第162話 「精霊との面会方法」
ヴォルトの祭壇の前までやって来たアギト達は、そのまま当然のようにカトルに注目した。
だって精霊の登場の仕方なんて知らないもん。
イフリートは呼んでもいないのに、勝手に出て来たんだもん。
そんな眼差しで黙って見ていたら、カトルは今初めて注目されていることに気が付いたのか
「え?」という顔でうろたえている様子だ。
「いや、何ビックリしてんだよ。
お前ヴォルトの使いなんだろ? 神秘的な雰囲気引っ張るのはもういいから、早くヴォルトに
会わせてくれよ。」
「じゃなくて・・・っ!
オレの役割は神子と戦士をこの祭壇の間へ案内することだから・・・、これ以上のことは
わからないんだよ。
そもそも正式な護人はリヒターだから、もしかしたらリヒターがヴォルトの
召喚方法を知っているのかもしれないけど・・・。」
カトルからの計算外な答えに、アギトはきぃぃぃっ! となって両手で髪の毛を掻きむしる。
「ダメじゃん!! 何の為にこんな所までしんどい思いして来たんだよっ!
アイツは今頃病院のベッドでおねしょしてる所だろうし、いつ目覚めるかもわかんねぇと来た!
ヴォルトもヴォルトだ・・・、召喚方法位全員に教えとけっつーんだよ!」
地団駄を踏むようにアギトが大袈裟に悔しがっていると、その見苦しい光景に・・・見るに堪え
なくなってしまったのか、オルフェが眼鏡の位置を中指で直しながら祭壇の側面部分に描かれている
象形文字を調べ出した。
オルフェの行動を見たアギトが、思い出したかのようにぼそりと呟く。
「あ・・・そういえば、さっきイフリートが言ってた。
祭壇に書いてある文字を訳して、象徴とか意味とか・・・それを正しく理解することが出来れば
精霊と初めて面会することが許されるんだって。
ほら、イフリートん時は暴走しまくってたから勝手に出て来てたじゃん?
だからあん時は祭壇の文字関係なしで契約出来たけどさ・・・。」
「オルフェ、訳せるか?」
どうせ一緒に見ても文字の意味がわからないことはわかっていたが、それでもジャックはオルフェの
後ろに立って一緒に文字を眺めた。
「創世時代の文字・・・ではなさそうですね。
これはシャーマンが使っていた精霊文字? もしそうなら解読はほぼ不可能に近い・・・。
創世時代の文字ならともかく、シャーマンのみが扱える精霊文字は文献も資料も何ひとつとして
残されていませんからね。」
「ダメじゃん・・・。
あ、精霊文字って言うんなら・・・ここは裏技使って、イフリートに読ませるってのはどうだ!?」
『それは反則だ、マスター。』
「なんでだよっ! 資料も何もないって言うんならどうしようもねぇじゃんか!
そんなもんどうやって訳すっつーんだ、適当か!? 頭に浮かんだ言葉を適当に言えってか!?」
一人であさっての方向を見つめながら怒鳴り散らすアギトを無視して、オルフェはカトルの方に
向き直ると・・・ヴォルトから精霊文字について教えられていないかを聞いていた。
「すみません・・・、直接ヴォルトに関わることは全てリヒターが継承してるんです。
護人全員がヴォルトを召喚する為の精霊文字を知っていたら、不逞の者に利用されてしまう
恐れがありましたから・・・。
それを防ぐ為に代々、護人の中で最も能力が高く・・・力が強い者にしか継承されないように
なっているんです。」
「・・・アギトの『適当』に賭けてみるか、オルフェ?」
冗談交じりにジャックが言う。
しかしオルフェはしばし考え込んで・・・、それからイフリートと無駄な口喧嘩を繰り広げている
アギトの方へと歩み寄った。
「もう頭キタ! ヴォルトの件が終わったらマナコンに時間の全てをつぎ込んで、お前を
精神世界面に強制送還してやるからなぁ!!」
「アギト、ちょっと聞きたいことがあるんですが・・・いいですか?
いいですね、では早速・・・。」
「まだ何も返事してねぇだろ・・・。 あんたこっちの了解得る気、皆無じゃねぇか・・・。」
しかしこれでイフリートとの不毛な会話から解放されると思ったアギトは、面倒臭そうな態度では
あったがオルフェの方に向き直った。
「君は先程ヴォルトの試練から戻ったようですが・・・、一体どんな内容だったのですか?」
聞いて、アギトは一瞬胸が痛くなった。
最後に映ったユリアの悲しそうな笑みを思い出したからである。
うつむきながら、アギトはおおまかに答えた。
「何年前のものかはわかんねぇけど・・・、過去の世界を見せられてた。
そこで11歳位のオルフェとジャック、・・・それにユリアとミラに会った。」
『ユリア』という名前を聞いて、一瞬オルフェの表情が固まった。
ジャックも驚いている感じだったが・・・、オルフェのものとは明らかに感情が異なるものだ。
二人の態度を見たアギトは、なんとなく『自分達の子供時代を見られた』という程度にしか
捉えていない。
オルフェの心情を察することもなく、アギトは淡々と試練の中で体験したことを話し出した。
「さっき言ったメンツでレムグランドの首都に行って・・・、そこでユリアは自分の研究
内容を国王に発表してたんだ。
そこでオレが聞いたのは、詳しい意味は教えてくんなかったけど・・・『フロンティア』と
『精霊ディーヴァ』に関してのことだった。
ユリアが言うには、雷の精霊ヴォルトがフロンティアを守ってて・・・起動させるには
ディーヴァの歌が必要だとか。
あの時代をピックアップしたのは、その2つの存在をオレに知らせる為だろうって
言ってたな・・・。」
「フロンティア・・・!? それ・・・聞いたことあるよ。
口伝の中でも最高機密のもので、いつか現れるアンフィニにそのことを伝える為に・・・代々
護人は一言一句違えることなく、秘密を守りながらアンフィニを待ち続けてたんだって。」
カトルが食いつくように早口で言った。
「でもそれは今後の方針みたいなもんだろ?
多分ヴォルトはアンフィニであるザナハが現れたから、その『フロンティア』ってやつの
復活を想定して・・・アギトに試練という形で師匠に会わせた。
オレは師匠の研究に深く携わってたわけじゃないから何とも言えんが、それらに関して
詳しい人物はそうそういないだろうからな。」
ジャックはどこか嬉しそうな・・・、懐かしそうな表情で語った。
だが確かにジャックの言うように、『フロンティア』や『ディーヴァ』に関する情報が
ヴォルト召喚に必要な内容とは思えない。
それはあくまでこれからの行動に影響を与えるかもしれないものであり、現時点での
問題解決にはならなかった。
しかしものは試し・・・という風に、アギトは祭壇の前にヤンキー座りすると
語りかけるように繰り返す。
「フロンティア・・・、ディーヴァ・・・。
フロンティアを復活させた〜〜い! ディーヴァはっけ〜〜ん! ・・・ダメか。
『アンフィニが現れたことにより、ディーヴァの歌を歌ってフロンティアを復活させた
のであった・・・』。
・・・・・・・・・、やっぱダメか。」
「何してんだお前は・・・。」
呆れたようにジャックが一応つっこむと、アギトは真顔で答える。
「いや・・・、今の単語がこの祭壇に書いてあるのかと思ってあてずっぽうで言ってみた。」
「それで召喚出来たら苦労せんわな・・・。」
「じゃあ打つ手なしじゃん! このまま何の収穫もなく宿屋に帰れってか!?」
そう文句をたれると、アギトはキレながら祭壇をバンバンと右手で叩いた。
罰当たりな行為にカトルが怒って、アギトの右手を振り払おうとしたその時・・・!
パァァァァッッ!!
二人の手が台座に触れたのが合図になったように、祭壇が光り輝いて薄暗かったフロア内を
一瞬で明るくした。
ドクン・・・、ドクン・・・。
まるで胎動のような音が聞こえて来ると、祭壇から放たれた光がそのまま上の方に移動して・・・
光の中に影を作る。
やがてその光からバチバチと火花が散るように、まるで小さな電気の塊のように次第に激しく
なっていく。
最後に強い光を放って・・・、目の前に現れたのはバチバチと電流を放った黒い塊だった。
1メートル半位はありそうな黒くて丸い物体には、大きな目・・・そして額と思われる場所には
雷をイメージしたようなイナズマ形の紋様が浮かんでいる。
「・・・ハリー・ポッ・・・」
言いかけたアギトの言葉を遮って、カトルが大きな声で謝罪した。
「申し訳ありませんでした、ヴォルト様!!
でもこの者は光の戦士であって・・・、その・・・別に悪気があってあんなことをした
わけじゃなくって・・・っ!!」
『構ワナイ・・・、彼ノコトハ知ッテイル。』
口がないのでヴォルトが喋っている・・・と思ったら奇妙な感じだが、機械的に話す声は
全員の頭の中に直接語りかけているようだった。
「お前が精霊ヴォルトか・・・?」
『ソウダ・・・、光ノ戦士アギトヨ。
先程見セタ記憶、オ前ノ中デドウ映ッタノカ・・・率直ナ思イヲ聞カセテ欲シイ。』
「色々あり過ぎて・・・、そんなこと急に聞かれてもわかんねぇよ。
ユリアには悪いけどオレには・・・、正直『フロンティア』とか『ディーヴァ』とか
そんなもんはどうでもよかった。
そんなことより・・・首都に現れたレッサーデーモンに立ち向かっていったユリアの
ことが気がかりで、あの後どうなったんだよ!?
あれは過去の記憶で現実のものじゃないって言ってたけど、全くデタラメな映像って
わけでもないんだろ!?
なぁ・・・、教えてくれよ! ユリアは無事なのか!? 入口付近で別れたジャックも
大丈夫だったのかよ!?」
「やれやれ・・・、もしあの時ジャックが死んでいたら・・・今ここにいるジャックは一体
何者なんですか!?」
さっきまで一人で考え込んでいたオルフェが、ここにきてようやく口を開いた。
両手を後ろに組みながら、いつもの淡々とした口調でアギトの疑問に答える。
「ヴォルトが見せたという過去は、恐らく21年前のことですね。
確かにその頃・・・、私達は師と共に首都シャングリラへと向かいました。
そこでアビス人であったジャックとは首都の玄関で一旦別れて王城に行き・・・そこで
師は国王との謁見を済ませ、その後・・・レッサーデーモンの襲撃に遭います。
騎士団が貴族や自国の民を守るのに手一杯だった時、アビス人を救う為に師は殆ど一人で
レッサーデーモンに立ち向かったようなものでした。」
オルフェの言葉は、まさにアギトが見た世界そのものだった。
アギトが続きを急かすようににじり寄ると、オルフェはそれを煙たそうにしながら・・・続ける。
「レッサーデーモンと戦った相手、・・・一体誰だと思っているんです。
私の師ですよ?
当然・・・一撃であのレッサーデーモンを撃破しました、それも無傷で。」
「・・・は!?」
聞き間違いかと思った。
あの・・・高層ビル程の大きさはあろうかという凶悪な形相をした魔族相手に、まさか無傷で生還
出来るはずがないと思ったからだ。
それはあの光景を実際に目にしている者にしかわからないだろう、あんなものを相手にするなんて
正気の沙汰とは思えない上・・・守りながら戦うという高等技術。
にわかには信じられない。
「神の雷、インディグネイション・・・。
この私ですら・・・必要なマナを紡ぎだす詠唱に数分はかかる、・・・超S級の上級魔術。
師はその魔術でレッサーデーモンを一蹴、その後はアビス人の介抱やらで大忙しでしたよ。」
ぽかんと馬鹿みたいに口を開けっぱなしにしながら、アギトは全身の力が抜けて行くようだった。
へなへなと地面に崩れ落ちて、どっと押し寄せて来た脱力感と安心感でそのまま祭壇にもたれ込む。
「なん・・・だよ、それじゃ心配する必要なんか・・・本当になかったんじゃんか!
よかった・・・っ! 本っ当によかった!
それじゃユリアは無事だったんだ・・・、死ななかったんだ・・・っ!」
嬉しそうに安堵するアギトの姿を見て、オルフェは静かに視線を逸らした。
そしてその態度を・・・、ジャックは黙ったまま・・・見逃さなかった。