・ザナハ姫のおっしゃる通り、主となる人物の
マナで構成された魔物の一種ですよ。
ただ・・・、あの青い鳥の主が誰なのかは私も知りません。
私はアシュレイ殿下の指示であの青い鳥を介し、作戦のやり取りをしていた
だけでしてね・・・。
普通の鳩や書簡では、国王陛下に作戦内容が漏れないとも限らないですから。」
「つまり・・・、あの青い鳥は国王を出し抜く作戦のやり取りをアシュレイさんと
行なう為に、伝言係の役割を担っていた・・・ということなんですか?
・・・本当に、それだけ!?」
それだけでは、リュートは納得がいかなかった。
本当にあの青い鳥の役割がそれだけなら、なぜあの晩・・・全く関係ない状況で
自分の元に現れたのか?
なぜ傷ついたザナハの元へ自分を導いたのか?
その答えになっていないからだ。
いや、もしかしたら・・・本当にオルフェは何も知らないだけかもしれない。
「それじゃ・・・、あの青い鳥の主は・・・アシュ兄様!?」
疑うように尋ねるザナハ。
その声色は、まるで信じたくない・・・信じられないと言っているようだ。
「いえ、それはどうでしょうか?
私が聞いた話によれば、陛下を謀る作戦には・・・内通者との協力の元
計画されていると聞きました。
その上で、陛下に情報が漏れないようにその内通者から渡されたのが、
あの青い鳥だということみたいですが・・・。
全くもってお役に立てなくて申し訳ありませんが、その内通者が何者
なのか・・・私は存じていません。」
「それじゃ結局のところ、あの青い鳥が誰のモンなのか全然わかんねぇって
ことじゃんか。
オルフェが隠しても意味がないって言ってたのは、あの王子とやり取り
していたっていう内容のことか?
別にそんなもん隠したって最初から意味ねぇじゃん。
オレ達はオルフェ達のことを信じた上で、契約の旅を続けるっていう
選択をしてんだから・・・、今更そんなことがバレたって痛くもかゆくも
ねぇよ。」
「おや、君からそんな嬉しい言葉が聞けるとは思ってもいませんでしたね。
ですが一応私がしていることは国王陛下に対する反逆行為ですから・・・。
公にするわけにいかないので、どうしても内密に事を運ぶ必要があったん
ですよ。
例えそれが・・・、仲間である君達であってもね。」
オルフェの言葉に、アギトは唇を尖らせて拗ねてみせた。
信じた仲間に隠し事をされるのが大嫌いなアギトは、どんな理由があろうと
やっぱり気分のいいものじゃないと思ったからである。
元々青い鳥にそれ程興味のなかったアギトは、オルフェの先程の説明で
あらかた納得したのか・・・それ以上の興味を示していない。
しかしそれでもザナハに至っては、全く納得していない様子だった。
むしろ・・・、その諦めない表情から見ると・・・まるで青い鳥の主の正体を
知っているような、そんな含みのある表情を見せている。
何かを隠しているようなザナハの態度に、オルフェがじっと目を凝らす。
「ザナハ姫、貴女の方こそ何か知っていることがあるんじゃないですか?」
そう聞かれ、ザナハは一瞬沈黙する。
やがて顔を上げて返答した言葉は、「知らない」だった。
そう返されてはそれ以上追及するわけにもいかないと思ったのか、オルフェは
早々と解散したそうな態度を露わにする。
「さて、そろそろジャック達がタイミングを見て戻って来る頃合いですね。
私も明日は早いので、もう休みたいんですが・・・。」
思い切り邪魔者扱いするような眼差しでイヤミったらしく呟くと、アギトと
リュートは苦笑しながらさっさと部屋を出て行った。
そしてザナハも何か考え事をしながら、一緒に部屋を出て行く。
出た途端にパタンとすぐさまドアを閉める態度に、若干苛立ちを感じながらも
アギトは両手を頭の後ろに組みながら大きなあくびをした。
そして自分の部屋へと戻って行くが、リュートはザナハの態度がどうにも気に
なって仕方がない。
ミラのようにずっと付きっきりでザナハの側にいたわけではないから、今までの
ザナハの落ち込み方をリュートは知らない。
しかし、ミラの口ぶりからいって相当落ち込んでいたはずだ。
・・・にも関わらずこうして閉じこもっていた部屋から出て来て、
自分と同じようにあの青い鳥に異常なまでの興味を示した。
きっとザナハにとっても、ものすごく因縁の強い存在だったに違いないと
リュートは思ったのだ。
「あの、ザナハ?
ザナハはあの青い鳥と、一体どういう関係が・・・?」
さり気なく聞いたつもりだった。
しかし、返って来た言葉はリュートの心臓を強くえぐる。
「別に・・・、リュートには関係ないことでしょ・・・。」
それ以上は、何も聞けなかった。
衝撃があまりにも強すぎて・・・、リュートは廊下に立ち尽くしたまま何も
出来ないでいる。
息をすることすら、忘れてしまうようだった。
そのまま自分の部屋に戻ってドアを閉めるザナハの背中を、ただ黙って見つめる
ことしか出来なかったのだ。
本当は、あんなことを言う娘じゃない・・・。
今のザナハは心に深い傷を負う程の痛みを抱えていて、回りが見えていない
だけなんだ・・・。
だから、仕方がない・・・。
仕方がないんだ・・・!
リュートは何度も何度も・・・、繰り返し・・・そう思い込んだ。
部屋に戻ったが、・・・眠れない。
ザナハに言われた言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返される。
隣からは大きないびきと歯ぎしりが聞こえて来る、しかし・・・それすら
気にならない程リュートは頭の中が一杯になっていることがあった。
(ザナハに聞きたい・・・。
一体あの青い鳥は、ザナハとどういう関係なんだろう!?
ザナハに一体何をしたんだろう!?)
関係ないと言われればおしまいなのだが、それでは納得がいかない。
オルフェの話を聞けば何かわかるかもしれないと思ったのに、期待していた
程の答えは返って来なかった。
リュートは思わずベッドから起き上がり、おもむろに窓を開けて身を乗り出す。
空には月がぽっかりと浮かんでいて、まるで自分を照らすスポットライトのように
感じられた。
辺りを見回すと、もうすっかり深夜のせいか・・・道端で引っくり返っている
酔っ払い位しか見当たらない。
どの建物の窓からも明かりはないし、出歩いている者もいない・・・。
リュートは何を思ったのか、窓の枠に足をかけて・・・思い切り蹴り上げた!
両手を広げて2階から、飛び立つ・・・。
背中から鮮やかな青い翼が現れて、月明かりに映えるようにばさり・・・。
ばさりと大きく羽ばたいて夜空を飛翔した。
時折体を半回転させながら、リ=ヴァースとは全く違う・・・。
電線も何もない空を自由に舞った。
下を見下ろせば町中は暗い静寂に包まれていたが、夜空に輝く月明かりが
自分を照らし出して・・・まるで世界をまるごと独り占めしたような気分に
なってくる。
まさに・・・、自分だけの世界だった・・・!
リュートにとっての、自由・・・。
何にも縛られず飛び回ることで、心の中で渦巻いていたどす黒いものが綺麗に
洗い流されるように感じられた。
そうすることで・・・、ようやく頭が冴えて来る・・・。
余計なものを振り払って・・・、肝心なことだけが浮かんで来るようだった。
ひとしきり飛び回って、すっかりもやついたものを払うことが出来た
リュートは、すっきりとした顔で宿屋の屋根の上に着地する。
ばさりと翼を羽ばたかせると、青い羽根が風に乗って舞っていく。
「そういえば・・・、よく鳥とか天使が飛んでいる時に羽根が舞い落ちるのを
見て、思ってたことがあったな。
羽根があんなに舞い落ちて、痛くないのかなって。
思った程痛くないけど・・・、まさか抜け毛みたいなものじゃないよね?
いずれ青い羽根が全部抜け落ちて、見るも無残な翼になったりなんてこと。」
せっかく気持ちに整理が付いたようなさわやかな気分になったのに、今の
想像で少しだけ気落ちする気分が蘇ったような感じがした。
すぐさま首を左右に激しく振って、今の発言と考えを振り払う。
宿屋の屋根の上に腰掛けて、夜空に浮かぶ月を見上げるリュート。
「青い鳥・・・。
もしも主がアシュレイさんだったとしたら、あの晩・・・。
ザナハと言い争って泣かしてしまったことを、本当は悔やんで
いたとしたら・・・。
妹を慰める為に、純真無垢を連想させる青い鳥を遣わしたんだとしたら?
それなら、結構つじつまが合うんじゃないかな・・・。
まぁ・・・だとしても、その青い鳥がどうして最初に僕の所へ現れたのかって
言う大きな疑問が残るわけだけど・・・。」
結局のところは、何もわからなかった。
それなら首都へ戻る予定をしているオルフェに頼んで、直接アシュレイに
聞いてもらった方が早いかもしれないと、そう思っていた時だ。
「・・・リュート!?」
リュートの足元の方から声がした。
声を聞くだけで鼓動が高鳴る、そんな・・・リュートの心をくすぐる声。
慌てて屋根の上から覗き込むように下を見ると、リュートがいた真下は
ザナハの部屋だったらしく・・・窓を開けて上を見上げるザナハの姿が映った。
「あ・・・、ごめん。
もしかして・・・、起こしちゃった!?」
リュートの意志とは裏腹に、背中に生やしたままの翼がばさりと羽ばたいて
ザナハに向かって青い羽根を降らせる。
「あぁっ、ごめん! すぐにしまうからっ!」
「ううん、いいの! それより、あたしもそこへ行ってもいい?」
思いがけない言葉に、リュートはドクンドクンと心臓の音が早くなるのを感じる。
一瞬夢でも見ているのかと疑いそうになったが、ザナハの・・・いつもの純朴な
顔がそこにはあって・・・リュートは、これは現実なんだと認識した。
それよりも、ザナハの部屋から屋根までのこの距離・・・。
一体どうやって引き上げようかと考えを巡らせるが・・・結局方法は1つしかない
と判断し、口から心臓が飛び出しそうになる位・・・緊張が増す。
リュートは再び飛び立つと、窓の外から身を乗り出したザナハを抱き抱えるように
して・・・ゆっくり舞い上がる。
(うわ・・・っ!
僕・・・女の子をお姫様抱っこするの、生まれて初めてだ!
妹にだってしたことないのに・・・っ、ものすごく緊張するよっ!
僕の心臓の音、ザナハに聞こえたりしてないよね!?
聞こえてたりなんかしてたら、ものすごく格好悪い・・・っ!)
そんな風に思いながら屋根の上へと飛んで行くと、ザナハはまるで夢見心地と
言わんばかりにリュートの胸へ・・・身を委ねる。
両目を閉じて、まるで胸の鼓動を感じようとするように・・・。
そんな仕草にリュートは恥ずかしさと緊張の余り、我を忘れそうになった。
顔は真っ赤、耳まで熱くなって変な汗までかいてくる。
混乱気味になりながらも、早い所屋根に着地しようと急いだ時だ。
ザナハが小さく囁くように・・・、媚びるような声を出しておねだりする。
「お願い・・・、もう少しだけ・・・。
もう少しだけでいいから、あたしを抱いたまま・・・飛んでいて?」
その声に、言葉に・・・、そして微かに香る髪の匂いに・・・。
リュートは天にも昇るような気分になった。
返事をすることも出来ない位、リュートはてんぱってしまって・・・返答の
代わりに行動で応えることにする。
それをちゃんと理解してくれたらいいのだが・・・、と心の中で思いながら。
翼を羽ばたかせて、夜空を駆けて・・・風が頬をすり抜けて行く。
高く・・・、高く・・・。
それこそ、空に浮かぶ月まで届くように・・・。
「うわあ・・・、綺麗・・・っ!」
大空を飛んでいき、やがて建物が小さくなって・・・上空から見下ろす景色が
さっきまで自分達がいた所とは思えない程、小さく、広大に感じる。
ザナハの喜ぶ顔が見たい・・・。
もっと・・・、もっと微笑んでほしい・・・。
君を抱きしめながら広大な空を羽ばたいて、どこまでも・・・。
どこまでも遠くまで行ってしまいたい・・・。
それで君が喜んでくれるなら、嬉しいって微笑んでくれるなら・・・。
それが僕にとって、とても嬉しいことだから。
とても幸せに感じることだから・・・。
だから・・・、もう悲しまないでほしい・・・。
それが僕の・・・、君への願い・・・。