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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 2
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第179話 「許す者、許される者」

 アギトに内緒で話し合いを終えたリュート達は、喫茶店を出るとそのまま

宿屋へと戻った。

トランスポーターの設置場所を探し回っているアギトとカトルを差し置いて、

自分達はのんびりサボッていたと思うと、リュートは途端に罪悪感に襲われる。


「やっぱりマズかったんじゃないかなぁ・・・。

 ただでさえアギトを怒らせたばっかりなのに、またこれがバレたりしたら

 今度こそ僕・・・、絶交されちゃうかもしれないっ!

 そしたらもう、生きていけないよ・・・。」


 大袈裟に心配するリュートとは裏腹に、オルフェは全く気にしていない様子

で呑気に笑みを浮かべている。


「そんなに気にする必要はないと思いますけどねぇ。

 アギトがカトルを連れに病院まで来た時には、元気一杯でしたから。

 案外自分が怒ったことなどとっくに忘れて、今頃はカトルと仲良く町中を

 必死こいて駆けずり回っているんじゃないですか?

 大体リュートは、アギトに対して気を使い過ぎていると思いますけどね。

 平然とした態度で堂々と宿に帰ればいいんですよ。」


「でも・・・、そんなすぐに忘れてしまうものでしょうか・・・。

 仮に大佐が言うように全く気にしていない態度で帰ったとして、それを

 見たアギトが余計怒ったら・・・。」


「その時は、君がキレたらいいだけの話ですよ。」


 あっけらかんとオルフェが言い放った。

二人の会話を聞いていたジャックが、口を挟む。


「あのなぁオルフェ、からかうのもいい加減にしろって。

 リュートは本気で悩んで相談してるんだから、もっと親身になって

 やってもいいだろう。」


「おや、私は真剣にリュートの相談に乗っていたつもりなんですけどね。

 大体アギトは依存し過ぎているんです。

 だからいつまで経っても、子供のままなんですよ。

 べったりとくっついて回るものだから、リュートがその分苦労する。

 ここはひとつ、リュートがアギトを突き放してしまわないと・・・

 あれは目を覚ましませんね。」


 オルフェの言い分はもっともだが、リュートにはとてもキツイことを

言ってるように聞こえた。

そもそも他人から頼られることを、そんなに苦痛と思ったことはない。

むしろ嬉しかったのだ。

だからアギトから色々と干渉されても、そんなにイヤな気はしない。

それだけ自分のことを必要としてくれているんだと、そう思えるからだ。

しかし、これから先はそういうわけにいかなくなるかもしれない。

なぜなら・・・今後、アギト一人をレムグランドに残して・・・自分は

スパイとしてアビスグランドへ行かなければいけなくなる。

そんな時にアギトがリュートのことで頭が一杯になっている状態では、

確かにマズイし・・・あまり望ましくない。

自分がいなくても、それなりにやっていけるようになってもらわなければ

リュートはいつまでもアビスグランドで、アギトの心配ばかりすることに

なるのだ。


(でもなぁ・・・、だからといって無理矢理突き放すのも何だか

 可哀想というか・・・。

 僕自身、何となく寂しいっていうか・・・。

 今のままで十分だと思ってる僕が、おかしいのかな!?)


 そんなことを頭の中で考えていると、突然リュート達の背後から

ただならぬ殺気を感じて・・・全員が反射的に振り向いた。

そこには・・・、誰もが予想していた人物が恨めしそうな目つきで睨んでいる。

言うまでもない・・・、全身汗だく・・・肩で息を切らしながら疲労によって

目が死んだように虚ろになっている、アギトとカトルであった。


「お~ま~え~ら~・・・ぬぁ~~にみんなして涼しい顔で、のほほんと

 町ん中をのったりまったりゆったりと歩き腐ってやがんだよっ!!

 オレとカトルは少しでもみんなの役に立とうと、この大きな町の中を

 必死こいて西へ東へ走り回って、今にもぶっ倒れそうな位に体力消耗

 してるっつーのにっ!!

 さてはオレが地元であるカトルを味方につけたことによって、この勝負に

 勝てないと諦めた挙げ句、このままバックレちまお~って魂胆だったな!?

 どうだっ! 図星だろコラーーーっ!!」


「いつ勝負しようって話になったんだ・・・。」


被害妄想全開のアギトに、ジャックが疲れた顔でつっこんだ。


「そんなことよりアギト。

 設置場所に見合った場所は特定出来たんですか?」


アギトの怒りを思い切りスルーしたオルフェが、上から口調で言い放つ。


「あのな・・・、なに堂々とした態度で結果報告求めてんだよ何様だコラ。

 チッ、こいつがこんな態度なのは今に始まったことじゃねぇけど・・・!

 場所の特定が出来てなかったら、こんな風にお前等に文句言ってねぇって。

 町の中を合計4か所、マナマテ片手に走り回ったおかげで・・・。

 見つけたぜ・・・!?」


自信満々に豪語するアギトに、リュートとジャックが拍手を送る。


「おお! やったじゃないかアギト!」


「えっへん!

 ま、オレが本気出せばザッとこんなモンだぜっ!!」


ジャックの褒め言葉に、更に後ろにふんぞり返りながら胸を張る。


「やったのはアギトじゃない。

 マナマテリアルとカトルの案内のおかげ。

 アギトはただ馬鹿みたいに汗だくになって、這いずり回ってただけ。」


「ドルチェてめぇ・・・、何もしてねぇくせに言うじゃねぇか!

 つーか、口元っ!!

 思い切り生クリームつけて偉そうなこと抜かしてんじゃねぇよ!

 ベタネタ満開かっ!!

 やっぱどこぞの喫茶店で、サボッてやがったんじゃねぇかクソーーっ!」


 あまりの悔しさに、アギトは負け犬の遠吠えの如く吠えた。

そんな嘆きすらオルフェは無視し、アギトの後ろで両手を膝につけながら

息切れしているカトルに向かって尋ねる。


「ところでカトル、マナ濃度の濃い地点をどうやって抜粋したんですか?

 この辺り一帯は雷のレイライン内ですから、マナの流れが複雑に

 絡み合っていたはず・・・。

 4ヶ所回った、と言ってましたが・・・どうやって特定させたんです。」


「あ・・・、それは簡単ですよ。

 この地域はレムグランドの中でも、特に魔物のレベルが高いのは皆さん

 すでに知ってますよね?

 国から町の護衛として兵士が派遣されたり、魔物退治の傭兵を雇ったり

 してるんですが・・・それでも全ての魔物を退けるには限界があるんです。

 そこで国から腕のある魔術師を呼んで、町に結界を張ってもらいました。

 この町の東西南北、それぞれに結界の為の術式を施すことで・・・魔物が

 町に入れないように、近付けないようにしたんです。」


カトルが説明すると、オルフェは一人で合点がいったように大きく頷いた。


「なるほど・・・、結界の存在は盲点でしたね。

 確か広範囲に渡る魔物除けの結界を張るには、レイラインの中でも

 特にマナ濃度が濃い場所に術式を施さなければいけないと聞いたこと

 があります。

 町全体を取り囲むように術式を描き、結界を張った・・・。

 恐らく術式のある場所は国からの指定で、関係者以外立ち入り禁止に

 なりますから・・・町の住人でも容易に近付いたりは出来ないはず。

 マナ濃度の濃い地点と、一般市民が近寄らない場所・・・。

 条件にピッタリですね。

 ありがとうございます、カトル。

 君のおかげでトランスポーターを設置することが出来ますよ。」


「あ、いえ・・・。

 役に立てたんなら、オレはそれで・・・。」


 面と向かってオルフェから礼を言われたカトルは、照れ臭そうに

両手を振った。

だがその横で・・・、誰からも褒められずに拗ねたアギトが重たい

オーラを放ちながら地面に「の」の字を書いている。


「ちぇっ・・・、どうせオレはオマケだよ。

 全部カトルの活躍ですよ~・・・。

 どうせオレの汗は、ただの雑巾の絞り汁ですよ~だ・・・。」


 ぶつぶつといじけながら独り言を呟くアギトのことが何だか可哀想に

なってきたリュートは、オルフェに言われたことを思い出しつつ・・・

ゆっくりと歩み寄って・・・精一杯の笑顔を向けた。

自分の目の前に立っているリュートに気付いたアギトは、唐突に今朝の

出来事を思い出す。

一方的にリュート一人を責めて、挙げ句捨て台詞まで吐いて部屋を出て

行った・・・という暴挙を。

ふてくされた顔になりながらも、アギトは立ち上がり・・・リュートに

面と向かって今朝のことを謝ろうと勇気を出す。

・・・が、しかし。

軽いジョーク感覚で謝ったことはあっても、本気の喧嘩から仲直りする

為に謝る・・・という行為を、今までしたことがなかったアギトは一体

どうやって謝ったらいいのかわからなかった。


(えっと・・・、謝るって・・・何て言ったらいいんだっ!?

 何について謝ってんのか先に説明してから『ごめん』って謝ったら

 いいのか!?

 それとも余計なことは省いて、単刀直入に謝ればいいのか!?

 やっべ、マジわかんねぇぞ!

 てゆうかこうしてオロオロしてる時点で、謝るタイミングを逃してる

 気がしないでもねぇ!!)


 完全にパニックに陥ってるアギトを見て、リュートはアギトが何を

思い・・・どう感じているのかわかるような気がしていた。

それはリュートも同じだったから。

友達との喧嘩なんて、アギトが初めてだった・・・。

友達と喧嘩した後の仲直りなんて、リュートも今までしたことがない。

だからこそ・・・、このはがゆさがとても新鮮で・・・くすぐったい

気持ちになって来る。

リュートは困り果てているアギトに向かって、にっこりと微笑んだ。

それを見たアギトは、リュートの笑顔の意味が仲直りの証なんだと思って

思わず自分も微笑み返す。


・・・瞬間。


ごすっ!


「おごっ!!」


 リュートの拳が、アギトのみぞおちへと・・・見事に食い込んだ。

突然の衝撃に驚く暇すらなかったアギトは、そのまま呼吸が一瞬止まりつつ

地面に膝からついて・・・そのまま倒れ伏してしまう。


「あいた~~、やっぱザナハみたいにちゃんと拳にマナを凝縮させないと、

 衝撃の反動が自分にも跳ね返ってくるなぁ~・・・!」


 思えば、ザナハは綿密に練り込まれたマナを拳に集中的に凝縮させて、

巨大な岩すらも粉砕してしまう程の破壊力を持っていた。

それに比べれば、リュートのパンチの・・・なんとも情けない姿といったら。

ひくひくと地面に倒れ伏したままのアギトが、自分に何が起きたのかまだ

把握していないような顔で・・・リュートを見上げる。

何かを訴えかける表情に気付いて、満面の笑みを浮かべながらアギトに

向かって説明するリュート。


「これはさっきの態度のお返しだよ。

 確かにアギトに何も言わず、一人で勝手にカトル達に謝りに行った僕も

 悪いけど・・・。

 でもあの態度はさすがにないと思うんだよね。

 いくら友達だからと言っても、何もかも話すのはどうかと思うし。

 それにアギトも言ってたでしょ?

 何も言わないのは、言う必要がないっていうより・・・心配かけたく

 なかったからだって。

 僕だってアギトに心配かけたくなかったんだからさ、別にアギトのことを

 頼りないだなんて思ってないのに・・・全然話を聞かないんだもん。

 だから、これは話を聞かなかった分のお礼だよ。

 これでやっと、全部チャラになったってわけで! 

 今朝のことは許してあげるから、アギトも今回のことは許してよね。」


 仁王立ちになりながら豪語するリュートに、地面に這いつくばった状態の

アギト・・・。

傍から見れば、まさに『ご主人様と下僕』の図である。

なんとなく納得のいかないアギトは、不満たっぷりの顔で苦しそうに声を出す。


「てか・・・、何!?

 オレが一番の悪者ってことか!?」


『あれは、アギトが悪い!』


 カトル以外の全員が、口を揃えて・・・声を大にして宣告した。

満場一致の意見に反論の余地もないアギトは、そのまま悔し涙を浮かべ

・・・地面に顔をうずめる。

ショックの余りその場を動こうとせず、完全に自分の殻に閉じこもって

しまったアギト。

一応ここは大通りなので、このままでは通行人の邪魔になると判断した

ジャックが結局アギトを担いで宿屋へ帰る羽目になった。

完全に再起不能状態になってしまったアギトを見て、リュートは再び

不安と心配が押し寄せる。


「やっぱり・・・、ちょっと言い過ぎたんじゃないかな・・・?」


「いえいえ、上出来ですよ。

 どっちがご主人様なのかハッキリさせておかなければ、この手の輩は

 どこまでも付け上がりますからね。」


「いや・・・、犬じゃないんだから・・・。」


 オルフェのあんまりな発言に、ジャックは小さくつっこんだ。

ともかくそろそろ日が暮れて来たこともあり、オルフェを先頭に宿屋へと

歩を進めると、カトルが意を決したようにリュートに近寄って声をかける。


「あ・・・あの、リュートだっけ?

 本当に今朝のことはごめん、オレが悪かったよ・・・。

 お前が・・・直接悪いわけでもないのに、それでも自分にも非があると

 判断して謝罪しに来てくれたってのに・・・オレ、話をちゃんと聞かずに

 あんなこと・・・っ!

 すごく反省してる・・・、正直今でも震えが止まらなくなる位・・・

 お前には酷いことをしたと思ってるんだ。

 謝って許してもらえるようなことじゃないけど、でも・・・オレの気が

 おさまらないから・・・。

 これじゃ、オレ自身が言った言葉が嘘になっちゃうよな・・・。

 オレがお前に向かって、謝られた方が困るって言っておいてさ。

 ホント・・・、悪かった。」


 心から・・・、カトルは心の底からリュートに許しを求めている。

それが痛いほどわかった。


謝って済むことじゃない・・・。


 それはリュート自身が、一番良くわかっていることだ。

自分の罪をきちんと理解して・・・受け止めて、・・・その上で相手に

許しを請う。

簡単そうで、なんて難しいんだろう。

正直リュートは、そんなすぐに割り切っているわけではなかった。

不可抗力とはいえフィアナが犯した過ちは、確かにリュート自身も

罪を問われる部分がある。

それを理解した上で謝罪しに行ったのだが、そこでまさか被害者に

ナイフで刺されるとは・・・全く予想もしなかったことだ。

そのわだかまりが、完全に消えたわけではない。

だが・・・。


リュートは、精一杯の笑みを浮かべながらカトルに言葉をかける。


「もういいよ、アギトも言ってただろ?

 僕の怪我はドルチェの回復魔法で、すぐに癒すことが出来たんだから

 あれはもうチャラだって。

 カトルはカトルなりに、思うところがあったんだから・・・仕方のない

 ことだよ。

 僕が言う台詞じゃないけど、いつまでも恨み事を言ってたって何も

 始まらないし・・・健康的じゃない。

 だから・・・カトルも、もう気にしないで!

 僕は自分の罪を自覚して謝った、そしてカトルも・・・そうでしょ?

 だったら・・・この話は、これでおしまいにしようよ。」


「・・・いい、のか?」


「勿論! そんなことより・・・、大佐から聞いたんだけどカトル達も

 僕達と一緒に・・・洋館に住むことになったんだってね!?

 洋館の回りは森ばかりで何もないけど、洋館の中には色んな施設が

 たくさんあるから退屈しないはずだよ。

 わからないこととかあったら、アギトと一緒に色々教えてあげられると

 思うから遠慮しないでね。」


 そんな・・・、何気ない会話をして・・・リュートはカトルのことを

許した。

そしてカトルも・・・、悲しみは深いだろうけどきっといつか・・・

自分のことを許してくれる日が来るだろうと、リュートはそう信じた。


難しいかもしれない、勿論・・・簡単にはいかないだろう。


それだけたくさんの家族を失ったのだから・・・。

そしてリュートが、それを奪ったのだから・・・。


 だけど人はいつかその悲しみを乗り越えて、今よりもっと強く

生きられると・・・そう信じたかった。

でなければ、この世界と何も変わらなくなってしまう。


レムグランドと、アビスグランドのように・・・。


 お互いを理解し合おうともせず、歩み寄ろうともせず・・・。

憎しみだけをぶつけ合って、血を流すことしか出来ない連鎖。

そんな悲惨な末路だけは、死んでもごめんだった。


 2国間の架け橋を目指すリュートが、罪を許すことが出来なかったら

永遠にレムとアビスが交わる日など訪れるはずもない。

・・・かつてベアトリーチェが言った。


『レム人のことなど、信じられるはずがない!』


 しかし、信じてみなければ・・・見えないことだってある。

リュートにとっては、これが第一歩だった。


 自分が犯してしまった罪を、許してくれる者がいることを知った。

そして、自分にも・・・相手を許す心があるんだと・・・知ることが出来た。


 この心がある限り、きっと両国間の和平も夢じゃないと思える。

それがどんなに困難だろうと・・・、険しかろうと・・・やり遂げなければ

いけない。



自分自身で・・・、そう決めたのだから。






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