第168話 「闇の戦士の運命」
とても奇妙な感覚だった。
リュートは今、敵国であるアビスグランドの首領ルイドと共にいる。
彼の部屋で・・・、彼の入れたお茶を飲みながら・・・。
ルイドは光の神子であるザナハの契約の旅を妨害する為に、時には酷い方法で
妨害してきたりもした。
勿論それは彼らなりの『義』の為・・・、正直なところどちらが悪かと問われれば
それはリュート達の方が分が悪い。
レムグランドの国王の命令で、契約の旅を続けなければ・・・レムグランドに住む
国民全員が惨殺されてしまう。
世界の均衡を乱すとわかっていても、ザナハ達が契約の旅を続けなければいけない
理由がそこにあった。
詳しい内容は聞かされていないが、国王を出し抜く為の作戦をオルフェ達が画策
しているらしいが、その方法までは・・・リュートはまだ知らない。
(もし知っていたら・・・、世界の均衡を保つ為に戦っているはずのルイド達に
話せば協力してもらうことが出来たんだろうか!?
でも・・・。)
リュートにはわからない。
目の前にいるルイドのことを・・・、本当に信用できる男なのかどうか・・・。
アビスグランドの闇の神子、ルイドの妹であるジョゼから聞いた話がどうしても
気にかかったからである。
『世界の均衡を保つ為のこの戦いは、兄様の本当の目的を明かさない為のただの隠れ蓑。
兄様の本当の目的は・・・、ディアヴォロの復活よ・・・!』
かつて世界を未曾有の恐怖に陥れたという、意志を持った古代兵器ディアヴォロ。
今は初代神子アウラによる封印によってその脅威から世界は守られているが、本当に
ルイドはそんな危険な代物を復活させようと考えているのだろうか!?
リュートが挙動不審にそわそわしていると、ルイドはその様子を見て静かに微笑んだ。
それに気付いたリュートは再び顔を真っ赤にしてうつむき、落ち着きを取り戻そうと
麦茶を口に含ませる。
「あの・・・、僕をここに連れて来た理由は一体・・・何なんですか!?
僕はザナハに協力するって約束した・・・、だから今更僕を闇の戦士として
縛ろうとしても無駄ですから・・・っ!
僕は・・・っ!」
急き込むように・・・リュートが必死で自分の意志を伝えようとするが、ルイドは
依然と落ち着いた様子で麦茶を飲んで・・・それからリュートの言葉を遮った。
「そういえばお前は以前ここへ来た時の記憶を消されていたんだったな・・・。
ベアトリーチェの『死の接吻』によって。
話をする前に、まず消した記憶を戻してからにした方がいいか。」
「・・・えっ!?」
急に立ち上がったルイドに、反射的に警戒するリュート。
一体何をされるのかわからないので、思わず椅子から立ち上がって抵抗しようとするが
ルイドからは全く殺気というものが感じられなかったので、行動が遅れてしまった。
すぐ横にルイドが立つと、レザーグローブを装備した左手をリュートの頭に乗せる。
「記憶消失・・・、解!」
パァン!
まるで頭の中で何かが弾けたような・・・。
ルイドの言葉を合図に、一瞬にしてリュートの脳内に次々と過去の体験が走馬灯のように蘇る。
あまりのスピードで記憶を取り戻した為か、立ちくらみのような感覚がリュートを襲って
椅子から倒れ落ちそうになった。
それをルイドが支えるようにして、何とか転げ落ちることは避けられた。
「はぁ・・・、はぁ・・・っ!
い、今のって・・・!?」
呼吸荒く・・・、一瞬の出来事に戸惑うリュート。
しかしようやく理解する。
以前リュートがアビスに連れて来られた時、誰に会ったか・・・。
どこへ連れて行かれたか・・・。
そして、何があったのか・・・。
「アビスの女王ベアトリーチェ・・・、アビスの首都にあるお城・・・っ。
地下深くにあった大きな扉・・・っ!
そして・・・、そして・・・っ、とても邪悪な存在・・・っ!
あれがディアヴォロ・・・!? そうだ・・・、僕は一度ディアヴォロに触れていた!
とてつもない不安・・・、恐怖・・・、そして孤独・・・。
自分で自分の命を絶ちたくなるような・・・、あんな感情・・・二度とごめんだ・・・っ!」
つい昨日のように感じられて、あの日の恐怖がリュートを襲った。
全身を小刻みに震わせながら怯える姿に、ルイドは慰めることも手を差し伸べることもせず
ただ黙ったまま・・・向かいの椅子に座ると淡々と話を続ける。
「記憶消失の術は・・・再び記憶を取り戻した後に、記憶の混乱と錯覚を引き起こす。
出来ればこの術を施したくはなかったんだが、今のお前は敵国で体験した出来事を事細かく
仲間に報告してしまうだろうからな・・・仕方がなかった。
今はまだ・・・、彼等に隔壁の間の存在を知られるわけにはいかない。
さて、ディアヴォロの封印に関する記憶も戻ったことだ。
あの時お前が感じた考えも取り戻していることと思うから、本題に入るとしよう。」
「僕が感じた・・・、考え・・・!?」
アビスグランドの人間・・・王族は、世界をディアヴォロから守る為に・・・何世紀にも渡って
封印を施してきた。
そして世界の均衡を保つ為に、決していたずらにマナ天秤を操作したりはしなかった・・・。
レムとアビスとの間に、どれだけの確執があるのか想像もつかない。
それでも互いにちゃんと向き合って話し合えば、わざわざ戦う必要はないんじゃないか・・・?
唯一アビスに受け入れられている自分なら・・・。
闇の戦士という立場さえあれば、話し合いの場を作ることが出来るのかもしれない。
リュートはあの時、確かにそう考えた。
甘い・・・と自分でもわかってはいたが、それでも武器を取って血を流す方法よりずっと
いいと、そう感じていた。
しかし、その考えをルイドに話した覚えはない。
どうしてルイドは、リュートがあの日の出来事を体験して・・・そういう答えに至ったのを
知っているんだろうか・・・!?
(これも・・・、もしかして未来を視る力ってやつなのかな・・・。)
ジョゼから聞いたルイドの力・・・。
それが具体的にどういったものかはわからないが、これから起きる出来事が視えるというならば
あの時リュートが至った答えすらも・・・もしかしたらすでに『視えていた』のかもしれない。
そう考えれば、この違和感が少しだけ納得いくものになる。
「オレの力についての試行錯誤は・・・、もういいか?」
「・・・・・・っ!!」
心臓が口から飛び出そうな位リュートは驚いて、思わずテーブルの上に置いてあった
コップを倒しそうになった。
変わらずの挙動不審さにルイドは苦笑しながら、・・・そして真剣な面差しになって続ける。
「2国間の橋渡しという役割は、お前が思っている以上に困難なことだ。
それはもう諦めるんだな・・・。
あの国王が健在な限り、無理な相談だ。
それよりも・・・お前は、お前の生まれ持った役割を果たすべきだな。」
「生まれ持った・・・?
一体それは、どういう意味なんですか・・・!?」
レムとアビスの橋渡しという考えを否定されたようで気分を害されたリュートは、
つい刃向かうような口調で聞き返していた。
しかしルイドはそんな態度にも全く介することなく、聞かれたまま答える。
「お前は本来の闇の戦士とは異なった役割を持って生まれて来ている・・・。
リュートと・・・、そしてもう一人の光の戦士。
アギトとは深い絆を持って、この世界に降り立ったのだ。
双つ星の戦士と言えば聞こえはいいが、ようは世界を救うという責務を強制的に
背負わされて降り立った・・・いわば選ばれし犠牲者なんだ、お前達二人は・・・。」
初めて聞く言葉だった・・・、そして初めて聞く内容だった・・・。
手始めに聞かされた内容にしては、あまりに衝撃が強すぎた。
「双つ星については、オルフェからまだ何も聞かされていないようだな・・・。
オレもこの世界についてそれ程詳しいわけではないが、知っている範囲で教えてやろう。
双つ星とは平たく言えば、『世界の救世主』のような存在のことを言う。
アンフィニに近い能力を有しており、秘められた力を自在に操ることが出来れば
それこそ世界の形すら変えてしまう程・・・強力なものらしい。
レムでは双つ星の伝説がどんな風に語り継がれているかは知らんが、オレがサイロンから
聞いた話によれば・・・。
双つ星の戦士はかつて創世の国ラ=ヴァースから現れたそうだが・・・、ある時期を境に
この世界から全く別の世界・・・、異世界から現れるようになったという。
そう・・・、まさにお前達二人がそうだ。
同じ時代に、全く同時に二人の戦士が揃うことなど・・・有り得ない。
現れるとすれば双つ星の流星となって、この世界に現れる以外に有り得ないんだ・・・。」
「待ってください・・・、同時に二人の戦士が現れることはないって・・・。
それっておかしいです!
だってジャックさんの弟子が・・・、何年前の話か僕はわからないけど・・・。
その時代に、ジャックさんの弟子が闇の戦士だったって聞きました。
でもその時代には、ルイド・・・。
あなたも闇の戦士として存在していた・・・、それって同時に二人の戦士が存在しているって
ことになりませんか!?」
リュートの反論に、ルイドは一瞬・・・見間違えたかと思う位ほんの一瞬だけ・・・。
とても悲しそうな・・・孤独を思わせるような陰りが映っていた。
しかし確かめるようにもう一度表情を窺ってみるが、すでに目の前にはいつもの・・・
誰にも心を開かないような、そんな堅固な表情しか見受けられない。
「オレの説明が悪かったな・・・。
双つ星の戦士は、必ず反属性同士で現れることになっている・・・。
オレとジークは二人とも闇属性・・・、あれは・・・そう、ただの偶然だ。
双つ星とはスピカの象徴・・・、夜空に輝くスピカは光の戦士を表わしている。
そしてその傍らに、影のように寄り添う添え星が闇の戦士を・・・。
龍神族の間で語り継がれている伝説によれば、双つ星の戦士には生まれて来る為の
誓いが立てられているそうだ。
そしてその誓いはそのまま・・・、自分の運命を現わしている。」
「自分の・・・、僕の・・・運命!?」
「そうだ。
にわかには信じられないことかもしれないが、お前達二人は元々・・・この世界。
お前達が言う、この『異世界』の住人なのだ。
本来ならこの世界に生まれて来るはずの命であったが、・・・双つ星としての
運命を受け入れて誓いを立てたことによって、リ=ヴァースへと送られた。
そこでお前達はかりそめの両親の間から生まれて・・・、そこで育てられる。
オレもこの話を聞いた時は信じられなかった、そして疑問に感じた。
なぜわざわざ世界の救世主たる運命を背負った子供を、異界に送る必要があるのかと。
だがそれは、ディアヴォロからその身を守る為だと知った。
双つ星とアンフィニを宿した神子が揃えば、ディアヴォロにとっての脅威になるという。
真っ先にディアヴォロは、双つ星の運命を背負った子供を抹殺しようとするだろう。
それをさせない為に・・・、わざわざ異界へと魂を送る。
お前達が突然この世界に飛ばされてきた時・・・、互いに言葉が通じたことを不思議に
思わなかったか?
それは元々お前達がこの世界の住人だったから、その魂が言葉を理解していたんだ。
異界で育った双つ星の戦士は、互いに強い絆で惹かれ合い・・・必ず扉を開く。
すでに体験済みだろうから詳しい話は省くが、光と闇の力が重なり合ってお前達は
故郷へと戻って来た・・・。
双つ星の役割はひとつ、世界を安寧の地へと導くことだ。
必ず戦乱の世に現れる双つ星は、生まれた時から戦うことを余儀なくされる。
当然、聖なるスピカのオリジナルである光の戦士はその力で闇を打ち砕く。
しかしいつの時代でも、何度生まれ変わろうとも・・・闇の戦士の選択肢は
たったひとつしか残されていない・・・。
スピカの影となって支える存在、添え星のもうひとつの呼び名は・・・。
『犠牲星』という。
そう・・・、お前は生まれる時にそう誓った。
記憶になくてもお前の存在が、それを物語っているんだ・・・。
リュート、お前は光の戦士の身代わりとなって死ぬことを定められている。
言い方を変えれば、光の戦士の存在によって『生かされている』と言ってもいい・・・。
そう運命付けられているんだ・・・。」
ルイドはここで一旦言葉を切った。
黙って話を聞くリュートを見据えながら、ルイドは悠々と麦茶を飲み干す。
リュートは頭の中が真っ白になりかけていた、そして完全に思考が停止してしまうのを
必死で堪えて・・・懸命に頭を働かせる。
今聞いた言葉の全てが信じられず、疑わしい・・・。
反論する言葉を必死で探して、否定してやりたかった。
しかし、口を突いて出た言葉は何とも情けない言葉の連続だった。
「嘘だ・・・、嘘だ・・・っ。
そんなの嘘だ! 絶対嘘だぁっ!!」
頭を両手で抱えながら必死で記憶を探って、今ルイドが言った言葉の全てを否定する為の
言葉を選んで・・・号泣しそうになりながら叫んだ。
「信じられるものか・・・、僕達がこの世界の人間だって言ってる時点でおかしいよ・・・っ!
僕達は・・・、僕は間違いなくお父さんとお母さんの子供だ!
ルイドは知らなくて当然かもしれないけど、僕はちゃんとしたDNA鑑定を受けて
正真正銘の親子だって証明されてるんだ・・・っ!
だからルイドの言ったことは間違ってる、そんなことを言って僕を惑わせようとしても
無駄だっ!!
そうやって僕達を仲違いさせようったって、無駄なことだ!
そんなことで僕達の関係が壊れるはずなんかない・・・、そうだ・・・!
僕はアギトを信じてるんだから・・・っ!
アギトが僕を裏切るはずなんてない・・・、アギトは一生の・・・たった一人だけの親友だ。
だから僕だってアギトを裏切ったりなんかしない・・・!
例え世界が滅ぶことになったって・・・、僕は絶対に・・・絶対にっっ!」
頭の中がぐちゃぐちゃになって、自分でも何を言っているのかわからない。
ただこれだけは揺るぎようのない・・・、本当の気持ちだ。
爆発したように・・・、言葉を吐き捨てるように・・・、ただ一心にルイドの言葉を否定したかった。
この僕が・・・、アギトの身代わりになる為だけの存在!?
いつかアギトの身代わりとなって・・・、犠牲となって死ぬ運命・・・!?
わからない・・・、わからない・・・!
生まれる時に誓ったことなんて・・・、そんな曖昧な言葉が信じられるはずがない。
僕は僕だ・・・!
生きることだって・・・いつ死ぬかだって・・・、それは僕自身が決めることだ!
誰かに決められることじゃない。
そう・・・ルイドが決めることじゃない。
双つ星の運命が何だって言うんだ・・・、そんなの僕には関係ない・・・!
僕達はただ・・・ザナハ達を助けたいだけなんだ。
力になりたいだけなんだ・・・!
それなのに・・・っ!
今更自分が何者かなんて・・・、そんなこと言われたって・・・どうすればいい!?
ただ青い髪で生まれて来たってだけで、そんな運命を背負わされているなんて・・・
そんなこと僕は望んでない!
嫌いだ・・・、やっぱり大嫌いだ・・・っ!
こんな青い髪・・・っ!
やっぱり僕は逃げられないんだ・・・。
アギト・・・・・・。
僕は・・・、どうしたらいい・・・?
教えてよ・・・、ねぇ・・・?
いつものように怒鳴ってよ・・・。
僕は僕なんだよね・・・?
どさ・・・っ。
色々なことがあり過ぎた・・・。
知りたくない真実を聞かされて、リュートは自分を保つことが出来なくなったせいか
そのまま気を失って床に倒れてしまう。
ぴくぴくと、体をわずかに痙攣させながら・・・リュートは意識を失いながらも
仕切りに何かを呟いている。
ルイドはゆっくりと立ち上がり、リュートを抱えるとそのまま自分のベッドに横たわらせた。
「やはり少し早すぎたか・・・、しかし残された時間はあとわずか・・・。
思った以上にディアヴォロの活動が活発になっているからな、そうも言っていられないか。」
そう小さく呟きながら、ルイドは愛おしそうに・・・リュートの青い髪をそっと撫でた。
おもむろに・・・左手のレザーグローブを外すと、自分の利き手を見つめる。
まるで焼けただれたかのように肌の色が変色し、ズタズタになった皮膚を縫い合わせたような腕。
見ているだけで気分が悪くなりそうな酷い状態の左手を、ルイドは愛でるように・・・憎むように。
複雑な感情を必死で押し殺すような形容しがたい表情で・・・、ボロボロになった左手を
じっと見つめていた。
「闇の戦士としての資格を失った代償・・・、か。
出来ればリュート・・・。
お前の代で・・・、こんな永久回廊のような悪夢から解放されたいものだな。」
ズキンっと痛む左手を押さえると、ルイドは苦渋に満ちた眼差しで再びリュートを見据える。
「もうすぐ・・・、もうすぐだ・・・っ!
長い戦いもこれでようやく終わりを迎える・・・。
・・・最も、その時が訪れる頃には・・・オレはもうこの世にいないだろうがな・・・。」
再びレザーグローブを装着すると、リュートを自分のベッドに寝かせたまま・・・部屋を出た。
部屋を出るルイドの背中は、まるで永遠の別れを告げるような・・・そんな憂いが
目に見えるようだった。