第170話 「ガルフィアナキス・グリム」
ルイドとの話を終えて、リュートは一旦与えられた部屋へと戻った。
帰りは特に見張りが付いているというわけではない。
まるで『外にさえ出なければ、城の中では自由にしても構わない』・・・という風に
殆ど自由を与えられているようなものだった。
(本当なら何か怪しい動きをされないように、見張りをつけたり監視したり
するのが普通だと思うんだけどな・・・。
それだけ僕のことを信用しているのか、それともその程度にしか見られて
いないのか・・・。
まぁ・・・、完全に後者の方だと思うんだけど・・・。
情けな・・・。)
自分で自分をヘコませて何やってるんだか・・・、と思いながらリュートは
このまま真っ直ぐ部屋に戻るのが何だか癪になって来た。
「僕に見張りをつけないルイドが悪いんだ・・・。
ここがどういう所か、内部がどうなってるのか・・・わかる範囲で調べて
みよう・・・!」
内心はかなりビビッていたが、これは自尊心に関わることでもあった。
自分が無害だと思われることがまるで馬鹿にされているように感じられて、引くに引けなく
なってしまっている。
リュートは来た道を引き返して、通ったことのない道へと歩を進めた。
「壁は全部石造り、そのせいか・・・ものすごい圧迫感があるなぁ・・・。」
どこを見ても同じ光景が広がっており、目印か何かを付けなければどの角を
曲がって来たのかすぐにわからなくなりそうだった。
薄暗い通路には一定間隔にランプが設置されていて、何の部屋かはわからないが
部屋数が結構あるように見える。
兵士の部屋か・・・それとも倉庫か、思えばここに来てからそんなに城内をウロウロ
したわけではないが・・・ルイドと軍団長以外の兵士を、リュートは見たことがない。
「洋館とか、首都にあった王城では見張りの兵士とかがたくさんいたのに・・・。
ここは人気が全くといっていい程感じられない、まるで軍団長以外に人がいない
みたいな・・・。」
独り言を呟きながら廊下の突き当たりまで来たリュートは、一旦後ろを振り返って
次はどこに向かおうか考える。
ルイド達にとって見られたら困るようなものは全くなく、廃城を一人で探索している
ような感覚だった。
しかし何の収獲もないまま戻るのも、何とも情けなく感じられる。
そんな時だった。
先程通った通路にあった一室のドアが開き、そこから初めて人が出て来る。
一瞬身を隠そうと思ったが、出て来た人物に目をやると・・・隠れる必要はないかも
しれないと思った。
リュートにとって、どうしても話をしてみたい人物の一人でもあったからである。
バタン・・・とドアを閉めてどこかへ向かおうとしていた時、リュートの存在に気付く。
思い切りゴスロリ系の衣装でバッチリと決めているとても愛らしい少女、フィアナだ。
金髪はツインテールにしているが、ものすごく長く・・・それでも毛先が膝あたりまで
届く程だった。
今回は黒を基調としたミニドレスで、首のチョーカーと厚底の靴は真っ赤で非常によく
目立つ。
「あなた・・・、確か闇の戦士ね。
こんな所で何をしてるの?」
姿形、声はまさしくドルチェそのものだった。
本当に生き写しの・・・一卵性の双子のように、しかしドルチェになかった笑顔を・・・
フィアナは持っている。
人懐っこい笑みを浮かべて歩いて来る、幼い少女の姿・・・それに仲間と同じ顔をした
相手に警戒心を無くしてしまったリュートは、フィアナから何か話を聞くことが
出来ないものかと思って話しかけた。
「君・・・、確かフィアナだったよね?
僕はリュート、よろしく。」
そう言って左手を差し出して、握手を求めた。
子供っぽく両手を前に組んだフィアナは、じっと差し出された手を見つめるだけだ。
「えと・・・、あの・・・握手は嫌い、かな!?」
思い切り握手を拒絶されたのかと思ったリュートは、やり場に困った左手をプラプラ
させながら聞いてみる。
フィアナは特に怒った風でも、困った風でもなく・・・きょとんとした眼差しで見つめる
だけだった。
「別に嫌いじゃないわ。
ただ・・・このあたしに肉体の一部を差し出す人間がいたんだなぁって思ったら・・・
あぁこの人何も知らないんだなぁって、感心しただけ。」
「え・・・、え? 肉体の一部・・・って。」
言ってる意味がわからないリュートがどぎまぎしているとフィアナはにっこり微笑み、
そして両手を組んだまま・・・少し上に持ち上げてリュートに見せるようにした。
「・・・・・・あれ?」
よく見ると、うっすら光の束のような物が何重にもフィアナの両手を縛っているように
見える。
「拘束具よ。」
ドルチェと全く同じ可愛らしい声で、普通に答える。
「拘束具・・・って、それって・・・手錠みたいなものじゃないの!?
どうしてそんなものを君に付ける必要が・・・、だってここは君達の砦で・・・。
仲間なのに・・・っ!?」
信じられなかった。
ここでのルールが全くわからないリュートは、なぜ4軍団の一人でもあるフィアナを
拘束する必要があるのか・・・その真意が理解出来ない。
「信用されてないからよ、・・・当然だと思うわ。」
「どうして仲間にそんなことを平然と出来るんだよ・・・、こんなの酷過ぎる!
君はまだ子供だし・・・それに女の子なのに、こんなの虐待してるようなものじゃないか!」
全身でルイド達を非難するリュートに、フィアナは嬉しそうな微笑を浮かべると
拘束されたままの手でそっと・・・リュートの手を握った。
「そう言ってくれるの・・・、きっとあなただけだわ!
聞いて、ルイド達ったら酷いのよ!?
あたしはオルフェお兄様に会いに行きたいだけなのに・・・、ダメだって言って
この砦に閉じ込めるの!
あたしが勝手に砦を抜け出さないように、こんな拘束具まで付けて・・・。
自由を奪われて・・・、あたし・・・毎日とても辛かった。
でも・・・、今日あなたに会えて嬉しかったわ。
こんな話・・・ここじゃ誰にも出来ないもの。
みんなルイドの手先だから、あたしがお散歩するだけでもすぐにルイドに告げ口
されちゃう・・・。
でもリュートなら、そんなことしないもんね? そうでしょ?
・・・それとも、あたしとお話したこと・・・ルイドに喋っちゃう?」
嬉しそうに・・・、寂しそうに、ずっと閉じ込めていた言葉を吐露するように
話すフィアナの姿を見て・・・リュートは少なからず同情した。
元々弟や妹達の面倒を見ていたので、子供は嫌いじゃないリュートはフィアナのことが
とても可哀想に思えて来たのだ。
自分と話が出来てこんなにも喜んでくれる少女のことを、自分のことを信じてくれようと
してくれる少女のことを・・・放っておくなんて出来ない。
頼みを聞かないわけにはいかなかった。
「大丈夫、君と喋ったことはルイドには言わないよ・・・約束だ。
誰にも告げ口しないから安心していいよ。」
「本当!? 嬉しい・・・やっぱりリュートは戦士様ね。」
屈託のない無垢な笑みを浮かべて喜ぶフィアナの姿に、リュートはとても可愛らしく
感じられて思わず頬を赤らめながら照れ笑いをする。
「あ・・・、ところでフィアナはどこに行こうとしてたの?
もし急ぎの用事がないなら、この砦の中を案内してほしいんだけど・・・。
もしかしてルイドからはこの中を自由に歩き回ることも、許されていないとか!?」
「ううん、砦の中なら大丈夫。 ただ・・・外に出たらいけないだけ。
もしかしてリュート、砦の中を探索したいの? ・・・お兄様の為に?」
ずっと気にかかっていた。
フィアナは本当にオルフェの妹なのだろうか・・・?
それをさり気なく聞いてみる為にも、ここは嘘でも頷いた方がいいかもしれない。
リュートは少しでもフィアナと話をする為のきっかけ作りになるように、
思わず・・・悪いとは思いつつ頷いた。
「それならついて来て、色々教えてあげるから!」
まるで初めて友達が出来たように、フィアナはとても嬉しそうにはしゃぎながら
リュートを案内することを承諾してくれた。
フィアナに行き先を任せまま、リュートは少しばかり違和感を感じている。
(そういえばフィアナとは何度か会ったことがあるけど・・・、きちんと会話
らしいことをしたのは今が初めてじゃないかな・・・。
でも、レムグランドでルイドと一緒に来てた時。
フィアナの態度は兄である大佐のことを、とても憎んでいるように見えた。
今は憎んでいるというよりも、むしろ好きでしょうがないって感じだな。
一体どっちが本当のフィアナなんだろ・・・。
もしかしてあの時は、かわいさ余って憎さ100倍ってやつだったのかな?
どう見てもこの子がこんな拘束具を付けなくちゃいけない程の、危険な感じには
見えないんだけど・・・。
魔物を召喚する能力があるせい? それとも・・・。)
リュートが色々とフィアナについて考えを巡らしていると、突然フィアナが声をかけた。
ハッと我に返って目の前を見ると、そこには厳重そうな鉄の扉がある。
フィアナはショルダーバッグの中から鍵のような物を取り出すと、ガチャガチャと大きな
錠を外した。
ガチャンっと大きな錠が床に落ちて、ぎぎぃっと扉を開ける。
薄暗い室内に入って行くと、そこには棚がびっしりとあって・・・大小様々な瓶がたくさん
並べられていた。
「ここは・・・?」
「薬品庫よ。
でも薬品だけじゃなくて、毒薬、薬草、中には魔物の餌とか・・・。
とにかくたくさん色んなものが保管してあるの。」
リュートを案内する為とはいえ、どうしてこんな所を案内するのか。
もしかしてルイド達にとって何か都合の悪いものでも保管してあるのか・・・?
そんな風に思いながら、リュートはゆっくりと中に入って行く。
フィアナは臆することなくスタスタと奥の方へと歩いて行った。
「やっぱり戦争に備えて、薬草とか・・・消毒薬とかそういった物が保管して
あるのかな。
でもラベルに何て書いてあるのかわからないから、ここで何かを企んでいた
としても・・・僕にはさっぱりだな。」
ここで見たことをオルフェ達に話しても、大した情報にはならないかもしれないと
踏んだリュートは、フィアナを探してここから出ようと思った。
「フィアナ・・・? どこ行ったの?
ここはよくわからないからさ、もっと別の場所とかを案内してほしいんだけど・・・。」
返事がないことに、リュートは少なからず不安を感じた。
このまま薄暗い室内に閉じ込められたらどうしよう・・・、と突然嫌な想像をしてしまう。
悪寒が走って出入り口のドアの方に向かうと、途中の棚からフィアナが立っていて
一瞬驚いた。
真っ黒いドレスのせいで、闇に溶けていたせいかもしれない。
それでも金髪のお陰ですぐにわかったが・・・。
「フィアナ・・・、どこに行ってたんだよ・・・。
ほら、何かここって入ったらいけないような感じがするからもう出よう?
・・・ていうか、どうしてここの鍵を持ってたの!?」
にっこりと含み笑いを浮かべながら、フィアナは「気にしない、気にしない!」と
言うだけでそのまま部屋を出て行った。
ガチャリと鍵をきちんとかけて、フィアナは次の場所へと案内し出す。
「あのさ・・・、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「あたしに話せることならいいわよ、なぁに?」
相手は子供・・・、きっと大丈夫だろう。
そんな風に思いながらリュートは、出来るだけあっさりと・・・何も企んでいない風に
装いながら話しかける。
「大佐の妹のフィアナがさ・・・、どうしてアビスグランドの・・・。
しかもルイドの配下になってるのか、不思議に思ってて。」
「あぁ、そのこと?
別に大したことじゃないの、リュートならもうとっくに会ってると思うけど
4軍団の中におじいちゃんがいたの・・・知ってるわよね?」
「あぁ・・・、あの短気な・・・。
ゲダックだっけ?」
「そう、あたしはゲダックにここへ連れて来られたようなものなの。」
「なんか・・・、随分と曖昧な表現の仕方だね?」
リュートの問いに、フィアナが背中を向けたまま急に立ち止まると声が小さくなった。
「だって・・・、記憶がないんだもの。
あたしが最後に覚えている記憶は・・・、お兄様に・・・殺される瞬間。
そこから先は何かが途切れたように・・・、記憶をハサミか何かで切り取られたかの
ようにぷっつりと途絶えた。
次に目覚めた時は・・・、目の前にゲダックがいて・・・。
そこはすでにレムグランドじゃなくて、アビスグランドだったの・・・。
あたしは自分の身に何が起こったのかわけがわからなくて、毎日毎日泣いてたわ。
助けてお兄様・・・、助けて・・・って。
でも・・・、お兄様はあたしを助けに来てくれなかった・・・。
そしてあたしは考えたの、あたしの方からお兄様に会いに行こう・・・って。
でもあたし一人の力じゃレムグランドに渡ることが出来ない・・・。
そこであたしの能力を買ったルイドが、あたしを4軍団に入るように言って来て・・・
ルイドの力があればレムグランドに帰ることが出来ると思って、あたしはルイドの仲間に
入ることに決めた・・・。
でも結局はルイドの言いなりになるばっかりで、お兄様に会いに行くことがなかなか
出来なかったけど・・・。」
寂しそうに語るフィアナの言葉に、少しばかり胸を打たれたリュートは少女に
同情の視線を向けていた。
勿論そんなことをしてもフィアナの為にはならない。
むしろ同情なんてものは、自分が相手を見下しているようにしか感じられない。
そんな風にしか思えないこの感情を、リュートは必死で消そうとした。
「でも・・・、この間やっと・・・大佐に会えた。」
ぴくんっと、フィアナの体が一瞬反応した。
背中を向けていたので、それがどういった意味を表わしていたのかリュートには
わからなかった。
「お兄様は・・・、あたしが死んだと・・・信じていた。
だから探さなかった、助けに来てくれなかった・・・。
あたしはずっとお兄様のことを忘れた日なんかなかったのに、お兄様はあたしのことを
勝手に思い出にして・・・あたしそっくりの人形を作って、代用品を愛した・・・。」
「でも・・・それは、仕方ない・・・かもしれないよ。
レムグランドからじゃアビスに関する情報は得られなかっただろうし・・・、まさか
フィアナがアビスにいたなんて・・・、大佐のあの態度を見れば知らなかったんだって
・・・僕から見てもわかるよ。
だからもう一度、さ! 会って話をすれば・・・きっと誤解も解けるよ! ね!?」
「そう・・・かしら?」
「そうだよ、過去に何があったのか僕は知らないからあまり無責任なことは言えない
けど・・・僕にだって弟や妹がいる。
お兄ちゃんが自分の弟や妹と会いたくないなんて、絶対思わないよ!
絶対会いたいって・・・、もう一度会って話したいって思うのが兄妹じゃないか。」
「お兄様は今でも・・・、あたしのことを妹だって思っていてくれるかしら・・・?
あたしのことを愛してくれるかしら・・・?」
「当然だよ・・・、だって大佐にとったらたった一人の妹なんでしょ!?
家族じゃないか・・・、きっと大丈夫だよ!」
リュートは必死に傷心のフィアナを励ました。
その言葉に、その思いに偽りはない。
実際・・・リュートの本心を語っているのだから、それだけは胸を張って言えることだった。
リュートの言葉が通じたのか、フィアナはくるんっと振り返るとその瞳はさっきまで
濡れていたようだが・・・にっこりと笑みを浮かべて、明るく振る舞う。
「ふふっ、ありがとうリュート! あたし・・・おかげで自信がついたわ。
今なら・・・勇気を持って行けるかもしれない、ねぇ・・・ちょっと付き合って
もらえるかしら?」
「なに!? 僕に出来ることがあるなら何でも手伝うよ!」
フィアナの顔に笑顔が戻ったようで嬉しくなったリュートは、フィアナの頼みを
聞いてやろうと思った。
自分にも誰かを励ます力があるんだ・・・、元気を与えることが出来るんだ・・・。
そう思うと自分も何だか嬉しくなってくる。
元気を与えた分だけ、自分も元気になってくるような感じだった。
殆ど駆け足でどこかへと向かうフィアナを必死で追いかけながら、ようやく辿り着いた先は
少し広いフロアだった。
そこには洋館の地下室で見たような魔法陣が刻まれている。
「これ・・・、もしかしてトランスポーター!?」
「今は開戦状態だから、アビスグランドで描いた魔法陣は今ならレムグランドへ
直結しているわ。
ただし一方通行だけどね・・・、でもそれで十分。」
「それじゃこれがあれば・・・、僕もレムグランドに帰ることが出来るんじゃ!?」
胸が高鳴った。
ルイドからの取引に関する返事をまだしていないが、レムグランドへ帰る方法を目の当たり
にしたら、どうしてもその誘惑に駆られてしまう。
リュートはぐっと感情を押し殺すと、一歩下がって・・・自重した。
「やっぱり駄目だ・・・、確かにこれを使えばここから逃げることが出来るかもしれないけど
ここで信用を失えば取り返しのつかないことになるかもしれない・・・。
ルイドの信用を失ってまで帰るメリットが、どこにもないよ。
そんなことをすれば、本当に橋渡しなんて夢のままで終わってしまう・・・。」
しかしフィアナは魔法陣の中心へ堂々と入って行くと、振り向いてお願いをする。
「リュートにお願いがあるの・・・。
この魔法陣はアビス人の力でないと・・・、アビス属性を持つ人間でないと起動しないわ。
レム人が勝手に使用出来ないようにプロテクトがかけてあるから。
あたしはどうしても、お兄様ともう一度会って話がしたい・・・っ!
だからお願い・・・リュートの力を貸してほしいの!」
必死に懇願するフィアナに、リュートは一瞬迷った。
そんなことをして、本当に大丈夫なんだろうか?
フィアナはさっきこの魔法陣が一方通行だと言っていた、それならフィアナをレムグランドへ
移動させたら・・・ここに戻って来れないんじゃないか?
「でも・・・、それはさすがにダメだよ・・・。
フィアナの気持ちはわかるけど、やっぱり無断でトランスポーターを起動させる
わけにはいかないんじゃないかな・・・。」
「・・・どうしてもダメ?」
泣きそうな声で頼み込む姿に、可哀想になって来る。
しかし、どう考えても・・・これはさすがに承諾出来ることではなかった。
「ルイドか・・・他の誰かの許可さえあれば、もしかしたら・・・。」
困ったように何とかフィアナを説得するリュートの姿に、フィアナはうつむいて
がっくりと肩を落とした。
「そう・・・。」
残念そうな声に、可哀想になるが仕方がない。
リュートはフィアナが納得してくれて、少しだけほっとした。
するとフィアナは顔を上げてリュートを見据える。
その顔には・・・、全く笑顔がなかった。
「・・・やっぱりあんたも大嫌いよ、ケチっ!」
突き刺すような言葉に、リュートは心臓がひっくり返った。
フィアナの豹変した表情と言葉に驚く暇がない、・・・リュートは全身金縛りがかかった
ように身動き一つ取れなかったからだ。
「なっ・・・、フィアナっ!?」
見ると、いつの間にか両手を縛っていた拘束具の・・・光の束が見えない。
解き放たれた両手の指先からは、ドルチェがぬいぐるみを操る時のように魔力の糸が
伸びていて・・・それが自分の全身を縛っていたのだ。
「お願いを聞いてくれないなら仕方ないわね・・・、だったら自力で起動させるまでよ。
あたしの傀儡の力を、あの欠陥人形と一緒にしないことね。
あくまであたしがオリジナル・・・、あれはただの・・・あたしのコピーなんだから!」
フィアナが毒々しく言い放つと、魔力の糸が全身に食い込むように縛り上げると・・・
まるでリュートの中にあるマナを絞り出すかのように、力が抜けて行った。
「あんたの闇のマナを利用させてもらうわ、大丈夫よ・・・大人しくしていれば
痛くなんてないから。
ただ・・・、ものすごく疲れると思うけど?」
他人の状態など自分には全く関係がないと言う風に、フィアナはさっきまでの無垢な
微笑みとは全く逆の・・・氷のように冷たい悪魔のような微笑みを浮かべながら
まるで面白がるように、リュートを縛る力を徐々に強めて行く。
「うぅっ・・・、うああああぁぁっーーっ!!」
リュートの全身から、意識などしていないのに強制的にマナが漏れ出して・・・それが
フィアナの魔力の糸に吸い上げられるように伝って行く。
吸い上げられると同時に、リュートのマナに反応した魔法陣が・・・ゆっくりと起動し始めた。
「ダメ・・・だっ、フィアナ・・・! やめるんだ・・・っ!!」
声を絞り出すように叫ぼうとするが、フィアナの耳には届かない。
いや・・・、届いているがそれをわざと無視して実行しているだけだ。
リュートの苦悶の表情を眺めて、恍惚とするフィアナ・・・。
これがさっきまで一緒にいた、無垢な少女がする顔なのか・・・?
まるで別人だ・・・、自分は騙されていたのか・・・。
気付いてももう遅い・・・、魔法陣は完全に起動して・・・トランスポーターから放たれた光が
フィアナを包み込んで行く。
すると、必要なマナが十分に行き渡ったのか・・・フィアナはリュートを縛っていた魔力の糸を
切り離すと、お茶目に手を振っている。
「ありがと、おバカな闇の戦士さん!
お陰で愛するお兄様に会いに行けるわ・・・、そして・・・やっとこの手でなぶり殺す
ことが出来そう!
あんたは言ったわね、お兄様が妹であるあたしを愛していないわけがないって・・・。
ふふっ・・・、そんなの当たり前じゃない!
お兄様とあたしはとても深く愛し合ってるのよ、この世でたった二人の兄妹ですもの。
お兄様はあたしを深く愛する余り、あたしをその手で殺してくれた・・・。
そして今度はあたしの番・・・、愛するお兄様をこの手で殺してあげるの!
冷たい肉塊になったお兄様の遺体は、永遠にあたしの腕に抱かれるのよ・・・。
誰にも渡さない・・・、あたしだけのお兄様になるの・・・。
だから・・・あたしとお兄様の愛を邪魔する人間は、真っ先に殺してあげるんだから。
このポイズンスイーツでね・・・。」
最後に・・・、移動する直前にフィアナがリュートに向かって見せた物。
ショルダーバッグから取り出した瓶は、確か頑丈に鍵を掛けられていた部屋にあった
瓶と同じように見えた。
もしかして最初から・・・、あの部屋で手に入れるべき物を手に入れて・・・。
ここからレムグランドへ渡る為に、リュートを利用したというのだろうか・・・!?
リュートを縛っていたものは消えて無くなっていたが、未だに縛られているように
体が思うように動かなかった。
「君は・・・っ、一体・・・っ!?」
しかし、振り絞って出した言葉が届く前に・・・すでにフィアナの姿は消えていた。
その場に崩れ落ちるように、リュートは倒れてしまう。
全身の力が抜けて、まるで力が入らない。
恐らく体内のマナを無理矢理大量に絞り取られたせいだろうと、それしか考えられなかった。
まんまと・・・、あの少女にしてやられた・・・!
リュートは後悔しながらも、どさりと床に倒れて・・・そのまま意識を失ってしまう。