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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界アビスグランド編 2
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第169話 「ルイドからの取引」

「う・・・ん・・・。」


 ゆっくり両目を開けると、目の前には真っ白なシーツがあって・・・一瞬自分の

ベッドで寝ているのかと思う。

レムグランドの洋館にある、アギトと同室のベッドで・・・。

しかし唐突に記憶が蘇る。

がばっと飛び起きるように上半身を起こすと、きょろきょろと室内を見渡して・・・

そこがルイドの部屋であることを理解した。


「僕・・・、あのまま気を失って・・・?

 それじゃベッドに僕を寝かせたのは、・・・ルイド!?」


「・・・ド様っ! 大丈夫ですか・・・、ルイド様っ!?」


 突然ドアの外から女性の声が聞こえて来た。

ひどく混乱したように、必死にルイドの名を叫んで慌てている様子だった。

何事かと思いリュートがベッドから抜け出そうとした時・・・。


がちゃっ!


 ルイドの部屋のドアが開いて、オレンジ色の髪をした女性がリュートを見て

驚いている。

気が強そうな面差しをしているが、何かあったのか・・・顔色を悪くしたように

青ざめていた。


「お前・・・、闇の戦士っ!

 なぜお前がルイド様の部屋に・・・っ!」


 怒声にリュートが慌ててベッドから飛びのいて、事情を説明しようとした矢先・・・

女性の後方からルイドの苦しそうな声がした。


「ブレア、・・・いいんだ。

 ・・・オレがリュートを招いた、・・・ごほっごほっ!!」


 咳き込む声に、リュートは事態を上手く飲み込めずに・・・体が勝手にルイドの声がした方へと

駆けて行った。

殆どブレアと呼ばれた女性を押しのけるような形になってしまったが、リュートが貴重な

闇の戦士だからか・・・ブレアがリュートに対して特に手荒な真似をすることはない。

謁見の間の奥にあった部屋から出て行くと、玉座の横でルイドが膝をついて倒れている。

床・・・そして、口を押さえた手にはおびただしい出血の跡が見られた。


「・・・一体、何がっ!?」


 苦しむルイドの姿に、リュートは思わず敵であることを忘れて回復魔法をかけようとした。

しかし、なぜかその行動を後ろにいたブレアが制止する。


「どうして・・・、ルイドはあなたの・・・っ!」


 そう言いかけた時、ブレアの瞳にはうっすらと・・・涙が滲んでいた。

女性の涙に驚いて・・・リュートは思わず口をつぐむ。


「ルイド様は外傷で倒られたわけじゃないわ・・・。」


 叫び出したい気持ちを必死で抑え込んでいるように、ブレアはリュートに話しながらルイドの

側へと歩いて行き・・・体を支えるように包み込んで、ルイドを安静にさせる。

玉座にもたれさせて、ルイドの発作が早く治まるように・・・一生懸命背中をさすった。

ぜぇぜぇと・・・まるで喘息ぜんそくのように苦しそうな呼吸をしながら、ルイドも全身の苦痛に

必死で耐えている様子だ。


「もしかして・・・、何かの病気・・・なんですか!?」


 あれだけ脅威に思えた敵の首領が、こんなにも弱った姿を見たのは初めてだった。

脅威だっただけに、こんなルイドの姿を見るのは・・・なぜか胸が苦しくなる。

今まで感じたことのなかった『恐怖』が、リュートの中で渦巻いた。

まだ完全に治まっていないが、リュートにこれ以上不安な思いを抱かせないようにしているのか・・・。

ルイドは「もう大丈夫だ」とブレアに告げると、ふらつきながらも気力だけで立ち上がって

何とか玉座に座りこむことが出来た。

一息ついてから、ルイドはゆっくりと・・・リュートに話す。


「オレはもう長くない・・・、それだけだ。

 別に感染性のある病気とかそういったものじゃないから、安心しろ・・・。

 これはオレの・・・業のようなものだから、今は気にするな。

 そんなことより、お前の方はもういいのか?

 ひどく混乱しているようだったから、まだ気持ちの整理がつかないと思っていたが・・・。

 意外にも・・・、こんな短時間で自分の運命を受け入れる気になったか?」


 思い出したくないことを思い出して、リュートは拒絶するようにルイドから視線を逸らした。

ぎゅっと両手を握りしめて、告げられた言葉を全身で否定するように振る舞う。


「・・・だろうな。」


 受け入れようとしないリュートの態度に、ルイドは全く咎めることもなく・・・ただ笑っただけだ。

ルイドが何を考えているのかわからない・・・、リュートはそんな風に思う。

その時、まだ心配の色を隠せないブレアがルイドに寄り添うと何かの薬を勧めて来た。


「ルイド様、ゲダックが調合した薬です。

 多少ならこれで痛みや発作を抑えることが出来ます、お願いですから・・・飲んでください。」


「オレの症状は薬でどうこう出来るものじゃない・・・、それに・・・この痛みを忘れるわけにも

 いかない。

 オレはこの苦しみを受け入れ・・・、業すらも受け入れたんだ・・・。

 お前に心配かけてすまないと思っているが・・・、放っておいてくれ。」


 力なくルイドがそう言うと、差し出したブレアの手を軽く払いのけるように薬を拒絶した。

主の言葉にブレアは辛そうな表情を浮かべて、それから完全に感情を消し去ると・・・軍隊式の

敬礼をするように会釈をして、そのまま謁見の間を後にする。


「あの人は・・・、ルイドのことを本当に心配して言ってるのに・・・どうして!?」


「言ったはずだ、今のお前には関係ない・・・。

 お前が今考えるべきことは、ブレアの心配でも・・・オレへの説教でもない・・・。

 お前自身がこの先、自分の運命とどう向き合っていくのか・・・それが先決じゃないのか!?」


 話題を完全にすり替えられて、リュートはもう一度ルイドを睨みつけるように拒絶の意を表す。

それが答えだという態度に、ルイドはまたも苦笑すると・・・口元に付いた血を片手で拭きとって

玉座から立ち上がった。


「どう抗っても・・・、お前はお前の運命を受け入れるしか道がないことを忘れるな。

 このオレがそうであったように・・・。」


「運命を受け入れるって、一体どういうことなんですか?

 アギトの代わりに僕に死ねって、・・・そう言いたいんですか!?」


「・・・そんなことで済むなら、苦労はなかったな・・・。」


「・・・え!?」


「いや、こっちの話だ。

 ところで・・・、新しく入った情報だが・・・どうやらアギトがイフリートとの契約に

 成功したようだぞ。

 お前が死んだと思って暴走し・・・、それが逆にイフリートを屈服させた。

 今頃はお前が再び、アビスグランドに拉致されたことに気付いていることだろう。

 このままお前を見捨てて契約の旅を続行させるか、それとも契約の旅を諦めてお前を

 取り戻す為に戦争に終止符を打つか・・・。

 奴らはどっちを選択するだろうな?」


 一瞬だけ・・・、リュートの脳裏に「自分を助ける選択をして欲しい」という思いがよぎった。

しかしすぐさまその思いをかき消して、契約の旅を続ける選択を望む。

旅をやめたらレムグランドの国王が何をするかわからない、それだけは避けないと・・・。

それに自分はレムにとって、それ程重要な人物ではない。

むしろ敵となる存在だ・・・。

そんな自分が、アギト達の足枷になるわけにはいかない・・・。

ザナハ達の決意を鈍らせるわけにはいかない・・・。

勿論心の底からそう願っているわけではないが、そうでも思わなければ自分がひどく

惨めになる思いがしたのだ。


人間なら・・・、自分のことを助けて欲しいって願うのが・・・当然じゃないか・・・。


 しかし、そんな言葉を絶対口に出すことは許されないとわかっていただけに・・・リュートは

それが禁句であるように、決して口にはしなかった。

だがそんな葛藤すらもルイドにはわかっていたのか、意味深な笑みを浮かべられて気分を害する。

この・・・何もかも見透かしているような青い瞳が、リュートは気に入らなかったのだ。


「お前が思っている通り、恐らく契約の旅を続行するだろうな。

 仲間の中にオルフェがいればなおさらだ・・・、あいつは常に合理的に物事を進める。

 アギトやジャックすら上手く言葉で言いくるめて、無理矢理納得させていることだろう。

 それより・・・、オレはお前に『双つ星の運命』について話す為だけに、ゲダックに連れて来させた

 わけじゃない。

 お前が自分の運命をすんなりと受け入れるとは、勿論思っていないからな。

 今回お前を呼んだ理由はもう一つある。

 それはオレだけでなく、お前にも利があることだが・・・話を聞く気はないか?」


品定めするかのように、じっとルイドを見据えると・・・リュートは静かに答えた。


「どうせそれを聞かせるまで、僕をレムグランドに帰すつもりはないんでしょう?

 だったら僕に選択権はないようなものじゃないか・・・。」


「それもそうだな・・・、ふっ・・・ここに来て随分環境に慣れて来たか?

 引っ込み思案なお前が言うようになったじゃないか・・・、いい傾向だが。」


 ルイドの言葉がイヤミのように聞こえて、リュートは更に警戒心を強める。

しかしそんな態度にもお構いなしで、ルイドは余裕の笑みを浮かべながら玉座に座ると

本題に入った。


「お前が考えた橋渡し・・・、そんなに悪くない・・・という話だ。

 どうだ、このままオレに協力すれば・・・お前だけでもレムとアビスの間を行き来出来るように

 することが可能なんだが。

 その為の条件としては、オレ達アビス側の精霊との契約に協力してくれるだけで構わない。

 同行さえすればこちらで得た情報を、そのままオルフェ達に報告しても文句は言わん。

 情報を漏らしたところで、オルフェ達がアビス側の妨害をすることなど不可能だからな。

 オレ達の情報、4軍団の戦力、そして契約状況・・・。

 それらを提供してやると言ってるんだ、悪くない話だろう?

 うまくいけばお前が望んでいた橋渡しの機会も訪れるかもしれない・・・。

 この取引に応じてみないか?」


 突然の申し出に、リュートは当然戸惑いを隠せなかった。

どうしてこんな条件を突き付けて来たのか、その本意もわからない。

ざっと聞いた感じ、完全にルイド達に不利になる条件が多すぎる。

・・・にも関わらずルイドは、精霊契約に協力するだけでいいと・・・自分から言ってきているのだ。

そんなことをして・・・、一体ルイド達にどんなメリットがあると言うんだろう!?


「・・・よく考えてから決めても、構いませんか・・・!?」


 リュートは慎重になった。

もっとよく考えなければ・・・、突然持ちかけられた取引にあっさり乗って・・・ルイドの

本当の目的を見失った状態だったら後で大変なことになるかもしれないからだ。

罠かもしれない・・・。

もしかしたら、隠された落とし穴があるのかもしれない・・・。


「いいだろう、しかし返事をもらうまではお前をレムグランドに帰すわけにはいかないぞ。

 それまではこの砦から出ることは許さない。

 出て行ったとしても、外は限りなく続く荒野・・・。

 それにレムグランドとは比較にならない凶暴な魔物が出現し、到底今のお前の力では

 荒野を抜けることすら敵わないだろうからな。

 自分の命を守るという意味でも、この砦から出て行くことは勧められない。」


 うなずいて・・・、リュートはそのまま謁見の間から出て行こうとした。

不意に、床に染み付いた血の跡が気になる。


『オレはもう、長くない・・・。』


 病気じゃないと言っていた・・・、特に虚弱という風にも見えない・・・。

それではあの発作は一体何だったんだろう・・・?

まるで重度の病を抱えているような雰囲気だった、それ位・・・ブレアは張り詰めていた。


ルイドは、まだ何かを隠している・・・。


 そう感じながら、リュートは先程持ちかけられた取引について頭を一杯にした。

今更ルイドの状態を知っても、それは自分の決意を鈍らせる材料になりかねないと判断したからだ。





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