第178話 「本当の笑顔」
アギトとは気まずいまま、トランスポーターの設置場所探しに出てしまったリュート。
人混みの中をぼんやりしながら歩いていると、何人かの通行人とぶつかったりして
・・・とにかく上の空の状態であった。
(やっぱりアギトにも・・・、早い内に話しておけばよかったかな。
元々レムグランドに戻って来て、少し落ち着いて来てから話すつもりで
いたんだけど・・・。
あの事件で生き残りがいたなんて、知らなかったから・・・つい衝動的に
病院まで向かってしまったっていうか。
謝罪のつもりで行ったのに、それが被害者にとってはかえって迷惑な
行為になってしまって・・・まさか刺されるとは思ってなかったけど。
考えてみれば、僕は被害者にとっては憎むべき相手なんだから・・・。
刺されて当然かもしれないな・・・。
僕だって大切な家族を誰かに殺されたりしたら・・・、きっと同じことを
したかもしれないし・・・。)
そんなことをずっと頭の中でぐるぐると考えていると、進行方向から
オルフェがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
向こうもリュートに気付いたようで、いつもの嘘笑いを浮かべて話しかけて来る。
「やぁリュート、トランスポーターの設置場所探しご苦労様です。
でも・・・もう必死に探さなくても良くなったかもしれませんよ?」
「え・・・?
どういう意味ですか!?」
「さっき病院までアギトが来ましてね。
カトルとデートがてら、設置場所を探しに行ったようなんですよ。
彼女ならこの町に関して詳しいだろうし、きっと数時間で見つけて
くるでしょう。
・・・ですから、アギトが必死こいて町の中を駆けずり回っている間に
私達は私達でリュートの今後について話し合おうと思っているんですけどね。
どうですか?」
話が唐突過ぎて、よく把握出来ないリュートはとりあえず1つ1つ疑問に
思ってることから質問していった。
「あの・・・、よく意味がわからないんですけど・・・。
アギトはカトルって子と一緒に探しに行ったんですよね・・・?
その・・・、デートってどういう意味ですか!?」
往来の真中で話し込むわけにもいかず、リュート達はとりあえず道の
端まで移動する。
「あ~・・・、リュートは詳しく知らなかったんでしたね。
カトルというのは、君を刺した相手のことです。
見た目は少年っぽくしてますが、どうやらちゃんとした女性のようですよ。
私が見た所・・・、カトルはアギトに気がありますね。
当の本人は相変わらず何も考えていないようですが・・・。」
ものすごく意外なことを聞いて、リュートは内心驚きを隠せなかった。
しかし、リュートの目からすればあまりよく理解出来ないことなのだが・・・
実はリ=ヴァースで、アギトは意外にモテたりしているのだ。
以前リュートが一人で学校の廊下を歩いていた時、違うクラスの女子から
アギト宛にラブレターを渡すように頼まれたことも度々あった程である。
リュートがそんなことを思い出していると、オルフェは町中に視線を配らせ
ながら声をかけた。
「それで?
話が理解出来たのなら、途中でジャック達も捕獲して・・・どこかゆっくり
出来る所へ移動しましょう。
とりあえず宿屋の食堂は危険ですね・・・、本人がお金を所持していなくても
食事が出来る・・・という唯一の場所ですから。
あの宿屋はチェックインした際、宿屋内の設備を使用したら自動的に
料金が加算されいていく・・・というシステムですから。
アギトが絶対立ち寄らない場所がいいでしょう。
もしサボっていることがバレたりしたら、後で色々とうるさいですから。」
そう言いながら、オルフェはオチャメに人差し指を立てながらウィンクする。
しかし普段のオルフェを知っているリュートから見れば、リアクションしにくい
仕草であった。
曖昧に返事をしながら、リュートはオルフェと共にジャック達を探す。
(本当にアギト達に任せてよかったのかな・・・。)
そんな不安がよぎりながらも、アギトがいない内に色々と口裏を合わせておく
べきなのは確かなのでリュートは断る理由が思いつかなかった。
ジャックとドルチェは意外にもすぐに見つかった。
設置場所の条件として、人目に付きにくい場所・・・というものがあったので
とにかく裏通りなんかを調べればすぐに見つかるという、オルフェの助言のおかげ
でもある。
オルフェからの話を大体聞いたジャックは、『アギトだけに探させる』・・・という
ズルイ作戦に、ジャックは反対する・・・とリュートは思っていたが。
ジャックはむしろ、大いに結構! と言わんばかりの満面の笑みで賛成する。
「そっか・・・、アギトにもついに春が来たんだな・・・。
いや待てよ?
仮にとはいえ、アギトはザナハと婚約者同士っていう設定だったよな?
つーことは・・・火遊びか。
・・・アギトも隅に置けんな、それでこそ男の鑑だ!」
「ジャックさんは浮気賛成派なんですか!?
・・・なんかショックです、結構不潔なんですね・・・。」
軽蔑するような眼差しでリュートが冷たい言葉を言い放った。
すると調子に乗り過ぎたことを反省しながら、ジャックは慌てて否定する。
「ちがっ・・・、それは違うぞっ!?
オレはただ若者はもっと青春した方がいいという意味でだなぁ・・・っ!!」
「ミアとメイサに、いい話題ゲット・・・。」
「ドルチェちゃ~~んっ!?
そういうシャレにならんことは、言わないでくれるかなぁ!?
おじさん本気で泣いちゃうからなぁ!?」
「・・・ここで一服しましょうか。」
リュート、ジャック、ドルチェの盛り上がりには全く参加せず、淡々とお店を
決めるオルフェに、明るかった空気が一瞬にして冷めてしまう。
店内は薄暗く、外から見ても中の客がハッキリと見えないようになっているので
隠れて話し合いをするには、まさにうってつけの場所だった。
案内された席に全員が座って、オルフェとジャックはとりあえずお酒は控えた。
アギトからすれば、オルフェ達も町中を探し回っているはずなので・・・そんな中、
全員集合した時にお酒の匂いをプンプンさせていたら、いくら鈍いアギトでも疑うのは
当然である。
「さて・・・と。
とりあえずアギト達が見つけてくれたら、そのまますぐにでも洋館へ戻るのか?」
ジャックは全員にナプキンを配りながら、早速本題に入る。
「そうですね、まずはアギトとリュートにはリ=ヴァースでの状態を確認する為に
一度戻ってもらうことになります。
その間に一度、私は首都へ戻るつもりです。
ザナハ姫の今の状態を見れば、このまま光の精霊ルナの元へ行けるはずもありません。
何より・・・旅が一時休止になるのですから、陛下が不審に思うかもしれない・・・。
私はその辺のフォローをしに行きます。
中尉には引き続き、ザナハ姫の復帰に尽力してもらいましょう。
ドルチェ、あなたには別の任務についてもらいますよ。
今朝アギトの話にもあったように、カトル達は全員洋館でしばらく過ごしてもらう
ことに決めました。
しかし、ただの善意で洋館に住まわせるつもりはありません。
曲がりなりにも彼等は精霊ヴォルトの使いとしての能力を有している・・・。
その力を使わない手はない・・・、ドルチェには彼等の戦闘訓練の担当をして
もらおうと考えています。
ドルチェも同じ雷属性ですからね、修行の勝手にそれ程苦労することもないでしょう。
それに、ヴォルトから口伝された内容も非常に興味深いですからね。
今後の研究に活かす為にも、彼等には是非とも協力を仰ぎたい。
・・・一番の問題は、リュートですね。」
一通り、今後の予定をざっと説明したオルフェ。
リュート達がリ=ヴァースへ戻っている間、当初に計画していた内容から更に変更点が
あったりと・・・かなり忙しくなりそうな予感がした。
何より、リュートはレムグランドの国王への対処をすっかり忘れていた。
その時・・・注文していたそれぞれの飲み物やデザートなどが運ばれてきて、
一瞬会話が中断する。
オルフェは真っ黒いコーヒーを飲み、ジャックはジョッキになみなみと入った
ミルクを美味しそうにガブ飲みしている。
ドルチェはミルクコーヒーと、パンケーキをほおばっていた。
こういう場面では何となく遠慮してしまうリュートは、結局・・・紅茶の
ストレートを頼んでちびちびと飲んでいる。
「どういうタイミングになるか・・・ってとこだな。
アギトには向こうから戻った時にでも、『秘奥義伝授の修行』と言って納得
させるだろ?
あとはルイドのやつが、どういったタイミングでリュートをアビスグランドへ
連れて行くか・・・それが問題なんだよな。
リュート、お前の方からその辺は何も聞いていないのか!?」
「あ・・・はい。
取引に応じた時には、すぐにでもレムグランドへ戻らないといけない状態
だったので・・・詳しい打ち合わせとかは、まだしてないんです。
でも多分、こっちの都合に合わせることになるかもしれないですけど。
こないだみたいにいきなり拉致する・・・っていうのは、ないと思います。」
リュートの言葉に、全員がうなった。
どんなにこちらの方で準備しようとも、向こうがどうするのか・・・それが
わからないことにはどうしようもない。
結局リュートのことに関しては、次回・・・ルイドからお呼びがかかった時に
詳しく打ち合わせをしてくる・・・という話で幕を閉じた。
そして一旦話が終わった時、リュートはずっと気にかかっていたことを聞いてみる。
「あの・・・、ところでザナハの様子は一体どんな感じなんですか?
僕がレムグランドに戻ってから、一言も会話をしてない状態で・・・どれだけ
ザナハが落ち込んでいるのかとか、よく理解してないですから。」
どうしてもそれが聞きたかった。
レムグランドに戻ってからというもの、ザナハとは全く話す機会がなかった。
それ以前にリュートには思うところが山のようにあり過ぎて、1つ1つ片付けるのに
精一杯・・・ということもあるが。
アギトのこと、フィアナの犯した過ち、自分の罪、そして取引やスパイについて・・・。
本当なら、戻ってから真っ先にアギトとザナハの笑顔が見たかった。
しかし・・・アギトには会って早々殴られ、ザナハはザナハで疲労困憊した状態で
運び込まれる。
見舞おうとしたが、ミラから一度断られたりしていた。
それだけ・・・ひどく落ち込んだ様子なんだと、リュートはずっと心配だったのだ。
「中尉から聞いた話によれば・・・、随分気が滅入っているらしいですね。
ヴォルトから何を見せられたのかは依然、わかっていない状態のようです。
姫は何も話さず、何も食べず・・・睡眠も取っていないらしいですよ・・・。
ただひたすら・・・自分を責め続けていたと、中尉は心配そうに話していました。」
「どうしてそんなことに・・・。
僕達がザナハに何かしてあげられることは、ないんでしょうか・・・!?」
訴えかけるように、必死になって提案してみるが・・・オルフェは静かに首を
横に振るだけだった。
「自分を責めている状態で何かしてやろうとしても、それはかえって逆効果に
なるでしょうね。
憶測ですが、姫は恐らくひどい自己嫌悪に陥っている状態と見ていいでしょう。
そんな相手に何か言葉をかけてみても、全て歪んだ捉え方をしてしまう。
慰めても落ち込ませるだけ、励ましても自分を責め続けるだけ・・・。
何か・・・、姫の心を揺さぶる『何か』があれば・・・少しは耳を傾けるように
なるとは思いますが。
それがわからない以上は、私達に出来ることはないでしょう。
姫自身の力で立ち直ってもらう他ありません。」
静かな店内が、更に静かになった気がした。
みんながみんな・・・ザナハのことが心配なのか、とても辛そうな表情だ。
「神子ってのは・・・、ツライ立場だよな。
自分がどんなに辛くても・・・、希望の象徴としてあり続ける為にそれを決して
表に出すわけにはいかない。
神子の笑顔が、国民にどれだけの希望を与えるか・・・。
ザナハはずっと・・・、それに応える為に常にみんなの前では気丈に笑顔を
絶やさなかった。」
ジャックが、しんみりとした口調で呟いた。
今の言葉にリュートは、初めて聞いたような感じで尋ねる。
「いつも笑顔で・・・?
確かにザナハはいつも明るくて元気だったけど・・・、なんか僕が見て来た
イメージと違うな。
僕達が初めてレムグランドに来た時とか、普段でも結構・・・なんていうか。
素でキレたりするのが多かったし、喜怒哀楽が激しかった感じがするんだけど。
それこそ普通の女の子みたいに泣いたり、笑ったり・・・落ち込んだり・・・。
ジャックさんが言うように、回りにものすごく気を使って作り笑いをしてきた
ような子には見えないんだけどな・・・。」
リュートの疑問に、オルフェが鼻で笑った。
その反応にリュートはドキンっとして、思わずおろおろしてしまう。
何か変なことでも言ったんだろうか?
それとも、自分には本当のザナハが見えていなかったんだろうか?
リュートが目を泳がせながらたじろいでいると、オルフェは苦笑しながら謝る。
「いや、失礼。
君も相当自覚症状のない子供だったんだなと思ったら、つい・・・。
気付いていなかったようなので、訂正させておきましょうね。
リュート、そしてアギトが見て来たザナハ姫・・・。
恐らくそれらが本当の・・・ザナハという娘の、・・・本当の姿ですよ。
君達の前では、素の自分でいられる。
無理に笑顔を作らなくてもいい、変に気を使わなくてもいい・・・。
本音をさらけ出すことが出来る相手として認識してもらっているようだから、
それは素直に喜べばいいと、私は思いますよ?
ザナハ姫にとって、それだけ君達が特別な存在になっているという証なの
ですからね。」
オルフェの口から、そんな言葉が出て来た。
リュートは目を丸くしながら、今の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。
自分が・・・、アギトと自分がザナハにとって気を許している相手?
素直な自分を見せている・・・。
リュートは、思わず顔がほころびそうになったのを必死で堪える。
嬉しかった・・・、自分のことをそれだけ近しい人物と認識してもらっている
ことが何よりも・・・!
今までずっと、自分は影が薄く・・・誰からも相手にされない人間だと
そう思っていた。
しかし今の言葉で・・・、ザナハから直接聞いたわけではないが・・・それでも
オルフェの憶測に間違いはないと思える。
ザナハが、自分のことを見てくれていたことに・・・リュートはこの上ない幸せ
を感じていた。
そしてそれは同時に・・・、ザナハへの想いが大きくなる瞬間でもあった。
何とかしてあげたい・・・!
早くいつもの笑顔を・・・、本心からの笑顔を見せてほしい・・・!
リュートは心の底から、そう願った。