第171話 「裏切る決意」
アビスグランド前線基地、マキナ。
レムグランドからの侵攻に備える為に建造された城・・・、要塞と言ってもいいだろう。
女王ベアトリーチェより授けられた『ガレオン城』の現在の主は、ルイドである。
ルイドは少数精鋭を好むので、必要最低限の人材しかこの城に滞在させていなかった。
そしてどの施設を使用するにも必ずガレオン城の主である、ルイドの許可なくして
それらを使用することは許されていない・・・。
ルイドから待機命令を受けているヴァルバロッサは、自分の意思で城内を巡回していた。
闇の力が最も濃く現れるアビスグランドでは、よほど強力な結界を張らない限り魔物の
侵入を許してしまうのだ。
このガレオン城も例外ではなく、特にここ最近に至っては魔物の襲撃が頻繁に多発していた。
「やはりディアヴォロの影響が大きいな・・・。
首都クリムゾンパレスも、いくら女王の力があるとはいえ・・・心配だ。
・・・この世で最もディアヴォロに近い場所にあるせいで、その影響も相当なものだろう。
このマキナにまで影響が届いている位だからな、油断出来ん・・・!」
難しい顔をしながら独り言を呟いていると、突然ヴァルバロッサは静かに足を止めて
壁に背中をつき・・・周囲を警戒する。
その手には巨大なバスターソードの柄に手をかけて、いつでも抜剣出来る状態だった。
(トランスポーターのフロアの扉が開いている・・・?
誰か使用しているのか・・・、しかしルイド様から誰にも指示がいっていない
はずだが・・・。)
怪しく感じたヴァルバロッサは十分に警戒しながら、扉の方へと忍び寄って
そっと中を覗いた。
すると、トランスポーターの側に誰かが倒れている。
人間だった。
しかも、青い髪の少年・・・闇の戦士である。
ヴァルバロッサは剣の柄から手を離すが、それでも警戒だけは怠らずに中へと入って行く。
闇の戦士・・・リュートの側に近付いて、そっと様子を窺う。
「・・・極度の疲労で気を失っているだけか、しかしどうしてこんな所で!?
トランスポーターを起動させて、レムグランドへ帰ろうとしたわけでもなさそうだが。」
不思議に思いながら、ヴァルバロッサはこんな場所に置いて行くわけにはいかないので
2、3度リュートの頬を叩き、声をかけながら意識を取り戻させようとした。
リュートは頬の痛みで、ようやく気が付く。
「お前は闇の戦士、リュートだな?
こんな所で一体何をしていた、ここはルイド様の許可なく立ち入って良い場所ではない。」
目の前に現れた茶髪の男、口ひげを蓄えて・・・何度か見たことがある武人。
そう・・・、リュートの師匠であるジャックに恨みを抱いていた人物。
ルイドの忠実な部下、ヴァルバロッサだった。
リュートは全身に極度の疲労を感じながら、ゆっくりと自分の力で起き上がる。
それからゆっくりと回りを見渡し、何が起こったのかを思い出した。
「そう・・・だ、フィアナ・・・!」
「フィアナだと!? フィアナが一体どうしたと言うのだ!?」
名前を聞いて即座に反応したヴァルバロッサの鎧にしがみつくように、リュートは
慌てた様子で先程起こった出来事を話そうとした。
「あの・・・、フィアナがトランスポーターを使ってレムグランドへ・・・っ!
大佐を殺しに行くって・・・、どうしたらいいですかっ!?
僕・・・フィアナに言われるがまま、ここまで一緒に来てしまって・・・っ。
そしたら両手にあった拘束具がいつの間にか無くなってて、魔力の糸で僕を
縛ったかと思ったら・・・僕の闇のマナを使って、・・・それでっ!」
「少し落ち着け・・・、話は大体わかったから。
つまりお前はフィアナの口車に乗せられて、あいつをレムグランドへ行かせて
しまったと・・・、そういうことなんだな!?」
意外にも物わかりが良かったヴァルバロッサに、リュートは安心したような・・・
余計に不安が増したような複雑な思いに襲われた。
自分のせいで・・・。
自分のせいでアギト達に危険が迫るかもしれない。
それにフィアナが・・・、拘束具を常に付けなければいけないような危険人物だったら?
本当にとんでもなく危険な存在だったとしたら、自分はそんな人間の思うままに操られて
・・・利用されて、まんまと使われてしまったんだとルイド達に知れたら・・・。
責められるのが怖かった。
最悪の結果ばかりが頭に浮かぶ、想像してしまう。
フィアナは、レムグランドへ何をしに行ったのか・・・。
少なくとも・・・ただ単に兄であるオルフェに会いに行っただけではないのは、明白だった。
オルフェやジャック達の強さを考えれば、そう容易く殺されたりはしないだろうが・・・
それでも不安が押し寄せる。
全部・・・、自分が招いたことなのだから・・・。
そんな風に色々な考えが浮かんでいると、ヴァルバロッサがリュートの肩を叩き・・・
自分について来るように促した。
「こんな所で塞ぎこんでいても仕方があるまい・・・、ともかくルイド様に報告しなければ。
フィアナの目的は大体わかっているからな。
お前には何が起こったのか、詳しく話してもらうぞ・・・洗いざらいだ。」
「・・・はい。」
胸がムカつく・・・、今にも吐きそうだが必死で堪えて・・・ヴァルバロッサに
ついていくリュート。
このまま逃げたい・・・、逃げ出したい!
でもそんなことをしても何もならないことは、自分でもよくわかっていることだ。
そんなことをしたところで、時間を戻せるわけじゃない。
過ちが消せるわけじゃない。
むしろ全てルイドに話して、フィアナの企みを阻止する方法を一緒に考えてもらった方が
よっぽどマシだ。
まるで今にも地獄に落ちそうな、死刑を宣告されたような・・・そんな暗い表情になりながら
ヴァルバロッサの後をついて行くリュート。
その時、正面から誰かが話しかけて来た。
「ヴァル・・・、それにリュートも・・・一体どうしたの?」
か細い声だが、どこか凛とした・・・そんな少女の声がした。
うつむいていた顔を少しだけ上げて、誰が話しかけてきたのか確認する。
「ジョゼか・・・、少々問題が発生してな。
今からルイド様に報告しに行く所なのだ、すまないが通してくれまいか。」
丁寧に話すヴァルバロッサに、ジョゼは言われたまま壁際に道を開けると・・・
すれ違いざまにリュートを見据えた。
愛想を振りまく元気もない、どうせなら誰にも構うことなく・・・早くルイドの元へ
辿り着きたい・・・。
これ以上自分の失態を誰かに知られるのが・・・、苦痛で耐えがたかった。
ジョゼも・・・、特に話しかけて来ることもなく・・・そのまま通り過ぎる。
常にルイドがいる場所・・・、奥に私室があるからかもしれないが。
通されたのはさっきまでリュートがいた謁見の間だった。
ゲダックがしたように大きな扉をノックして、それから入る。
胸のムカつきがより一層強くなった。
嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・っ!
口をへの字に曲げながら・・・、リュートは回りの流れに身を任せて
審判が下されるのを待った。
「どうしたヴァル・・・、それにリュート。
何か問題でもあったか?」
普通の様子で・・・、さっきまで発作に苦しんでいた人物とは思えない程・・・
悠然とした声でヴァルバロッサに問う。
ヴァルバロッサはルイドとの間に距離を保ちながら、恭しく礼をすると先程の件に
ついて話し出した。
巡回中にトランスポーターのフロアに異常が見られたので、中を確認したら
リュートがいた・・・。
そんなことを話した後、ヴァルバロッサは詳しい事情をリュートに求める。
言葉を切って、自分の方に視線を配ったので・・・それが合図だと思ったリュートが
・・・内心話したくない思いで一杯になりながら、フィアナとの出来事を
正直に話した。
しかし・・・、自分に見張りを付けなかったこと。
そして見張りがいないのをいいことに、城内を探ろうとしたことだけは伏せておいた。
「・・・・・・それでフィアナが、トランスポーターを起動させる為に僕のマナを
吸い取ってレムグランドへ行ってしまったんです。
最後に・・・ポイズン、何とかって言う・・・小さな瓶に入った液体を持って・・・
そのまま消えてしまいました。
僕は闇のマナを無理矢理吸い取られたことで疲労して、気を失ったところにヴァルバロッサ
さんが来て・・・。」
フィアナに出会ってから、気を失ってヴァルバロッサに助けられるまでの出来事を話し
終えるとリュートは「これでおしまい」というニュアンスで、ヴァルバロッサの方に
視線を送った。
一通りリュートの話を聞き終えたルイドは、玉座に深く座り込んで・・・なめし革で出来た
手袋、レザーグローブを付けた左手で首の後ろをさすりながら考え込んだ。
何か不都合なことがあるように・・・、何かを隠したがっているように・・・。
「恐らく・・・、その液体というのはポイズンスイーツのことだろうな。」
ルイドが呟くように言うと、ヴァルバロッサが首を傾げて聞き返す。
「ポイズンスイーツとは、・・・それは一体何なのですか!?」
「・・・強力な毒薬だ。
あまりに危険な代物の為・・・、薬品庫に厳重に保管してあったものなんだが。
それを持ってレムグランドへ向かったということは、明らかに何人かを殺すつもり
のようだな。
元々のターゲットであるディオルフェイサか・・・、あるいは神子一行全員か。
どちらにしろ、感情のバランスが不安定になっているフィアナをこのままにして
おくのは危険だ。
一応オレの方からフィアナにメッセージを送るが・・・、命令に背く可能性の方が
高い・・・。
念の為、命令に背いた場合のことを想定しておいて・・・ヴァル。
フィアナの回収はお前に任せる、オレから命令があるまでは現状通り待機して
おいてくれ。」
「承知いたしました。」
片手を胸に押し当てて、返答をするヴァルバロッサ。
フィアナに対する処置が決まって、ルイドの視線が自然とリュートの方へ向けられる。
来た・・・。
次は自分が咎められる番だ・・・。
そう思った途端、頭の中は逃げ出したい気持ちで一杯になった。
自分のせいで・・・っ!
自分のせいで・・・っ!
自分のせいで・・・っ!
そんな自己嫌悪の言葉が、リュートを支配する。
頭の中が真っ白になる位、自分で自分を打ちのめしている時・・・声を掛けられていたことに
今頃気が付く。
「リュート、聞いているか!?」
「あ・・・っ、はいっ!?」
いつも囁くような静かな口調のルイドが、声を張り上げるようにしてリュートの名前を呼んでいた。
慌てて返事をした時、思わず声がひっくり返ってしまう。
緊張の余り「気を付け」の姿勢で固まっていると・・・、横からヴァルバロッサの呆れた顔が
見えたようで何だか恥ずかしくなってきた。
「間に合うかどうかわからんが・・・、もしこれが原因で最悪の結果をもたらして
しまった場合。
リュート・・・、その時はお前にも何らかの処置を施すが・・・異論はないな!?」
「・・・はい、すみません。」
最悪の結果・・・、つまり・・・。
もし万が一、フィアナが誰かを殺してしまった場合・・・。
それが誰であろうと・・・、何人であろうと・・・その時は自分に責任が問われる。
つまりはそういうことだ・・・。
リュートは全身に水をかけられたように、冷や汗を流しながら・・・両手をぎゅっと握りしめる。
怖かった。
自分のせいで、誰かが死ぬかもしれない。
本当に誰かの命が失われるのかもしれない・・・!
そう思うと怖くてたまらなかった、逃げ出したかった・・・。
全てをなかったことにしたかった。
しかし当然・・・、時間は戻らないのだ。
そんなことを考えたところで、今の現状が何ひとつとして変わることはない。
誰よりもわかっていたので、余計に自分の罪の重さが実感出来て・・・怖くて仕方がなかった。
ルイドからの言葉は、それだけだ。
特に酷い罵倒を浴びせられることもなく・・・、ねちねちと責められることもない。
そのまま・・・リュートはただ、結果を待つだけの身となってしまったのだ。
本当なら自分がフィアナを追いかけて、自分が起こしてしまった過ちを正す為の行動を
起こしたかった。
しかし・・・、当然それが許されることはない。
リュートが捕らわれの身である事実は、変わらないからだ。
まるで何もなかったかのように、話はそれで終わって・・・リュートは真っ直ぐ部屋に
戻るように釘を押される。
勿論、リュートは素直に従わざるを得なかった。
ヴァルバロッサとはまだ話があるのか、リュートだけが解放されて・・・謁見の間を出て行く。
バタン・・・と扉を閉めて、リュートは足取り重く・・・部屋へと戻った。
どうか、フィアナが早まったりしませんように・・・!
みんな無事でありますように・・・、どうか・・・!
必死で心の中で祈った。
リュートは特に信仰している宗教などはなかったが、この時ばかりは懸命に神様に祈った。
心の底から・・・、自分の過ちを後悔しながら。
「何かあったの・・・?」
静かな声で突然話しかけられて、リュートは飛び上がりそうになる。
懸命に心の中で祈り続けていたので全く気配に気付かなかったのだ。
目の前には、先程すれ違ったジョゼが・・・不審な眼差しでリュートを見据えている。
その視線が今のリュートにはものすごく痛かったのか、思わずあからさまに視線を逸らす。
黙り込んだままのリュートにジョゼは眉根を寄せると・・・、横に寄り添うようにしながら
一緒になって歩き出す。
リュートもまた、特に嫌がる素振りを見せることもなく・・・一緒に歩いた。
「僕のせいで・・・、フィアナが誰かを殺してしまうかもしれないんだ・・・。」
「あなたのせいって・・・、どうしてそうなるの?
あなたが殺すわけじゃないでしょう?」
落ち着き払った口調で、ジョゼが聞く。
「確かに直接ってわけじゃなくても・・・、間接的でも・・・僕が殺すような
ものだよ。
僕がその原因を作った・・・、それを招いたんだから・・・。
ルイドは何か手を打つって言ってたけど、間に合わなかった場合は覚悟しておけって。」
「それってつまり・・・、フィアナが思惑通りに誰かを殺したら・・・あなたは
兄様の思い通りになるって、そういうことなのね。」
ジョゼの言葉に、リュートは立ち止まって・・・初めてしっかりとジョゼの顔を見た。
感情を押し殺したように・・・無表情のまま、ジョゼは同じようにリュートを見据える。
「だってそうでしょ?
確かにあなたの思慮が足りなかったせいで、その結果フィアナが誰かを殺したとして・・・。
どうしてその責任の全てをあなたが背負わなければいけないのかしら。
あなたがフィアナに命令したの?
レムグランドへ行って、誰かを殺せ・・・って。」
「違う・・・っ! 違う・・・けど・・・っ。
でも、フィアナの拘束具が無くなってたし・・・薬品庫にも一緒に入ったし。
何より闇のマナでなくちゃトランスポーターは起動しないのに、僕がのこのこついて行った
せいで・・・利用されてしまったから!
僕に全く責任がないわけじゃ・・・、だから・・・っ。」
まるで無理矢理罪を背負おうとするように、リュートは必死になって「自分が悪い」と
断言した。
しかし、ジョゼが語った言葉で・・・頭の中がさっきよりも落ち着きを取り戻してきたせいか。
確かに何かがおかしいと、疑問に思い始めて来る。
「そもそも・・・、どうしてフィアナの拘束具が無くなってたんだろう!?
あれって一体どういう役目を果たしているものなの!?
どうして同じ4軍団の仲間のはずなのに、あんなものを付けられなくちゃいけないの!?」
「フィアナには生まれながらに持っていた才能があった・・・、と聞いたことがあるわ。
何でも自分の魔力を他人のマナに同調させることによって、自在に操ることが出来るんだとか。
それは人間だけではなく、魔物でさえも操ることが出来るって・・・。
兄様はフィアナの能力に目を付けて仲間に引き入れたけど、ある日フィアナはガレオン城にいた
兵士を勝手に操って・・・殺し合いをさせたことがあったんですって。
それ以来、必要な時以外はああやって拘束具を付けて・・・魔力の糸を封印したそうよ。
いつまた・・・、4軍団の内の誰かを操ろうとするかもしれないから。
あたしはそう聞いてるわ。」
リュートは唖然とした。
ジョゼが淡々と語る言葉・・・、フィアナの拘束具についてそんな恐ろしい理由が隠されて
いたとは・・・思いも寄らなかった。
「だから・・・いつもああやって拘束具を?
でもそれじゃあ、どうやって・・・どうして今になってその拘束具が消えたりなんか・・・?」
リュートの疑問に、ジョゼは空を仰いで・・・考えを巡らした。
すると突然何か思いついたように、ジョゼは血相を変えてリュートの腕を引っ張ると
耳元で何かを囁く。
「もしかしたら・・・っ!
リュート、ここで話してたら誰に聞かれるかわからないわ・・・。
場所を変えましょう。」
さっきまで感情を押し殺していたジョゼが、突然焦ったようにリュートの腕を引っ張ったまま
ずるずるとどこかへ連れて行こうとする。
何が起こったのかわけがわからないまま、リュートはとりあえず自分の部屋へ行くことにした。
ルイドはリュートが自分の部屋へ戻ったと思っているはずだ。
今更どこか別の場所へ向かったら、余計に怪しまれるかもしれないと思った。
急いで部屋に戻って、ジョゼは何度も外に誰もいないか確認すると・・・鍵をかけて向き直る。
ジョゼがこんな態度を取る姿を見て、リュートはもしやと思った。
以前にもジョゼが挙動不審になりながら、念入りに人の気配を確認した時があったのだ。
「もしかして・・・、これもルイドの策だって言うつもり!?」
「だって、そうかもしれないでしょう!? そんなのわからないじゃない・・・。
兄様が何を考えているかなんて、どこまで先を見据えているのかなんて。」
部屋の中央に置かれたイスにお互い座ると、声を潜めるように論議した。
「兄様に関わることは、全てを疑うべきだわ・・・。
本当はそんなことしたくないけど、でも兄様が大きな罪を犯してしまう前に
あたしが止めないと・・・取り返しのつかないことになってしまうもの!
フィアナに取り付けた拘束具、あれは・・・闇のマナを持つ人間にしか解けない
ようになっているの。
つまり、ルイド兄様・・・あたし・・・そしてリュート、あなただけよ。
あなた・・・、フィアナの手に触れたりしなかった!?」
聞かれて、リュートは記憶をたどりながら・・・懸命に思いだそうとする。
フィアナに会って、お互い改めて自己紹介をした時に・・・リュートは挨拶のつもりで
握手を求めた。
しかしフィアナがその手を握り返すことはなかったが、その後確か・・・。
「そういえば・・・、フィアナの方から僕の手に触れて来たことがあったけど。
もしかしてそれのこと!?
でもあの時はほんの一瞬だったし、僕だって別に闇のマナを放出していたわけじゃないし。
あんな簡単に解けてしまうものなの!?」
「闇のマナは希少なの、当然光のマナも数が少ないんだけど・・・。
特殊なマナだから・・・闇のマナを持つ人間にほんの少し触れるだけで、
当然解けてしまうわ。」
「でも・・・、こんなのただの偶然だよ!
僕はたまたま城内をウロウロしてて、そこで偶然フィアナが部屋から出て来たんだし。
そんなところまで計算出来る人間なんて・・・、いるはずが・・・。」
言いかけて、途中でやめた。
もし最後まで言い切ってしまったら、ジョゼが次に語る言葉が何なのか・・・リュートには
わかっていたことだからだ。
(・・・未来を視る力、絶対そう切り出してくるに違いないよ・・・。
でもそんなこと言われたって・・・そう簡単に信じることなんて、出来るはずがない。
何でもかんでも見透かされてるって言うなら、この先キリがないじゃないか・・・。)
リュートの表情を見てジョゼは・・・、リュートがまだ信じていないことを暗黙に理解する。
だからなのか、それ以上言葉を続けることはしなかった。
恐らく言ったところで否定されることはわかっていたから、そして言っても無駄なんだと
悟っていたからだろう。
一息つくと、ジョゼは言葉を選ぶように・・・ゆっくりと落ち着きを取り戻して話し出した。
「とにかく・・・、これから先・・・覚悟だけはしておいた方がいいかも。
何があったとしても、兄様はあなたを闇の戦士として迎え入れるつもりでいるわ。
マナ天秤を操作すること・・・ただその一点のみなら、あたしも歓迎するけど・・・。
ディアヴォロ復活だけは、どうしても食い止めなくちゃ。」
深刻そうに語るジョゼに、リュートは再び重苦しい雰囲気に呑まれてしまった。
しかしそのお陰で当初の目的を思い出せたので・・・、少しだけ感謝している思いもある。
「そうだよ・・・、僕はそれを確認しなくちゃいけなかったんだ・・・。
もしかしたらこれは・・・、こんな風に言ったらものすごく悪いことかもしれないけど。
ルイドから持ちかけられた取引に応じる口実になるよ・・・。」
「・・・? どういうこと!?」
「ルイドから、アビス属性の精霊契約に協力してほしいって頼まれてるんだ。
でも僕は出来る限り・・・、頻繁に自分の世界へ還らないといけない事情がある・・・。
それを承知した上でルイドは重要な場面・・・つまり精霊と契約を交わす時期に、
僕をアビスに呼び寄せるつもりでいるらしいんだよ。
平たく言えば、僕はレムとアビス・・・両方を裏切ることになるんだけどね。
レムからすれば、敵であるアビスの精霊契約に協力したら・・・それは裏切りになるし。
アビスとしても、戦力や状況を全てレムに漏らすことになるからスパイも同然だ。
でもルイドはそれで構わないと言ってた・・・、それだけ精霊契約には闇の戦士が
必要だってことでしょう!?
一見ルイドの思惑通りにしているようでも、僕はジョゼからあらかじめ聞いてる
ことがある・・・。
ルイドの力を確認する為でもあるし、本当の目的を探る為でもあるんだ。
対抗するには・・・ジョゼ一人じゃ荷が重すぎる、だから僕に協力を求めた・・・。
そしてこれは僕にしか出来ないことだと、そう思うんだよ・・・。
レムとアビスの間を、堂々と行ったり来たり出来る人物なんて・・・そうそう
いないでしょう!?」
自分に出来ることを思い出して、リュートはまるで活気を取り戻したかのように・・・。
さっきまでの死んだような眼差しとは打って変わって、活き活きとしたリュートの瞳に・・・
かえってジョゼの方が気を使っていた。
「でも・・・、それじゃあなたの仲間はどう思うの!?
公然とスパイするだなんて、聞いたことがないわ・・・。」
「勿論・・・、反対する仲間はいる。 一人だけは確実に・・・きっと、絶対に。
それは何とかするよ・・・、だから心配いらない。
僕・・・、ルイドの取引に応じることにする。
でも、急に受けるって言ったら怪しまれるかもしれないから・・・もうしばらくの間は
悩んでることにするよ。
それすらもお見通しだったなら・・・、ジョゼの読みが正しかったことにもなるし。
僕は・・・、どうしてもこの戦争を早く終わらせたいんだ。
だから君にも協力してもらうよ・・・?」
リュートの決意に、今度はジョゼの方が戸惑っていた。
しばし・・・困惑したように目をしばたいていたが、やがて柔らかく微笑むと快く返事をする。
「ありがとう・・・、あたしも出来る限りあなたに危険が及ばないように配慮するわ。」
二人だけの約束を交わすと、ジョゼは長居することなく早々に部屋を出て行った。
何をするにもルイドに知られているような気がして、ジョゼは落ち着きがないようにも見える。
そんなジョゼを見送って、それからドアを閉めて・・・また一人きりになった。
ベッドに横になって・・・見慣れない天井を眺める。
「フィアナのこと・・・、忘れたわけじゃない。
もし僕のせいで誰かが殺されてしまったのなら・・・、その罪を僕は背負わないといけない。
本当は嫌だ・・・、仲間を裏切るなんて。
でもこうでもしなくちゃ、前に進めないような気がする・・・。
いつまでも平行線のままじゃダメなんだ。
どこかでレムとアビスは交わらなくちゃ、この戦いは永遠に終わらないと思う。
例えルイドの手の平で踊らされていたとしても・・・、そうならないように大佐達としっかり
作戦を練るんだ・・・。
アビスの情報を得ることが出来るなら、レムにとってもプラスになる。
うまくいくかどうかわからないけど・・・、このままウジウジと何もしないよりかはマシだ。
だからアギト・・・、黙ってスパイしちゃうけど・・・ごめん。」
迷いを払うように・・・、自分に言い聞かせるように繰り返しながらリュートはそのまま
両目を閉じた。
そして審判の日を待った。
フィアナの凶行を止めることが出来るかどうか、それはルイド次第となるだろう。
しかし・・・どんな結果になろうと、リュートはすでに心に決めていた。
自分が・・・、汚れるしかないんだと・・・。