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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 2
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第176話 「亀裂」

 朝・・・、カーテンを閉めた窓の外から鳥のさえずりが聞こえて来る。

よく眠ったおかげで、いつもよりはさわやかに目覚めることが出来たアギトは

上半身を起こして大きく伸びをした。


『お目覚めだな、マスターよ!』


「うっさい、黙れ。」


 イフリートの今の一言で、さわやかさを台無しにされたアギトは一気に

テンションが下がってしまう。

いじけるイフリートを無視して、アギトは隣のベッドに視線を移した。

そこにはリュートが深い眠りについている様子だ。

静かな寝息を立てながら眠るリュートの姿を見て、アギトはほっとする。


よかった・・・、ちゃんといる。


 アギトは静かに着替えを済ませて、リュートを起こさないようにそっと

部屋を出た。

廊下を歩いて行き、階段を下りるとそこには朝食を貪る男連中で

溢れかえっていた。


「あ~、そっか。

 確かこの宿屋、朝と昼は普通の食堂だって言ってたな。

 出勤途中のサラリーマンがメシをたかりに来てんのか・・・。」


 勿論、この世界に「サラリーマン」という職業があるわけではない。

見渡せばスーツとは程遠い・・・、作業服を着た男や商人のような格好をした

人などが殆どであった。

その中にオルフェ達の姿はなく、珍しく自分が一番乗りか!? と思いながら

少しだけ得意満面になる。

しかしせっかくリュートが戻って来たのに、一人で食事をするのもアレだなと

思ったアギトは宿屋を出て町の中を散歩することに決めた。


「そういやあの後、カトル達はどうしたのかな・・・。

 住む場所を失くしちまったようなもんだし、どこに寝泊まりしてんだろ。」


 なんとなくそんなことを考えながら、アギトは腰に剣を装備した軽装で

宿屋を出る。

さすが商業で盛んになった町だけあって、朝から人々の往来がすごかった。

休日の都会の大通りみたいで、なんだか息が苦しくなりそうだった。

特に商売人達にとっては早朝に品物を仕入れたり卸したりするので、熱気が

ハンパではない。

朝から散歩をしようと思ったのは失敗だったか、と後悔したアギトはそのまま

宿屋へ戻ろうと踵を返した時だ。

混雑した人々の隙間に、リュートの姿を見たような気がする。

もう一度目を凝らして確認しようとするが、すでに姿が見えなくなっていた。


「見間違い・・・か?

 でも、確かこの世界で青い髪の人間は稀なはず・・・。

 さっき見たのは間違いなく青い髪だったから、見間違えるはずもないな・・・。」


 なんだかものすごく気になったアギトは、リュートと思われる人物が向かって

歩いて行った先へと人々を押しのけるように突き進んで行った。

往来する人の間を縫って、ちらりと青い髪が目に入る。

やっぱり見間違いではなかったと確信したアギトは、追いかけるように後を追う。

見ると・・・、それは明らかにリュート本人だった。

きょろきょろと辺りを見回して、何かを探している様子だ。


「あれ・・・?

 もしかしてトランスポーターの設置場所探し、もうとっくに始まってんのか!?

 やっべ・・・、オレ何も言わずに出て来たからオルフェに何言われるか

 わかったもんじゃねぇぞ・・・。」


 今日は洋館へ戻るトランスポーターを設置する為の魔法陣を描く為に、

最適の場所を探す日となっていた。

リュートが何かを探すようにうろうろしているということは、すでに行動を

開始しているんだとアギトは思ったのだ。

ここはリュートを追いかけて、一緒に探そう・・・そうしよう。

そう思ってアギトがリュートに声をかけようとした時だった。

突然リュートが何かを発見して走り出してしまい、声をかけるタイミングを

失ってしまう。

舌打ちしながら、後を追うアギト。

大通りから少し外れてきたせいか、だんだんと往来する人の数が減って来て

道が進みやすくなって来た時、回りの風景や建物に目を配ることが出来た。

気付けば商店街から外れた場所であり、今アギトがいる所は憲兵が駐在している

交番や何かの福祉施設がある・・・商売とは関係のない場所になっている。

そしてリュートが迷わず向かった先・・・、それは大きな建物。

・・・病院だった。


「・・・リュートのやつ、なんで病院なんかに?

 怪我とかしてんなら今はザナハが使えないにしても、ミラやドルチェが回復

 魔法使えんのに・・・。

 つか、自分だって回復魔法使えんじゃねぇか・・・。

 まさかここに魔法陣を描こうなんて、思ってたりなんかしねぇだろうな。」


 リュートの不可解な行動に、少し不安がよぎったアギトは・・・そのまま

声もかけず、リュートを尾行するように・・・気配を忍ばせながらついて行く。

どうやらこの病院はすでに診察を行なっているようで、中に入っても特に

呼び止められることがなかった。

なるべく見つからないように怪しい動きをしながら様子を窺っていると、

受付と何か話をして・・・それから病室のある方へと向かう。


「ん・・・? 入院患者と面会でもする気か!?

 オレが寝てる間に、ザナハが入院したとか・・・!?」


 どうにも腑に落ちない様子で、アギトは自分の不可解な行動に怪訝な眼差しを

向ける他の患者や看護婦に苦笑いで適当に挨拶すると、見失いそうになった

リュートを追いかけて小走りする。

廊下を突き進んで行き、角を曲がるが・・・目に入るのはどれも入院患者か

看護婦・・・それに医師ばかり。

完全にリュートを見失ってしまったのだ。


「くっそ・・・、仕方ねぇな。

 受付に行ってリュートがどこの病室に行ったか、聞いてみるか・・・。」


 頭をぼりぼりと掻きむしって、仕方なしに来た道を戻ろうとした時・・・。

がちゃーーんっと、何かが割れる音・・・倒れる音が聞こえて反射的に身構える。

そして・・・。


「きゃあああーーーーーっっ!!」


 悲鳴・・・、女の人の悲鳴だった。

それはどうやら・・・今さっきアギトが通り過ぎた方向から聞こえたようだ。

アギトは胸騒ぎがして、騒ぎのある方へ向かって全速力で走って行く。

さっき曲がった角へともう一度戻って来ると、すでに何人かの患者や看護婦達が

人だかりを作っていた。

何が起こっているのか、ここからじゃ何も見えない。

どうにか事態を把握しようと遠くから目に映る物全てに注意を走らせる。

・・・と、野次馬達の足の隙間からわずかに誰かが倒れている姿が目に入った。

床にうずくまって、微かに悶えている状態である。

じっとよく観察するように目を凝らすアギト・・・、やがて捉える事が出来たのは

倒れている人物が・・・、青い髪だったこと。

アギトは一瞬、呼吸が止まる思いをした。


「・・・リューートッ!!」


 大声を張り上げて、アギトはなりふり構わずに走って行き・・・患者であろうが

医師であろうが力一杯押しのけて、床に這いつくばっているリュートの側へと

膝をついた。

脂汗をかきながら、リュートは苦しそうにうめきながら・・・呼吸が浅くなっている。


「リュート、何があった・・・リューートっ!!」


 リュートの苦しむ顔から、ちらりと・・・床に何かが伝っているのが目に入る。

赤い・・・、絵の具のように赤い液体。

抱き抱えようとした自分の手を見て、アギトは目まいがした。


・・・血。


周囲も床に広がる血を見て、口々に悲鳴や何かを叫ぶ声が聞こえて来る。


「きゃあーーっ!!」


「早く・・・、先生・・・大変です!」


「君・・・、そこをどきなさい! 早く傷の手当てをっ!!」


 そんな言葉がして、誰かの手が・・・リュートからアギトを引き離そうとした時。

大きく開かれた扉の向こうに、病室の中に・・・人影を見つける。

震えながら立ち尽くす人物、その手には両手で持った果物ナイフに・・・血が

塗られていた。

ゆっくりと、・・・両目を大きく見開いてゆっくりとその人物を見据える。

アギトは言葉を失い、自分の目を疑った。


「な・・・、カトル・・・!?

 どうして・・・っ!」


「あ・・・っ、アギ・・・ト・・・ッ! オレ・・、オレ・・・っ!」


 震えた手から力が抜けて、カラン・・・っと音を鳴らして床に血の付いたナイフが

転がる。

その後すぐに他の者がカトルを押さえつけて、・・・拘束された。

リュートもここが病院だった為、すぐに医者に診てもらい・・・大事に至ることなく

一命を取り留める。

廊下にあった横長の椅子に座らされて、アギトは善意で付き添っている看護婦や

患者から慰められていた。


「可哀想に・・・、あの子の兄弟か何かかしら?

 大丈夫よ、この病院の先生がちゃんと診てくださるから。」


「そうよ、だからもう少し辛抱しましょうね。」


 何が何だかわからない・・・。

一体何があったのか、一体どうなっているのか・・・。

アギトは虚ろになりながら、混乱した頭の中を懸命に整理しようとした。

どれ位時間が過ぎたのか今のアギトにわかるはずもなかった。

しかし、しばらくしてから・・・という感覚で自分に話しかける人物の声で

ようやく我に返る。


「アギト、リュートの様子はどうだっ!?

 ドルチェを連れて来たから心配ないぞ・・・、リュートは今どこにいる!?」


「・・・ジャック。」


 急いでやって来た様子で、ジャックはアギトの隣にいた看護婦さんにリュートの

居場所を聞き出すと、ドルチェが治癒術師ヒーラーであることを話す。

看護婦はすぐにドルチェを連れて、リュートがいるであろう病室へと向かった。

もう一人の・・・アギトを励ましていた患者さんにジャックが礼を言うと、

患者は微笑みながら去って行き・・・代わりにジャックが隣に座る。


「遅くなってすまなかったな。

 この病院から憲兵の方に連絡が行って、・・・刺されたのが青い髪の少年だと

 わかってすぐにオレ達の方にも連絡が入ったんだ。

 オルフェは連行されたカトルを迎えに、憲兵の駐留所へ向かっている。

 リュートの傷を癒せるのは今の時点ではミラとドルチェだけだが、ミラはザナハの

 側を離れるわけにはいかないんでな。

 オレと二人でここへ来た・・・ってわけだ。

 ところでアギト・・・、お前は怪我をしてないか?

 おい・・・、血が出てるじゃないか・・・っ! 大丈夫かっ!?

 今すぐドルチェか医者に・・・っ!」


「・・・オレなら大丈夫だよ。

 これは・・・、リュートの血だから。」


覇気のないアギトの声に、ジャックは気を取り直して・・・再び腰を下ろす。


「そんなことより・・・、どうなってんだよコレ。

 なんでリュートがカトルに刺されなくちゃいけねぇんだよ・・・!?

 あの二人は初対面のはずだろ!?

 どうしてリュートの奴、病院なんかに来たんだよ・・・。

 何しに・・・、何しにここに来たってんだよ!!」


 混乱して、アギトは言葉を吐き捨てるように・・・乱暴に叫んだ。

怒りをぶつける姿に、ジャックはその疑問に答えてやることが出来ず・・・

ただ黙ってアギトの隣に寄り添った。

すると、すぐにドルチェは戻って来て・・・後ろにはリュートの姿もある。


「大丈夫、傷は完全に塞がったから・・・。

 でも失った血液の量だけはどうしようもないから、安静にしてないとダメ。」


 ドルチェがそう言うと、すぐさまアギトは立ち上がり・・・リュートに

向かって怒声を浴びせた。


「お前こんな所で一体何やってたんだよっ!! 

 オレに黙ってこそこそしてんじゃねぇっ!!」


 リュートの胸ぐらを掴んで、力一杯押しつける。

足元がふらついているリュート相手にも・・・、アギトは構わず怒りを

露わにして更に壁に押しつけようとした。


「よせアギトっ!」


 見かねたジャックがアギトを制止する。

殆ど力ずくで引き離すように、ジャックはアギトを・・・そしてドルチェは

リュートに寄り添って場を収めた。

 

「とにかく今は、宿に帰るぞ・・・いいな!?」


「・・・チッ。」


 舌打ちするアギト。

しかしリュートは特に反応するでもなく、無言のままジャックに従う。

それから終始、二人は宿屋に帰るまでの道のりの間・・・一言も話さなかった。



 宿屋に戻ると、入口の前には御者が待機していて・・・オルフェがすでに

戻っていると教えた。

ジャックは返事をすると、そのままオルフェとジャックの部屋に向かう。

がちゃりとドアを開けるとそこには、オルフェと・・・疲弊した様子のカトルがいた。

アギトはカトルを見るなり、真っ赤なナイフを持った姿が思い出される。

何か言葉をかけようとしていたようだが、アギトはすぐさま顔を逸らせて拒絶した。

ミラとザナハを除く人物が揃って、オルフェがひとまず指揮を執る。


「とりあえずある程度集まったようなので、みなさん適当に座ってください。

 恐らく話が長くなりそうなのでね。」


 オルフェの指示に、全員が無言で従い・・・各々適当に椅子やベッドに腰掛ける。

カトルはオルフェの隣に座らされた。

そしてアギトは・・・、リュートとカトルから離れるように距離を取って、部屋の

端の床にあぐらをかく。

アギトの乱暴な態度に、オルフェは横目で見つめながら・・・特に何かを言うでも

なく話を進行させる。


「さて、まずは順を追って話を聞くことにしましょう。

 そうですね・・・、まずはリュート。

 君から話を聞きましょうか、・・・まだ貧血で目まいがするでしょうが。

 一体何があったのか、なぜ・・・病院へ向かったのか。」


 そう切り出して、全員の視線がリュートに注目した。

ずっと落ち込んだままの暗い様子だったリュートは、ゆっくりと・・・話し始める。


「今朝・・・、アギトが起き出した後に目が覚めて・・・部屋を出ました。

 多分アギトは一階の食堂で、朝食を食べてるんだろうと思ったから。

 見渡してもアギトの姿がなかったからどうしようかと思ってた時に、カウンターに

 いたお客さんの話が・・・偶然聞こえたんです。

 先日、この町で立て続けに・・・酷い惨殺事件があったって。

 その中の生き残りが、今この町の病院に入院してるって聞いて・・・僕はその人に

 会って謝罪しようと・・・それで向かったんです。」


「なんっだよ、ワケわかんねぇ!

 そんなのこの場にいなかったお前には、何の関係もねぇことじゃねぇか。」


 アギトが乱暴に野次を飛ばした。

話の腰を折ろうとしたアギトの言葉に、オルフェは冷たく睨みつけて忠告する。


「アギト、今はリュートの話を聞いているんです。

 君は話が終わるまでずっと黙っていなさい、・・・いいですね!?」


「ふん・・・っ!」


 アギトの苛立ちが回りの空気をより一層張り詰めさせて、誰もが口を閉ざす。

それからオルフェは、気を取り直して話を進めた。


「それでは・・・カトル、あなたの話を聞きましょう。」


自分に話す出番が回って来て、びくんっとしながら・・・カトルが話し始めた。


「オレは・・・、リヒターの付き添いとしてしばらくの間はレイヴンと病院に

 寝泊まりしてたんだ。

 レイヴンの方は朝早くから出かけてて・・・、オレが一人でリヒターを看てた

 時・・・そいつが現れた。

 リヒターの面会に来たって言って、病室に入って来て・・・いきなり謝ってきた。

 意味がわからなくて、まずはそいつに・・・自分が誰なのかを聞いた・・・。

 闇の戦士というだけでも敵として認識するのは十分な理由だったけど、それだけ

 じゃなかった・・・。

 そいつは・・・、こともあろうに教会の子供達を殺して・・・リヒターをこんな

 目に遭わせた張本人だって言うんだっ!

 意味がわからなくて問いただすと・・・、そいつはアビスグランドであの悪魔の

 ような少女に出会って・・・毒薬を持ち出させて、ここに送ったって。

 あの惨劇の原因を作ったのは自分だから、謝りに来たって・・・こう言うんだ!

 許せるはずがないっ!

 今更謝られたって、オレは一体どうしたらいいっ!?

 やっと・・・、やっと悲しみを拭い去ろうとしていたところなのに・・・。

 あの日の出来事を思い出させて、それで謝ってきて・・・一体何だって言うんだ!

 オレは頭に来て・・・許せなくなって・・・、気付いた時には果物ナイフを握ってた。

 そして・・・、勢いで・・・っ!

 あんな恐ろしいこと・・・、本当はあんなことするつもりじゃなかった!

 人を刺そうなんて思わなかった! 殺したいわけじゃなかったんだ!!

 ごめんなさい・・・っ、ごめん・・・っ! 本当にごめん・・・っ!!」


 そのまま・・・、カトルは喘ぐように泣きながら・・・両手で顔を覆った。

何度も何度も涙声でリュートに謝りながら、号泣する。

静まり返った室内に、カトルの泣き声だけが響く・・・。

それからしばらくして・・・、カトルの泣き声がほんの少しだけ落ち着いてきた時を

見計らって口を開いた。


「わからないことがあるんだが・・・、どうしてリュートはあの惨劇を自分の

 せいだと?

 あれはどう見てもフィアナ独自の判断としか思えない。

 というより・・・ヴォルトの使いを狙って来たようなものだから、あれは元々

 アビスグランドによる契約妨害だろ?

 カトルの言うことも一理ある、謝ったところであの子達が生き返るわけでもないし

 リヒター君が目を覚ますわけでもない。

 リュート・・・、お前はこんなことになるなんて・・・思ってなかったはずだろ?

 どうしてそこまで気に病む必要がある。」


 ジャックの言葉に、オルフェの視線がリュートを刺す。

拗ねた表情で、アギトもちらりと横目で見た。


「僕が・・・、フィアナを解放したからです。

 元々フィアナはルイドによって、拘束具を付けられていた。

 それで傀儡師としての能力を封じていたんです、それを・・・僕の闇のマナで

 解錠してしまったからフィアナは・・・。

 それだけじゃない、アビスグランドにあったトランスポーターも・・・本来なら

 フィアナに起動させることが出来なかったのに、僕が起動させた。

 全部・・・僕の力が招いたことだから、

 僕がいなければ、フィアナは力を解放することもレムグランドに行くことも

 なかったんです。

 だからせめて・・・、僕のせいで被害を受けた人にだけでも・・・謝罪

 しようと・・・。」


「あ~あ~あ~あ~っっ!! もういいっつーの、もぉーーたくさんだっ!!」


 アギトの張り上げた声で、全員が顔を上げた。

床に座り込んで両足を伸ばしながら、アギトは頭をかいて・・・面倒臭そうな顔で

口をへの字に曲げている。


「なんでもかんでも自分のせいにしてんじゃねぇよ、聞いてるだけでイライラする!

 どうせあのクソガキに言いように使われてるだけじゃねぇか、お前自身・・・

 そこに悪意も何もねぇことに変わりはねぇんだから・・・。

 それをいつまでもウジウジネチネチと落ち込んだって、何も始まらねぇだろうが。

 カトルの方だって、今更そんな風に謝られたって戸惑うだけだってわかんねぇのかよ。

 謝った方はそれでスッキリするかもしんねぇけどな、謝られた方は気分悪いだけだろ。

 確かに・・・衝動的にナイフで刺す、なんて許せることじゃねぇ・・・!

 でもドルチェの魔法で助かったんだから、もういいじゃねぇか。

 チャラだ、チャラ!

 リュートが自分のせいだって言って謝っても・・・、カトルがナイフでリュートを

 刺しても・・・。

 死んだヤツは、帰ってこない・・・。

 ここにいる全員がわかってることだろ、それをいつまでも話しこんで何になるってんだ。

 謎は解けたんだし・・・、もういいだろ!?

 オルフェの権力でカトルの罪もチャラにしてやれるんだろ!?」


「まぁ・・・、身元引受人として身柄を預かることにすれば・・・カトルを拘留する必要は

 ありませんけどね。

 でも、本当にそれでいいんですか?」


「それしかねぇだろうが、カトルはヴォルトの使い・・・。

 精霊の使いが前科モンの犯罪者じゃ締まらねぇだろ。」


苦笑しながら、オルフェは同意した。


「それでは、そういうことにしておきましょう。

 カトル・・・来なさい。

 一応君達の身柄はこちらで引き受けますので、そうなれば他の二人も一緒に我々と

 来てもらうことになります。

 いいですね?」


「・・・はい。」


 そう言って、二人は駐留所へ行く為に部屋を出て行ってしまった。

オルフェが部屋を出て行く際、後のことをジャックに任せて・・・ドアを閉める。


「さて・・・、アギトの言う通りこれでこの問題はチャラとしようか!

 気を取り直してだな、本来の予定であるトランスポーター設置場所探し。

 これを開始しよう、いいなみんな!?」


し~~~ん。


「お~~い、返事はどした~~!?

 てゆうかオレが進行役じゃ納得いかないのか!?」


 顔を引きつらせながらアギトとリュートに視線を送ると、リュートは下を向いたまま。

そしてアギトはそっぽを向いたまま・・・、まだふてくされている様子だった。

はぁ~っと溜め息をついて、ジャックは何とかこの重たい空気を何とかしようとする。

しかし・・・。

アギトが立ち上がると、そのまま一人で部屋を出て行こうとするので・・・リュートが

慌てて後を追いかけようと椅子から立ち上がった。

ドアノブに手をかけた手が止まり、アギトはリュートの方に振り向きもせずに

言葉を吐き捨てる。


「お前がアビスグランドで何をしたか・・・、何をさせられたのか今更追及する

 つもりはねぇよ。 

 でもな・・・、オレに何の相談もなしに勝手にあんなことしたのを許したわけじゃ

 ねぇからな。」


「・・・アギトっ!」


悔しそうなアギトの眼差しが、リュートの心を突き刺す。


「・・・そんなに、オレは頼りねぇかよ。」


 それだけ呟くと、アギトはドアを開け・・・出て行った。

アギトに向かって伸ばしかけた手は、何も掴めず・・・ぶらんと力が抜け落ちる。


「リュート、アギトは今・・・ちょっと頭に血が上ってるだけだ。

 なぁに、すぐにでも頭を冷やして戻って来るさ・・・な!?」


 ジャックが励ますが、リュートは胸に大きな傷を抱えたように・・・呼吸するだけでも

先程ナイフで刺された痛み以上の激痛が走った。

アギトをあんなに怒らせたのは・・・、初めてだった。

思えば今までアギトと喧嘩をしたことがなかったということに気が付き、リュートは

どうしたらいいのかわからなくなっている。

黙って出て行っただけで、あれだけ怒らせてしまったのだ。

レムとアビス間のスパイとして、アギトに黙って行動することがバレたら・・・一体

どうなってしまうのだろう。

そんな恐怖がリュートを襲う。


失いたくない・・・。


やっと出来た友達を・・・。


やっと出来たつながりを・・・。


 今更後に引けないことはわかっている。

それでも・・・、リュートはやるしかなかった。






 

 

 

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