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【長編・完結済】ツインスピカ  作者: 遠堂 沙弥
異世界レムグランド~雷の精霊ヴォルト編~
166/302

第164話 「謝罪と贈り物、そして・・・」

 一足先に地下道を出たミラ達は、ようやく焼失後の教会へと戻って来た。

のしのしと歩くぞうのぬいぐるみから降りて、回りの様子を窺うとかなり湿度が

上がっており・・・教会の残骸が湿っているところを見て雨が降った後だと気付く。


「中尉、ここから先は傀儡くぐつで姫を運ぶことは出来ない・・・。

 町の人間に見られたら目立ってしまう。」


「そうですね・・・、余計な混乱は避けるべきでしょう。

 姫、いいですか?」


 優しく声をかけるが・・・、憔悴しょうすいしきったようにザナハは虚ろな

瞳のまま小さく頷くだけだった。

その状態に心配を隠せないミラは、ザナハの手を取って降ろそうとする。


パァンッ!!


 突然の銃声・・・、反射的にミラはザナハの手を強く引っ張ると大きなぞうのぬい

ぐるみの陰に隠れてホルスターから拳銃を取り出し、構える。

ミラ達の背後にはまだ焼け崩れていない土壁があった・・・、弾道の位置からして

正面にある林から撃った可能性が高い。

目を凝らし・・・細心の注意を払ってミラが銃を構えていると、先制攻撃して

きた人物は意外にもあっさりと・・・目の前に現れた。


ザッ・・・、ザッ・・・。


 小さな水滴のついた雑草を踏みならして現れた人物。

銃剣を携えて姿を現したのは、アビス4軍団の一人・・・『閃光の軍団』の軍団長。

そして闇の指導者ルイドの側近でもあるブレア、その人だった。

切れ長の瞳は怒りによるものか・・更に吊り上がり、とてもキツイ印象を与えている。

両手で銃剣を構えると、ブレアは目の前にいる人物が誰なのか・・・何人いるのか

すでにわかっている様子で威嚇するように叫んだ。


「今のは挨拶代わりよ、出て来なさい・・・『紫電しでんのミラ』!!」


 しばし様子を窺っていたミラだったが、相手がブレアだとわかると銃をホルスターに

しまい・・・小さくため息をもらしながら姿を現す。

だがドルチェに目線で合図を送ると、ぬいぐるみの陰から出て行ったのはミラだけであった。

・・・ザナハだけは、命に代えても守り抜かなければいけない。

そう判断した二人は大きなサイズになったぬいぐるみをしまわずに、身を隠す壁として

利用した。

両手を上げて出て行くミラに、ブレアは嘲笑を浮かべながら銃剣を構える。


「大丈夫よ・・・、今日はお前を殺す為に来たわけじゃないわ。

 ルイド様からの謝罪の言葉と、贈り物があったから・・・そのついでに寄っただけ。」


武器を構えたままのブレアに対し、ミラは一切の感情を表に出さず・・・淡々と言葉を返す。


「その割に手痛い歓迎の仕方ですね・・・、とても話し合いをするようには見えませんが?」


「・・・・・・。」


 ミラの言葉に、ブレアは一瞬ぬいぐるみの陰に隠れている『誰か』に視線を移すと・・・

すぐにまた戻して、武器を下げた。


「ルイド様からの伝言よ・・・。」


 そう言って、ブレアはまるで本に書かれている文章をそのまま読むように感情を込める

ことなく淡々と言葉を並べた。


『契約の旅妨害の際、特別関係のなかった一般市民を巻き込んだこと・・・深く謝罪する。

 よって今回のヴォルト契約に関しては、一切の妨害行為を控えることにした。

 更に失われた命に対する詫びとして・・・、闇の戦士をそちらへ送り届ける。』


見下すような姿勢でそう告げると、ブレアの表情から笑みが消えた。


「ルイド様の慈悲と恩恵に感謝することね・・・。

 本来ならばお前達のような下衆げすな連中に情けをかける義理も、詫びる理由も

 何もないのだから。

 お前達レムグラディオンは、自分達が世界に選ばれし崇高な種族だと思いこみ・・・

 何世紀にも渡ってアビスグラディオンを迫害し続けて来た・・・っ!

 その罪が消えることなど、未来永劫有り得ない。

 誰にも裁かれることなく・・・お前達はやりたい放題だった、幾度となく繰り返されてきた

 人魔じんま戦争でレムグランドに渡ったまま、帰ることが出来なくなったアビス人。

 捕虜として捕まえた市民を奴隷として扱い、理不尽に殺してきたのだろう。

 町の人間が数人死んだからといって・・・それが何だ。

 今は戦争よ・・・、レム人がアビス人に殺されることなど珍しいことでも何でもないわ。

 いえ・・・、殺されて当然の報いなのよ。」


「そうやって憎しみをレム人に向けて・・・、それで何か変わったの!?」


 淡々と・・・、ミラが告げた。

その態度にイラついたブレアは、ぴくりと片目を痙攣させながら・・・唇を噛む。


「憎しみは憎しみしか生み出さないことを・・・、ブレア。

 あなたは他の誰よりもよくわかっているはず。

 なのにそのあなたが憎しみを生み出して・・・、それであなたは幸せだった?」


パァンッ!


 ブレアの銃口が・・・、ミラの足元に向けられて・・・白い煙を上げる。

それでもミラは臆することなく、両手を上にあげたまま言葉を続けた。


「戦災孤児だったあなたに銃の扱い方を教えたのは、新たな憎しみを

 生み出させる為じゃない・・・。

 戦う力を身につけることで、強く生き・・・そして幸せを自分の手で掴み取って

 もらう為に教えたものよ。

 あなたを人殺しの道具として導く為ではないわ・・・!」


「血に染まった手で教えられても・・・、何の説得力もないわね。

 それに・・・あたしの幸せをあなたの物差しで測らないでほしいわ・・・!

 今のあたしはこれまでにない程、満たされている・・・っ!

 ルイド様に仕えることが出来て・・・、ルイド様の望みを叶えることが出来て・・・!

 あたしはこれ以上ない幸福を手に入れたのよ。

 戦う力がなければ、あの方に認めてもらうことも・・・傘下に加えてもらうことも

 なかった。

 その点では、あなたに感謝しているけどね。」


 ブレアの瞳の奥でたぎっている『想い』を目にし、ミラは初めて感情を見せる。

それは・・・悲しみだった。

自分の教え子を、この手で殺めなければならないという・・・思い。


「・・・それで?

 私を殺しに来たんですか・・・?」


「・・・どうしてそう思う!?」


「リュート君が戻ったということは・・・、わざわざここへ伝言を伝えに来なくても

 彼に頼めば済むことでしょう?

 私達と軍団長が顔を見合わせれば、戦いが起きるのはわかっていますから。

 それなら・・・ブレア、あなたは別の用事でここまで来たのではないですか?」


 ブレアの心すら見透かすような眼差しでミラがそう問い詰めると、ブレアは

笑みを浮かべ・・・高笑いした。

その笑いはまるで気が狂ったかのように・・・、武器を構えることすらも忘れて

片手で頭を押さえながら・・・大きく高笑いする。


「あっははははは・・・っ!! やっぱり・・・さすがミラね・・・っ!

 その通りよ、あたしはルイド様からの伝言を伝える為だけにこんな場所まで来た

 わけじゃないわ・・・っ!」


 ブレアの様子が一転したことに、ミラはわずかに眉をひそめた。

いつも冷静沈着なブレアがこれ程までに感情を昂ぶらせたところを見るのは、

初めてだった。

最もミラがブレアと接した時間はそれ程長くはないが、それでも今目の前にいる

ブレアの態度は・・・異常と思える。

感情の昂ぶった人間がどんな行動を起こすのか、予測するのは非常に難しい。

計算された行動を読むのは案外容易いものである。

相手の思考を読み取り、状況分析することで相手の行動を予測するのは戦いの

基本だからだ。

しかし感情のまま行動する人間に至っては、回りの状況など顧みず無謀な行動に

出ることもあるので・・・想定するのは困難だった。

今のブレアがまさにそれかもしれない・・・、そう思うとミラは彼女の行動全てに

注意を払わなければいけなくなる。

するとブレアは、狂気の含んだ笑みを浮かべながら・・・叫んだ。


「ルイド様の心を乱す淫売いんばいを・・・、この手で殺してやるっ!!」


 叫んだと同時・・・、ブレアは感情に身を任せたように見えたが攻撃に移る

モーションは『閃光のブレア』そのものであった。

一瞬で横に跳ぶと銃剣を構えて数発射撃、そしてそのまま素早くミラ達の横手に

回って更なる攻撃を加えようとしている。

最初の数発はミラを逸れて、全てがぞうのぬいぐるみに当たっていた。

ミラは地面に伏せながらドルチェに合図を送る。

地下道にザナハを連れて行くように指示すると、ドルチェが頷き・・・ブレアが

回り込んだ方向へ壁としてぬいぐるみを移動させようとした時だ。

すでに横手に回り込んでいたブレアにミラも応戦しながら、辺りは銃声が轟き

・・・鳥達が銃声に驚いて木々から飛び立っていく。

連続射撃の末、互いに身を潜めながら充填する。


「光の神子ザナハ姫・・・っ!

 ヴォルトの祭壇の間で、お前は失われた記憶を取り戻したんでしょう!?

 それならもうわかっているはず・・・、お前が・・・堕ちた神子であることをっ!!

 お前さえいなければ、ルイド様があれ程までに苦しむ必要はなかった・・・。

 お前がいるから・・・っ、ルイド様は・・・っ!

 お前がいるから・・・お前がいるから・・・お前がいるせいでっ!!」


 憎しみの言葉が繰り返される・・・。

ブレアは昂ぶる感情を抑えきれないのか、絶叫するように・・・号泣するように叫んだ。

彼女の狂った声を聞いて動揺が隠せないミラは、ちらりとザナハの方に目をやると

・・・さっきまで大人しくしていたザナハが両目を見開きながら、再び全身を小刻みに

震わせて怯えている姿が目に映った。

明らかにブレアの言葉を聞き・・・、脅えている。


「お前さえ生まれてこなければ・・・っ!

 お前がルイド様の目の前に現れなければ、こんなことにはならなかったのよーーっ!!」


 絶叫して銃弾の充填と共に、魔力すらありったけ込めた銃剣を向けてブレアが立ち上がり

・・・狙いを定めた!

銃剣の銃口が輝き・・・相当量のマナが込められたことが目視で確認出来る。

あの規模の攻撃を受けたら、今ミラ達がいる一帯が吹き飛んでしまう恐れがあった。

そう判断したミラがドルチェとザナハだけでもと、地下道へ二人を押しこんだ・・・その時。


「イフリーーート・ボンバァーーーーーッッ!!」


 地面から突然巨大な火炎が巻き起こり、ミラ達とブレアの間に炎の壁を作り上げた。

そしてその炎がドラゴンの姿を形作るとブレアを威嚇するように上空から見下ろし、

突進するように襲いかかる!

ブレアはたまらずミラ達に向けていた銃口を炎のドラゴンに向けて、発射した。

銃剣から放たれた魔力の弾丸がドラゴンの顔面に命中したが、炎に実体はない・・・。

弾丸はそのままドラゴンをすり抜けて、遥か上空に飛んでいき・・・やがて見えなくなる。

ドラゴンはダイブするようにブレアめがけて突っ込んでいくと・・・、突然ブレアのすぐ

横にゲダックが姿を現し・・・彼女の体に触れるとそのまま瞬間移動するように

消えてしまった。

ドラゴンは地面に直撃して・・・手応えがないまま四散する。

いつの間にか地下道から抜けて来たオルフェ達が姿を現しており、ゲダックの姿を

目撃するや否や・・・悔しそうに舌を打った。


「空間転移の術で逃げられましたか・・・、あれではもう追えませんね。」


「・・・大、佐っ!?」


 安心感からか、ミラは力が抜けたように地面に腰を下ろしたが・・・すぐさまザナハに

怪我がないかと立ち上がる。


「ザナハなら無事だ、・・・ほら。

 お前が咄嗟に地下道へ押し込んだ時、オレがキャッチしたから・・・怪我はないぞ。」


未だ怯えた様子で震えるザナハだったが、特に怪我もないということでミラはほっとした。


「・・・助かりました。 それにしても随分早かったんですね。」


「ドルチェのぬいぐるみの速度が遅かっただけと思いますけどね・・・。

 それよりも、どうしてここに『閃光のブレア』が?」


「彼女は・・・ルイドの使いでここに。

 先日の謝罪と、・・・その詫びにリュート君がレムグランドに戻ったと。」


「リューートがっ!?」


地下道の奥の方から、明るい元気な声がこだました。


「・・・そういえば、さっきのは?」


 技の名前からいって、さっきの炎のドラゴンはアギトによるイフリートの召喚術だと

理解出来たが・・・肝心のアギトの姿が見えないことに、ミラは疑問に感じていた。

すると地下道からカトルが「もう大丈夫なのか?」と不安そうに、ひょっこりと顔を出して

答える。


「グリム大佐の指示で、ミラ中尉と敵との・・・ちょうど中間に位置する場所の真下へ

 アギトを案内するように言われたんです。」


そしてようやく地下道から出て来たアギトが、言葉の続きを引き継いで堂々と答えた。


「そこからオレの召喚術で、ミラ達の目の前に炎の壁を作って身を守ったってわけだ!」


 ススだらけの顔で、アギトが自信満々の笑みを浮かべている。

自分の大活躍をもっと褒めて欲しかったが、形勢逆転した割に回りの空気が重くて

ちょっとテンションが下がるアギト。


「それよりも・・・、ザナハ姫を早く宿で休ませたいのですが。」


「その方が良さそうですね。

 あの様子だともう襲撃してくることもないようですし、それに・・・中尉の話では

 リュートも戻っているらしいですから。

 ここにいない所を見ると、恐らく私達が利用している宿に置いてきたと思いますが・・・。」


リュートの名前を聞いて、アギトはすぐさま機嫌を直すと急かすように先頭切って走り出した。


「だったら早く行こうぜ!! もうどんだけ振りだと思ってんだよ・・・っ!」


 アギトがそう叫ぶと、全員苦笑しながら・・・少しだけ重苦しい気持ちが取れると

宿へと向けて歩き出した。

ザナハはジャックが背負い、帰って行く。


 一足先に・・・勿論一人で先走るわけにはいかないから、時折後ろを振り向いてお互いに

姿が見える程度の距離を保ちながら宿へ向かうアギトは・・・、前を向いた時だけ不安に

襲われたような陰りが表情に現れた。


「・・・オレじゃ無理だ。

 今のザナハ励ますことが出来んのは・・・、多分お人好しでお節介な保育士リュートしか

 いねぇ・・・っ!

 大っ嫌いなヤツに励まされたって・・・、元気出るわけねぇしな・・・。」


ぼそりと呟きながら・・・、アギトは・・・ぎゅっと唇を噛みしめた。





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