第174話 「師弟愛」
アビスグランドにあったトランスポーターから、リュートとブレアは移動した。
移動時間はまばたきにも満たない早さなので、気が付けばそこはすでにレムグランドの
地である。
きょろきょろと辺りを見渡して、リュートはここがレムグランドのどこら辺になるのか
確認しようとした。
リュート達が立っている場所は、林の中・・・。
足元を見たが特にトランスポーター用の魔法陣が描かれているわけではなく、何か特別な
ものがあるわけでもなかった。
本当に何もない・・・、ただの林の中である。
「あの・・・、トランスポーターで移動する時は必ず行き先の方にも魔法陣を描かないと
いけないんじゃないんですか!?
ここにはそれらしいものは何もないし・・・、一体どうして・・・。」
つい先程、仲間と一触即発になりかけたブレアに対して・・・リュートは若干気を使いながら
恐る恐る尋ねる。
しかしゲダックの介入のお陰か・・・、落ち着きを取り戻したブレアは冷静にリュートの問いに
答えた。
「今は龍神族の介入によって、アビスグランドにあるトランスポーターから一方通行で
このレムグランドへ移動することが出来るのは・・・、知っているわね?
龍神族の特殊な術式で、レムグランドの・・・特にレイラインの強い場所へ自動的に
移動出来るよう細工されてるのよ。
わざわざレムに侵略するのに、互いに行き来する為の魔法陣をレムグランドの方に描いたって
レム人がそれを消してしまったら、元も子もないでしょう?
元々アビスとレムの間では異世界間移動が出来ないようになってるから、お前達が多用する
トランスポーターでは意味がないのよ。
だから今・・・、レム側に魔法陣がなくても・・・レイラインの強い場所であれば自動的に
ここへ辿り着けるようになっているというわけ。
最も・・・一番侵略目的とされている首都シャングリラの周辺は、アビスの侵略に備えて
レイラインの・・・マナ濃度が最も薄い場所に置かれているけどね・・・。」
説明しながら、ブレアは辺りを見回して何かを探している様子だった。
それからすぐに迷いのない足取りで「こっちよ」とリュートに声をかけると、けもの道だった
場所から抜け出して・・・恐らく町へと続く道になっているのだろう。
それを見つけるなり、二人は町へと向かって歩いて行く。
しばらく歩き続けると、少し広い道に出て・・・ぽつりぽつりと人々が往来していた。
ブレアはそのまま振り返ることもなく歩いて行き、リュートは置いて行かれないように必死で
ついて行く。
「確かこの辺だったはず・・・。」
そう呟きながら、町で一番大きな広場にある場所に入って行くと・・・目的の場所を
見つけた様子だった。
大きな看板が立てかけてあって、リュートには残念ながら読むことは出来なかったが・・・
雰囲気からしてそこが宿屋であると推察する。
「リュート・・・だったわね、神子一行はこの宿を拠点としているわ。
お前とはここでお別れよ。
あたしは命令を遂行する為、神子一行を追うから・・・お前はここで待っていなさい。」
「え・・・っ!? それじゃ僕も一緒に行きますよ・・・。」
なぜわざわざ宿屋に置いて行くのか、意味がわからなかった。
どうせリュートもアギト達の元へ行くのだから、それなら別に一緒でも構わないだろうと
思ったのだ。
しかしブレアは厳しい表情になりながら・・・、ふいに視線を逸らすと小さな声で告げる。
「お前と一緒に行動して、慣れ合っていると思われたくないのよ・・・。
それに・・・例えお前がルイド様の条件を聞き入れて協力するつもりでいたとしても
私達とお前は、まだ敵同士であることに変わりはないわ。
だから面倒を避ける為に、お前は宿で待っていろと言ってるの・・・わかった!?」
「あ・・・、はい・・・。」
わかったような、よくわからないような・・・そんな曖昧な返事をすると、ブレアはとりあえず
任務をひとつ遂行したということで満足し、それ以上何かを告げることもなく足早に消えようと
した。
しかしリュートは、この展開の早さについて行けずに慌てて後を追いかけて呼び止める。
「ちょっ・・・待ってください!
僕はこの町のこととかよくわからないし・・・、いきなり宿屋で待っとけって言われても
お金を持ってるわけじゃないし、知り合いもいないし・・・っ!
そんな所でどうやって待ってろって言うんですか・・・。」
「あれ・・・、リュート様じゃないですか!?」
「え・・・っ!?」
ものすごく違和感のあるタイミングで、突然名前を呼び止められたリュートは声がひっくり返る。
自分の名前を呼んだのが誰なのか後ろを振り返ると、そこには先程ブレアに待っていろと言われた
宿屋から出て来た男が二人・・・、嬉しそうな顔でこっちに向かって笑いかけていた。
よく見ると・・・、その男はリュートがよく知る人物だった。
「あ・・・れ、もしかして・・・いつもお世話になってる馬車の御者さん!?」
「そうですよう、長い間お見かけしませんでしたが・・・こんな所で一体どうしたんですか!?
神子様達はみんな精霊との契約を交わす為に、今朝方出て行かれましたが・・・。」
「・・・いたわね、知り合い。」
「あ・・・っ、ブレアさんっ!?」
リュートの問題が解決したとわかった途端、ブレアは何の躊躇いもなく・・・そのまま
人混みの中へと消えてしまった。
思った以上に人が多かったのですぐに見失ってしまい、後を追えなくなってしまう。
アギト達がどこへ向かったのかわからない以上、こんな右も左もわからないような町で
がむしゃらに探し回ってもラチが明かないと悟ったリュートは、潔く諦めた。
リュートに向かって意味も事態も状況もわからず、にこやかにしている御者にアギト達が
どこへ行ったのか聞いても、恐らく何も知らされていないだろうと察する。
結局ブレアが何の目的でレムグランドへ来たがっていたのか、理由がわからないまま・・・
リュートは御者二人に促されるがままに宿屋の中にある食堂へと入って、一緒に食事を
することにした。
そしてその数十分後・・・、リュートはアギトの手痛い歓迎を受けることになる・・・。
アビスグランドで体験した出来事を思い返し・・・、リュートは自分の行動に間違いが
ないか・・・再度確認した。
隣のベッドではよっぽど疲れたのか・・・アギトが大きなイビキと歯ぎしりのハーモニーを
奏でながら呑気に寝返りを打っている。
(闇の戦士は・・・、光の戦士の身代わり・・・。
いつか僕は、アギトの為に・・・死んでしまうってことなのかな・・・。)
そう考えたら、急に怖くなった。
アギトの為なら何でも出来る覚悟はある・・・、むしろ自ら進んで行動するだろう。
しかし・・・それが生死に関わる問題となったら話は別だった。
親友の為に命を賭けられないと言ってるわけじゃない・・・、だけど・・・死ぬのは怖い。
実体のない恐怖に、リュートは身をよじらせながらベッドの中で丸くなる。
そして出来るだけ・・・、そのことは考えないようにした。
(とにかく今はリ=ヴァースに帰ることだけ考えよう!
それから・・・、向こうが大丈夫だったらまたすぐ戻って来て・・・ザナハが元気に
なってくれるように、何とか励ましてあげなくちゃ・・・。
それから・・・、次は光の精霊の所へ行くんだっけ? それまでにもっともっと
ジャックさんに修行をつけてもらって、今よりもっと強くなっておかなくちゃ・・・。
それから・・・、それから・・・っ!)
リュートは落ち着きなく色々と考えを巡らせるが、やはり胸の奥につかえた『しこり』は
消えてくれなかった。
どんなに忘れようとしても、考えないようにしようとしても・・・何度も何度も蘇る。
色々なことがリュートを取り巻いて・・・、どんどん逃げ道が塞がれているように感じた。
言い知れぬ不安が心を支配する。
かつて・・・隔壁の間でディアヴォロの負の感情に触れた時のように、マイナスなイメージ
しか浮かんでこない。
「ダメだ・・・、こんなんじゃ眠れないっ!
どうしても考えてしまうよ・・・、僕が一体何なのか・・・。
何の為に生まれて来たんだろうって・・・、イヤなことばかりが頭の中に浮かんじゃう。」
どうしても落ち着かないリュートは、ベッドから起き上がるとアギトを起こさないように
ゆっくりと・・・静かに部屋を出て行った。
ぎしぎしと床が軋んで、その音で誰かに悟られていないかビクビクと回りを見渡しながら
リュートは廊下を突き進んで・・・階段を下りて行く。
宿屋の1階は、日中は食堂で夜間は酒場になっている。
飲んだくれている酔っ払いの親父や、夜遊びでハイになっている若い女達が大声を上げて
楽しんでいた。
ベッドから起き上がった時に一緒に持ってきた銀時計を取り出して、時間を確認すると
深夜の1時を指している。
この時間ならまだ人が残っていてもおかしくないな・・・と思いながら、リュートは
出来るだけ気配を消して、酒場の壁際を歩いて外に出ようとした。
「おうリュート、どうした・・・眠れないのか?」
懐かしい・・・、ほっとする声が聞こえた。
リュートが静かに横切ろうとした席には、見覚えのある人物が酒を飲み交わしている。
オルフェと・・・、ジャックだった。
「あ・・・、はい。
二人も・・・まだ起きてたんですね。」
「えぇ、たまには旧友とゆっくり酒でも・・・と思いましてね。
どうです? リュートもたまには私達と一緒に飲みませんか?」
「おいおい、リュートはまだ未成年だろう!?
ほら、オレの隣に座って・・・ジュースでも頼んだらいい!」
「・・・結局誘うんですね、まぁいいですけど・・・。
しかしあまり夜更かしは感心しませんから、頃合いを見て部屋に戻りなさい。
いいですね?」
オルフェとジャックの気遣いに、リュートはこの時ばかりは有り難い気持ちで一杯に
なりながら、言葉に甘えた。
今は・・・、一人にならない方がいいかもしれないと思ったからだ。
一人になれば・・・、また余計なことを考えてしまう。
リュートははにかみながらジャックの隣に座ると、ウェイトレスにオレンジジュースを
注文してもらう。
「長い間心配かけてしまってすみませんでした。
僕がいない間、アギトは大丈夫でしたか? 他の人に迷惑かけたりとかしてませんか?」
ひとまずリュートは、本題に入る前に気になっていたことを先に聞いてみた。
アビスグランドに滞在していた時から、ずっとアギトのことが一番気がかりだったのだ。
とにかく子犬みたいに何にでもすぐに興味を示して、あちこち走り回るタイプなので
みんなの足を引っ張ってしまってないか・・・。
しかし案外アギトに、自立心が芽生えたらしいことが発覚して少し驚いた。
元々アギトは変な所でしっかりしているというか、一人暮らしが長かったということもあって
割と自立している部分は確かにある。
リュートの存在によって・・・、アギトはワガママを言える相手をようやく見つけたということで
ずっとリュートに甘えていただけのようだった。
それはそれで嬉しかったのが本音だ、それだけ自分の存在を必要としてくれているんだと
思えるから・・・。
そんな風に、自分がいない間に何があったのかを色々と聞いてたら・・・だんだんジャックの
顔色がおかしくなって・・・、酒が深くなって来た様子だった。
目が座って来て・・・、やけに落ち着きがなくなって来ているように見える。
こんなジャックの姿を見たことがないリュートは、どう接したらいいのかだんだん困って来た。
「とにかくよぉ~・・・、オレはほんっっとお前等には末永くお幸せにって言いたいわけよ!
な? オルフェもそう思うだろうが!? すましてないで正直に言えって!」
「・・・ジャック、もうそれ位にしておきなさい。
いい加減うっとうしくなってきましたから。」
「なっ!? そっけないだろ!? つれないだろっ!?
これだからオレ以外にダチが出来ないんだよ、こいつわよぉ~っ!
あっはっはっはっはっ!!」
「あ・・・あの・・・ジャックさん!?
僕も大佐の意見に賛成なんですけど・・・、顔真っ赤ですよ!?」
トマトのように顔が真っ赤になったジャックを見て、リュートはこれ以上お酒を飲ませるのは
危険だと判断した。
家でもよく父親がビールを飲みまくって、完全に出来上がったところで顔が真っ赤になって腹踊りを
始めた・・・、という記憶が蘇る。
父親だからまだしも・・・、ジャックのそんな姿だけは見たくない。
それがリュートの、今の・・・切ない願いだった。
「大丈夫、だいじょ~ぶ! 蛮族はな・・・酒は飲んでも潰れないんだよ!
お前も酒の味がわかれば、その楽しさもわかるってもんだ。
イヤなことも・・・一時なら忘れられる・・・。
仲間と杯を交わす幸せが身に染みて・・・いかに自分の悩みがちっぽけな
ものだったか・・・、それがわかるようになるんだよ。」
大きなジョッキを片手に、ジャックはしっかりとした眼差しでリュートを見据えた。
ジャックの言葉を聞いて・・・、リュートはやっとその意味を理解する。
「僕が悩んでること・・・、とっくにわかってたんですか・・・!?」
リュートの向かいで優雅にグラスを傾けながら、オルフェが静かに微笑みながら囁く。
「まぁ・・・、君達は基本的に顔に出るタイプのようですからね。
すぐにわかってしまいますよ・・・。」
「・・・大佐にまで。」
すでに自分が落ち込んでいるのがバレバレだったとわかって、ますますリュートは
肩を落とす。
自分なりに精一杯、回りに気を使わせないように明るく振る舞っていたつもりだったのに
それが見事に空回りだったのかと思うと急に気恥ずかしくなってきた。
しかし、これならもう遠回しに話題を振って行かなくても・・・直接本題に入っても
良さそうだと思って、かえって気が楽になったのも事実だった。
「二人には参りました・・・、もう完敗です。」
「そんじゃ、かんぱ~~~いっ!!」
「そうじゃないでしょっ!!」
お酒の入ったジャックは、寒い親父ギャグを放って来るんだと・・・リュートは
知りたくもない事実を知ったような気がした。
向かいでオルフェが悩ましげに頭を抱えている気持ちが、今ならわかるような気がする。
ジャックのおかげで・・・、この場で悩みを打ち明けるのが躊躇われた。
「さて・・・、もうこの位にして部屋に戻りましょう。
ジャックの馬鹿は寝かせてしまうとして、リュート・・・私からも君に聞きたいことが
あるんですけどね。
まだ眠くないのなら、少し付き合っていただけませんか?」
オルフェの方からこんなことを切り出すのは初めてだと、リュートは驚きを隠せない。
一瞬ジャックが参加しないことに戸惑ったが、こんな状態ではかえって話しにくいかも
しれないと判断したリュートは、オルフェの誘いに素直に応じた。
カウンターでオルフェが代金を支払っている間、リュートはジャックを支えながら部屋へ
連れて行く。
身長190近くはダテではないので、支えてるというより・・・むしろジャックの
付属品のような状態になっている。
ジャックは気持ち良さそうに鼻歌を歌いながら、それでも足取りはしっかりしている
ようなので、ふらつくこともなく真っ直ぐに部屋へ辿り着くことが出来た。
「ちょ~っと待てよ、鍵はな・・・これなんだな~、これ!」
何を言ってるのかよく意味がわからなかったが、とりあえずリュートは愛想笑いを
浮かべて適当に返事をしながら、オルフェとジャックの部屋に入る。
部屋の中にはベッドが2つ置いてあって、どっちがジャックのベッドか迷っていたら
ジャックは自分の方から倒れ込むようにベッドに向かって勢いよくダイビングすると、
そのまま眠りに落ちてしまった。
ゆっくり様子を窺うように近寄ると、大きな寝息がして・・・本当に熟睡している。
「・・・寝るの早っ!」
「ジャックは基本的に、『お休み3秒』ですからね。
酒が入ればレムグランド史上最高の1.25秒を記録していますよ。
私が唯一・・・、ジャックに勝てない競技の1つです。」
「・・・いつ競い合ったんですか。
そんなことより大佐、僕に聞きたいことって・・・一体何ですか!?」
リュートがジャックの爆睡に見入っている所に、オルフェがいつの間にか背後にいたことに
全く気付かなかったリュート。
驚いたことを誤魔化すようにしながら、オルフェに向かって質問する。
いつものように含み笑いを浮かべるとオルフェはドアを閉めて、ランプの明かりだけが
部屋の中を照らし出す・・・。
ジャックが寝ているベッドから、少し離れた場所に置いてあるテーブルにつきながら、
ゆっくりとオルフェが話し始めた。
「単刀直入に聞きますが、リュート・・・。
君は今までアビスグランドにいたんですか?」
まずは確認からだ。
考えてみれば、イフリートとの戦いの最中・・・リュートはそのどさくさに紛れてゲダック
によってアビスグランドへと、何らかの方法で連れて来られたのだ。
オルフェ達からすれば、リュートがどこへ行ったのか・・・推測する他ない。
しかし状況から考えればアビスグランドへ連れて行かれたのは、殆ど確証に近かったが。
完璧主義のオルフェから言わせると、100%の確証が持てなければきっと納得していない
だろうとリュートは思った。
「はい、方法までは教えてもらえませんでしたが・・・魔法使いの格好をしたおじいさん。
ゲダックっていう人に、アビスグランドへ連れて行かれました。
僕がいたのは・・・、確かガレオン城という砦の中で・・・そこでルイドや他の軍団長達と
ある程度話を・・・。」
「そうですか・・・。
ガレオン城といえば・・・アビスグランドへ侵攻する際、必ず突破しなければならない
鉄壁の要塞のことですね。
何度か進軍したことはありましたが・・・、あの周辺では多くの戦死者を出してしまいました。
・・・失礼、話を戻しましょう。
それで君はルイドと何か話をしたのですか?
例えば・・・、君がすべき使命や・・・その存在理由について。」
心臓がひっくり返る思いだった。
どうしてオルフェはこういつも、的を射る言葉を的確に投げかけて来るのだろう?
不思議に思えてならない。
リュートが一番・・・、悩ましい内容がそれだったからだ。
少し顔色を悪くしたリュートは・・・、うつむきながらも静かに話し始める。
「・・・はい、双つ星の・・・添え星の運命について聞かされました。
闇の戦士は・・・、光の戦士の身代わりになる運命だと。」
ランプの淡い光で、オルフェの顔がより一層冷たく見えるのは気のせいだろうか?
物憂げな表情を浮かべながら、口元に手を添えながら・・・言葉を選んでいるよう
にも見える。
しかしリュートは、今は双つ星の話や添え星の運命について話し合うつもりはなかった。
勿論気にならないわけではなかったが、今はもっと優先すべき内容があったのだ。
「大佐・・・、僕は・・・ルイドから取引を持ちかけられました。
僕を闇の戦士として迎え入れたいと・・・、アビスの精霊契約に協力して欲しいって。
精霊契約に協力してくれさえすれば、僕がアビスにいる間に得た情報は・・・全て
大佐達に明かしても構わないと言ってました。
勿論何か裏があると、僕だってわかってます。
でも・・・、僕はどうしても・・・世界の均衡を崩してまでレムグランドの契約の旅を
続けたいと思えないんです。
それは大佐の方が十分に理解していると思います・・・、だから国王のことで手を
打っているって聞いて・・・僕はそれを信じています。
だから余計に、僕自身も受け身のままでいたらいけないんだってわかったんです。
僕は・・・レムとアビスの間に、どれだけの確執があるのか想像もつきません。
でもだからこそ、レムとアビスはお互いに協力し合わないといけないと思うんです!
このままレム側にマナが偏り続けてしまったら、本当に封印だけでは済まなくなって
しまいます・・・。
ディアヴォロは、とても恐ろしい魔物です。
倒す方法が見つからない限りは・・・、今のまま・・・ディアヴォロを封印という
形で眠らせておくべきだと思うんです。
でももしかしたら、レムとアビスが協力することで・・・倒す方法が見つかるかも
しれない・・・。
だから僕はレムとアビスの仲立ちをする為に、取引に応じようと思うんです。
ハッキリ言えば・・・、僕はレムとアビスの両方のスパイになるって意味ですけど。
龍神族ですら中立の立場にいながら、本当の意味で仲立ちをし切れていなかった。
僕は世界情勢のことをきちんと把握していないから、夢物語を語っていると
思われても仕方ないと思っています。
でも・・・、僕はこのレムグランドも・・・アビスグランドも・・・。
両方とも戦場になってほしくないんです。
お互いに歩み寄る機会が作れるなら、僕はスパイだって何だって構わない・・・。
レムを裏切ることになるって言うんなら・・・、僕はレムグランドが戦場にならない
ようにアビスグランドに残ってルイドを説得し続けます。
だから・・・、もう勝手にルイドに返事をしてしまったけど・・・。
僕はアビスの協力に応じようと、思って・・・。
それをずっと大佐やジャックさんに言おうと思ってて・・・。」
「・・・ずっと思い悩んで眠れなかった、というわけですね?」
オルフェの言葉は、静かだった。
しかし冷たさとは違う・・・、どこか落ち着いた雰囲気を持ち合わせている感じである。
長々と話しこんでしまったが・・・、ちゃんと気持ちは伝わったのだろうか?
リュートはレムグランドの先発隊と言っても過言ではないオルフェ大佐に向かって、
『レムグランドを裏切ってスパイになる』と公言しているようなものだ。
普通なら、ただで済むはずがない。
しかしオルフェは怒りを見せるわけでもなく、侮蔑するわけでもない。
ただ黙って・・・、静かにリュートの話を聞いていた。
この静けさがかえって恐怖を駆り立てる・・・、オルフェのすごいところだった。
さすがに沈黙に耐えられなくなったリュートは更に言葉を付け加える。
「それから・・・、ルイドは僕が定期的に自分の世界へ帰らないといけないことを
知ってるみたいで・・・。
アビスグランドへ来るのは僕のペースで構わないそうなんです、おかしいですよね!?
でも精霊契約の重要な時期は、どうしてもアビスの方に拘束する形になるって。
僕はアビスの情報を持ち帰ることが出来るから、スパイっていうのもそんなに
悪くないな~って思ってるんですけど・・・。
一番心配なのがアギトで・・・。
アギトってああ見えてものすごく心配性だから、僕がスパイになるって言ったら
きっと怒るだろうな~って。
そう思ったら・・・胃がキリキリしてくるんですよ。」
なぜか妙にナチュラルハイになってきて、本当に今まで悩んでいたのか? と、
自分で自分を疑う。
ジャックのハイテンションが伝染したのだろうか?
それとも神妙な面持ちのオルフェの顔を見たら、いつもの『空気を読み過ぎる性格』が
災いして場を和ませようとしているのだろうか・・・。
いつの間にか自分の中から今まで抱えていた深刻さが消え失せて、これからのスパイ
人生に思いを馳せる高揚感の方が高まっていた。
「あははは・・・」と、乾いた笑いをこぼしながらオルフェの反応を今か今かと待つ。
やっとオルフェの口を衝いて出た言葉・・・。
「まぁ・・・、あれは別に放っておけば問題ないでしょう。
適当に何とでも言い繕うことが出来ますから、むしろ心配なのは・・・。」
「お前の身の安全だ・・・。」
熟睡していたはずのジャックがいつの間にかベッドの上であぐらをかいて、話を
全部聞いていたようだった。
今にも怒鳴り散らしそうな形相で、じっとリュートを睨みつけている。
ナチュラルハイだった気分が一気にしぼんで・・・、怒られる準備をするように
縮こまるリュート。
「ジャック、全部聞いていたみたいですね・・・。
全く・・・酔ったフリをして盗み聞きとは、人が悪い。」
「あのな、オレは正真正銘ほろ酔いだった。
だが悩みを抱えている弟子を放っておいて、爆睡出来るわけがないだろう!」
「・・・してましたよね? 爆睡・・・。」
しれっとした顔でリュートに窺うオルフェ。
怒られる準備をしているリュートに向かって、それはないだろうと心の中で叫んだ。
オルフェのイヤミったらしい押し問答に構っている暇はないと言う風に、ジャックは
すぐさまリュートの方に視線を戻すと真剣な口調で話に参加する。
「リュート、お前のことだ。
生半可な気持ちで決意したとは思わない、だが・・・お前がしようとしていることが
どれだけ危険なことなのか・・・それをちゃんとわかっているのか!?
お前が向かう先は敵の本拠地と言ってもいい、ルイドを筆頭にあの4軍団が揃っている
中へ飛び込むんだぞ。
この間のように記憶を改竄される恐れだってある。
力で無理矢理強制しないとも限らない。
そんな中に、お前はたった一人で乗り込むというのか!?
アビスグランドへ行けば、オレ達はお前を助けに行くことが出来ない・・・。
何があったとしても・・・すぐにお前の元へ飛んでいくことが出来ないんだ・・・!
それでも、決心は鈍らないか・・・!?」
真剣に・・・、心からジャックはリュートのことを心配しているんだと痛感した。
その言葉にリュートは涙が出そうになる。
また決心が鈍りそうになってしまう・・・、甘えたくなる。
しかしリュートは、必死にその思いを抑え込もうとした。
これだけは譲るわけにいかない、これ以上仲間に頼り切るわけにはいかないのだ。
今まで散々頼って来た、甘えて来た、・・・守ってもらった。
今度は自分が守る番だから・・・。
「大丈夫・・・、僕はもう揺らいだりしません。
僕の本当の気持ちは、ここにある。
いつだってみんなと繋がってるって、信じてるから・・・。」
リュートの迷いない言葉に、ジャックは一瞬がっかりとした表情を浮かべた。
『行きたくない』と・・・、リュートに言って欲しかったのだろう。
自分の弟子をこれ以上失いたくない一心で、かつて・・・自分の弟子を失くしてしまった
苦しみを・・・二度と味わいたくないから。
弟子すら守れなかった自分が許せなくて、・・・きっとジャックは止めてくれてるんだろう。
リュートにはわかっていた。
わかっていて、師匠の言葉を無下にするのだから・・・弟子として失格だと思った。
でも・・・、それでも自分が選んだ師匠ならきっとわかってくれると、心から信じている。
自分のことを弟子として選んでくれた師匠なら、理解してくれる自信があった。
迷いのない真っ直ぐな青い瞳を向けられて、ジャックはそれ以上何も言えなかった。
ただ肩を竦めるように大きく溜め息をつくと・・・、諦めたように無理矢理納得させる。
「はぁ~・・・、やっぱお前はオレの弟子だわ!
基本的に争うのを嫌う余り、そうやって自分の方から火の中に飛び込んで行く辺りなんか
特にな・・・。
わかった、もう何も言わんよ。
でも! これだけはオレも譲れないから言わせてもらうぞ!?」
「は・・・っ、はいっ!? ・・・一体何でしょう!?」
覇気のある声に、思わず背筋を伸ばすリュート。
「お前がアビスに行くって決心したなら・・・、自分の身を守るだけの力を身につけて
もらう!
それも普通の修行や特訓とはワケが違うぞ!?
お前には・・・、このオレ直伝の『秘奥義』を習得してもらうからな・・・。」
「秘・・・、秘奥義・・・!?」
それはもしかして、RPGだけではなくてアクションゲームとかにもよくある
『必殺技』というやつだろうか・・・!?
普通の魔法や特技とは違う、派手なカットインだったりムービーだったりが入って
敵にものすごい大ダメージを与えるという・・・。
それをこの自分に・・・、ただの小学生でしかない自分に・・・教えると!?
「アギトなら大歓迎しそうな展開だよね・・・。」
「教える気はありませんがね。」
ジャックの熱血教師ぶりに拍車がかかったところで、オルフェの相変わらずな
冷たい返しに・・・思わず吹き出してしまった。
リュートがアビスを行き来すると告白して、オルフェは特に何か言うことはなかったが
ジャックに関しては、その『秘奥義』というものをマスターすると約束をしなければ話が
前に進まなそうだった。
しかし確かにルイドが約束をきっちり守るという保証はどこにもなかったし、それなりに
自分の身を守る術を身につけておくに越したことはない、というのも事実である。
これはつまり、オルフェとジャックはこの取引に関して『了解した』と見ていいのだと
・・・とりあえず解釈した。
最後に、リュートが安心して眠れるためにオルフェが付け加えた言葉が・・・。
「アギトに関しては、本当に放っておきなさい。
ジャックの言う『秘奥義』を習得する為の秘密特訓だとか言って、その間にアビスに
行っておくといいでしょう。
出来る限りレムにいる間は秘奥義習得に専念することにしなさい。
ちょっとやそっとで習得出来るようなものじゃないから、秘奥義と呼ぶんです。」
ともかく・・・、アギトに隠し事をするようになってしまった。
ほんの少しだけ罪悪感を感じながらも、リュートは胸の奥につかえていたものが
取れたように感じられて・・・二人に礼を言ってから、自分の部屋へと戻って行った。