第166話 「ルナとの契約に向けて」
食事が終わるとアギト達は一旦解散して、それぞれ自由な時間を過ごした。
再びオルフェとジャックの部屋に集合して作戦会議をするのは午後8時、それまでの
間アギトとリュートは宿にある大浴場で遊び・・・それから自分達の部屋で
ダベッた。
寝巻き代わりにしているスウェットに着替えると、二人はベッドの上で
精霊契約に関する話で盛り上がっている。
「んで、これがイフリートの契約ん時に付いた紋様。
こっちが今日契約したヴォルトの紋様だ!」
アギトは右手の甲に刻まれた紋様をリュートに見せて、少々自慢気だった。
それもそのはず・・・、ファンタジーの醍醐味ともいえる精霊との契約に
自分が交わしたのだ。
ファンタジーオタクのアギトが嬉しくないはずがない。
「へぇ〜〜!
イフリートのはちょっと赤みがかってて、ヴォルトのはうっすら黄色いんだね。
やっぱり精霊によって色分けされてんのかな?
それじゃアギトは今、自由自在に精霊をここに呼ぶことが出来るの!?」
「あぁそうだぜ!
その代わり精霊を召喚するには、結構大量にマナを放出しなけりゃなんねぇから
簡単に・・・ってわけにはいかねぇけどな!」
胸を張って踏ん反り返るアギトに、リュートは少し深刻そうな顔になって考え込む。
思いのほかリュートが乗ってこなかったので、ほんの少しだけ調子に乗り過ぎたか?
とアギトは不安になった。
「ねぇアギト・・・、その・・・ヴォルトってのを召喚してザナハに見せた記憶が
何なのか聞くことって出来ないのかな!?
だって今のマスターってアギトなんでしょ!? つまりアギトの命令に絶対服従
ってことなんだよね・・・?
アギトが頼めば教えてくれるんじゃないのかな・・・。」
ベッドの上であぐらをかきながら、アギトが渋い顔になる。
「・・・それならもうやった。
でもヴォルトのやつ・・・、守秘義務とか何とか言って教えてくんねぇの!
知りたきゃザナハから直接聞けってさ。
・・・ったく、精霊ってのはみんなして頑固で融通きかねぇから扱いづれぇんだよな!
とにかくそういうこった。
ザナハの様子が落ち着いたら、また折りを見て内容聞くことになるだろうから。
それまではそっとしておこうって、ミラが・・・。
あ・・・、もうすぐ8時だぜ!? オルフェんとこ行こっか。」
二人は室内に備え付けられている時計に目をやると、時間にうるさそうな
オルフェに怒られないように急いで部屋を出て行った。
木で出来たドアを開けて廊下に出ると、ちょうど隣の部屋からミラが出て来たところだった。
がちゃがちゃと信用出来なさそうな簡易的な形の鍵をかけて、挨拶する。
「ミラさん、さっきはザナハのことがあったから・・・挨拶出来なくて
すみませんでした。」
ザナハにずっと付きっきりだったせいか、わずか数時間だというのにミラは
随分と疲れ切った様子だった。
「リュート君・・・、私の方も目もくれないで・・・ごめんなさい。
君達も今から大佐の部屋へ行くんでしょう?」
「あぁ・・・、でもミラはもう休んだ方がいいんじゃねぇか!?
すげぇしんどそうだけど・・・。」
「いえ、これも仕事ですから。
私なら大丈夫だから心配いりませんよ、・・・でも。
ありがとう。」
『ユリアの過去の記憶』で見たような、優しい微笑を浮かべると・・・結局ミラも
会議に参加することになった。
「あの・・・、それでザナハは!?
今は一人にしても大丈夫なんでしょうか・・・。」
「姫様なら今やっと眠ったところです。
会議の間はドルチェが看てくれているので、心配はありませんよ。」
「そう・・・ですか。」
アビスから約20日ぶりに戻ってからというもの、リュートはザナハとマトモに
顔を合わせることも・・・会話すらしていない。
しかも戻って早々まるで病人のような状態で、リュートの心配は簡単には
治まらなかった。
すぐ近くにあるオルフェ達の部屋のドアをノックして、返事と共に部屋に入る。
そこにはすでにオルフェとジャックが向かい合っており、何か話をしていた様子だ。
会議に参加するメンバーが揃った時、その中にミラがいて慌ててジャックが立ち上がる。
「ミラ、お前はザナハの面倒で疲れてんだから・・・無理しなくてもいいんだぞ!?
会議ならオレ達で進めるから、お前は部屋に行って休んでろ。」
優しく諭すジャックに、ミラは首を横に振って懸命に笑顔を作った。
先程リュートに言った言葉をジャックにも言うと、二人は顔を見合わせる。
ミラがこう言うからには、これ以上何を言っても無駄だとわかっているのだろう。
二人が小さく溜め息をもらすと・・・それぞれイスに座るのを確認してから、会議が始まった。
「ここにいる全員が、現状を把握しているものとして話を進めますが・・・。
リュート、構いませんね?」
「はい、大体のことはさっきアギトに聞きましたから・・・大丈夫です。」
即答にオルフェは、早速本題に入った。
「ではまず・・・、今後の行動について話します。
今の状態から言ってこのままザナハ姫を連れて、『光の精霊ルナ』がいる・・・
といわれているアンデューロへ向かうのは望ましくないでしょう。
他人の手を借りなければ満足に生活することもままならない今の状態では、
魔物に襲われた時・・・ただの足手まといになります。
明日はトランスポーター設置場所を検討して・・・、設置後は姫を洋館へ
連れ帰ります。
そこで姫には今後のことを考えてもらい・・・、その間は私達でアンデューロへと
向かいましょう。」
一方的に告げるオルフェに、当然反論したいことはたくさんあった。
しかし的を射ている部分があるのも確かなので、言葉を慎重に選んで反論する
べきだと・・・アギト達は思ったのだ。
「でも敵の狙いが契約の旅妨害なら、ザナハ一人が洋館にいる情報が漏れた時・・・
アビスの奴らがザナハを狙う可能性があるから危険だろっ!?
やっぱここは目の届く場所に置いておいた方がいいんじゃねぇか・・・?」
アギトは爆発しそうな感情を抑えるように、反論した。
「確かに神子がガードに守られていないところを狙うというのは、妨害の基本ですね。
目的があくまで『契約の旅』であって、『光の神子』でないという場合でも・・・。
神子を人質にして旅を止めさせる・・・という手に出る可能性だってあるでしょう。
そこで・・・アビスや魔物からの襲撃に備える為、洋館の警備を更に厳重にするという
意味も含めて、ミアに協力してもらおうと考えているのですが。
それにはジャックの許可が必要になります・・・、どうですか?」
話題が突然ジャックの方に飛んで、アギトとリュートは唖然とした。
『ミア』とは、ジャックの奥さんの名前である。
なぜここに来て奥さんが出て来るのか、わけがわからなかった。
「あの・・・、どうしてミアさんが?」
恐る恐る質問するリュート。
「ミアはレムグランドでも最高位にあたる『結界師』なんですよ。
特殊な魔法陣や道具を用いて、魔物や特定の敵が侵入出来ない空間を作り出す能力。
親子3人が・・・、あんな魔物が出る山で普通に暮らしている。
不思議に思いませんでしたか?
あれは家の周囲に結界を張っているから、魔物を寄せ付けなかったんですよ。
ちなみに洋館にあった魔法防壁も同じようなものです。
以前洋館内にある訓練場で広範囲魔法を放っても大丈夫なのかと、聞いてましたよね?
それも結界の一種なんですよ。」
ミラが丁寧に説明してくれた。
ようするにオルフェとミラの説明をまとめると、ザナハを兵士や使用人しかいない洋館に
残していく間は・・・ジャックの奥さんに強力な結界を張ってもらって、魔物はおろか
アビス人が侵入してこれないように配慮しよう・・・ということらしい。
奥さんへの突然の協力要請に、ジャックはあっさりと承諾した。
「それは構わんが・・・、今は戦争中だ。
ずっと家に二人だけ残して心配だったから、この際・・・ミアとメイサも洋館に避難
させようと思うんだが・・・いいか?」
「当然です、ご家族の安全は保障しますよ。
これで洋館にザナハ姫を残してきた場合の問題は解決しましたが、他に何か問題が
ありますか?」
何かあったとしても言いくるめる自信あり・・・、という口調でオルフェが見回す。
う〜ん、と考えながら・・・ない知恵を絞る。
そんな時、ジャックから思わぬ言葉が飛び出してきた。
「それより・・・、契約の旅で頭が一杯になってる所で水を差すようだがな・・・。
アギトにリュート、お前達・・・自分達の世界にもう長い間帰ってないが大丈夫なのか?
いくらフォルキスで問題ないとはいっても、向こうでの生活に何の影響もないとは
思えんのだが?」
「・・・え?」
「そう・・・ですね、このままアンデューロを目指すことになれば・・・もう一月近く
滞在することになるでしょうから。
さすがに何かしらの弊害が出てもおかしくないでしょう・・・。」
ミラが不安要素を追加する。
石のように固まる二人は、互いに顔を見合わせて・・・冷や汗がどっと流れる。
忘れてた・・・、というよりリュートが拉致られていたので帰ることすら出来なかった・・・
というのが一番の理由だった。
半ばそれを理由にずっと滞在していたが、さすがにこれ以上目を背けるわけにもいかない。
このまま旅を続けても、2〜3日でそのアンデューロに到着する保証はどこにもないのだ。
それならばミラがさっき言ったように、約一カ月も家を留守にすることになる・・・。
一か月という長期間のブランクがあっては家族との会話に、かなりのズレが生じるはず。
何とか言い繕っても絶対に、噛み合わない内容が出て来る危険性があった。
「え・・・、ぢゃあ何?
オレ達も一旦あっちへ還った方がいいってことか!?」
こんな時期に、それはない!
それがアギトの正直な気持ちだった。
向こうの世界に何の未練も愛着もないアギトにとって、今の状況を知っていながら呑気に
リ=ヴァースへ還るなど有り得なかった。
しかし・・・、隣に座るリュートに視線を泳がせる。
リュートにとってはそうはいかない。
向こうには家族がいる。
リュートにとって大切な家族が、リ=ヴァースに存在しているのだ。
帰りたい気持ちがあるのはむしろリュートの方だろう。
それなのに自分の都合で・・・、自分勝手な理由で滞在を強要するわけにはいかない・・・。
「リュート・・・。」
思わず名前を呼んでいた。
今の一言でアギトは全ての決定権をリュートに託した・・・、それを暗黙に理解する。
そしてリュートは、・・・決断した。
「僕も・・・、一旦還った方がいいと思います。
向こうで何も問題がなければすぐに戻りますけど・・・、やっぱり心配だから。
こんな大変な状況なのに、ワガママ言ってすみません。」
リュートの言葉に、誰も反論する者はいなかった。
あのオルフェでさえ・・・。
「では、明日は我々でトランスポーター設置場所を探して・・・それから洋館に戻る
準備をしましょう、物資補給も必要になるでしょうからね。
アギトとリュートはそのままリ=ヴァースへと帰還。
ザナハ姫は洋館で待機、中尉は部下を引き連れてミアとメイサを洋館まで護衛してください。
私とジャック、そしてドルチェの3人でアンデューロへ向けて出発。
10日程でアンデューロに到着すると思うので、そこで新たにトランスポーターを設置します。
それまでの間は、それぞれの役割を果たしておくこと。
休息を取るも良し、強敵に向けてレベルアップに奔走するも良し・・・それは個々の判断に
任せます。
中尉・・・、あなたにはザナハ姫のケアをお願いします。
10日もあれば十分かもしれませんが・・・、万が一ということもあるでしょう。
それまでに・・・ルナとの契約に前向きになれるよう、配慮してください。」
「わかりました。」
全員に指示が行き渡り、これで会議は終わり・・・と思った時。
『もしも』のことがずっと気がかりだったアギトとリュートが、最後に質問をした。
「あの・・・、もしザナハ姫の状態が間に合わなかったら・・・一体どうするんですか?」
「あんなヘコんだ状態で、精霊との契約が出来るとは思えねぇ・・・。
もしアンデューロって所に到着しても、まだヘコんだままだったら・・・ザナハが復活する
まで待つのか!?
だってルナと契約が出来るのは、この世でただ一人・・・光の神子だけなんだろ!?
確かオルフェ言ってたよな・・・。
ヘタしたら契約の旅がこのまま続かなくなるかもしんねぇって・・・。
もしそうなったら、マジどうするつもりなんだ!?」
二人の質問攻撃に、全員がうつむいて・・・口ごもる。
しばしの沈黙の後・・・、ようやくオルフェが質問に答えた。
淡々と、テストの答案用紙に書いている答えを・・・そのまま読むように。
「その時は、契約の旅失敗となって断念せざるを得ないですね。
契約の旅失敗ということはすなわち、ガルシア国王の逆鱗に触れ・・・当初から懸念されていた
暴虐行為が実行されるということになります。
その時は旅を断念した神子にも制裁が下って、真っ先に処刑されることでしょう。」
二人は絶句した。
契約の旅を断念したからといって・・・、やめたからといって・・・。
その直後には、希望すら何も残されていない悪夢が待ち受けている事実。
知って・・・、二人は痛感した。
この旅がどれ程重要なものだったか・・・、どれ程重いものだったか・・・。
それがザナハ一人に背負わされていたことだったんだと、思い知った。