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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 2
177/302

第175話 「一瞬だけのキス」

 興奮の治まらないブレアを離し、ゲダックは怒り心頭に睨みつける。

戻った先はアビスグランドのガレオン城・・・、だがトランスポーターのフロア

ではなく大広間へと移動していた。

膝をついて息を整えるブレアはキッとゲダックを見据えて、怒りを露わにした。


「どうして連れ帰ったのっ!

 私はあの娘を・・・っ、光の神子を殺す為にレムグランドへ行ったのに!

 戻しなさいっ!! レム属性の私では城内にあるトランスポーターを起動させる

 ことが出来ないわ・・・。

 もう一度レムグランドへ戻って、今度こそ神子を・・・っ!」


「いい加減にせんかブレアっ!」


「・・・・・・っ!!」


「付け上がるでないわ、神子を殺す? 

 馬鹿を言うな・・・そんなこと、ルイドの奴は望んでおらんと言っただろうが。

 何の為にレムをけしかけて・・・自らの命尽きるまでこんなことをしていると

 思っておるんじゃ。

 ルイドの側近であるお前だからこそ、わかっておることじゃないのか!?

 主の側に居続けたいと願うなら、自分を殺せ!

 自分自身は何も望まず、何も求めず、ただ主の命令にのみ従う人形になることに

 徹するんじゃ。

 それが出来ないお前では、真の意味でルイドを救うことなど出来はせんわい。」


 ゲダックの叱咤が、ブレアの心をえぐった。

うつむき・・・床を見つめながら、ぽたりと瞳から雫が零れ落ちる・・・。

肩を震わせるブレアを横目で見つめながら、ゲダックはそのまま背を向けると冷たく

ブレアに言い放つ。


「今回のことはルイドに報告させてもらうぞ。

 お前の勝手な行動によって、計画を台無しにされてはたまったもんじゃないからの。

 ヴァルバロッサについてもそうじゃ。

 あやつのことじゃから、あの後すぐルイドを問いただすような真似だけはせんと

 思うが・・・気がかりではある。

 それにフィアナか・・・、あやつにはちぃっとばかしお灸をすえてやらねばいかん。

 命令とはいえ、やり過ぎた・・・。

 不幸中の幸いにも闇の戦士がルイドの取引に応じたから、あながち計画に支障を

 きたしたわけでもないがな・・・。

 ブレア、お前は呼ばれるまで謹慎しておけ。」


「・・・・・・。」


 ゲダックが告げるも、ブレアは・・・聞こえてはいるが答える気にはなれなかった。

その様子に溜め息をつきながら、ゲダックは早々とルイドのいる謁見の間へと向かう。

大広間に人の気配が無くなるとブレアはようやく立ち上がり、重たい足取りで自室へと

戻った。



 それから程なく・・・、リュートの世話係としてやって来た使用人がルイドの命令で

ブレアを呼びに来た。

使用人達は、そのままガレオン城に居座って仕事を続けている。

またすぐにリュートが戻る為でもあるが、しばらくはこのガレオン城で行動することに

なると思い、・・・ルイドはそのまま使用人達を城に置いているのだ。

近い内この城もまた戦場になる、それに備えて兵士が増え・・・そして雑用などが

増えることを想定してのことだった。


コンコン・・・。


「ブレア様、ルイド様がお呼びですのですぐに謁見の間へとお越しください。」


「・・・わかった、すぐに行くわ。」


 ベッドに腰掛けて、ずっと審判を待ち続ける罪人のように伏せっていたブレアが

覇気のない声を出す。

少し間を置いてからようやく腰を上げて、鏡で自分の顔を見つめた。


(・・・なんて酷い、醜い顔だ・・・。)


 泣いたせいか目が腫れて、化粧も落ちている。

こんな顔で主に会うことなんて出来ない、そう思うが・・・今は化粧を直す気力すら

失せていた。

とりあえずこのままというわけにもいかず、一応洗面所へ行って顔だけ洗い・・・ほんの

少しだけマシになったのを確認してから謁見の前へと向かった。

部屋を出て行き、冷たい石の廊下を歩いていると城内に人が増えていることを改めて

実感する。

それまで静けさだけが支配していたが、今は部屋を出入りする者や雑用の仕事をこなす

者などで行き交っていた。

時折使用人の何人かがブレアを見て挨拶をするが、無愛想に頷くだけでその場を凌ぐブレア。

コツコツと靴音を鳴らしながら歩いて行き、そして謁見の間へと到着してしまう。

胃の辺りに不快感を感じ、しばらくドアの前で呼吸を整える。

それからドアをノックして中へと入って行った。


 広いフロア内には、ルイドしかいなかった。

この謁見の間はルイドが城主になってからというもの、「謁見」という役目を常に果たして

いるわけではない。

たまに軍団長へ命令を下す時にこの部屋を選んでいるだけで、殆どはルイドのプライベート

な空間と化していた。

ドアを閉めて中へ入って行くと、ルイドはいつもの涼しい面差しでブレアを見据える。


「ブレア、奥の部屋へ来い。

 そこで話を聞くとしよう・・・。」


「・・・はい。」


 踵を返して奥の部屋へと向かうルイドの背中を見つめ、後を追った。

ルイドの私室へと入り、ぱたん・・・と静かにドアを閉める。

ブレアの顔には笑顔も・・・いつもの威厳と尊厳に満ちた顔もない、ただ叱責を待つだけの

暗い表情しかなかった。

ルイドが椅子に座るように促すと、ブレアは言われるがままに黙って従う。

斜め向かいに見える主の姿・・・同じように椅子に座り、温かいお茶を淹れてブレアの気分を

落ち着かせようとしている様子だった。


「そんなに固くなる必要はない。

 オレはお前の話を聞く為に、ここへ呼んだだけだからな・・・。」


 その優しさが余計に痛かった。

ルイドは決して一方的に責め立てたりはしなかった、勿論・・・厳しい面は確かにあるが

決して頭ごなしに押さえつけるようなことはしない。

ブレアは黙ったまま・・・、ずっと視線を下に向けたままで話を切り出そうとする気配を

見せなかった。

ルイドはその様子を見て、自ら切り出す。


「ある程度ならゲダックから聞いている。

 だが・・・今はまだ光の神子に手を下す時ではない、それはお前にもわかっているだろう。

 ベアトリーチェの手前、オレ達の使命はレムの精霊契約の妨害を遂行しなければいけない。

 生かさず殺さず・・・そのギリギリの線を保たなければ、計画は進まないのだ。

 今回のことでレム側はウンディーネ、イフリートに続いてヴォルトとの契約に成功している。

 あとはルナを残すのみと・・・。」


「記憶が戻ったんです・・・。」


 ルイドの言葉を遮るように、突然ブレアが言葉を発した。

ぴくりとその言葉に反応したルイドは、お茶を飲もうとカップへ伸ばした手が止まる。


「神子は・・・、記憶を取り戻したんです。

 雷の精霊ヴォルトは、人間の記憶すら自由に操る力を持っています。

 私は実際にこの目で神子を見て・・・、あの様子を見て・・・ハッキリとわかりました。」


「そのことと今回のことと・・・、一体何の関係があると言うんだ・・・。」


 一瞬動揺のような仕草を見せたルイドだったが、今はその欠片すらなく・・・カップに

口を付けてお茶を飲む。

ブレアはたまらず思いをぶつけるように、声を荒らげた。


「あの娘の存在があるからルイド様は、過酷な運命を背負う羽目になっているっ!

 ずっと苦しんできたのに・・・、もうその苦しみから解放されてもいいはずなのに・・・!

 私は・・・っ! 私は・・・軍団長である前に、一人の女でもあるんです・・・っ!」


 とめどなく溢れた想いが、ブレアを支配する・・・。

ずっと胸の奥に秘め続けていた想いを、今ルイドにぶつける為に。

ブレアは衝動に身を任せるように・・・ルイドの唇に、自分の唇を重ね合わせた。

手の平で愛しい人の首筋に触れ、確かに脈打つ鼓動を・・・その手でしっかりと感じ取る。


 その温もりがたまらなかった・・・、嬉しかった。

ずっと・・・その手で触れることすら、躊躇われたのに・・・。


 永遠に感じることの出来ないものだと・・・そう思っていた確かな感触を、手の平に・・・

唇にしっかりと刻みつけるようにブレアは、そっと舌をルイドの口内へと忍ばせる。


もう、・・・止まらなかった。


愛しい・・・。


こんなにも愛おしい・・・。


 ルイドのことをこれ程まで深く愛していたことに、自分でもショックを受けている位だ。

頭の芯が熱く・・・思考を鈍らせて、麻痺させていく・・・。

そんな中で唯一考えられたことは、たったひとつだけ。


 この人を愛している・・・、誰にも傷付けさせたりしない・・・。

ずっと・・・永遠に彼を愛し続けて、私が守り続ける・・・!


 衝動のままに、本能のままに舌を這わせて・・・互いの唇が離れた時には淡い吐息を

もらし・・・、また続きを欲しがるように重ね合わせる。

息が荒くなりながら・・・、ブレアは必死になって想いを告げた。


「はぁ・・・っ、ルイド・・・さま、私はず・・・っと、貴方を・・・想って・・・っ!

 貴方の苦しむ・・・姿を、もう・・・見たくないん・・・ですっ。

 お願い・・・、お願いだから・・・っ。

 私を見て・・・っ、私の・・・名前を呼ん・・・でっ!

 あ・・・、はぁ・・・っ、私は・・・っずっと貴方に・・・抱かれたかった・・・っ!」


 全身が熱くなり身悶えながら、ブレアは今まで作り上げて来た自分をかなぐり捨てる

ように・・・想いの全てをルイドにぶつけた。

感情が昂ぶって、嬉しいはずなのに瞳が潤んで来る。


もう・・・このままどうなっても構わない・・・、後のことなんて考えられない・・・。

今はただこの温もりを・・・、感触を失いたくないだけ。


 そんな想いで溢れたブレアは激しいキスを続けながら、そっとルイドの鎧の留め具に

手をかけた・・・。


「・・・やめるんだ。」


 ズキン・・・と、心臓をナイフでえぐられたような痛みが走った。

一瞬にして興奮が冷める・・・、高揚感で麻痺していた頭の中が急に冴え渡り・・・

自分の淫らな行為に愕然とする。


(私は一体・・・何をっ!?

 自分の主に何をした!? 私は・・・っ!)


 突然にして、後悔と羞恥心がブレアを襲った。

見ればなんて醜態を晒しているのか、ブレアは意識しないまま・・・主の上に覆いかぶさり

こともあろうか激しく淫らな行為に耽っていた。

ショックを受けたように固まるブレアに、ルイドはいつもの涼しい・・・孤独を思わせる

ような眼差しで、じっと彼女を見据えている。


見ないで・・・、見ないで・・・っ!


 激しい嫌悪感にブレアは、今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。

今まで必死に仕え、尽くしてきた努力が・・・苦労が一瞬にして水の泡となる。

これで・・・たった一人永遠に仕えようとしてきた主を、永遠に失うことになる!

体を震わせ怯えるブレアに、ルイドは優しく・・・いつもレザーグローブを装着して

ひた隠しにしてきた左手で微かに触れると、囁くように・・・。


・・・ブレアを拒絶した。


「すまない・・・、オレは・・・。

 お前の想いには応えられない、・・・応える資格もない。」


 その拒絶が、ブレアの心を激しく揺さぶった。

鈍器で頭を殴られたような衝撃が走って、またもブレアは衝動に支配されると・・・

目の前が真っ暗になる。


「ど・・・して!?

 私じゃ・・・貴方の空虚を埋めることは、出来ないんですか・・・っ!?」


ぽた・・・。


瞳から、雫が零れる。


ぽた・・・、ぽたっ・・・。


「私じゃ貴方の慰めにも・・・、ならないと・・・っ!?」


声を震わせながら、一人の女となってしまったブレアは必死にすがった。


私を見て・・・。


私を見て・・・っ!


しかしルイドは瞳を閉じると・・・ただ何度も、繰り返すように拒むだけだった。


「オレじゃお前を幸せには出来ない・・・、むしろこうやって泣かせることしか

 出来ない情けない男なんだ・・・。

 いつでもオレの為に尽くしてくれるお前には、心から感謝している。

 だから・・・、オレはお前を抱くことは出来ない・・・。」


 全身の力が抜けて行くようだった・・・。

虚脱感、絶望・・・それらがブレアを狂わせる。

ルイドから視線を逸らし、悔しさの余り唇を噛んで・・・血の味が広がった。


「あの子ね・・・?」


押し殺したように、ブレアの口からやっと出て来た言葉だ。


「・・・ブレア?」


 どす黒い感情が、ブレアの心を支配していく・・・。

胸の奥にもやもやとした異物感が、押し殺していたもうひとつの黒い感情を

膨れ上がらせていった。


「もうずっと前から知ってました・・・、わかっていたんですよ・・・最初から。

 だから私はあの娘を殺そうとした、殺したかった・・・。

 そう・・・、貴方の目にはあの娘しか映っていないから・・・。

 まだ子供だからと思って見過ごそうとしていたけれど、あの娘が神子らしく

 なって来て・・・貴方の瞳の色は次第に変わっていったわね。」


ブレアの様子に異変を感じたルイドは、両手でブレアの肩を掴み・・・揺さぶった。


「ブレア、少し落ち着け。

 自分が何を言ってるのか、わかっているのか!?」


「わかっているわ・・・!!

 貴方が光の神子を愛していることを・・・っ! それも、もうずっと前からっ!

 信じたくなかった・・・、否定し続けた!

 でも貴方の瞳はいつだってあの娘を追っていた、私にすら向けたことのない

 優しい色で・・・っ!

 貴方・・・っ、貴方は・・・あの娘を愛する余り、その命を犠牲にしてまで

 守ろうとして来たんでしょう・・・っ!?」


 先程とは違う激しい衝動をぶつけてくるブレアに、ルイドはすぐさま左手にマナを

収束させた。


「ブレア・・・、やめるんだ。

 それ以上負の感情に呑まれたら、ディアヴォロにつけこまれる!

 オレにお前を・・・、殺させるな!」


「愛して欲しいのっ!

 私は貴方が欲しいだけなのに・・・っ、貴方は私を見てくれないっ!

 お願い・・・、私を見て・・・私を見てよっ!

 ルイ・・・ド様・・・、おね・・・が・・・い、・・・助けて・・・っ!」


 泣きじゃくりながら、涙声になりながらブレアは必死で救いを求めた。

苦しくてたまらない。

溢れだす感情を止められない、抑えられない。

ルイドはブレアをその手で抱きしめ、・・・力一杯に抱きしめた。


「大丈夫・・・、大丈夫だ。

 ・・・ブレア。

 オレはここにいる、お前を離さないから・・・。

 お前を傷付けさせない、・・・誰にも。

 だから、・・・オレをもう一度だけ・・・信じて欲しい。

 ・・・頼む、ブレア。」


 そうブレアの耳元で囁きながら、ルイドは先程左手に収束させたマナをブレアの背中に

押し当てるように・・・注ぎ込んだ。


「・・・うぅっ!!」


 一瞬びくんっと上半身を仰け反らせて、それからブレアはルイドの胸の中へと倒れ込む

ように・・・そのまま気を失ってしまった。

ルイドはブレアを抱きしめたまま息をつくと、ブレアの髪の香りが鼻を優しく刺激する。

そっと・・・、ブレアの頭を優しく撫でる。

まるで子供をあやすように、優しく・・・優しく・・・。


「ブレア・・・、お前にこんな思いをさせるつもりはなかった・・・。

 ・・・本当だ。

 だがオレでは駄目なんだ・・・、わかってくれ・・・。

 オレの手は血に染まり過ぎた、こんな手で・・・誰かを愛せるはずもない。」


 静かな声でルイドは気を失ったブレアに、自分の思いを打ち明ける。

そのまま両手でブレアを抱き抱えると、ルイドは自分のベッドへと寝かせた。

濡れた頬を拭って、じっと寝顔を見つめながら・・・最後にそっと唇を重ね合わせる。


触れるか、触れないか・・・そんな一瞬だけのキス。


 それからルイドは・・・、二度とブレアに触れなかった。

触れようとしなかった。

未だに疼く左手に力を込めながら、横たわるブレアに・・・誓う。


「ブレア・・・、ひとつだけお前に応えよう。

 お前がオレを愛するというのなら・・・、オレはもう・・・誰も愛さないと誓おう。

 誰のものにもならないと・・・。」


 憂いに満ちた眼差しでそう誓うと・・・、ルイドはゆっくりと立ち上がり自分の部屋を

出て行った。




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