第16話 「大佐の性格診断」
敵国『アビスグランド』の首領であるルイドが飛び去って行って、リュート達はひとまず洋館へ戻ることとなった。
戦闘終了時に、敵であるルイドから回復魔法をかけられる。
そんな屈辱を味わったアギトは今度は体力ではなく、精神的に瀕死の重傷を負ったせいか。がっくりと覇気がなくなってしまい、その敗北感で立つことすらままならなくなっていた。
いつもはどんなことがあっても前向きに、すぐに立ち直るアギトなのに。
『今回はなんだか、いつもと様子がおかしい?』と感じながらも、そんなアギトに手を貸すリュート。
そして全員が洋館への帰路へと向かおうとした時、突然ミラとは別れることになった。
オルフェ大佐はザナハ姫のガードという役割がある為に同行することになったが、ミラはいまだルイドが召喚した魔物に翻弄されているであろう部下達をまとめ上げ、再度指揮を執る必要があったので森の中へと消えていってしまったのである。
「それにしても皆さん、無事で何よりです。怪我はしてませんよねぇ? ザナハ姫は回復魔法が使えるのですから」
無責任な作り笑いを浮かべて、まるで何もなかったかのように淡々と楽しそうに話す大佐。
「まぁね。約一名を除いて、だけど」
そう呟くと隣で一生懸命肩を貸しながら重たそうに歩く少年、リュートの姿があった。
肩には精神的なダメージを負ったアギトが、意識はあるものの一人でマトモに歩けない様子だった。
「あのルイドに斬りかかっていくだけの体力が残っていたのかと思いきや、本当にあれが最期の馬鹿力だったようですね」
やれやれと肩を竦めてガッカリしながら溜息をつく大佐に対して、アギトがすかさずつっこんだ。
「そこ!! 『最期』って何だよ!! 『最後』だろうが、何勝手に殉職させてんだテメー!!」
「はぁ〜、つっこむ体力があるのなら一人で歩いてよ。本当に重たくて歩きづらいんだから」
溜息交じりに文句をたれるリュート。
「ところで姫、MPはもう残っていないのですか?」と、大佐。
「魔物二匹との戦いで、無意味な体力の消耗があったせいで回復魔法ばっかり使ったから」
「殆どお前による無差別攻撃だったがな!」と、悪態をつくアギト。
「言っておくけど主にアンタに対してだから、勘違いしないで!!」
負けじと反論するが、意地を張る度にザナハが複雑な表情になるのをリュートは見逃さなかった。
「ほら、二人ともケンカはよしなよ。一応仲間……なんだし、洋館まであと少しなんだから」
アギトとの口喧嘩が長引かないように、とりあえず気を使っておく。
リュートの言葉に、アギトは親友だから当然だがザナハまでが素直に従ったことには、少し意外だった。
「そうですよ〜、みんな仲良く笑顔が一番ですから! では、先を急ぎましょうか」
そう言うとオルフェはスタスタと、リュートに手を貸すこともなくさっさと歩いて行ってしまった。
「あんた、こいつの護衛する気あんのかよ!!」
遠くの方に見えるオルフェに一応つっこんではみたが、勿論返事は返って来なかった。
残されたリュート、アギト、ザナハ、ドルチェは、初戦と同じメンツになって再び黙って歩き出す。
それにしてもここまで人数がいるのに、沈黙が続くというのはこんなにも居心地が悪いものなのかと、今頃思うリュート。
アギトが口を開く度にいちいちザナハと喧嘩になるので、あまり悪態はついてほしくないというのが本音であり。
ザナハは顔は可愛いのに性格が少し個性的、いや、かなり短気なので何を話していいのかわからなかった。
ドルチェは、初めて会った時から無口・無表情が基本形であって、それこそ話題が思いつかない。
そう思うと、やはり沈黙状態の方が気がラクなのかもしれないと、改めて思う。
しかし沈黙という言葉が辞書にはないアギトにとっては、耐えがたい空気だった。
今にでも「うがーーっ!」とかゆって、暴れだしそうだ。
しかしダメージ(主にザナハによる)が、大きかったせいか暴れたくても暴れられないという状況で、悪いとは思いながらも少しほっとしていた。
そんな時、意外にも沈黙を破ったのはドルチェだった。
「ザナハ姫」
「ん? 何?」
「さっきルイドが言っていた『約束』というのは?」
そういえば、ザナハとの会話の中で『約束』がどうのと、言っていたような気がした。
それを聞かれた瞬間、ザナハの表情が一気に曇った。
まるで触れてはならない過去に触れたかのような、口の端に緊張のようなものが走っていたのを感じる。しばしの沈黙の後、ザナハはゆっくりと答え始めた。
「昔ね、まだあたしが三歳か四歳だった頃に、あのルイドに誘拐されたことがあったの」
それを聞いたアギトが突然身を乗り出して、腕に力を入れるものだからリュートはその痛みに懸命に耐えた。
「誘拐って、やっぱアイツ悪い奴じゃねぇか!!」
口をはさんだアギトをちらりと横目で見たが、ザナハはこれといって文句を返す素振りは見せなかった。その気力すらないかのように。
「アギト、姫様の話の途中なんだから黙って聞こうよ」
リュートが一応とがめて、話の続きを聞く姿勢を取った。
アギトも大人しく口をへの字に曲げて黙り込む。
「その時、別に何かをされたわけじゃなかったけど。あたしを返す時に、彼があたしに向かってこう言ったの。『約束しよう。俺が必ずこの国を滅ぼしてやる、必ずだ』って」
言葉を聞いて、二人はごくんと息を飲んだ。
明らかに悪者が口にする台詞だと、確信して話の続きを待つ。
「それで光の神子になる決意をしたの?」
ドルチェがくまのぬいぐるみを抱き抱えながら、上目使いでザナハを見上げて呟いた。
「そう、かもしれない。ううん、きっとそう。あの言葉がなかったらあたし、きっと光の神子っていう
重たい責任を一人で背負えなかったと思うから。それにホラ! 今はオルフェだってミラだってドルチェだって一緒に戦ってくれるし!!」
これが本来の笑顔なのだろう。
眩しく微笑むザナハの笑顔を見てリュートは突然、熱が込み上がってくるのがわかった。
「なんだよ、オレ達はカヤの外か!?」
敵と戦う仲間の中に自分達が含まれていないことにケチをつけるアギト。
対してリュートは自分と年齢の変わらない少女が、戦う運命を自ら背負う決意をしたという事実を知って胸が痛くなっていた。
しかし一番辛いのはきっとザナハなんだと、自分が心を痛めるのは偽善なのではないかと思い、心配そうな表情を覆い隠す為に、必死に笑顔を作ろうとするも苦笑いになるリュート。
そんな二人の反応を察して、ザナハはすぐ平静を取り戻して、姫らしく振舞う。
「そうね、ごめんなさい。あなた達も一緒に戦ってもらわないと、この国を守れないのは確かだったわ。その為にも、あなた達にはあたし達に協力してもらいたいんだけど、どうかしら?」
突然の頼みに断る理由がすぐ思いつくわけではなかったが、今はそんなことよりも自分達の世界に帰れるのか帰れないのか、それを一番先に聞きたいのが本音だった。
が、今このタイミングでそんな台詞を言う気にもなれなかった。
「協力しなきゃ帰れないんだろ? どうせ」と、アギトが白い目でザナハを眇める。
「別に協力してもらえないとしても、帰る方法ならあるわよ。ただ、協力してもらった方が安全に帰す方法を教えてあげてもいいって、あのオルフェなら、きっとそう言うでしょうね」
あっさりと帰る方法が聞けるわけではなかったのは残念だったが、とにかく帰る方法があることだけはわかった。
それだけは良しとしよう、と無理矢理納得するリュート。
その左手には「よしっ!」というガッツポーズが力強く握られていた。
「ふ〜ん。ま、異世界に来るなんてこんな夢のような展開を断る理由なんてないけどな。別に協力してやってもいいぜ、な? リュート!」
突然話題を振られて、えっ? と振り返る。
話を聞いてなかったのかよというアギトの冷たい視線にたじろぎながらも、話の内容をよく思い出して、それから返事をしようとした。
「まぁ、確かに断る理由もないしね。でもなんか、今まで聞いてた話の内容をまとめると。僕の持ってる力って、なんだかここの敵っぽくなかったかな? 闇とか何とか」
しーーんとなった。
何っ!? なんかマズイことでも聞いたの!? やっぱ自分ってここでは敵になるの!? と、一瞬にして流れた気まずい空気がものすごく気になるリュート。
しかしアギトはあっけらかんと口を開く。
「カッコイイじゃねぇか、闇!! ダークヒーロー!! とか、アンチヒーロー!! とかみたいでさ。『世界の平和はオレが守る!!』みたいな、よくある純粋熱血パターンよりこっちの方がぜってぇイイって!!」
ぐっ! と、親指を立てたナイスガイポーズをされて、リュートは複雑極まりなかった。
それはアギトの解釈だ。敵なら軟禁されるか、処刑されるか。
普通はこのどちらかの選択肢しかないに決まってると、リュートは思った。
この気まずい沈黙がその証拠じゃないかと、マイナスオーラ全開になる。
「敵、とは限らない。結局はその人間の思考次第。現に先の大戦で、レム側に加担したアビス属性の人間がいた」
ぼそりと、リュートの不安を取り除く言葉を話すドルチェ。
「そうね、むしろこっちに協力してもらった方が色々と都合がいいってオルフェも言ってたし」
それは悪用されるという意味では? と、二人はぞっとした。
まだきちんと言葉を交わしていないが、なんとなくあのオルフェ大佐の性格がわかるような気がする。アギトはおもむろに、口に出してオルフェの性格を当てようとした。
「なぁ、あのオルフェって陰険ヤロー、ぜってぇサディストだよな」
「どちらかといえば」と、ドルチェが答える。
それは正解、と取って良いのだろうか?
「それに、あの笑顔って絶対営業スマイルの上、オート仕様だよね? 隣で味方が死んでも笑ってそうに見えるんだけど」
「確かにオルフェはいっつも笑顔よね。もうずっと見てるから違和感ないけど、魔物に部下を殺されても確か普通の顔で編隊を組み直して任務を続行させたっていう話を聞いたことがあるわ」
それはつまり、人間の生死に無頓着? と、二人の顔は更にぞっとなる。
「趣味は実験」
ドルチェが、アギトの『大佐の性格診断』に乗ってきた。
「実験!? あぁ〜、インテリっぽいもんな」と、何もない空の方をぼんやりと眺めて想像するアギト。
だがその想像も人体実験をしているところとか、魔物を解剖しているところなどしか思い浮かばない。
「あぁ~、趣味は人体実験と魔物の解剖とかだったわね」
「ビンゴかいっ!!」
すかさず二人でつっこむ、どうやらリュートも同じ想像しか出来なかったようだ。
「人体実験っていっても、あたしが知ってる限りでは自分の体で実験してたらしいわよ? 確か属性増加の理論を証明する為に、自分を被験者にしたって。他にも色々理論を編み出してそれを確証させるために、殆ど自分の体を使ったらしいわ。あとは、そうね。難しいぶ厚い本を読んだり、何冊か魔術書の著者だったりするわ、密かに。あと、そうね。薬品とかを扱う実験に似ているとか言って、シェフ並に料理が得意だったり」
ザナハはみんなの流れに無意識に乗ってしまっており、思い浮かぶだけオルフェについて知っていることを話しだした。
「あいつの手料理、食いたくねぇ〜」
アギトの言葉に、全員がうんうんと大きく上下に頷く。
どんどんオルフェの悪評が増えていくので、ここいらでリュートが流れを変えようと言葉を考えたが、結局は単刀直入に話題を変えただけだった。
「大佐のいい所とかはないの? 確かに『インテリ』だとか、『読書家』とか、『料理が上手い』とかは長所だけど。なぜだかプラスのイメージに聞こえないし。誰が聞いてもプラスになるところとかはないのかな?」
洋館に辿り着くまでオルフェの話題で持ち切り状態と化した空気は、とどまることを知らなかった。
「う〜ん、プラスというわけじゃねぇが。一応イケメン? あ、自分で言ってなんかムカつく」
覆水盆に返らずとは少し意味が違うが、アギトは前言撤回するように両手を振って今の言葉を取り消そうとする。
ドルチェはそんなアギトの仕草を思い切り無視して、リュートの質問に答えた。
「文武両道、特に魔術の才能はレムグランドでトップクラス、右に出る者はなし」
「メイド達にものすごい人気あったわね。軍部の女性軍人からもモテモテで、いつも一緒にいるミラとデキてるんじゃないかっていう噂が絶えないわ」
「それプラスじゃね? むしろ腹立たしい」
アギトが苦虫をかみつぶしたような表情になる。
「あ、ミラさんって、あの金髪の。ものすごい美人の人だよね? いつも一緒にいるって。僕たちから見ても、大佐とはすごい理解し合った仲! って感じに見えたんだけど。恋人同士じゃないんだ?」
「それ、ミラが聞いたら背後から急所を撃ち抜かれるわよ?」
そう言われて突然寒気が走り、背後を確認するが、勿論背後には誰もいない。
そんなリュートの仕草には気にも留めず、ドルチェが思いだしたように呟いた。
「そういえば、聞いた話によると。昔、大佐が中尉にプレゼントを贈ったことがあった」
コイバナの予感に食い入るように耳を傾けるザナハだが、アギトとリュートは他人の恋愛話にあまり興味がないせいか、なんとなく興味本位に聞いていた。
「プレゼントの中身は? 指輪? ブランドもの? なんだったの!?」
「こっちの世界でも女が欲しいモンは、そうたいして変わんねぇな」
アギトが半目でリュートに囁くと、同じように頷いた。
「フリル付のワンピース」
それを聞いた途端ドルチェを除く全員が、ぶっと吹き出した。
「フリルっ!? あの顔でかっ!?」と、これはアギト。
「なんてゆうか、ものすごく意外な趣味」と、苦笑しながらリュートが言う。
「てゆうか、ミラに合わない気がするんだけど」と、笑いを必死でこらえながら普通の回答をするザナハ。三人のリアクションに反応することなく、ドルチェは淡々と話を続ける。
「そしてそのプレゼントは、その日の内に燃やされた」
しーーん。
誰も言葉を発しなかった。
というか、何て言ったらいいのかうまく言葉が出てこない。
さっきまでの大爆笑が嘘のように全員固まって、顔面は気まずそうに真っ青になっていた。
そう、あの明確なまでのサディストで、エリート、インテリ、魔術の天才。
欠点など探しても到底見つかりそうにない完璧な男が贈ったプレゼントが、その日の内に燃やされるとは。
『憐れすぎるっっ!!』
まず、全員の脳裏を駆け巡ったのがその一言だった。
急に可哀想になってきた、あまりに不憫過ぎて同情さえしてくる。
あれだけ上から目線で、イヤミで、陰険で、性格悪くて、こっちの神経を逆なでするような微笑を浮かべる。
あの容姿端麗な完璧男がっ!!
有無も言わさず、燃やされた!?
三人の頭の中は、もうその言葉の繰り返しだった。
もうどれ位歩いただろうか。
オルフェの話題になってから随分会話が弾んで、喧嘩することもなくイイ感じで時間が流れていったはずなのだが、どこか心の中にぽっかりと穴が開いたような。
そんな空虚感を感じていた。
多分、いや、きっと大佐の哀れ話を聞いたせいだろう。
それから話題を変えて、みなそれぞれ心の切り替えに取りかかろうとした。
ドルチェがもうすぐ洋館に到着すると言い出したので、大佐を見ても同情に満ちた眼差しにならないように、全員表情を作るのに必死になった。
頭がいいという位だから、きっと勘は鋭いはず。全員心の準備に切り換える。
そうして、洋館の一角が見えて来た時にうっすらと木々の間からオルフェが待っている姿が見えた。
「アギト、笑ってる」
リュートが小声で注意する。
「オレ、オルフェとミラが並んだ姿を見て笑わない自信ねぇぞ」
「それはあの話を聞いた全員が同じ気持ちよ!! あの大佐を敵に回すと一生不幸な目に遭うわよ!?
地獄の日々を送りたくなければ我慢して!!」
「聞くんじゃなかった」
今頃後悔しても遅いと、リュートは肩を竦めた。
洋館に到着してオルフェが出迎える、というか護衛なのに先にさっさと行ってしまってる時点で『出迎える』という表現が間違っていることには、誰もつっこみを入れなかった。
「随分と遅かったですね。さては会話が弾んでしまって歩みが遅くなってしまいましたね? いけませんよ? そちらの戦士二人には時間がないというのに」
相変わらずのオートスマイルで、オルフェが他人事のようにさらっとしゃべる。
すると絶妙のタイミングでミラが洋館の裏手の方から現われて、兵士達の再編成が整ってすでに行動に移っていることを大佐であるオルフェに報告しにやってきた。
アギト達はもう限界である。
無残にも燃えカスとなって空に舞い上がる、ワンピースの残骸が目に浮かぶ。
ひくひくと顔をひきつらせるアギト達の表情を、怪訝そうな目で眇めるオルフェ。
そしてメガネのブリッジを中指で押さえて、メガネが満月の明かりで反射して瞳が見えなくなる。
うつむき加減にニヤリと微笑むオルフェの顔が恐ろしいんだか、カッコ悪いんだか。
もはや判断できない。
「おや? みなさん随分と顔色が悪いようですが、何かあったのですか?」
すでに全てを見透かしたようなオーラに、三人は無意識に苦笑しながら後ずさりする。
「そ、そそっ、そんなことないわよっ!?」
明らかに怪しい。
「オレ達、生まれた時からこんなだぜ? こ、このヤロー!!」
肩透かしな口調でアギトが吠えるが、全く張りがなかった。
そんな二人の言葉にますます怪しく思ったのか、ミラまでが疑念を抱いて聞いてくる。
「一体何をしていたのですか?」
ミラの質問に、三人はぶんぶんと首を大きく横に振って否定の意を表したが、虚を突かれた。
「大佐が中尉にプレゼントを贈った話をしたら、こうなった」
「どるちぇーーっ!!」
三人してドルチェの方に向かって奇声を上げる。
その顔はてんぱって、笑いと恐怖で涙すら滲んで見えた。
だがしかし、オルフェとミラはお互いに顔を見合せて、『一体何の話?』とでも言うように首を傾げている。
「大佐からプレゼントを頂いた記憶はありませんが?」
「上司が特定の部下に対して物品を贈るのは、軍規に反するのでプレゼントなんてしていませんよ?」
ーーえ?
三人が一斉にドルチェの方に注目する。その瞳には、多少なりとも怒りが込められていた。
それでもドルチェは悪びれた表情になるでもなく、バツの悪い顔になるでもなく、いつものように無表情のまま、淡々と告げる。
「私は人から聞いただけ」
「誰にっ!?」
たっぷりと口調に力を込めてザナハが聞く。
だがドルチェの言葉を待つでもなく、オルフェが右手で額を押さえながら深い溜め息をついて、代わりに答えた。
「ジャックですね?」
その人物の名前が出た途端、ミラは納得したような表情になってがっくりしたのが端から見てすぐにわかった。
「昔、ジャック元・少佐が話してくれた」
「それは彼の妄想です。 事実とは異なりますよ」
にべもなくオルフェが否定した。
「ジャック先輩の悪いクセでしたものね。他人の噂話に尾ひれ背びれ胸びれを増やして吹聴していくのは」
それを聞いた三人は、アゴが外れたように口を大きく開いて、呆れた表情になり時が止まっていた。
「そ、それじゃ、フリルのワンピースの話も?」と、アギト。
「燃やされたって話も?」と、これはリュート。
「全部、デタラメ!?」と、がくんっと崩れ落ちるザナハ。
安心したのかがっかりしたのかは、別にして三人は完全に全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。魔物や、敵の首領との対峙よりもどっと疲れたような、そんな疲労感がたまって行く。
「あ〜、あたしもうダメ。一歩も歩けな〜い! 立ち上がれな〜い!!」
ワガママを言い出すザナハ。
「オレももうダメ!! 戦闘不能でも何でもいいから、誰かベッドに横にならせてくでぇ〜っ!!」
「なんだろ、この疲労感」
完全に気力、体力共ゼロになってしまった三人にいくら声をかけても意地でも起き上がろうとすらしなかった。オルフェが得意の話術で促そうとも、ミラが拳銃で促そうとも、それすら効力を示さなかった。仕方ないと踏んだオルフェは、兵士を呼ぶと三人を担いで部屋に運ぶように指示をした。
兵士が中へ運んでいくと、オルフェはようやく肩の荷が下りたとでもいうように腕を組む。
「あれはどうにも手のかかる戦士ですねぇ。やれやれ、どうしたものか。」
ふぅっと溜息をもらして、ミラにグチるように独り言を言った。
しかしそんなオルフェのグチには耳も貸さず、淡々と現在の状況をオルフェに告げるミラ。
「それよりも大佐、そろそろ時間です。戦士が降り立ってから一日半程、経過していますが」
ロングコートのポケットから懐中時計を取り出して、時間を確認しながら促す。
「もうそんなに経っていますか。まぁ捕縛劇に、検査に、暴走に、戦闘に、色々ありましたからね」
腰に手をやりながらオルフェは月を見上げて、そして読み取りにくい真剣な表情を見せると、またすぐに元の作り笑いに戻った。
「私たちも部屋へ向かいましょう。あの少年二人には、そろそろ自分の世界に帰ってもらわなければ」
一言、それだけ言うとミラは全てを承知したかのように軽く頷いて、そしてオルフェを先頭に洋館の扉を開いて中へと入って行った。