第173話 「ジークの死」
本当にこれで良かったんだろうか・・・。
リュートにはまだ迷いがあった、よく考えて決めたことに間違いはないはず。
しかし・・・どこか腑に落ちない点があったのも事実である。
それというのも、・・・なぜか自分の意志で決めたという実感がわかないのだ。
まるで別の誰かに見えない糸で操られているような・・・、リュート自身うまく言葉では
言い表せられないが・・・。
そう、まるで・・・この道を「選ばされている」ような感覚に陥っていた。
(レムとアビスがお互いに向き合わなくちゃいけないことは、誰が見ても明白だ。
そして2つの国を自由に行き気出来るのは、アビスが唯一迎える闇の戦士・・・。
この僕しかいない・・・。
レムの国王も、ザナハ達が契約の旅をやめなければ暴挙に出ることはないだろうし。
その裏で・・・実際マナの枯渇が問題になっているアビスが、精霊契約を進めて
マナ天秤を動かせば世界の均衡は保たれる・・・。
大佐達なら、きっとわかってくれるはずだ。
本当にマナが必要な国は、アビスグランドだって・・・。
ベアトリーチェさんもレム人に恨みを抱いているだろうけど、マナ濃度をアビス側に
偏らせることに大佐達が協力すれば・・・少しはわかってくれる、と思う。
大佐達がレムの国王を出し抜く為にどんな作戦を練っているのかはわからないけど、
今より酷い状態へ持っていこうとはしないはずだ・・・!
そう信じるしかないけど・・・、でもその為に僕達は旅を続けてるんだから・・・!
それに僕のせいで何の罪もない人達の命を奪ってしまって、・・・かえって理由が出来た。
犯してしまった罪を償う為・・・、僕はこの道を選んだんだ・・・。
大丈夫・・・、これは僕の意志・・・!
ちゃんと考えて・・・、僕自身がどうしたいのかを決めて行動してることなんだ!
この気持ちだけは誰にも操ることなんか出来ない・・・、例えルイドでも・・・!)
心の中で順を追って、自分のすべきことを再確認したリュート。
そして心を強く持ったリュートは、先に出て行ってしまったヴァルバロッサ達を追いかける。
ルイドの命令から考えるとヴァルバロッサは、レムグランドへ行く為のトランスポーターのフロア
へと向かったはずだ。
謝罪と・・・、そのお詫びとしてリュートを返す。
ルイドはそう言って、フィアナの犯した罪を清算するつもりだ。
やっと・・・長く感じられたアビスグランドでの生活も、ようやくこれで終わる。
しかしこれからの『道』を考えれば、きっとすぐにでもアビスグランドへ戻る日も近いことだろう。
例えそうであっても、リュートは嬉しかった。
こんな時に喜ぶなんて不謹慎かもしれない、多くの命を奪うきっかけを作った張本人が・・・。
それでも・・・、やっとアギトに会える。
ザナハ達に会えると思ったら、心が晴れた。
もやもやとした陰気な闇が振り払われるように、レムグランドへ帰るのが待ち遠しくなる。
急ぎ足でトランスポーターのフロアへ到着すると、魔法陣の回りで何やら口論してる声が聞こえた。
開きっ放しになっていたドアの隙間から顔を出すとそこには、3人の軍団長がモメている様子が目に入る。
「だからあたしに行かせてちょうだいって言ってるでしょう!
謝罪の言葉を並べたてるだけなら誰にでも出来るわ、闇の戦士もちゃんと送り届ける!
だからヴァル・・・、あたしと代わってちょうだい!!」
「しかしルイド様はこのオレに一任したのだ、それには意味があるはず。
主の命令に逆らったとあれば、このオレの信用に関わる問題なのだ・・・。
悪いがお前と代わる気はない・・・、諦めろ。」
きっぱりと断るヴァルバロッサを睨みつけながら、ブレアは唇を噛み・・・それでも魔法陣から
出ようとはしなかった。
ヴァルバロッサが肩を竦めながら、力ずくにでもブレアを魔法陣からどかせようとした時・・・。
意を決したように・・・、ずっと胸の内に秘めていた言葉を明かすようにブレアは具合の悪い表情を
浮かべながら言葉を発した。
「ジークを殺したのはジャックではないわ・・・、ルイド様よ。
それでも命令に従うのかしら・・・!?」
ブレアの発した言葉は、どんな武器よりも・・・効果は絶大だった。
一瞬にして動きが止まったヴァルバロッサは、ブレアに伸ばした手が宙で止まり・・・微かに
震えている。
両目は大きく見開かれ・・・、今聞いた言葉が信じられないと言う風に眉間にしわを寄せながら
だんだんと息が荒くなった。
そしてようやく・・・、息も絶え絶えになりながらようやくヴァルバロッサがブレアに問いただす。
「今・・・、お前・・・今何と言った!?
ことこの件に関しては、例え同志であるお前とて容赦はせんぞ・・・。
言え・・・、誰が誰を殺したと・・・っ!?」
怒りから・・・疑心から・・・ヴァルバロッサの声が荒々しくなる。
その怒声に一瞬ブレアはたじろぐが、それでも気丈に振る舞い・・・自分もこれだけは譲れないと
反発するように言葉を返した。
「ヴァルの存在が不可欠だった為に、このことは口止めされていたけれど・・・あたしも
後には引けないからね。
そう・・・、過去アビスグランドの闇の戦士だったジークはルイド様の手によって殺されたのよ。
精神的に未熟だったジークはいとも簡単に、闇に心を支配された・・・。
闇の神子をその手で殺そうとした所を・・・、ルイド様が制止したのよ。
闇の戦士として確立した力を得たのはルイド様の方だった・・・。
ジークは自分自身の軟弱さ、自分こそが真の闇の戦士だと疑わない過剰な自信、そして自分にない
ものを全て持っていたルイド様への嫉妬・・・。
それらを闇に・・・ディアヴォロにつけこまれたジークは、負の感情に支配されてディアヴォロの
眷族になりかけていたのよ・・・。
ルイド様は最後の情けでジークにトドメをさした・・・、人間のままで死ねるように。
虫の息で・・・命燃え尽きる時に現れたのが、ジャックだったそうよ。
ジークの師であるジャックが彼を看取っていた所を、ヴァル・・・お前が目撃して誤解した。
自分の息子を殺したのが、ジャックだと思い込んだのよ。」
ブレアは一旦、言葉を切った。
わなわなと・・・震えながらブレアの言葉を黙って聞き入るヴァルバロッサは、拳を握りしめながら
怒りと悲しみが複雑に絡み合っているような表情で・・・わずかに正気を保っている様子だった。
「ルイド様にはヴァルの戦力がどうしても必要だった・・・。
都合良くお前が誤解してくれたことを利用して、ルイド様は仇を討つ為に協力しようと持ちかけたのよ。
ジャックもまた・・・、その情の深さが災いして・・・更にこちらの思惑通りに事が進んだわ。
愛弟子を守ってやれなかった・・・、死なせてしまったと思い・・・そして、お前の憎しみを自分が
受け止めることで罪を償おうとしたのよ。
ヴァル・・・、お前は自分の息子を殺した人間に・・・ずっと何も知らずに仕えていたのよ。
それでもあの方の・・・、ルイド様の命令に従えるかしら・・・!?」
挑戦的にブレアが問う。
リュートは語られた言葉を聞いて、驚愕した。
それじゃ・・・、ジャックは謂れのない罪を自分から背負って・・・あえて恨みを受け止めている!?
自分の命が狙われることになるのに、それでも弟子を守ってやれなかったことを悔やんで・・・
罪滅ぼしの為にあえてヴァルバロッサの憎しみを買っている・・・!?
ブレアの口から語られた真実は、リュートにとっても痛い言葉だった。
忠誠を誓った主が、自分の息子の本当の仇・・・。
それを知ったヴァルバロッサは、きっと正常ではいられないだろう。
ずっと・・・どれ位の年月が経っているのか今のリュートには理解出来ないが、それでもきっと
長い年月の間・・・ヴァルバロッサは息子の仇を討つ為にジャックを恨み続けた。
憎み続けた・・・。
かつての友である、ジャックのことを・・・。
きっと冷静ではいられないだろう。
今のヴァルバロッサを見ていれば、それは明らかだった。
全身の力が抜けたように、がくんっと膝を床に付けると・・・そのまま放心したようになっている。
その姿からは、かつての武人の面影はひとつもない。
あるのは・・・突然絶望の淵へと追いやられた、哀れな男がたたずむ姿だけだった・・・。
すぐ側にいるゲダックは、一言も喋らない・・・。
興味がないのか、あるいはブレアの言った言葉が真実であることを知っているからか・・・。
ただ遠くで立ち尽くしたまま、二人のやり取りを傍観しているだけだった。
リュートはどうしたらいいのかわからない。
真実を知ったヴァルバロッサが、この後どうするのか・・・。
恐らくブレアの狙いは、ジークを殺した張本人がルイドであることを明かせば・・・きっと
命令どころではなくなると思ったから。
そうすればヴァルバロッサは任務どころではなくなり、その足でルイドを問い詰める為に
謁見の間へと戻ることになるだろう。
しかし・・・、本当にそれが目的なのだろうか!?
リュートの目から見ても、ブレアは堅い意志でルイドに仕えていたはずだ。
それを・・・ヴァルバロッサに託された任務を自分が果たしたいが為に、トランスポーターで
レムグランドへと渡りたいが為に・・・口止めされていた秘め事をこんな所で話す意味が
あるのだろうか!?
内容が内容だけに、秘密を明かしたところで・・・一体誰が得をするのか。
ヴァルバロッサは主を疑い、ブレアは秘密を漏らしたことでルイドに責められるだろう。
ブレアがそうまでする目的が、リュートにはわからなかった。
しかしこのままゲダックのように傍観するわけにもいかない。
どうにかこの場をおさめて、早くレムグランドへ帰らなければいけないのだ。
フロア中に漂う空気は張り詰めて・・・、とてもじゃないが半端な言動でおさめられるような
雰囲気ではない。
リュートは自分に同行する人間はヴァルバロッサでもブレアでも、どちらでもよかった。
とにかく早く・・・、帰りたい。
色々考えて、ブレアの先程の言葉を聞いたまま何度も反芻して・・・事態を収拾する
説得材料がないか探した。
ジークを殺したのは、ルイド・・・。
最期を看取ったジャックを、ヴァルバロッサは勘違いした。
ヴァルバロッサの憎しみを利用して、ルイドは彼を仲間に引き入れる。
ジャックもまた、罪滅ぼしの為にあえて憎しみを受け入れた。
(ダメだ・・・、こんなんじゃますます混乱するばかりだ!
内輪モメしてる場合じゃないのに・・・、どうにかしないと先に進まないじゃないか!
大体どうしてこんなことになったんだよ・・・、憎しみは憎しみを呼ぶってまさに
その通りの結果になってるし・・・。
このブレアって人も、どうして今になってルイドを裏切るようなことを話し出すんだよ・・・。
ルイドのことを心の底から慕っていたんじゃなかったの・・・!?
今こんなことを話したって、誰一人として何も得るものはないじゃないか・・・。
大体ルイドがジークを殺したのだって、ちゃんと理由があるのに・・・!)
一瞬、リュートの中で何かが閃めく。
説得材料に必要な素材が、見つかったような気がした。
色々考えを張り巡らせて・・・、単なる仮説に過ぎないけれど・・・実際はリュートの
知るところではないけれど・・・それでもこの場をおさめるには、これしかないんじゃないだろうか!?
ぴりっ・・・と空気が張り詰めた中へ、リュートは勇気を出して二人の間に割って入った。
「待ってください! ブレアさんもヴァルバロッサさんも落ち着いてくださいっ!
二人にとってはとても重要なことを話し合っているのかもしれませんが、今はその話をしている
場合じゃないでしょう!?」
突然割って入ったリュートに邪魔をされて、ブレアは癇癪を起こしたように叫んだ。
「お前は黙っていなさいっ!
あたしはどうしてもレムグランドへ行かなければいけないのよ・・・、その為なら・・・っ!
例えルイド様の信用を無くしてしまうことになっても、あたしは絶対退かないわっっ!
ルイド様を守る為には・・・、お命を救う為には・・・こうしなければいけないのだからっ!」
「僕は別にどっちがレムグランドへ行くことになっても構わないですよ。
どうしても・・・っていう理由があるんなら、僕の方からルイドにお願いしてブレアさんに
連れて行ってもらうことになっても・・・何も問題はありませんから。
でも・・・そのことにヴァルバロッサさんを巻き込むのは、間違っていませんか!?
それに今のブレアさんの言い方は、ヴァルバロッサさんをけしかけているようにしか
聞こえませんよ。
どうして素直に、ジークを救った・・・って言わないんですか!?」
リュートの口から出た意外な言葉に、ブレアだけでなくヴァルバロッサまでが反応した。
「何・・・!? どういうことだ・・・!?」
やっと正気を取り戻したかのように、ヴァルバロッサは膝をついたまま聞き返す。
「さっきブレアさんが言ってたじゃないですか・・・。
ジークは心の闇をディアヴォロにつけこまれていた・・・って。
僕もアビスの首都で、ディアヴォロから発せられる負の感情を体験したことがあります。
まるで・・・自分がこの世に生まれて来たらいけなかったんだと、強く思い込まされるような。
何に対しても希望が見出せず、他人への憎悪や嫉妬感・・・死を連想するイメージしか
思い浮かばなくなるんです。
そのまま負の感情に支配されてしまったら、自我を失ってディアヴォロの眷族に成り果てて
しまうって聞きました・・・。
まさにジークがその事態に陥っていたんです・・・、それを・・・ルイドが救った。
ディアヴォロの眷族に成り果てて、自分の大切なものを傷付けさせないように・・・
失わせないように・・・。
人間のまま死ぬことが出来たジークだったけれど、ルイドはそれすら許せなかった・・・。
だから本当のことを言わなかったんじゃないですか!?
真実を伏せた理由を・・・。
ヴァルバロッサさんの大切な息子が・・・、闇の戦士がディアヴォロの眷族になりかけたなんて。
それを父親であるヴァルバロッサさんが聞いたら・・・、知られてしまったら・・・。
きっと自分が闇の戦士であることに誇りを持っていたジークは、・・・辛かったんだと思いますよ。
ルイドはジークへの最後の『はなむけ』のつもりで、そしてヴァルバロッサさんの誇りすら
守る為に・・・真実を伏せておくことにしたんじゃないんですか!?
例えジークを殺した張本人が・・・ルイドだって明かされたとしても、それだけは隠し通す
つもりでいた・・・。
今度はジャックさんから自分へと、憎しみの矛先が向けられたとしても・・・!
ルイドのことを本当に慕っているブレアさんが・・・、それを語らなかったのが何よりの証拠じゃ
ないんですか・・・!?」
ハラハラしながら・・・、リュートは殆ど賭けのような気分で言い切った。
半分以上がリュートの仮説であり、そしてこじつけであり・・・、想像の域を超えていないからだ。
しかし・・・こうでもしなければ事態を収めることが出来ないと思ったリュートの、精一杯の
フォローであることに変わりはない。
これで丸く収められないようなら、・・・リュートの出る幕はないだろう。
黙って大人しく・・・事の成り行きを、傍観者を決め込んでいるゲダックのように見守るしかない。
正直リュートはビビりまくっている。
・・・が、それを顔に出さないようにリュートは必死になって、説得力があるような顔を取り繕う。
無論、生理現象である冷や汗などは隠せなかったが・・・。
真っ直ぐと・・・、リュートはヴァルバロッサが納得するまでルイドと同じ青い瞳で見据える。
一体何十分このこう着状態が続いたのだろうか・・・。
だが、リュートの言葉にこれだけ時間を与えても反論してこないブレアのことを考えると、
さっき言った言葉は・・・あながち間違っていないのかもしれないと思い始めた。
今はヴァルバロッサに視点を置いている為、こんな緊迫した状態できょろきょろするわけにもいかず
ブレアの顔を窺うことは出来なかった・・・。
きっと・・・、なぜリュートが言い当てたのか躊躇っているのではないだろうか?
・・・と、思うようにする。
そう思わなければ、どうにかプラス思考に持ち込むようにしなければ・・・この空気の中で正常を
保つことなんて、とてもじゃないが出来なかった。
やがて・・・、ずっと静観していたゲダックが大袈裟と思える位に大きな溜め息をもらすと
ブレアとヴァルバロッサに向かって、ようやく口を開く。
「やれやれ・・・、こんな年端も行かぬガキんちょに諭されてどうするんじゃお前等は。
お前等一体何年ルイドに仕えていると思うておる、それなのに・・・そこにいる小童の方が
余程ルイドを理解しておるではないか・・・。
ヴァルバロッサよ、お前の気持ちはほんのちびぃ~~~っと位なら理解出来んこともない。
ここはひとつ・・・自分の中身を整理するつもりで、しばらく休んだ方がいいんじゃないかの!?
一人で思うも良し、ルイドと直接話し合うもまた然りじゃ。
それと・・・、ブレアよ。
お前はルイドのことになると、回りが見えなくなり過ぎるのが欠点じゃ・・・前にも言うたろうが!
レムグランドへ行きたがる理由なら、とうにわかっておるわい。
今奴等がいる先は、雷の精霊ヴォルトのところであろう!?
ヴォルトは記憶を司る力も持っておる・・・、都合の悪いことを思い出されて焦ってると見たが。
まさか・・・とは思うが、お前がやろうとしていることは・・・それが例えルイドにとって延命に
繋がることであったとしても、ルイドはそれを決して望まん。
断言しよう・・・、そんなことをしても決してお前の主は救われん!
それでも行くというなら・・・、ワシは止めんがな。
小童が言うように、お前がルイドの命令を実行すればいい。
さて・・・、こんなところでどうじゃ!?
頭の中の整理がついたなら、さっさと行動せんか! 時間は待ってはくれんのだぞ!!」
ゲダックの言葉でようやく目が覚めたのか・・・、頭も冷えたのか二人は肩の力を抜くと
お互いにバツが悪そうにちらちらと目線を送るが・・・何も語らなかった。
ヴァルバロッサがトランスポーターのフロアを出て行ったことで、ルイドの命令の遂行を
ブレアに任せたことを暗黙に物語っている。
リュートの方にブレアが視線を送って、それが合図だと解釈したリュートはトランスポーターの魔法陣の
中心へと立った。
魔法陣がリュートの闇のマナを利用して、起動し始める。
一瞬、どうして起動させるのにブレアではなくリュートのマナに反応したのかわからなかったが、
今はとりあえずピリピリとした緊張感がなくなってホッとしていたから、深く気にしなかった。
「ブレアよ、わしが渡したマテリアルは持っておるな?
それがあればいつでも空間転移の術で迎えに行けるから、失くすなよ。」
「わかってるわ・・・、(ありがとう)・・・。」
いつも張り詰めたような口調のブレアの言葉が、後半はかすれて聞き取れなかった。
それから魔法陣は問題なく作動して・・・、ブレアとリュートを光が包み込んで消えて行く・・・。
何かと問題はあったが、とりあえず二人がレムグランドへと無事に転送されたことを確認すると
ゲダックは「やれやれ」と肩を竦めながら、じっと魔法陣を見つめる。
「まだ殺すなよ・・・ブレア?
あの娘には、聞きたいことがたくさんあるんじゃからなぁ・・・。
なんせ・・・ユリアのコピーの、初めての完成例じゃからな。」
そう呟いて・・・、ゲダックは遠くを眺めた。
今も鮮明に思い出される、自分が唯一愛した弟子の笑顔を・・・声を・・・。
失ったものはとてつもなく大きい、この喪失感を・・・あの神子が埋めるかもしれない。
そう思い浮かんだのも束の間・・・、ゲダックは首を横に振ると・・・そのままフロアを
足早に出て行った。