第161話 「パーティー離脱」
雷の精霊ヴォルトの祭壇へと続く扉をカトルが開けようとした時、突然アギトが崩れるように
膝をついた。
オルフェ達からはアギトが急に倒れたように見えたので、一瞬にして全員に緊張が走る。
「え・・・っ、どうしたんだ!?」
扉に手をかけた途端、アギトの異常に気付いたカトルが慌てて振り返った。
小刻みに震えながら・・・地面を見つめたまま、アギトは悔しそうに瞳を潤ませている。
「・・・ザナハ姫っ!?」
ミラの声に、再び全員が振り向くとザナハまでもがアギトと同じように地面にへたり込んで
自分の両肩を抱くように震えていた。
二人の様子を見たオルフェは、眉根を寄せながら推測する。
「もしかしたら・・・、二人はヴォルトによって何かをされたのかもしれません。」
「・・・どういうことだ、オルフェ!?」
アギトの体を両手で支えながら、ジャックが聞く。
「一般人である私達に何も異常がなく、精霊の試練を受ける資格を持つ二人に異常が
現れたとなれば・・・何かしらの試練を強制的に受けたかもしれない、ということですよ。
もしトラップ系のものが発動したのならば、ここにいる全員に異常が現れてもおかしく
ありませんからね。」
そう説明すると、オルフェはアギトに歩み寄って事情説明を求めた。
声をかけるがアギトは混乱しているせいか、オルフェの言葉に対してマトモな反応を返さずに
まるで怯えたように震えている。
体を揺さぶっても耳元で話しかけても・・・まるで反応がないアギトに、オルフェは溜め息を
つきながら荒療治に出た。
ばきぃっ!!
握り拳で思い切りアギトの頭を小突くと、その勢いで前のめりに体勢を崩した。
殆ど顔面から地面に直撃してぴくぴくと痙攣している。
「お・・・おい、それはちょっとやり過ぎじゃないのか!?」
心配そうに呟くジャックに、オルフェはメガネを光らせながらほくそ笑む。
・・・と。
「いきなり何すんだテメーーーッ!!」
少しだけ鼻血をたらしながら、アギトが激昂して怒鳴り散らす。
ようやく正気に戻ったのを確認して、オルフェは何もなかったかのように平然と笑顔を作った。
「アギト、君は今・・・ヴォルトの試練を受けたりはしませんでしたか?」
あまりにナチュラルな返しのせいで、きょとんとしながらアギトは一瞬考え込む。
呆然としながら思い返し・・・、そしてようやく事態を把握した。
「あぁ・・・後頭部に思い切りものすごい衝撃を『受けた』記憶なら・・・確かにあるぜ。」
二人の腹黒いイヤミ合戦に馴染みのないカトルは、思わず吹き出しそうになった。
しかし一応真剣な場面なので、すぐに気を取り直して硬い表情を作る。
「・・・なんてな。
ものすげぇ長い夢を見ていた気分だよ、カトルが精霊の祭壇の扉を開けた時・・・中から
眩しい光が放たれたかと思ったら、突然・・・全然知らない場所に立ってたんだ。
そこで『過去の記憶』を見せられて・・・、何かわかんねぇ内にここに戻された。」
「え・・・、扉はまだ開けてないけど・・・!?」
そう言いながらカトルは扉の方を見て、まだ鍵を解除していないのを確認する。
「いえ・・・、アギトとザナハ姫にだけは扉を開けた後の光景が映し出されたんでしょう。
そこから二人はヴォルトの試練の為に、脳神経に刺激を与えられて・・・記憶を改竄された。
電気信号は光よりも早いのでアギト達にとっては長い時間に感じられても、私達からすれば
まばたきの早さにも満たない程の時間の流れだった・・・。
だから二人が試練を終えた時、まるで突然倒れたかのように見えたんでしょうね。」
「・・・二人?」
呟きながら後ろの方に目をやると、そこにはザナハが自分と同じように殆ど放心状態で
地面にへたり込んでいるのを見つける。
ひどいショックを受けたかのように、ザナハは瞳孔が開く程に両目を見開いて・・・震えていた。
その姿を見たアギトは、自分が最後に見た光景を思い出す。
「もしかして・・・、ザナハもオレと同じものを見せられたのか・・・!?」
そう考えるのが自然だと思った。
アギトが最後に見せられた光景・・・、聞かされた真実・・・それは。
(自分がユリアのコピーだと知って・・・、ショック受けてんのか・・・!?)
もう一度思い出すだけでも、胸が痛かった。
アギトはユリアに対して・・・少なからず好感を持っていた。
いい加減な性格で、とても大雑把で、異常にテンションが高くて・・・。
でもとても優しくて、温かくて・・・、話のわかる大人だった。
そんなユリアが・・・、アンフィニを持つ神子を大量に作り出す為・・・クローン技術の研究に
必死になって勤しんでいた。
自然の摂理に反する方法で・・・、人工的に人間が人間を作る技術を・・・ユリアはまるで
楽しむかのように研究していたのだ。
その姿を思い出すだけでも・・・、その人体実験の第一号がザナハかもしれないと思うと・・・。
胃がムカムカして吐きそうになる。
しかもそれが自分自身のこととなると・・・、ショックはアギトの比ではないはずだ。
何て声をかけたらいいのか、わからない・・・!
励ましの言葉なんて、思いつくはずがない。
唇を噛みしめながら立ち上がると、アギトはザナハの方に歩み寄って・・・まるで上から
見下すようにザナハの目の前に立ち尽くすと、大きく息を吸い込んで思い切り叫んだ。
「・・・お前はお前だっ!!」
アギトの絶叫に近い言葉が、放心状態のザナハの耳に届いたのか・・・びくんっと一瞬体を
震わせると瞳の色が戻って、アギトを見上げる。
歯を食いしばるように、強い眼差しでザナハを見据えると・・・アギトは続けた。
「誰が何て言おうと・・・、お前はお前のままだっ!!
だからそんなちっちぇーことなんて、気にすんじゃねぇよっ!!」
ぽかんと小さく口を開きながら、ザナハはアギトの言葉に聞き入った。
叫んでから・・・急に気恥ずかしくなったのか、アギトはそのままザナハに背中を向けると
全身がムズ痒くなったようにムズムズしながら、カトルの方に向き直る。
「ほらっ、二人ともヴォルトの試練は合格したんだから・・・さっさと扉を開けて契約だ!!
サクサク行こうぜ、サクサク!!」
アギトにしては珍しくイイことをしたな・・・という表情で、オルフェとジャックが互いに
顔を見合わせる。
まだ地面にへたれ込んだままだが、体の震えだけは治まって・・・ミラが立てるかどうか聞いた。
しかし・・・。
「違う・・・、あたしには・・・出来ないっ!」
ずしゃあっ!
一世一代の叱咤激励の効果皆無に、アギトは再び前のめりに突っ伏した。
ザナハは再び怯えるように視線を落としながら、まるで自分を責めるように同じ言葉を繰り返すだけだ。
「こんな気持ちのままじゃ・・・っ!
あたしに神子の資格なんてないわ・・・、思い出したのよ何もかも・・・っ!」
「・・・姫!? 一体何を見せられたんですか!? どうなされたんですかっ!?」
ザナハの様子がいつにも増して深刻だということに気付いたミラは、ザナハの両肩を抱くように
訴えかけるが・・・まるで聞き入れようとしない状態だった。
全身土まみれになったアギトは少しキレ気味になって、ザナハの元へズカズカと乱暴に足を踏みならし
ながら文句をたれる。
「あーのーなー!?
お前・・・、オレの必死な叫びを無視するたぁーどういう了見だよ!!
恥ずかしさを押し殺して内心ドキドキしながら叫んだオレの健気な気持ちを返しやがれ、このアマっ!」
しかし・・・、いつもならここで強気な反論を見せるザナハだったが・・・完全にいつもの様子と
違っており、アギトの調子が狂ってしまう。
ザナハが精神的に衰弱していると察したオルフェは、ミラに目配せをすると扉の方へと向き直る。
「ザナハ姫がヴォルトに何を見せられたのかはわかりませんが、このままでは時間の無駄でしょう。
姫のことは中尉に任せて、私達はカトルと共に・・・とりあえず祭壇へ向かいます。
いいですね?」
「オルフェ・・・、でもっ!」
言いかけたが、確かに今のザナハでは・・・とても契約を交わせるような状態でないのは一目瞭然。
胸の奥がもやもやして気分が悪かったが、ここはどうしようもないとアギトは無理矢理納得させる。
「・・・わかった。
でも契約の方はどうすんだよ!? 今回はザナハが担当するはずだろ?」
「・・・今は、とりあえずヴォルトと面会しましょう。
契約に関してはそれからです。」
異論はない、アギトとジャックは心配そうにザナハを見つめるが・・・自分達ではどうしようもないと
察して、オルフェの言う通り・・・扉の方に向き直ってカトルに合図を送る。
本当にいいんだろうか、という気持ちになりながらも・・・カトルはヴォルトの使いとしての使命を
果たす為に扉に向かって集中した。
カトルが祭壇へ続く扉に手を触れると、黒くくすんでいる扉が手の平を当てた部分を中心に外側へ向けて
光が点滅していく。
アギトはこの光景を見るのは二度目だったので、それ程感動することもなかった。
ごごごごっと鈍い音を発しながら扉が開いていくと、思わずアギトは両手で両目を覆う。
最初に扉が開かれた時は、開けた途端に目が眩むほどの光が襲ってきて驚いたからだ。
また閃光が走るかもしれないと思ったアギトは、先手を打ったつもりだった。
しかし今度は光が放たれることもなく、扉が開ききると広いフロアが目の前に広がる。
ほんの少しだけ拍子抜けすると、みんなしてフロアの中に入って行って一番奥・・・正面に祭壇のような
ものが視界に入って来て・・・そこに向かって歩いて行った。
「祭壇って・・・、イフリートん時と同じモンがあるな。
精霊はみんな、コレで統一されてんのかな?」
アギトがなんとなくそう呟いたら、突然頭の中でけたたましい声が響いてきて驚いた。
『それは違うぞマスターよ!
祭壇はそれぞれの精霊によってちゃんと違いがある、・・・祭壇の側面を見てみるがいい。
この象形文字は雷、雷雲、雨雲をイメージした文字が並べられているのだ。
これらは、それぞれの属性に関した文章が綴られている。
本来なら神子か戦士がこの文章を訳し、象徴を正しく理解することで初めて面会が許されるのだ!』
「だぁーーーっ、声がデカイっつーんだ!!
てゆうかいきなり話しかけんなって言ってんだろ、このワンポイントアドバイス親父がっ!!」
『ワン・・・? 何だそれは・・・!?』
「いいから・・・、だーまーれー・・・。」
脱力しながらアギトが声を絞り出すと、遠い眼差しで見つめていたオルフェが笑顔で冷たい言葉を
言い放った。
「・・・もういいですか?」
たった一言だったが、その言葉がとても寂しく感じられたアギトは泣き笑いするかのように返事する。
アギト達がヴォルトの祭壇の間へ入って行ったのを見届けると、ミラはザナハを両手で支えながら
立ち上がるように促す。
しかし全身の力が抜けたように、体重の殆どを支える形になって・・・ミラは更に不安になった。
「ミラ中尉、あたしのぬいぐるみを巨大化させて・・・ザナハ姫を乗せた方がいいと思う。」
一緒に残ったドルチェが小声でそう言うと、いつもは1メートル程の大きさで統一されていたが
取り出したのは50センチにも満たない大きさの・・・ぞうのぬいぐるみだ。
「ドルチェ、お願いするわ。」
声に張りのないミラがそう頼むと、ドルチェは取り出したぞうのぬいぐるみを地面に置くといつもの
ように両手の指の先から魔力の糸を伸ばしてぬいぐるみにはわせる。
するといつもより大量に魔力を放出すると、ぞうのぬいぐるみはマナを吸収するようにどんどん大きく
なっていった。
そして遂にはドルチェよりも大きな体格にまで成長すると、その背中にザナハを乗せる。
「後ろには中尉が乗って。
今のザナハ姫だとバランスを崩して、背中から落ちかねない。」
「わかったわ。」
先に背中に飛び乗ると、ザナハを引っ張り上げてミラの前に座らせて・・・支える。
ドルチェはその後ろを歩いて行った。
傀儡師の特徴で、魔力の糸で傀儡を操る時・・・どうしても傀儡の後方に位置する必要がある。
後方に位置して魔力の糸で操るので、その際背後が無防備になりやすいのだ。
しかし今の状態では、それは仕方ないことだった。
都合が良いことに、正しい道順を通れば魔物が出現することもトラップが発動することもない。
「道順は全部覚えてる・・・。
このまま宿屋まで帰ればいいのね?」
「・・・そうね、姫がこんな状態では・・・大佐達の足手まといになりかねません。
今はそうするしかないでしょう。」
ザナハを連れて・・・、ミラとドルチェは来た道をそのまま引き返した。
ミラに支えられながらザナハは、まだ放心状態のままで・・・ぶつぶつと独り言を呟いている。
「あたし・・・神子として失格だわ・・・っ。
アシュ兄様の行った通り・・・、あたし・・・何もわかっていなかった。
こんな記憶・・・、思い出したくなかった・・・っ!」