第15話 「二人の器」
洋館を囲む森の中、異様な空気が流れていた。
ついさっき自分達を襲った魔物二匹を倒して、オルフェ達はどうなったのかと様子を見に行くと駄々をこねたアギトに根負けして、結局はリュート、アギト、ザナハ、ドルチェと全員で後を追いかけることとなった。
ザナハにクリティカルヒットを何発も食らったアギトだったが、リュートとドルチェの言葉もあって渋々だったがザナハに回復魔法をかけてもらって、走り回るまでに回復が出来たようだった。その足でオルフェ達を追いかけてきたのだ。
だが、辿り着いた先にいたのはオルフェとミラだけではない、知らない人物も一緒だった。
格好からしてオルフェの部下とか兵士ではないことは明らかだった。
しかし一番に目に飛び込んできたものは格好でも、腰に下げた剣でもない。
クセのある長い髪を腰の辺りまで伸ばした青い髪だった。
その青い髪が、時折吹く風にあおられて月明かりの光も重なって、美しい澄んだ青い色を放っていた。
それを見て、アギトは息を飲んだ。
アギトだけではない、勿論リュートも同じ気持ちだった。
この世界では青い髪をした人間は普通なのだろうか?
現に、金髪やピンク色の髪をした人間だっているのだから異世界なら何でもありだろう。
それにしても、やはり自分達と同じ青い色には目を引かれてしまう。
そうして言葉をつぐんだアギト達を見て、その青い髪の男性はまるで懐かしいものを見つめるような眼差しで、ジッと二人を見つめていた。
何か言いたげに、口を開きかけるがすぐにつぐんでしまった。
しばしの沈黙が流れた時、その重苦しい沈黙を最初に破ったのはザナハの一言だった。
「あなたの仕業だったのね、ルイド?」
彼女の言葉に、ふっと笑うとまるでその場にいる全員を見下すかのように、一瞬で冷たい瞳になって答えた。
「そうだ。双つ星が流れたのを観測し、両属性の戦士が現れたと確信して見に来たのだよ」
そう言って、リュートとアギトの方に目をやった、その目は相変わらず冷たかった。
その目つきが気に食わなかったのか、アギトも負けじとガンをたれた。
リュートは冷たい視線に耐えきれず、すぐアギトの方に向き直ったがガンをたれているのを見て泣きそうになった。
「だからアギト、自分から敵を作るのはやめようって、あれ程……」
その声に抑揚はなかった。
そんな二人のやり取りは全く無視して、ザナハが言葉を続ける。
「見に来た?
魔物をけしかけて、ウチの兵士も襲わせて、よくもそんなことが言えるわね!?」
相手の強さや、どういった人物なのかリュート達はよくわからなかったが、とりあえずはこの人物が回りにいた見張りの兵士や、自分達を襲った魔物を使った張本人だと流れで悟った。
「お前かっ!! このオレ達にあんな弱そうなキノコや、スライム使って襲わせたふてぇヤローわっ!?」
リュートは心の中で、あんなに散々苦労して倒しておいてどの口が言うんだろう? と呟いた。
そんな隣人の呟きは全く耳に入っていないのか、構わず続ける。
「このオレ達を誰だと思ってやがる!? この世界に召喚された伝説の勇者とは、このオレ達のことなんだぜこのヤロー!!」
口調が台本に書かれた台詞っぽく聞こえるところを見ると、どうやらこんな台詞を一度叫んでみたかったのだろうと、再び呆れたように呟いた。
「うるさいわね、あんたはちょっと黙ってなさいよ!! てゆうか永遠に黙ってて、このガンたれ小僧!!」
ザナハの暴言に反応してか、アギトがさっきまでルイドに向かってたれていたガンをザナハの方に向ける。
明らかに顔の造形が狂ってしまっており、ガンをたれているのか、ただの面白い顔になっているのか、もうワケがわからなくなってしまっていた。
「あぁん? お前もさっきから偉そうにモノ言ってんじゃねぇぞ!? 何様のつもりだコラ?」
「姫様でしょ、だから」と、リュートが丁寧につっこんであげる。
「姫様だかなんだかしらねぇがな、オレは今こいつとしゃべってんだよ!! 黙るのはお前……」
と言いかけた途端、誰もが予想していたことだがアギトはザナハの回し蹴りをモロに腹に食らって後ろにあった大木まで吹っ飛ばされて、そのまま崩れ落ちてしまった。
そしてアギトは再び戦闘不能状態扱いとなってしまった。
その様子を端で見ていたオルフェとミラは、無表情でただ突っ立っている。
笑うでもなく、つっこむでもなく、呆れるでもなく、最もしてほしくない態度、無視だった。
それからふぅっとため息をついて、オルフェはいつの間にか自分のすぐ横に位置していたドルチェに、自分達がいない間の様子を尋ねた。
おそらく、ルイドもそのことを知りたいと思っていることだろう。
ルイドの気配は、洋館から遠く離れた場所でしか察知出来なかったとすれば、アギト達の様子までは千里眼を用いない限り詳しくはわかっていないはずだから。
「ドルチェ、その後何か変わったことはあったのですか?」と、オルフェが静かに聞く。
「大佐達が洋館を出てからすぐ、おばけキノコとスライムが現われて使用人達を眠らせた。私達は戦闘になって、光の戦士の采配で何とか勝利できた。一番被害が甚大だったのは、ザナハ姫による身内攻撃。それ以外は問題なし」
「ちょっとドルチェ!? そこまできちんと報告しなくてもいいんじゃなくてっ!?」
ドルチェの体験したままの報告を聞いて、ザナハは顔を真っ赤にして慌てながら言葉を止めようとするが遅かった。
「それに関しては、また後ほどゆっくりとお聞かせ願いましょうか?」
静かな口調で、ドルチェの素直な報告を聞き逃さなかったザナハの師でもあるミラが怒りを抑えながら言った。
「俺が召喚した魔物は全てレベル1〜5までの魔物に限定したはずだが。まさかこんなに時間がかかるとはな、とんだ期待はずれだった」
左手を首に触れて、ルイドは呆れかえった口調で言い放った。
その言葉には、侮蔑すら含んでいた。
聞き逃さなかったリュートが、大木に倒れたアギトを介抱しながらぴくっと一瞬手が止まった。
「光の戦士がどれ程の実力を持っているのかと思って、わざわざ危険をおかしてまでレムグランドに降り立ったというのに、まさかあの程度の魔物相手にこれ程時間をかけて苦戦するとは思ってもいなかったよ。確か、レベルも人数もそちらの方が明らかに上だったはずだ。その上、味方である仲間の信頼を得ることも出来ず、敵からの攻撃より味方からの攻撃で自ら苦境に陥るとは、まさに愚の骨頂だな」
アギトを侮蔑する言葉の羅列に、リュートはだんだんと頭に血が昇って来た。
「戦闘で最も重要なのは、仲間との信頼関係を築くことだ。それすら出来ない愚か者などに用はない。全くとんだ無駄足を踏んでしまった」
ハッキリとそう聞いた瞬間、そこからリュートは自分の記憶が吹っ飛んでしまった。
ルイドの言葉に激昂したリュートは、介抱していた手を止めて即座に立ち上がり、ルイドの方を睨みつける。
わなわなと怒りに震えて、手足はガクガクと、本当に怒りからなのか、恐怖からなのか自分でもわからない。
ただわかっていることは、我慢出来なかったことだけだった。
普段は穏やかな表情が、眉は吊りあがり、口元は奥歯をかみしめるようにグッと力が入っていて、青い瞳には怒りしか浮かんでいなかった。
全身の毛が逆立つ位に怒りに震えたリュートが、敵の首領であるルイドにかみついた。
「お前に何がわかるっていうんだっ!? さっきから聞いていれば言いたい放題言って、けなして、見下してっ!! 確かに味方同士でいがみ合ったのはいけないってわかってる。だけど僕達は戦いのない世界で暮らしていた、ごく普通の子供なんだ!! それを突然ワケのわからない場所に飛ばされて、光とか闇の戦士とか言われて、突然見たこともない化け物に襲われて、それで武器もなしに戦えって言われて、そんな簡単に戦えるわけがないじゃないか!! それでもアギトは一生懸命魔物を倒そうと、必死で作戦を考えて、みんなの特徴をすぐに把握してっっ!! 上から見下しているお前なんかに、わかるわけがないよっ!! アギトは仲間のために一生懸命作戦を考えて戦ったことを、この中で誰よりも僕が一番わかっている!! そんなアギトのことを悪く言う奴は、この僕が許さないっっ!!」
リュートの怒りに、ルイドだけではなくその場にいた全員の誰もが言葉を挟むことすら出来ずにいた。
そんな中、静かに口の端に笑みを浮かべたオルフェはリュートを見直していた。
作り笑いではなく、おそらく本当の笑みで、彼の器を計れたことに満足した顔にも取れた。
ルイドは、呆然としていた。
まばたきひとつせず、リュートの言葉に釘付けになったかのように。
軽いショックを受けたような、心から衝撃を受けたような、掴みづらい表情を浮かべていた。
その瞬間、ルイドの左側から強烈な殺気を感じた!!
「よく言ったぜ、リュートォォーーっ!!」
ルイドはとっさに、腰に差していた剣を左手で抜いて無意識のように応戦した。
ガキィーーン!!
いつの間にか、どこかへ消えた巡回の兵士が落とした物か、森の中に落ちていた剣を拾い上げていたアギトが、その剣を両手に抱えて大きくジャンプしてルイドに向かって斬りかかっていた!!
アギトの剣と、ルイドの剣が激しくぶつかり合って耳をつんざくような金属音が大きく響く。
あまりに突然だったためか、油断したルイドはアギトの剣をかろうじて受け止めていたが、すぐに余裕の笑みを見せた。
「この俺に剣を抜かせるとはな、その根性だけは認めてやろう」
そう言うと、ルイドは剣をはじかせてアギトが吹っ飛ぶが、なんとか持ちこたえて片手は地面についたものの、着地には成功した。
即座に呪文の詠唱に入っていたルイドは、アギトに向かって左手をかざす。
「魔法っ!?」
驚いたアギトが、回避することも忘れて両目を閉じる!!
どんな魔法が来るのかわからない。
ーー死んだ!! と本気で思ったが、しかし。
「あ、あれ? なんともねぇ!?」
アギトの疑問に、ルイドが変わらず不敵な笑みで答えた。
「ヒールウィンド、回復魔法だ」
敵から回復魔法を使われたアギトは唖然とした。意味がわからなかった。
しかし呆然とするアギトにはすでに興味が失せたのか、再びオルフェやザナハに向かって言葉を放った。
「まだまだ経験不足だが、これから面白くなる人材であることは間違いなさそうだ。せいぜい鍛えてやるんだな、オルフェよ。でなければ近い内に大規模な戦いが待ち受けている。犬死にさせるには惜しいだろ? それからザナハ姫、約束は必ず果たす。必ずだ、それを忘れるな?」
マントをはためかせて、ルイドがそう言うといつの間にかマントの下からボキボキと無骨な気味の悪い羽根が生えてきて、それがばさばさとはばたいてルイドはゆっくり宙に浮き夜空の彼方へと飛び去って行った。
その姿を、全員ただ眺めているだけであった。
とにかくルイドと交戦するという、最悪の状況だけは免れることができたと息をつく。
だがしかし、ここに納得出来ていない人物が一人。
「あんのヤロー」
四つん這いになって、プルプルと震えるアギトに駆け寄ったリュートはとにかく怪我がなくてよかったと声をかけようとしたその時だった。
「あのすましヤローーッ!! バカにしやがってぇぇーーっ!!」
両手を大きく広げて、大袈裟に立ち上がると突然、負け犬の遠吠えそのものの台詞を吐いた。
「回復魔法だと!? 根性だけはある、だと!?」
まだ怒っている。
呆れながらも、無事でなによりと励まそうとリュートが務めるが、いつものように聞く耳がないらしい。
そんな二人の様子を眺めて、オルフェは笑みを浮かべた。今度は作り笑いめいていた。
「そうですよ? あのルイド相手に全員無傷だなんて、奇跡に近いですからねぇ。本当なら、この中の5人位は肉塊に化していても不思議ではありませんから」
と、オチャメに人差し指を立てて笑顔で恐ろしいことを平然と言い放った。
「無傷なの、大佐だけですか」
肩を竦めて一応つっこんであげるミラ。
「私だとは一言も言ってないんですけどね。でもまぁ、そのつもりですが」
悪びれた風もなく笑顔で返す。
悔しがるアギトをなだめるリュート。
場を和ませるためか、イラつかせるためか、笑えない冗談を繰り返す大佐とつっこむのが面倒臭くなってきたミラ。
そんな中、ザナハだけはルイドの最後の言葉が気にかかって仕方がなかった。
約束を果たす。
『必ずこの国を滅ぼしてやろう』
その言葉が、延々とザナハの脳裏に焼き付いて離れない。
それでも、自分はこのレムグランドを救うために神子になるという決意をした。
あの約束があったからこそ、その決意もより一層堅くなる。
呪文のように、何度も反芻して刻みつけてきた決意の表れ。
たとえその約束を覆す為の希望が、こんなアホでバカで無礼で口と頭が悪くても。
守ると決めたこの国を、自分が必ず守ってみせると改めて心に誓うザナハだった。