第180話 「光まといし青い鳥」
アギト達は宿屋に戻ると、ちょうどミラが2階から下りて来たところだった。
適度に休息を取っているらしく、顔色が少し良くなっている。
「おかえりなさい、設置場所の方は見つかりましたか?」
「問題ありませんよ、カトルのおかげで。」
棘のある言い方に、アギトの顔がひきつる。
その意味がわからないミラは、不思議そうにアギトの方に視線を向けながら
首を傾げた。
しかし、どうせオルフェが余計なことを言ったんだな・・・とすぐさま解釈して
話題を戻す。
「そろそろ暗くなってきたようですし、魔法陣を描くのは明日ですね。
それでは・・・、私は洋館へ戻る準備をしておきます。」
「ところでザナハの様子はどうだ?
やっぱ、まだ落ち込んだままなのか・・・。」
ジャックが心配そうに尋ねる。
それはリュート・・・、そしてカトルも同じ気持ちだった。
「精神的にひどく衰弱しているようで・・・、ですが昨日に比べればまだ
少しだけですけど・・・食事だけはさっき取ってくれたので、このまま
根気良くケアしていけば・・・。」
「しかし、あまり悠長にも出来ませんよ。
残すは光の精霊ルナのみとなった今・・・、陛下も気長に待ってはくれない
でしょうからね。
一応洋館に戻り次第、私は首都へ行く予定をしているので・・・。
その時にでもいくらかフォローはしておきますが・・・それにも限界があります。
今まで色々とアシュレイ殿下に力添えしてもらった手前、これ以上殿下の
お手を煩わせるわけにもいきませんしね。
全く頭が痛いですよ・・・、ヴォルトも余計な置き土産をしてくれたものです。」
頭を押さえながら、大袈裟に肩を竦めるオルフェにアギトがそれとなく口を出す。
「でもヴォルトの話じゃ、ルナとの試練をする前にどうしても必要なこととか
言ってたじゃん。
あいつが何を思い出したのかは知らねぇけど、その記憶を取り戻した上で
どうするかを決めなきゃいけねぇって・・・。」
「それをザナハが話してくれないから、みんなどうしたらいいかわからない
んだよね・・・。」
落ち込んだ口調でリュートが呟く。
一瞬沈黙が流れた後、オルフェが雰囲気を払拭するように明るい声をかけた。
・・・というよりむしろ、空気などお構いなしに普通のテンションで声を
かけただけだが。
「ま、こんな所で思い悩んでいても何も解決しません。
今は出来ることから1つ1つ片付けていくとしましょう。
まずは明日の予定から発表するとしましょうか。
私は明朝から魔法陣を描きに行きますから、その後全員で集合してください。
ジャックとドルチェは、リヒター君が入院している病院へ迎えに行って
ください。
今日私がカトルと一緒にリヒター君を引き取る手続きや、段取りを済ませて
おきましたから・・・指定した時間には移動用ベッドに移されたリヒター君
と、付き添いのレイヴン君がいるはずです。
二人はそこで、新たに仲間となるカトル、リヒター君、そしてレイヴン君と
一緒にトランスポーターへ来ること。
いいですね?」
「わかった、任せとけ。」
「よろしくお願いします。」
快く引き受けたジャックに、カトルが頭を下げてお願いする。
「続いて、アギトとリュート。
二人は私と一緒に来てください、アギトにはトランスポーターの設置場所まで
案内してもらわないといけませんからね。
そこで魔法陣を描き、起動準備が出来たら先に洋館へ戻ってください。
向こうに着いたらしばらくはトランスポーターを使用しないように。
続けて馬車の御者を転送させますから、その時に君達が洋館側のトランス
ポーターを使用すると、転送に問題が発生してしまいます。
御者の転送が済んだ後には、ジャック達の方の段取りも済んでいるはず。
御者の後は、カトル達を連れたジャック一行が戻ります。
わかりましたか?」
「うぇ~~い。」
「わかりました。」
二人が快く(?)返事をすると、オルフェは続けてミラの方へと視線を移す。
「最後に私と中尉、そしてザナハ姫を転送させて終了です。
洋館へ戻ったらアギトとリュートはそのままリ=ヴァースへ戻る。
そしてジャックには洋館の結界強化の為に、ミアとメイサを迎えに行って
もらいます。
ドルチェはカトル達に、洋館について色々と教えてあげてください。
まずは生活する為の個室から、必要最低限必要なものをメイドに言って
用意させること。
中尉は引き続きザナハ姫のケアの方をお願いします。
私はそのまま首都へ戻る準備が終わり次第、出発・・・。
・・・とまぁ、大体こんな所でしょうか。
アギトとリュートは一旦リ=ヴァースへ戻った後、またいつものペースに
戻すことにしましょう。
しばらくの間は、こちらの展開にそれといった進展はなさそうですし。
毎週末のヴォルトデイからルナデイの間、それぞれ自由とします。
ただし・・・せっかく上げたレベルが落ちないように、適度な訓練だけは
怠らないでくださいよ?」
一通り説明し終えると、全員が頷き・・・それぞれの役割を頭の中で確認する。
ふと隣にいるリュートの方に目をやると、何か深く考え込んでいる様子でうつむいて
いたのでアギトが何となしに声をかけた。
「どしたリュート? 腹でも減ったのか?」
急に声を掛けられて驚いたリュートは、すぐさま顔を上げて振り向く。
「えっ!? ううん・・・別に何でもないけど。
ただ・・・ザナハの様子が気になってさ、僕アビスグランドから戻って来て・・・
まだ一度も言葉を交わしていないから。
リ=ヴァースに戻る前に、挨拶位はしておきたかったなって・・・。」
言いながら再び視線を斜め下に向けて、躊躇っている様子だった。
そんなリュートの気持ちに、アギトはなぜ躊躇っているのかわからない・・・という
顔できょとんとしながら言葉を返す。
「なんで? したらいいじゃん・・・挨拶。
別に病気でも何でもないし、面会謝絶ってわけでもねぇだろ。
そんなに気になるんだったら、パッと行ってブワッて喋って来たらいいじゃん。」
簡単に言うアギトに、リュートは眉根を寄せて反論した。
「いやいや・・・、ミラさんの台詞からして今のタイミングはマズそうでしょ。
・・・ですよね?」
二人の会話をそれとなく聞いていたミラが、首を傾げながら考え込む。
「う~ん・・・、そうですねぇ・・・。
案外リュート君の話なら、姫も聞いてくれるかもしれません。
一度会って話をしてみてくれませんか?
もしかしたら私の時とは違う反応が返ってくるかもしれないですし。
お願いします。」
返って来たのは、意外な言葉だった。
「え・・・、いいんですか!?
でもミラさんに何も話さないのに、僕が話しかけたところで反応が
返ってくるかどうかは疑問なんですけど・・・。
まぁ・・・、とりあえず頑張ってみます。
・・・期待に応えられないかもしれないですけど。」
「いえいえ、期待していますよ。」と、オルフェ。
「大丈夫、お前はオレの弟子だから出来るぞ!」と、これはジャック。
なんだか大きな期待をかけられているようで、余計なプレッシャーを
与えられたような感覚になるリュート。
話が妙な方向へ流れ出して戸惑っていると、カトルが突然何かを思い出した
ように声を上げた。
「あ・・・、もうこんな時間だ。
レイヴンが心配なんで、もう帰ります。
それじゃまた明日、待ってますんで・・・。」
全員がカトルに声をかけると、笑顔で返して・・・すぐさま宿屋を出て行って
しまった。
それを見送り、これで今日の仕事はおしまい・・・という空気が流れて
皆それぞれ別行動を取ることになった。
リュートはとりあえず変な期待をかけられた手前、しっかりとした心の準備を
してからザナハの元へ行こうと思い・・・まずは自分の部屋へと戻る。
オルフェ、ミラ、ジャックは大人の話をするので、そのまま食堂に残った。
ドルチェはというと・・・、アギト達が気付かない内に黙って部屋へと戻って
しまっている。
ひとまずアギトとリュートの二人は、自分達の部屋に戻って荷物の整理をした。
特にこれといって荷物が多い方ではなかったので、部屋の中に散乱していた
服などをバッグに詰めて・・・それで終了。
一息ついたところで、アギトが遠慮気味に話しかけて来た。
「リュート、あのさ・・・。
ぶっちゃけアビスグランドで何やってたのか、聞いてもいいか?」
ものすごく控えめに聞いて来る姿に、リュートは最初怪訝に思ったがすぐに
その原因がわかった。
恐らく、今朝の喧嘩が理由の一つだろう。
確かにあの時は、話すタイミングを誤ってしまって・・・結果的にアギトに
対して隠し事をしてしまったと・・・、そう捉えられても仕方がない。
だからといって別に隠し事をしたいから、みぞおちにパンチを食らわせた
わけじゃない・・・。
ただ単にリュートにだって全部が全部、アギトに包み隠さず本心を話している
わけじゃない・・・ということを理解してもらう為だ。
それがどういうわけか・・・。
アギトは『聞いていいこと』と『聞いてはいけないこと』の分別がつけられて
いないようで、恐る恐る尋ねて来る・・・という状態に陥っているらしい。
こんな時、自分と同じように他人に対してのコミュニケーション不足が相当
足を引っ張っていることにリュートは同感していた。
「あのさアギト・・・、何もそこまでビビらなくてもいいよ。
僕が言いたかったのは・・・、事細かに話し切れてない部分とかあるかも
しれないから、その時は頭ごなしに怒るんじゃなくて・・・きちんとその時に
話せなかった理由を聞くとか、改めて話を聞くとか・・・。
そういうゆとりのある心を持って欲しいって言いたかっただけで・・・。
別に何でもかんでも僕の許可がなければいけないとか、そういうわけじゃ
ないんだよ!?
僕達、友達なんだから・・・!
だからもうこんなギクシャクした態度はやめようよ。
こんなことで変に遠慮したり、気を使い過ぎたりするのはナシだからね。
いつものアギトでいてくれた方が、僕も安心するんだからさ!」
リュートの言葉に、アギトは心底ほっとしたような顔になって笑みをこぼす。
「そ・・・、そっか? そんじゃ遠慮なく!」
そう言うとアギトは、だらしなくベッドに横になりながら片手でぼりぼりと
お尻を掻いた。
「いや、いくら友達同士でも最低限の節度だけは守ろうよ。」
「あっははは・・・ジョーーダンだって、ジョーーーダン!!
んで!?
ぶっちゃけアビスで何させられてたんだよ。
見た所、別に拷問とかされた風には見えねぇけどな・・・。
ハッ・・・!
実は拷問で受けた傷がオレ達に見つからないように、前もって
回復魔法で傷口を治してあって・・・証拠隠滅したとか!?」
ショックを受けたように真っ青になると、アギトはハラハラしながら
リュートの頭の先から足の先まで視線を泳がせる。
「別に拷問とかは受けてないって! その辺は心配いらないよ。
いつもよくわからない話を聞かされたり、まぁ・・・勧誘的なものを
受けたりしてるだけで、特にこれといったことはないかな。
あ・・・、でも殆ど流れで・・・だけど。
風の精霊シルフとの契約はさせられちゃったかな。」
リュートは、ルイドとの取引に関する話やディアヴォロのこと・・・。
そして添え星の運命に関する話題は避けた。
アギトが興味のある話・・・、精霊に関する内容を出せばそっちに興味を
示すことはよくわかっていたからだ。
そうすれば余計な話題になることもないだろう・・・。
何より今のリュートは、添え星の話題だけはどうしても思い出したく
なかった。
そして案の定、アギトは精霊の話題にこれでもかという程の興味を示す。
「シルフと契約したぁ~~っ!?
なんっだよそれ、全然聞いてねぇって!
それじゃお前も精霊のマスターになったってことじゃねぇか!
スッゲェーーー! オレ達ってスゲェじゃん!
そんじゃさ、今度イフリートとシルフで対戦しねぇか!?」
「いや、それはやめようよ。
この上ない無益だよ、ゲームじゃないんだからさ・・・。」
「ちぇっ、つまんねぇの・・・。
でも今度戦闘シーンに突入したら、イフリートとシルフの夢の競演
だけはしようなっ!?
約束だぞっ!? 嘘ついたら泣くかんなっ!?」
「はいはい・・・、アギトってホントこういうのが好きだよね。」
アギトの興奮に、少しスイッチを入れ過ぎたと・・・ほんのちょっとだけ
後悔しつつ、リュートがふと・・・なんとなく窓の外に目をやった時だ。
外はすでに暗く・・・、建物の窓から漏れる明かりがちらほらと見える中。
リュートは自分の目を疑う光景を・・・、驚きの余り声にもならないものを
目撃する。
キラキラと鱗粉のような青い光が、ヒラヒラと舞っている・・・。
それを振り撒いているのは、以前にも見た・・・光り輝く青い鳥。
首都の王城に行った時・・・、夜中に見つけた青い鳥はリュートを導くように
城内を飛び回り、そして涙に濡れるザナハの元へと案内した。
『青い鳥』は、リュートにとって・・・とても特別な存在。
アギトに教えてもらった、幸せを運ぶ鳥。
そして・・・忌み嫌っていた自分の青い髪を、ほんの少しでも好きになれるように
と、そのきっかけを与えてくれた・・・。
初めて光り輝く青い鳥を見つけたのは、ゴールデンウィークの時・・・。
それ以来、全く現れることがなく・・・今の今までその存在を忘れてしまって
いた位だ。
窓の外を食い入るように見つめていたリュートが、突然立ち上がり窓の側まで
駆け寄って・・・アギトは何事かと思ってその姿を追う。
「ど・・・、どうしたんだよリュート!?」
窓を開けて、青い鳥がどこへ向かったのかを目で追おうとする。
もしかして・・・、またザナハが泣いているのかもしれない。
あの青い鳥は、それを知らせる為にまた自分の元へ現れたのかもしれない。
そんな思いが胸の奥から込み上がって来る。
そして・・・、その青い鳥は自分にしか見えないものだと思っていた。
「おい・・・あれって、童話に出て来る青い鳥なんじゃねぇの!?
・・・って、待てよ? つーか今、夜だぜ!?
あいつ鳥のクセに、鳥目じゃねぇのかな・・・?」
夢のないことを、平気で言う。
「そんなこと、今はどうでもいいよ!
てゆうか・・・アギトにも見えるってことは、あれはやっぱり僕の夢
なんかじゃなかったんだ。
一体どこに向かうんだろ・・・? ザナハの部屋は反対側なのに・・・。」
「てゆうかさぁ・・・、あそこって・・・オルフェ達の部屋じゃね?」
ますますわけがわからなかった。
どうしてあの青い鳥がオルフェ達の元へと向かったのか、そもそも以前
リュートが見たものと同じ鳥なのかも疑わしい。
前は青い鳥の正体について追及する余裕がなかった、ここで見逃してしまったら
これから先も謎のままで終わるかもしれない。
そう思ったリュートは、切羽詰まったように急いでオルフェ達の部屋へと向かう。
「お・・・おいっ! だから何が一体どうしたってんだよ!?
待てよ、オレも行くって!!」
わけがわからないのは、アギトも同じだった。
顔色を変えて走って行くリュートに不安を感じたアギトも、慌てて脱ぎ捨てた靴を
履いて・・・後を追う。
部屋のドアを開け放った時・・・、オルフェ達の部屋の方から悲鳴に近い声が
聞こえて来た。
驚いたリュートはすぐさま視線を追うと、オルフェ達の部屋の前には・・・
血相を変えたザナハが部屋のドアを叩きながら、他の客の迷惑も考えずに
けたたましく声を上げている姿があった。
「オルフェ、ドアを開けてっ!
これは一体どういうことなの・・・?
どうしてオルフェの所へ、その青い鳥がいるのっ!!
教えて・・・、お願い! その鳥の主は一体誰なのっ!?」
ザナハの目的・・・、それはリュートと同じだった。
あの淡い光を放つ不思議な青い鳥・・・、その存在をザナハも知っていた。
リュートは心臓が高鳴って行くのを確かに感じる。
不思議な青い鳥の正体が、・・・今ここでわかるかもしれない。
そんな予感がしていた・・・。